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2巻
2-1
しおりを挟む一.乱獲
大陸暦一一二〇年四月二十四日。
魔王アンブロシウス率いる魔王軍の精鋭一万五千は、本拠地ストラス山脈から最初の目的地、ハイランド連合王国の王都ナレスフォードに向けて進軍を開始した。
魔王自らが配下に加えた有翼蛇や合成獣などの強力な魔物を先頭に、屈強な魔人族の戦士たちが魔王に付き従って飛翔する。その力強い姿は、野生の魔物たちが息を潜めて隠れるほどだ。
その日の夜、野営地に設置された豪華な天幕の中で、魔王は玉座に座り、トーレス王国の赤ワインが入ったグラスを傾けていた。
(我が宿願を果たす時が来た。豪炎の災厄竜によって失った魔人族の栄光を、取り戻す時が来たのだ……しかし、奴は本当に消滅したのだろうか? もし、万が一誤りであったならば……)
魔王はごく僅かだが、不安を感じていた。強大な力を誇る魔人族を、一瞬にして逃げ惑う仔羊の群れにした存在に、本能的に恐れを抱いていたのだ。
(千年間、一度も姿を見せなかったのだ。迷宮で朽ち果てたのであろう……)
楽観的な思考に切り替え、ワインを呷った。
◆
四月二十五日。俺――ゴウ・エドガーは爽やかな朝を迎えていた。昨夜、俺は迷宮主であった竜のウィズことウィスティア・ドレイクと共に、名料理人カール・ダウナーのビストロ〝探索者の台所〟で肉料理と酒を満喫した。
定宿にしている〝癒しの宿〟で朝食を食べ終えたところに、支配人バーナード・ダンブレックが籐の籠を二つ持って現れた。〝肉収集狂〟たる俺たちは今日も肉を求めて迷宮に入るため、その昼食を持ってきてくれたのだ。
「本日は少し趣向を変えております。温かいものと冷たいものですので、早めに収納袋に入れていただきますようお願いいたします」
中身を聞こうかと思ったが、サプライズもいいだろうと聞かずにおいた。
バーナードから弁当を受け取り、迷宮管理局に向かおうとしたところで、昨日助けた魔銀級の獣人族の探索者、キースが声を掛けてきた。彼の後ろにはパーティメンバー五人が立っている。
「店を紹介する話なんだが、今時間は大丈夫か?」
助けた際、礼がしたいと言ってきたので、彼らが行く店の情報が欲しいと伝えたのだが、早速教えてくれるらしい。
目でウィズに確認すると大きく頷く。普段なら肉を取りに行くことを優先するところだが、店の話を聞きたいのだろう。
「今から迷宮に行くつもりですが、問題ありませんよ」
宿のロビーにあるソファーに座ると、キースが話し始める。
「昨日も話したが、俺たちは隣のハイランド連合王国の出身なんだ。だから、ハイランド料理の店に入り浸っている。それでもよければ紹介することができるんだが……」
〝ハイランド〟と聞くとどうしてもイギリスのスコットランドにあるハイランド地方が思い浮かぶが、この世界のハイランドがどんなところか分からず、当然料理も想像できない。
「ハイランド料理ですか……詳しくないので教えてほしいのですが、具体的にどんな料理なんでしょうか」
「そうだな。地域によっていろいろ違うから、遠くから来たのなら知らなくても仕方がないだろう……」
そう言って説明を始める。
ハイランド連合王国は様々な種族の王国が連合して作られた国で、そのため、それぞれの種族の好みに合った独特な料理が存在する。
チーズやバターを多用し、地元の淡水魚や羊肉を使うことが多いらしい。また、森が深く、そこで獲れた野鳥を使ったジビエ料理に近いものもあるそうで、バラエティー豊かという印象だ。
「聞いているだけではよく分かりませんけど、いろんな食材を使う料理ということですね。なら、とても興味があります。ぜひとも教えてください」
俺の一言でキースたちが安堵の表情を浮かべる。もしいらないと言われたら、と不安だったのかもしれない。
「俺たちは、迷宮に入ると最低二日は出てこないんだ。だから、よく行く店の情報を書いておいた」
