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2巻
2-2
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三百八十階でもミノタウロスは出ず、トロールの上位種、トロールバーサーカーが四体出てきた。
オーガより肥満型で、不健康そうな灰色の肌と異様に長い腕が、異世界の魔物であると主張している。
バーサーカーという名前に相応しく、俺たちを見ると、「「グォォォ‼」」という低い咆哮を上げ、腕を振り回しながら襲い掛かってきた。
「なぜ外ればかりなんじゃぁぁぁ!」というウィズの叫びが、トロールたちの咆哮を打ち消す。
無詠唱で直径二メートルほどの巨大な炎の球を二十個ほど作り上げると、醜い狂戦士たちはその数に驚き、思わず動きを止めてしまう。
「お前たちなど消えてしまえ!」
その言葉で炎の球がトロールに殺到する。炎の球が収束することにより、真昼の太陽を直に見たような眩しさを感じ、思わず瞼を閉じてしまった。
耳をつんざくような爆発音の後に熱風を感じ、ゆっくりと目を開けると、高温に晒されて白く焼けた床の上に、宝箱だけが残されていた。
一応宝箱を開けて回収するが、こいつらは武器すら落とさない。
「今日は調子が悪いの」とウィズがぼやく。
「まだそれほど時間は経っていないんだから、気にするな。これから先はフィールドにも上位種が出るようになるんだ。コカトリスやサンダーバードと違って希少種じゃないんだから、簡単に見つかるさ」
「そうだといいのじゃが」
珍しく気落ちしているウィズを励ましながら三百八十一階に下りていく。
階段室を出た瞬間、「おったぞ!」というウィズの陽気な声が迷宮内に響く。彼女を見ると、それまでの気落ちした表情が一転し、満面の笑みになっていた。
何がいるとも言わずにいきなり手を掴まれて転移する。そこには武器を持たない大型のミノタウロスが立っていた。上位種であるグラップラーだ。
俺たちを視認すると、「ブモォォォ!」と鼻息も荒く、腕を高く上げて構えを取る。グラップラーの名の通り、素手で俺たちに挑むつもりで気合を入れている。
そんな気合の入ったグラップラーに対し、ウィズは「肉を落とすのじゃ!」という間の抜けた言葉を叫び、無慈悲な攻撃を放つ。
走り出そうとしていたグラップラーは一歩足を踏み出したところで、ウィズの放った巨大な火の玉に呑み込まれてしまった。
「モォォ……」という悲しげな鳴き声が耳を打つ。
その鳴き声は牧場から売られていく牛に似ていると一瞬思ったが、すぐに光の粒子となって消えてしまった。
「あったぞ! 肉じゃ!」
その言葉に世の無常を強く感じた。俺の心の内など完全に無視して、ウィズが拾った肉の塊を天高く掲げていた。その様子に昔テレビで見た、素潜りで魚を獲るお笑いタレントの姿が被る。
「グラップラーの肉じゃ! どんな味じゃろうな」
「うん。楽しみだな」と答えるが、棒読みのような言い方になってしまった。
それから、この辺りの階層でミノタウロスの上位種を狩っていった。見つけ次第、転移で移動し瞬殺する。まさに見敵必殺。
そこに今までのような遠慮はなかった。
既にブラックランクシーカーと公表されているだけでなく、〝肉収集狂〟なる二つ名まで賜っているから、呆れるほど狩っても問題ないと思い直したのだ。
もっとも、今まで遠慮していたのかと問われれば、返す言葉もないが。
三百九十階のゲートキーパーの部屋ではミノタウロスの上位種すべてが現れ、ウィズが「ついておるの!」と叫びながら魔術を放って瞬殺した。
グラップラーとナイトの宝箱からは肉が、グラディエーターからはミスリル製の剣が手に入った。ミスリルの剣は滅多に出ない超貴重なドロップ品だが、ウィズは「外れじゃ」とご機嫌斜めだった。
次の階からも同じようにミノタウロスの上位種を狩りながら下っていき、四百階に到着した。
「ここは安心じゃ。必ずミノタウロスチャンピオンが出るからの」
彼女の言う通り、四百階は百階ごとに現れる守護者の部屋で、決まった魔物が現れ、ほぼ決まったものがドロップされる。ほぼというのは、稀にプラスアルファでレアアイテムが手に入るということで、目的のチャンピオンの肉は百パーセント入手できる。
ガーディアンの部屋に入ると、最下層で世話になった懐かしいミノタウロスチャンピオンが、上位種を従えて待ち受けていた。
威風堂々たる牛頭の戦士が筋骨隆々の上位種を従える姿は、まさに勇者だ。
しかし、その威厳に満ちた姿も一瞬で消し去られてしまう。
ウィズは「肉じゃ! これも肉じゃ!」と歓喜の声を上げ、「ここはよいぞ! 肉が容易く手に入る!」と〝肉〟という単語を連呼する。迷宮の魔物に感情があったなら、あまりの理不尽さに涙したことだろう。
俺はここまで肉に執着していない。やはり肉収集狂の称号はウィズにだけ献上すべきだと思う。
四百階でミノタウロスチャンピオンらを倒した後、三百九十階の転移魔法陣に飛び、また同じようにミノタウロスの上位種を狩っていく。
三百八十階までの不調が嘘のようにドンドン上位種を狩り続け、それに伴い肉も溜まり続けた。
四百階のガーディアンの部屋で再びチャンピオンを狩ったところで、休憩に入る。
「ずいぶん狩ったが、どれほどになったのじゃ?」
嬉々として狩り続けていた本人が他人事のように聞いてきた。
苦笑しながらも俺は収納魔術に保管した肉を確認する。
本来なら迷宮管理局から預かったマジックバッグに入れるのだが、それにはカウント機能がないため、数の分かるアイテムボックスに入れてあるのだ。もちろん、迷宮から出る前に移し替える。
「ミノタウロスが三、ウォーリアが五、グラップラーが七、グラディエーターが四、ナイトが四、チャンピオンが二だな。肉だけで百三十五キロか。結構狩ったな」
ミノタウロスがドロップする肉はグレートバイソンと同じ五キログラムだ。但し、最上位種であるチャンピオンのドロップする肉は十キロある。
通常種の肉が三個十五キロ、上位種が二十個百キロ、チャンピオンの肉が二個二十キロという内訳だ。
「午後もこの調子で狩り続けるぞ。目標はチャンピオンの肉を十個じゃ!」
さすがにそれは無理だろうと思うが、今日はマシュー・ロスの和食店〝ロス・アンド・ジン〟に行く予定があるので、時間になったらやめるだろうから、今は何も言わない。
「さて、バーナードさんは何を入れてくれたのかな?」
宿で用意してもらった昼食を取り出す。今回は籐の籠が二つあり、確か一つは温かく、一つは冷たいとのことだった。
「何やら香ばしい匂いがするの」
ウィズの言う通り、温かい方の籠から焼けた小麦とバターの香りが漂ってきた。それに加え、肉と香辛料の香りもする。
蓋を開けると、そこには湯気が上がるミートパイがあった。食べやすい八等分にカットされており、手で持って食べることができるようショートケーキのように紙の上に載っている。
「美味そうじゃな」とウィズが手を出してくる。
「まだワインを開けていないんだぞ」と言いながらも一切れ渡す。
続いて冷たい方の籠の蓋を開ける。こちらにはワインが二本と生ハムのスライス、そして密閉された壺のような容器が入っていた。
これは何だろうと思いながら壺の蓋を開けると、とろみのありそうな白いスープが入っていた。
「ヴィシソワーズか! いろいろと考えてくれるな」
ジャガイモとポロネギの冷製スープ、ヴィシソワーズが入っていたのだ。
早速ワインを開け、ゴブレットに注ぐと、芳醇なブドウの香りが辺りに広がった。
「昨日のワインとは違うみたいだな。果実感が昨日よりある」
紫色にも見える濃い赤で、飲んでみると黒ブドウの果実感に皮の渋みが僅かに加わった味わいの赤ワインだった。
「スペインか南米辺りのワインみたいだな。これにミートパイを合わせてきたか……」
そう言いながらミートパイにかぶりつく。まだ焼き立ての熱さがあり、サクッとしたパイ生地に含まれる芳醇なバターの香りの後に、肉汁の旨味が爆発的に広がっていく。
「これはよいの! 中のひき肉と皮が絶妙じゃ! 端のサクサクとした食感がまたよい!」
ウィズは満面の笑みを浮かべ、手に持ったパイを掲げている。かなり気に入ったようだ。
「このワインもよく合うぞ。脂がきれいに流れるし、後に残るブドウの香りが更に肉を食べたくなるようにしてくれる」
俺の言葉に左手に持っていたゴブレットのワインを呷る。
「うむ。ゴウの言う通りじゃ! で、その壺の中身は何なのじゃ?」
「ジャガイモとポロネギの冷製スープだと思う。もしかしたら白いんげん豆も使っているかもしれないな。イモとクリームの甘さの中にハーブの香りがあって、いい口直しになるぞ」
スプーンを渡すと、すぐにスープを口に運ぶ。
「これも美味いの。この冷たさがちょうどよい」
その後、生ハムも摘まむが、果実香の強い赤ワインに熟成された生ハムの塩味は最高に合った。
「今日もバーナードには礼を言わねばならんの」
ウィズも大満足のようだ。
それからウィズの宣言通り、四百階のミノタウロスチャンピオンを中心に上位種を狩っていく。
二時間ほどで五周でき、最終的な肉の数は通常のミノタウロス三、ウォーリア十五、グラップラー二十、グラディエーター十一、ナイト九、チャンピオン七の合計六十五個、三百六十キロだ。
この他にもドロップ品の武器が十五以上あり、マジックバッグの収容能力の限界に近づいていた。
ドロップ品以外ではマナクリスタルが百五十個を超え、貨幣は白金貨が三十二枚に金貨が六百枚以上と、現金だけでも九百万円を超える計算になる。
「さて、昨日の肉を回収しなくちゃいけないし、そろそろ出るか」
「そうじゃの。これだけの量があるとエディたちの確認も時間が掛かるじゃろうしの」
狩っている時は特に何も思わなかったが、冷静に考えると多すぎる気がする。
「ちょっと多すぎたかもしれんな。いきなりこれだけの量を卸すと価格破壊が起きるかもしれん」
「安くなるならよいのではないか?」
「食う方はいいが、これで生計を立てているシーカーには大打撃だ。どうするかな……王様にでも献上するか」
市場にそのまま流せば価値が暴落するだろうが、王宮に献上すれば市場に回る分は多少増える程度で済むのではないかと考えた。
「ゴウがそれでよいというなら任せる」
「マーローさんにでも相談するか。仕事が増えるのは気の毒だが」
管理官であるマーローは俺たちの専属のような扱いになっている。仕事を増やすのは悪いが、勝手に行動を起こしてトラブルを招くより予め相談した方がいいだろう。
その後、出入管理所でドロップ品を提出した。それを見た管理所の職員たちは目を丸くし、言葉を失った。
エディがいち早く我に返る。
「これって全部ミノタウロスの肉ですよね……でも、俺が知っているのと違うのがだいぶ入っているんですが……」
「無論じゃ! 我がただのミノタウロスの肉など集めてくるわけがない」
ウィズが自慢げに胸を張る。
「上位種がほとんどじゃが、チャンピオンの肉も七個あるはずじゃ。そんなことより今日はブラックコカトリスを食いにいかねばならん。早う確認せい」
ウィズの言葉で慌てて鑑定担当の職員が呼び出されたが、その職員もエディたちと同じように言葉を失い固まった。しかし、すぐに気を取り直して確認作業を始める。
「まずは肉から確認します。ミノタウロスの肉が三、ウォーリアが十五、グラップラーが二、二十です……」
だんだん声が小さくなり、目のハイライトが消えていくが、俺にできることはない。
「高品位鋼の剣が四本に戦斧が七本、それにメイスが一本……えっ? ミスリルの剣が三本に戦斧が二本もですか……滅多に出ないはずなんですが……」
ドロップ率から言えば武器が一番出にくいから、彼の言っていることは正しい。
「そうなのじゃ。これほど外れが出るとは思わなんだ。途中から調子よく肉を落とすようになったからいいようなものの、泣きそうになったほどじゃ」
ウィズのコメントに対し、エディをはじめ、職員たちは目を逸らして何も言わない。
俺はその空気を誤魔化すように強引に話題を変える。