そう言って、キースは紙を手渡してくる。そこには店の名前と場所、主な料理や店主の名前などの情報が書かれていた。
「俺の書いた紹介状なんかが役に立つかは分からんが、一応それも用意した。気が向いたら使ってくれ」と言って封筒も手渡される。
「ありがとうございます。これだけ多くの情報がもらえるとは思っていませんでしたよ。本当に助かります」
そう言って頭を下げると、キースたちが苦笑する。
「俺たちは命を助けられたんだ。未だにこんなことでいいのかって思っているんだが」
「我らにとってこの情報は白金貨などよりよほど貴重じゃ。金など迷宮に行けばいくらでも得られるが、このような情報は我らだけでは得られぬからの」
ウィズの言葉に俺も大きく頷く。
「彼女の言う通りですよ。常連客の情報ほど貴重なものはないんですから」
俺たちの言葉に、キースたちの表情が更に微妙なものに変わる。呆れているのだろうが、顔に出せないという感じだ。
「そう言えば今日も迷宮に入るんですよね」
俺が尋ねると、「そのつもりだが」と突然変わった話にキースが戸惑っている。
「すみません。今思いついたんですが、コカトリスやサンダーバードの出やすい場所が分かるようになったんです。その場所をお教えしようかと思ったんですが……」
キースたちは、コカトリスやサンダーバードといった奇襲を仕掛けてくる魔物を苦手にしていると感じた。もし魔物が出る場所が事前に分かっていれば、生存確率はグッと上がるのでは、と思ったのだ。昨日会ったばかりだが、言葉を交わした人が死ぬのは寝覚めが悪い。
「魔物が出る場所が分かるようになった? どういうことだ?」
キースはそう言って自分のパーティメンバーを見る。しかし、他のメンバーも小さく首を横に振るだけで話に付いてこれていない。
それにどう答えようか一瞬迷ったが、適当に誤魔化すことにした。
「何となく美味そうな肉の匂いで分かるんですよ」
「匂いで……さすがは肉収集狂だな」
普人族の槍戦士、パットが納得顔で呟く。キースは若干呆れながらもすぐに真剣な表情になった。
「その情報は喉から手が出るほど欲しい。だが、ただで渡すものじゃない。管理局に言えば高く買ってくれるだろう」
以前、管理官のエリック・マーローに地図の空白場所の情報は買ってもらえるとは聞いていたが、こんな情報まで買い取ってくれるとは思わなかった。
「こういう情報も売れるんですね」と俺は思わず呟いていた。
「ぜひとも管理局に売るべきだ。俺たちだけじゃなく、他のシーカーにも恩恵がある話だからな」
他のパーティとはライバル関係にあるかと思ったが、そうでもないらしい。ゲームであれば情報は秘匿するから、ついそう考えてしまうが、現実では自分たちの命が懸かっている。情報を共有することの大切さは身に染みているのだろう。
「後で管理局に渡します。でも、管理局なら無料で公開するはずですよね。それなら、今ここで教えても問題ないと思いますが」
「確かにそうだが……俺たちが情報を売るとは思わないのか?」
「なるほど。そういう可能性もありますね」
とは言うものの、勝手に売られたら気分はよくないが、高く売れるといっても金には全く困っていないから問題はない。
そのことを伝えると、キースが「なら、自分たちで……」と言いかけたのでその言葉を遮る。
「いや、いいんです。管理局でいろいろ聞かれて時間を費やすのは避けたいですから、代わりに情報を持って行ってもらえる方が助かるんですよ」
俺の言葉にキースはこめかみを押さえ、他の五人も微妙な表情を浮かべる。
「今から私の地図に描いて渡しますので少し待ってください」
そう言いながら地図を出し、ウィズと二人でマークを付けていく。
「三百三十階はこの辺りだったな……三百四十三階は……」
「この辺りじゃな……おお、確かここにも出たはずじゃ……」
そんな感じで、五分ほどでマークを付け終える。
「今日はその辺りの地図は使いませんから、写し終えたら管理局の誰かに渡しておいてください。夕方には回収に行きますので」