「そう言えばマーローさんに相談があるんです。事務所にいらっしゃいますか?」
「ええ、管理官室にいるはずですが、何かトラブルでもありましたか?」
鑑定を行っていた職員が恐る恐るという感じで聞いてきた。
「大したことじゃないんです。これだけの量の肉ですから、一度に市場に流すのはまずいだろうなと思いましてね。それで一部を王宮に献上しようと考えているんです」
「なるほど。それなら管理官より局長に相談した方がよいでしょう。幸い、局長も在席しておりますので、すぐに相談できると思いますよ」
思ったより大ごとになりそうだが、確かに王宮に献上するなら責任者に話した方が早いだろう。
「ではリストができるまでの時間を使って相談してきます。終わったら寄りますので、よろしくお願いします」
そう言って俺は事務所に向かった。
事務所に入ると、受付にはリアが座っていた。簡単に挨拶をした後、面会を申し込む。
「相談したいことがあるのでマーローさんに面会できないでしょうか。もしかしたら局長さんの方がいいかもしれないですが」
俺の言葉にリアが「何かあったんですか……」と不安そうな表情を浮かべる。
「いえいえ、大したことじゃないんですよ」と言ってから、ミノタウロスの肉を献上したいという話をする。
「そういうことですか」
リアは安堵の表情を見せ、「ちなみにどれくらいあるんですか?」と無邪気な表情で聞いてきた。
「全部で三百六十キロじゃ。まあくず肉が十五キロほど交じっておるが、最上級の肉は七十キロあるぞ」
ウィズが自慢げに言った。
「さ、三百六十……最上級ということはミノタウロスチャンピオン……それが七十キロも……ということは七回も四百階に行ったんですか……」
俺たちの行動に耐性がついてきているはずのリアだが、事実を受け止め切れず、途切れ途切れに呟いている。
「そういうことなので取り次ぎをよろしくお願いしますね」
「わ、分かりました……」
リアはそう言って立ち上がり、階段を上っていく。
ほとんど待つことなく、マーローがやってきた。しかし、リアの姿はない。
「肉を献上したいとのご意向と伺いましたが」とマーローが真剣な表情で確認してきた。
「ええ、その通りなんです。それで相談を……」
「では、局長室に参りましょう」
早速局長のレイフ・ダルントンのところに行くようだ。
「いきなりですが、大丈夫なんですか?」
「この後、ロス・アンド・ジンに食事に行かれると聞いています。あまり時間を取らない方がいいのではないですか」と逆に聞かれてしまう。
「そうじゃな。このような些事はさっさと済ますに限る」
ウィズにとっては国王への献上は些細なことらしい。災厄竜と呼ばれ、神に匹敵する力を持つ存在だからこそ許される言葉だろう。
局長室に入ると、ダルントンの他にリアがいた。彼女が先に説明してくれたようだ。
ダルントンは挨拶もそこそこにすぐに本題に入る。
「ミノタウロスの肉を王宮に献上したいと伺いましたが」
「ええ、調子に乗って少々狩りすぎまして、このまま市場に流すのはいかがなものかと思ったのです。ただ、量が量だけに我々だけで処理するのは……それでご迷惑かとは思ったのですが、王宮に献上すればよいのではと考えた次第です」
「迷惑などとは全く思っておりませんよ。陛下もさぞお喜びになることでしょう。それでいかほど献上されるご予定でしょうか」
「ウォーリアとグラップラーの肉を五十キロずつとグラディエーター、ナイト、チャンピオンのものを三十キロずつと考えています」
ダルントンは目を大きく見開き、一瞬絶句した。
「……チャンピオンの肉を三十キロ……ちなみに本日だけですべて狩ったのでしょうか」
「その通りじゃ。あの階層は効率よく狩れるので気に入っておる」
ウィズが腕を組んだ状態で自慢げに答える。
「本当にお二人は規格外ですな」とダルントンは相好を崩して感心するが、すぐに表情を真剣なものに改める。
「それほどの品は他国からも贈られたことはありません。私如きが恐縮ですが陛下に代わりまして、お礼申し上げます」
そう言って大きく頭を下げると、マーローとリアもそれに倣う。
他国からも贈られたことがないという言葉に〝やりすぎたか〟と思ったが、ウィズのことを考えれば力を誇示しておくのは悪いことではないと思い直す。
「では、明日の受け取りの時にお渡しします」
そう言って立ち上がろうとしたが、マーローが「少しだけお時間を」と言って止めた。
「今朝、ミスリルランクのキースが迷宮の地図を持ってきました。情報を管理局に渡すようにエドガーさんから言われたと聞きましたが、間違いないでしょうか」
地図を渡したことをすっかり忘れており、少しばつが悪い。
「ええ、確かにキースさんに管理局に提出してもらうようお願いしましたが、何か問題でもありましたか?」
「問題はありませんが、情報の対価についてお話ししたいことがありまして……正直なところ、これほどの情報にいかほどの値段を付けたらいいのか迷っております。局長とも話し合ったのですが、白金貨百枚、十万ソルでいかがでしょうか」
十万ソルと言えば日本円でだいたい一千万円だ。珍しい情報とはいえ、それほどの金をもらっていいのかと思ってしまう。
俺が沈黙していると、ダルントンがマーローに代わって話し始める。
「やはり安すぎましたか……では、その倍の二十万ソルでいかがでしょうか。それ以上は予算的に厳しく……」
そこで話を遮る。
「いや、十万でも充分すぎます。お金に困っているわけでもありませんし、いろいろお世話になっていますから無料で構いませんよ」
正直な気持ちだ。迷宮に入ればいくらでも稼げるし、黒金貨の代金もこれから受け取れるから、本当に金には困っていない。王国に恩を売る意味でも、金はもらわなくてもいい。
「それは困ります。これほどの情報に対価として正当な報酬を支払わなければ、迷宮管理局の存在意義を問われますので」
「しかし……」と更に反論しようとしたが、やんわりと目で制される。
「多くのシーカーがこの情報で助かるのです。中でも、ブラックランクになる直前という極めて優れた才能を持つ者たちが。管理局、いえ、王国にとって、これほど有用な情報は今までになかったと断言できます。その情報に対し対価を支払わないというのは、国家としての信用にも関わります」
重要な情報に金を渋ったと噂になれば、シーカーたちはこの国を見限るかもしれないと言いたいようだ。
分からないでもないが、何となく王国が俺たちを取り込もうとしている気がして受け取りづらい。しかし、ここで遠慮し続けてもますます面倒になりそうだと思い直す。
「分かりました。では十万ソルでお売りします」
「助かります。情報はすぐに公開しても問題ないでしょうか」
「ええ、あの辺りは把握していますから、そのまま自由にお使いください」
結局、黒金貨の対価と同じく王国の為替手形でもらうことにした。肉を買い取った時の支払いに使うためだ。
用事が済んだので局長室を後にする。
一緒に出てきたマーローにウィズが声を掛けた。
「そなたも我らと一緒に食事に行かぬか。サンダーバードもミノタウロスチャンピオンもある。美味いものを食って元気を付けねばの」
その言葉に何となくリアが苦笑している気がした。俺たちのせいでマーローが忙しくなったと彼女が言っていたので、その張本人が慰労したことがおかしかったのだろう。
「管理局の役職に就いている以上、奢っていただくわけにはいきませんが、ご一緒させていただけるなら、ぜひともお願いしたいですね」
断ると思ったら意外にも乗ってきた。
「水臭いことを申すな。ゴウも言ったが我らは金に困っておらぬ」
ウィズはマーローが遠慮していると思ったようだが、遠慮というよりけじめなのだろう。このことはきちんと教えておいた方がいいと思い説明する。
「それは違うぞ、ウィズ」
「どういうことじゃ?」と俺の方を向いて僅かに首を傾げてくる。
「管理する側の管理官と、される側のシーカーが馴れ合って見えるのはよくないってことだ。特に俺たちはいろいろと言えない事情があるんだ。俺たちはいいが、マーローさんに悪い噂が立って迷惑をかけることになるかもしれない」
「なるほどの……まあよい。それなら、世話になっておるマーローに払わせた金以上の満足を与えればよいだけじゃ。ゴウよ、頼んだぞ」
「俺に頼んでも仕方ないと思うが、言いたいことは分かった」
俺はウィズにそう答え、マーローに「何かご希望はありますか?」と尋ねた。
「リアから話は聞いていますが、エドガーさんに任せた方がよさそうです。ですので、すべてお任せします」
「そうじゃ。よく分かっておる! ゴウに任せるのが一番じゃ!」
「では、リアさんかエディさんを通じて日程調整をさせてもらいますね」
そう言って二人と別れ、出入管理所に向かった。
ダルントンたちとの話し合いは三十分ほどだったが、確認作業の方も終わったところだった。
「こちらがリストになります」と言ってエディがリストを渡してきた。
俺が確認していると、鑑定担当の職員が申し訳なさそうに頭を下げる。
「これだけのものですので査定に時間が掛かります。申し訳ないですが、明日の夕方以降の引き取りでお願いできないでしょうか」
「ええ、それで構いませんよ。昨日獲ってきた肉もありますし、明日はエディさんたちに教えてもらう店か、ハイランド料理店に行こうかと思っていますから」
リストを確認しサインをした後、昨日獲ってきたサンダーバードなどの肉を引き取る。
「ブラックコカトリス三キロ、サンダーバード四キロ、コカトリス五キロ、グレートバイソン三十キロです。これだけで税金は白金貨八枚になります。マナクリスタルが……」
結局、税金を払っても白金貨十七枚、百七十万円ほどの収入になった。明日受け取る肉は更に量が多い。買い取りは査定額を支払う必要があるから、赤字になるかもしれない。
肉をすべて引き取った後、ウィズが「遅れるでないぞ」とエディに念を押していた。
マシュー・ロスの和食屋、〝ロス・アンド・ジン〟に向かうため、一度宿に戻った。
◆
ゴウたちがミノタウロスを乱獲していた頃、同じ階層にはあるシーカーパーティがいた。
彼らはブラックランクになるための最終関門、四百階の守護者の部屋を目指して、オーガやミノタウロスたちと死闘を繰り広げていた。
彼らが転移魔法陣で三百九十階に入ってから、既に丸一日が過ぎている。
順調に進み、午後には三百九十五階に達したが、そこでミノタウロスグラディエーターとウォーリア二体に遭遇した。
何とか勝利したものの前衛が負傷し、いわゆるセーフティエリアで休んでいる。
「俺たちにはまだ早いんじゃないか。グラディエーターとウォーリア相手にこれだけ苦戦したんだ。ミノタウロスチャンピオンと上位種四体と戦えるとは到底思えん」
負傷したタンク役の熊獣人がそう呟く。
「確かにそうね。チャンピオンは指揮官としても優秀だから、取り巻きも普通の上位種より三割増しの強さになるという話だし」
エルフの女性魔術師が同意する。
「でもせっかくここまで来たんだぜ。もう少し粘ってもいいんじゃないか」
斥候役の狼獣人の女が、男勝りな口調でそう反論する。
「無理は禁物だ。もう少し浅い階層でレベルを上げてから再チャレンジすべきだろう」
リーダーである竜人の魔導戦士が方針を示した。ヒュームの神官の女性はその言葉に頷いた後、今日の戦闘で感じたことを口にする。
「昨日よりミノタウロスの攻撃が激しかったような気がするのだけど、気のせいかしら」
「あたいもそう思ったね。目の色がいつもより赤かった気がする。怒りに燃えているというより、涙目に見えたんだが気のせいかね」
狼獣人がそう言うと、全員が同じことを思っていたのか大きく頷く。
「何か異変が起きているのかもな。そう考えれば撤退するという選択肢は悪くないだろう」
休憩を終えた後、パーティは三百九十階の転移魔法陣に向けて出発した。
何度かオーガやトロールと遭遇したが、斥候が先に見つけたため、戦わずに済んだ。
「それにしてもミノタウロスに遭遇しなくなったな。助かるんだが、さっきまでのことと合わせて考えると何だか不気味だな……」