真面目な彼らなら管理局に正直に渡してくれるだろう。もし金に換えたとしても、元々情報はただで渡すつもりだったから構わない。
呆れているキースたちに挨拶をしてから迷宮管理局に向かう。
「ハイランド料理か……どのような料理なのじゃろうな」
「そうだな。何となく想像はできるが、全く違うかもしれないから楽しみだ」
「明日にでも行くかの」
「サンダーバードの肉もあるからな……」
そんな話をしながら管理局の出入管理所に入ると、守備隊の兵士、エディ・グリーンがいた。
「昨日はありがとうございました! ゴウさんたちに紹介する店なんですが、リアと話し合って決めました。今日の夜、マシューさんの店でリストをお渡しします」
彼らも奢ってもらった礼がしたいと言ってきたので、情報が欲しいと頼んでいた。
「おお、それは楽しみじゃ! 期待しておるぞ!」
ウィズのキラキラとした目を見て、エディがブンブンと首を大きく横に振る。
「カールさんやマシューさんのところみたいなのは無理ですから! 俺やリアが普段行く店なんで!」
若者が行く店ということを主張したいようだ。
こちらとしても、そういう店も興味があるので素直にうれしい。
「むしろそういったお店を知りたかったので楽しみです。では、行ってきますね」
そう言いながら軽く手を振り、転移魔法陣に向かう。
「どんな店じゃろうな。今から楽しみじゃ」とウィズの足取りも軽い感じだ。
「ハイランド料理もあるし、どこから行こうか迷うな」
「我は今からでも行きたい気分じゃ」と目を爛々と輝かせている。
「今日は迷宮でミノタウロスの肉を獲るんだろ。その後もマシューさんの店でブラックコカトリスを食べるんだぞ」
「分かっておる。分かっておるが気になるものは仕方がなかろう」
ウィズはちょっと拗ねた感じでそう言ってきた。やはり、少しずつだが、人間らしい感情が芽生えてきている気がする。
◆
ゴウたちを見送った後、キースたちは預かった地図を前に相談を始めた。
「管理局に持っていくしかないな。まあ、時間的には問題ないんだが……」
午前中は食料など物資の補給を行い、午後から迷宮に挑む予定でいた。そのため、ゴウたちとすれ違いになることを恐れ、朝一番にハイランド料理の店の情報を渡したのだ。
「それにしても豪快なのか、いい加減なのか迷いますね」
ヒュームの聖職者セリーナが呆れている。
「とりあえず、写し終えたら管理局に行ってくる」
全員で管理局に行くのは効率が悪いため、リーダーであるキースが管理局に行き、他のメンバーは物資の補給を行うことにした。
管理局に到着したキースはミスリルランクの登録証を見せた後、受付の女性職員に用件を伝える。
「三百三十階付近の情報について話をしたい。できれば管理官がいいんだが」
「管理官にですか?」と職員は首を傾げる。このような場合、情報担当の職員が対応することが多いためだ。
「最上級のエドガーたちが持ってきた情報を預かっているんだ」
彼がそう言うと、対応していた職員の隣にいたリア・フルードがガタンと音を立てて立ち上がる。
「少々お待ちください。すぐにマーロー管理官を呼んできますので」
ゴウたちをよく知る彼女は、彼らが絡んでいることから大ごとになる可能性を考え、ゴウたちの担当になっているマーローの部屋に走った。
部屋に入ると、書類を見ていたマーローに早口で事情を説明する。
「ミスリルランクのキースさんが受付に来られ、ゴウさんから預かった情報があるとおっしゃっています。できれば急ぎ対応を」
マーローはすぐに事情を察し、書類をデスクに投げ捨てて立ち上がった。
「すぐに応接室に案内してくれ。できれば君も一緒に話を聞いてほしい」
「分かりました」とリアは言うと、すぐに受付に戻っていく。
マーローが応接室で待っていると、リアに案内されたキースが入ってきた。
「エドガー殿から預かった情報と聞いたのだが」
マーローは挨拶もそこそこに話を切り出す。
「その通りだ。まずはこいつを見てくれ」
そう言って、キースはゴウから預かった地図の束をテーブルの上に置いた。