リーダーの言葉に全員が頷いた直後、もの悲しげな牛の鳴き声が聞こえ、全員がブルッと震えた。
オーガより肥満型で、不健康そうな灰色の肌と異様に長い腕が、異世界の魔物であると主張している。
バーサーカーという名前に相応しく、俺たちを見ると、「「グォォォ‼」」という低い咆哮を上げ、腕を振り回しながら襲い掛かってきた。
「なぜ外ればかりなんじゃぁぁぁ!」というウィズの叫びが、トロールたちの咆哮を打ち消す。
無詠唱で直径二メートルほどの巨大な炎の球を二十個ほど作り上げると、醜い狂戦士たちはその数に驚き、思わず動きを止めてしまう。
「お前たちなど消えてしまえ!」
その言葉で炎の球がトロールに殺到する。炎の球が収束することにより、真昼の太陽を直に見たような眩しさを感じ、思わず瞼を閉じてしまった。
耳をつんざくような爆発音の後に熱風を感じ、ゆっくりと目を開けると、高温に晒されて白く焼けた床の上に、宝箱だけが残されていた。
一応宝箱を開けて回収するが、こいつらは武器すら落とさない。
「今日は調子が悪いの」とウィズがぼやく。
「まだそれほど時間は経っていないんだから、気にするな。これから先はフィールドにも上位種が出るようになるんだ。コカトリスやサンダーバードと違って希少種じゃないんだから、簡単に見つかるさ」
「そうだといいのじゃが」
珍しく気落ちしているウィズを励ましながら三百八十一階に下りていく。
階段室を出た瞬間、「おったぞ!」というウィズの陽気な声が迷宮内に響く。彼女を見ると、それまでの気落ちした表情が一転し、満面の笑みになっていた。
何がいるとも言わずにいきなり手を掴まれて転移する。そこには武器を持たない大型のミノタウロスが立っていた。上位種であるグラップラーだ。
俺たちを視認すると、「ブモォォォ!」と鼻息も荒く、腕を高く上げて構えを取る。グラップラーの名の通り、素手で俺たちに挑むつもりで気合を入れている。
そんな気合の入ったグラップラーに対し、ウィズは「肉を落とすのじゃ!」という間の抜けた言葉を叫び、無慈悲な攻撃を放つ。
走り出そうとしていたグラップラーは一歩足を踏み出したところで、ウィズの放った巨大な火の玉に呑み込まれてしまった。
「モォォ……」という悲しげな鳴き声が耳を打つ。
その鳴き声は牧場から売られていく牛に似ていると一瞬思ったが、すぐに光の粒子となって消えてしまった。
「あったぞ! 肉じゃ!」
その言葉に世の無常を強く感じた。俺の心の内など完全に無視して、ウィズが拾った肉の塊を天高く掲げていた。その様子に昔テレビで見た、素潜りで魚を獲るお笑いタレントの姿が被る。
「グラップラーの肉じゃ! どんな味じゃろうな」
「うん。楽しみだな」と答えるが、棒読みのような言い方になってしまった。
それから、この辺りの階層でミノタウロスの上位種を狩っていった。見つけ次第、転移で移動し瞬殺する。まさに見敵必殺。
そこに今までのような遠慮はなかった。
既にブラックランクシーカーと公表されているだけでなく、〝肉収集狂〟なる二つ名まで賜っているから、呆れるほど狩っても問題ないと思い直したのだ。
もっとも、今まで遠慮していたのかと問われれば、返す言葉もないが。
三百九十階のゲートキーパーの部屋ではミノタウロスの上位種すべてが現れ、ウィズが「ついておるの!」と叫びながら魔術を放って瞬殺した。
グラップラーとナイトの宝箱からは肉が、グラディエーターからはミスリル製の剣が手に入った。ミスリルの剣は滅多に出ない超貴重なドロップ品だが、ウィズは「外れじゃ」とご機嫌斜めだった。
次の階からも同じようにミノタウロスの上位種を狩りながら下っていき、四百階に到着した。
「ここは安心じゃ。必ずミノタウロスチャンピオンが出るからの」
彼女の言う通り、四百階は百階ごとに現れる守護者の部屋で、決まった魔物が現れ、ほぼ決まったものがドロップされる。ほぼというのは、稀にプラスアルファでレアアイテムが手に入るということで、目的のチャンピオンの肉は百パーセント入手できる。
ガーディアンの部屋に入ると、最下層で世話になった懐かしいミノタウロスチャンピオンが、上位種を従えて待ち受けていた。
威風堂々たる牛頭の戦士が筋骨隆々の上位種を従える姿は、まさに勇者だ。
しかし、その威厳に満ちた姿も一瞬で消し去られてしまう。
ウィズは「肉じゃ! これも肉じゃ!」と歓喜の声を上げ、「ここはよいぞ! 肉が容易く手に入る!」と〝肉〟という単語を連呼する。迷宮の魔物に感情があったなら、あまりの理不尽さに涙したことだろう。
俺はここまで肉に執着していない。やはり肉収集狂の称号はウィズにだけ献上すべきだと思う。
四百階でミノタウロスチャンピオンらを倒した後、三百九十階の転移魔法陣に飛び、また同じようにミノタウロスの上位種を狩っていく。
三百八十階までの不調が嘘のようにドンドン上位種を狩り続け、それに伴い肉も溜まり続けた。
四百階のガーディアンの部屋で再びチャンピオンを狩ったところで、休憩に入る。
「ずいぶん狩ったが、どれほどになったのじゃ?」
嬉々として狩り続けていた本人が他人事のように聞いてきた。
苦笑しながらも俺は収納魔術に保管した肉を確認する。
本来なら迷宮管理局から預かったマジックバッグに入れるのだが、それにはカウント機能がないため、数の分かるアイテムボックスに入れてあるのだ。もちろん、迷宮から出る前に移し替える。
「ミノタウロスが三、ウォーリアが五、グラップラーが七、グラディエーターが四、ナイトが四、チャンピオンが二だな。肉だけで百三十五キロか。結構狩ったな」
ミノタウロスがドロップする肉はグレートバイソンと同じ五キログラムだ。但し、最上位種であるチャンピオンのドロップする肉は十キロある。
通常種の肉が三個十五キロ、上位種が二十個百キロ、チャンピオンの肉が二個二十キロという内訳だ。
「午後もこの調子で狩り続けるぞ。目標はチャンピオンの肉を十個じゃ!」
さすがにそれは無理だろうと思うが、今日はマシュー・ロスの和食店〝ロス・アンド・ジン〟に行く予定があるので、時間になったらやめるだろうから、今は何も言わない。
「さて、バーナードさんは何を入れてくれたのかな?」
宿で用意してもらった昼食を取り出す。今回は籐の籠が二つあり、確か一つは温かく、一つは冷たいとのことだった。
「何やら香ばしい匂いがするの」
ウィズの言う通り、温かい方の籠から焼けた小麦とバターの香りが漂ってきた。それに加え、肉と香辛料の香りもする。
蓋を開けると、そこには湯気が上がるミートパイがあった。食べやすい八等分にカットされており、手で持って食べることができるようショートケーキのように紙の上に載っている。
「美味そうじゃな」とウィズが手を出してくる。
「まだワインを開けていないんだぞ」と言いながらも一切れ渡す。
続いて冷たい方の籠の蓋を開ける。こちらにはワインが二本と生ハムのスライス、そして密閉された壺のような容器が入っていた。
これは何だろうと思いながら壺の蓋を開けると、とろみのありそうな白いスープが入っていた。
「ヴィシソワーズか! いろいろと考えてくれるな」
ジャガイモとポロネギの冷製スープ、ヴィシソワーズが入っていたのだ。
早速ワインを開け、ゴブレットに注ぐと、芳醇なブドウの香りが辺りに広がった。
「昨日のワインとは違うみたいだな。果実感が昨日よりある」
紫色にも見える濃い赤で、飲んでみると黒ブドウの果実感に皮の渋みが僅かに加わった味わいの赤ワインだった。
「スペインか南米辺りのワインみたいだな。これにミートパイを合わせてきたか……」
そう言いながらミートパイにかぶりつく。まだ焼き立ての熱さがあり、サクッとしたパイ生地に含まれる芳醇なバターの香りの後に、肉汁の旨味が爆発的に広がっていく。
「これはよいの! 中のひき肉と皮が絶妙じゃ! 端のサクサクとした食感がまたよい!」
ウィズは満面の笑みを浮かべ、手に持ったパイを掲げている。かなり気に入ったようだ。
「このワインもよく合うぞ。脂がきれいに流れるし、後に残るブドウの香りが更に肉を食べたくなるようにしてくれる」
俺の言葉に左手に持っていたゴブレットのワインを呷る。
「うむ。ゴウの言う通りじゃ! で、その壺の中身は何なのじゃ?」
「ジャガイモとポロネギの冷製スープだと思う。もしかしたら白いんげん豆も使っているかもしれないな。イモとクリームの甘さの中にハーブの香りがあって、いい口直しになるぞ」
スプーンを渡すと、すぐにスープを口に運ぶ。
「これも美味いの。この冷たさがちょうどよい」
その後、生ハムも摘まむが、果実香の強い赤ワインに熟成された生ハムの塩味は最高に合った。
「今日もバーナードには礼を言わねばならんの」
ウィズも大満足のようだ。
それからウィズの宣言通り、四百階のミノタウロスチャンピオンを中心に上位種を狩っていく。
二時間ほどで五周でき、最終的な肉の数は通常のミノタウロス三、ウォーリア十五、グラップラー二十、グラディエーター十一、ナイト九、チャンピオン七の合計六十五個、三百六十キロだ。
この他にもドロップ品の武器が十五以上あり、マジックバッグの収容能力の限界に近づいていた。
ドロップ品以外ではマナクリスタルが百五十個を超え、貨幣は白金貨が三十二枚に金貨が六百枚以上と、現金だけでも九百万円を超える計算になる。
「さて、昨日の肉を回収しなくちゃいけないし、そろそろ出るか」
「そうじゃの。これだけの量があるとエディたちの確認も時間が掛かるじゃろうしの」
狩っている時は特に何も思わなかったが、冷静に考えると多すぎる気がする。
「ちょっと多すぎたかもしれんな。いきなりこれだけの量を卸すと価格破壊が起きるかもしれん」
「安くなるならよいのではないか?」
「食う方はいいが、これで生計を立てているシーカーには大打撃だ。どうするかな……王様にでも献上するか」
市場にそのまま流せば価値が暴落するだろうが、王宮に献上すれば市場に回る分は多少増える程度で済むのではないかと考えた。
「ゴウがそれでよいというなら任せる」
「マーローさんにでも相談するか。仕事が増えるのは気の毒だが」
管理官であるマーローは俺たちの専属のような扱いになっている。仕事を増やすのは悪いが、勝手に行動を起こしてトラブルを招くより予め相談した方がいいだろう。
その後、出入管理所でドロップ品を提出した。それを見た管理所の職員たちは目を丸くし、言葉を失った。
エディがいち早く我に返る。
「これって全部ミノタウロスの肉ですよね……でも、俺が知っているのと違うのがだいぶ入っているんですが……」
「無論じゃ! 我がただのミノタウロスの肉など集めてくるわけがない」
ウィズが自慢げに胸を張る。
「上位種がほとんどじゃが、チャンピオンの肉も七個あるはずじゃ。そんなことより今日はブラックコカトリスを食いにいかねばならん。早う確認せい」
ウィズの言葉で慌てて鑑定担当の職員が呼び出されたが、その職員もエディたちと同じように言葉を失い固まった。しかし、すぐに気を取り直して確認作業を始める。
「まずは肉から確認します。ミノタウロスの肉が三、ウォーリアが十五、グラップラーが二、二十です……」
だんだん声が小さくなり、目のハイライトが消えていくが、俺にできることはない。
「高品位鋼の剣が四本に戦斧が七本、それにメイスが一本……えっ? ミスリルの剣が三本に戦斧が二本もですか……滅多に出ないはずなんですが……」
ドロップ率から言えば武器が一番出にくいから、彼の言っていることは正しい。
「そうなのじゃ。これほど外れが出るとは思わなんだ。途中から調子よく肉を落とすようになったからいいようなものの、泣きそうになったほどじゃ」
ウィズのコメントに対し、エディをはじめ、職員たちは目を逸らして何も言わない。
俺はその空気を誤魔化すように強引に話題を変える。
「そう言えばマーローさんに相談があるんです。事務所にいらっしゃいますか?」
「ええ、管理官室にいるはずですが、何かトラブルでもありましたか?」
鑑定を行っていた職員が恐る恐るという感じで聞いてきた。
「大したことじゃないんです。これだけの量の肉ですから、一度に市場に流すのはまずいだろうなと思いましてね。それで一部を王宮に献上しようと考えているんです」
「なるほど。それなら管理官より局長に相談した方がよいでしょう。幸い、局長も在席しておりますので、すぐに相談できると思いますよ」
思ったより大ごとになりそうだが、確かに王宮に献上するなら責任者に話した方が早いだろう。
「ではリストができるまでの時間を使って相談してきます。終わったら寄りますので、よろしくお願いします」
そう言って俺は事務所に向かった。
事務所に入ると、受付にはリアが座っていた。簡単に挨拶をした後、面会を申し込む。
「相談したいことがあるのでマーローさんに面会できないでしょうか。もしかしたら局長さんの方がいいかもしれないですが」
俺の言葉にリアが「何かあったんですか……」と不安そうな表情を浮かべる。
「いえいえ、大したことじゃないんですよ」と言ってから、ミノタウロスの肉を献上したいという話をする。
「そういうことですか」
リアは安堵の表情を見せ、「ちなみにどれくらいあるんですか?」と無邪気な表情で聞いてきた。
「全部で三百六十キロじゃ。まあくず肉が十五キロほど交じっておるが、最上級の肉は七十キロあるぞ」
ウィズが自慢げに言った。
「さ、三百六十……最上級ということはミノタウロスチャンピオン……それが七十キロも……ということは七回も四百階に行ったんですか……」
俺たちの行動に耐性がついてきているはずのリアだが、事実を受け止め切れず、途切れ途切れに呟いている。
「そういうことなので取り次ぎをよろしくお願いしますね」
「わ、分かりました……」
リアはそう言って立ち上がり、階段を上っていく。
ほとんど待つことなく、マーローがやってきた。しかし、リアの姿はない。
「肉を献上したいとのご意向と伺いましたが」とマーローが真剣な表情で確認してきた。
「ええ、その通りなんです。それで相談を……」
「では、局長室に参りましょう」
早速局長のレイフ・ダルントンのところに行くようだ。
「いきなりですが、大丈夫なんですか?」
「この後、ロス・アンド・ジンに食事に行かれると聞いています。あまり時間を取らない方がいいのではないですか」と逆に聞かれてしまう。
「そうじゃな。このような些事はさっさと済ますに限る」
ウィズにとっては国王への献上は些細なことらしい。災厄竜と呼ばれ、神に匹敵する力を持つ存在だからこそ許される言葉だろう。
局長室に入ると、ダルントンの他にリアがいた。彼女が先に説明してくれたようだ。
ダルントンは挨拶もそこそこにすぐに本題に入る。
「ミノタウロスの肉を王宮に献上したいと伺いましたが」
「ええ、調子に乗って少々狩りすぎまして、このまま市場に流すのはいかがなものかと思ったのです。ただ、量が量だけに我々だけで処理するのは……それでご迷惑かとは思ったのですが、王宮に献上すればよいのではと考えた次第です」
「迷惑などとは全く思っておりませんよ。陛下もさぞお喜びになることでしょう。それでいかほど献上されるご予定でしょうか」
「ウォーリアとグラップラーの肉を五十キロずつとグラディエーター、ナイト、チャンピオンのものを三十キロずつと考えています」
ダルントンは目を大きく見開き、一瞬絶句した。
「……チャンピオンの肉を三十キロ……ちなみに本日だけですべて狩ったのでしょうか」
「その通りじゃ。あの階層は効率よく狩れるので気に入っておる」
ウィズが腕を組んだ状態で自慢げに答える。
「本当にお二人は規格外ですな」とダルントンは相好を崩して感心するが、すぐに表情を真剣なものに改める。
「それほどの品は他国からも贈られたことはありません。私如きが恐縮ですが陛下に代わりまして、お礼申し上げます」
そう言って大きく頭を下げると、マーローとリアもそれに倣う。
他国からも贈られたことがないという言葉に〝やりすぎたか〟と思ったが、ウィズのことを考えれば力を誇示しておくのは悪いことではないと思い直す。
「では、明日の受け取りの時にお渡しします」
そう言って立ち上がろうとしたが、マーローが「少しだけお時間を」と言って止めた。
「今朝、ミスリルランクのキースが迷宮の地図を持ってきました。情報を管理局に渡すようにエドガーさんから言われたと聞きましたが、間違いないでしょうか」
地図を渡したことをすっかり忘れており、少しばつが悪い。
「ええ、確かにキースさんに管理局に提出してもらうようお願いしましたが、何か問題でもありましたか?」
「問題はありませんが、情報の対価についてお話ししたいことがありまして……正直なところ、これほどの情報にいかほどの値段を付けたらいいのか迷っております。局長とも話し合ったのですが、白金貨百枚、十万ソルでいかがでしょうか」
十万ソルと言えば日本円でだいたい一千万円だ。珍しい情報とはいえ、それほどの金をもらっていいのかと思ってしまう。
俺が沈黙していると、ダルントンがマーローに代わって話し始める。
「やはり安すぎましたか……では、その倍の二十万ソルでいかがでしょうか。それ以上は予算的に厳しく……」
そこで話を遮る。
「いや、十万でも充分すぎます。お金に困っているわけでもありませんし、いろいろお世話になっていますから無料で構いませんよ」
正直な気持ちだ。迷宮に入ればいくらでも稼げるし、黒金貨の代金もこれから受け取れるから、本当に金には困っていない。王国に恩を売る意味でも、金はもらわなくてもいい。
「それは困ります。これほどの情報に対価として正当な報酬を支払わなければ、迷宮管理局の存在意義を問われますので」
「しかし……」と更に反論しようとしたが、やんわりと目で制される。
「多くのシーカーがこの情報で助かるのです。中でも、ブラックランクになる直前という極めて優れた才能を持つ者たちが。管理局、いえ、王国にとって、これほど有用な情報は今までになかったと断言できます。その情報に対し対価を支払わないというのは、国家としての信用にも関わります」
重要な情報に金を渋ったと噂になれば、シーカーたちはこの国を見限るかもしれないと言いたいようだ。
分からないでもないが、何となく王国が俺たちを取り込もうとしている気がして受け取りづらい。しかし、ここで遠慮し続けてもますます面倒になりそうだと思い直す。
「分かりました。では十万ソルでお売りします」
「助かります。情報はすぐに公開しても問題ないでしょうか」
「ええ、あの辺りは把握していますから、そのまま自由にお使いください」
結局、黒金貨の対価と同じく王国の為替手形でもらうことにした。肉を買い取った時の支払いに使うためだ。
用事が済んだので局長室を後にする。
一緒に出てきたマーローにウィズが声を掛けた。
「そなたも我らと一緒に食事に行かぬか。サンダーバードもミノタウロスチャンピオンもある。美味いものを食って元気を付けねばの」
その言葉に何となくリアが苦笑している気がした。俺たちのせいでマーローが忙しくなったと彼女が言っていたので、その張本人が慰労したことがおかしかったのだろう。
「管理局の役職に就いている以上、奢っていただくわけにはいきませんが、ご一緒させていただけるなら、ぜひともお願いしたいですね」
断ると思ったら意外にも乗ってきた。
「水臭いことを申すな。ゴウも言ったが我らは金に困っておらぬ」
ウィズはマーローが遠慮していると思ったようだが、遠慮というよりけじめなのだろう。このことはきちんと教えておいた方がいいと思い説明する。
「それは違うぞ、ウィズ」
「どういうことじゃ?」と俺の方を向いて僅かに首を傾げてくる。
「管理する側の管理官と、される側のシーカーが馴れ合って見えるのはよくないってことだ。特に俺たちはいろいろと言えない事情があるんだ。俺たちはいいが、マーローさんに悪い噂が立って迷惑をかけることになるかもしれない」
「なるほどの……まあよい。それなら、世話になっておるマーローに払わせた金以上の満足を与えればよいだけじゃ。ゴウよ、頼んだぞ」
「俺に頼んでも仕方ないと思うが、言いたいことは分かった」
俺はウィズにそう答え、マーローに「何かご希望はありますか?」と尋ねた。
「リアから話は聞いていますが、エドガーさんに任せた方がよさそうです。ですので、すべてお任せします」
「そうじゃ。よく分かっておる! ゴウに任せるのが一番じゃ!」
「では、リアさんかエディさんを通じて日程調整をさせてもらいますね」
そう言って二人と別れ、出入管理所に向かった。
ダルントンたちとの話し合いは三十分ほどだったが、確認作業の方も終わったところだった。
「こちらがリストになります」と言ってエディがリストを渡してきた。
俺が確認していると、鑑定担当の職員が申し訳なさそうに頭を下げる。
「これだけのものですので査定に時間が掛かります。申し訳ないですが、明日の夕方以降の引き取りでお願いできないでしょうか」
「ええ、それで構いませんよ。昨日獲ってきた肉もありますし、明日はエディさんたちに教えてもらう店か、ハイランド料理店に行こうかと思っていますから」
リストを確認しサインをした後、昨日獲ってきたサンダーバードなどの肉を引き取る。
「ブラックコカトリス三キロ、サンダーバード四キロ、コカトリス五キロ、グレートバイソン三十キロです。これだけで税金は白金貨八枚になります。マナクリスタルが……」
結局、税金を払っても白金貨十七枚、百七十万円ほどの収入になった。明日受け取る肉は更に量が多い。買い取りは査定額を支払う必要があるから、赤字になるかもしれない。
肉をすべて引き取った後、ウィズが「遅れるでないぞ」とエディに念を押していた。
マシュー・ロスの和食屋、〝ロス・アンド・ジン〟に向かうため、一度宿に戻った。
◆
ゴウたちがミノタウロスを乱獲していた頃、同じ階層にはあるシーカーパーティがいた。
彼らはブラックランクになるための最終関門、四百階の守護者の部屋を目指して、オーガやミノタウロスたちと死闘を繰り広げていた。
彼らが転移魔法陣で三百九十階に入ってから、既に丸一日が過ぎている。
順調に進み、午後には三百九十五階に達したが、そこでミノタウロスグラディエーターとウォーリア二体に遭遇した。
何とか勝利したものの前衛が負傷し、いわゆるセーフティエリアで休んでいる。
「俺たちにはまだ早いんじゃないか。グラディエーターとウォーリア相手にこれだけ苦戦したんだ。ミノタウロスチャンピオンと上位種四体と戦えるとは到底思えん」
負傷したタンク役の熊獣人がそう呟く。
「確かにそうね。チャンピオンは指揮官としても優秀だから、取り巻きも普通の上位種より三割増しの強さになるという話だし」
エルフの女性魔術師が同意する。
「でもせっかくここまで来たんだぜ。もう少し粘ってもいいんじゃないか」
斥候役の狼獣人の女が、男勝りな口調でそう反論する。
「無理は禁物だ。もう少し浅い階層でレベルを上げてから再チャレンジすべきだろう」
リーダーである竜人の魔導戦士が方針を示した。ヒュームの神官の女性はその言葉に頷いた後、今日の戦闘で感じたことを口にする。
「昨日よりミノタウロスの攻撃が激しかったような気がするのだけど、気のせいかしら」
「あたいもそう思ったね。目の色がいつもより赤かった気がする。怒りに燃えているというより、涙目に見えたんだが気のせいかね」
狼獣人がそう言うと、全員が同じことを思っていたのか大きく頷く。
「何か異変が起きているのかもな。そう考えれば撤退するという選択肢は悪くないだろう」
休憩を終えた後、パーティは三百九十階の転移魔法陣に向けて出発した。
何度かオーガやトロールと遭遇したが、斥候が先に見つけたため、戦わずに済んだ。
「それにしてもミノタウロスに遭遇しなくなったな。助かるんだが、さっきまでのことと合わせて考えると何だか不気味だな……」
リーダーの言葉に全員が頷いた直後、もの悲しげな牛の鳴き声が聞こえ、全員がブルッと震えた。
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