マーローはその地図をパラパラとめくった後、「これにはどういう意味があるんだ」とキースに確認する。
「コカトリスなどが隠れている場所だそうだ。この辺りでは注意しろということらしい」
あまりに突拍子もない話に、マーローはすぐに言葉が出てこない。
「……本当なのか……いや、あの人たちの言うことならそうなのかもしれんが……」
「恐らく本物の情報だ。ちょっと長くなるが、話を聞いてくれるか」
マーローが頷くと、キースは昨日自分たちが全滅しかけたことを話していく。
「……で、その礼としてハイランド料理の店の情報を渡したら、突然これをくれたんだ」
「なぜだ?」と思わずマーローは聞いた。
「正直なところ、理由はよく分からんが、俺たちが苦手にしていると思ったんだろうな」
キースの答えにマーローは「ああ」としか言えない。
「自分たちで売りに行けと言ったんだが、早く迷宮に入りたいから渡しておいてくれと言われて持ってきた。これだけの情報をポンと渡してきたんだぜ。信じられねぇよ」
キースが肩を竦めると、マーローは「まあ、あの人たちだからな」と苦笑した後、「よく持ってきてくれた」と笑みを浮かべる。
「命の恩人の頼みだからな」
キースは、用件は済んだとばかりに立ち上がろうと腰を浮かせた。
「もう少しだけ時間をくれないか」とマーローが止める。
上げかけた腰を下ろしたキースを確認して、マーローは真剣な表情で話を始めた。
「今回のことは内密にしてほしい」
「何でだ? 情報は公開されるんだろ」
キースが首を傾げて聞く。
「ああ、情報自体は公開するが、あの二人が関与していることは広めたくないんだ」
「どうしてだ? 確かにブラックは貴重だが」
「すまんが事情は話せん。だが、あの二人はただのブラックじゃない。それは分かるだろ」
「確かにそうだな」とキースは大きく頷き、そしてある事実を告げる。
「エドガーが神聖魔術の使い手だとは、この目で見るまで思わなかったよ。それもうちの聖職者より高位で、聖者クラスのようだしな。王国が手放したくないのは分からんでもない」
マーローは思わず反応しそうになった。しかし、精神力を総動員して平静を保つ。
「そういうことだ。あの二人にはいろいろあるんだ。すまんな」
「了解した。あの二人のことはなるべく話さないようにする」
キースはそう言い、応接室を出ていった。
部屋に残されたマーローとリアは一分ほど沈黙し、それからようやく口を開く。
「エドガー殿が神聖魔術を……リア、君は知っていたか?」
話を振られたリアはブンブンと大きく首を横に振る。
「全然知りませんでした。こう言っては何ですけど、人は見かけによりませんね」
その軽口にマーローは反応せず、真剣な表情で「局長の直感が正しかったようだな」と独り言を呟き、リアに視線を向ける。
「あの二人の情報を、どんな些細なことでもいいから教えてくれ」
その後、マーローは一時間以上かけてリアから情報を引き出していった。
リアを解放したマーローは執務室に戻り、椅子に深く座ると、大きく溜息を吐いた。
(当分あの二人からは目を離せないな。私も時間を見て二人と食事に行くべきか。それがあの二人を理解する一番の近道のような気がする……)
首をコキコキと二度鳴らした後、猛然と報告書を書き始めた。
◆
俺とウィズは、迷宮の出入管理所から三百五十階の転移魔法陣に飛んだ。
今日の狙いはミノタウロスの上位種だ。
三百五十一階に下りると、それまでの草原型のダンジョンから洞窟型に変わる。
上の階層にあった洞窟より広く、幅十メートル、高さ十五メートルほどで、天井からは鍾乳洞のように鍾乳石が垂れ下がっている。
床もデコボコとしており、それまでよりも歩きにくく、移動だけでも気を使う。
機敏に動く必要がある軽戦士には不利な造りに感じるが、転移で移動し魔術で瞬殺するスタイルの俺たちには関係ない。
この階層に出てくる魔物は目的のミノタウロスの他に、オーガとトロールがいる。そして、それらの魔物は階層が深くなるにつれ、上位種に変わっていく。
それぞれの特徴を元迷宮主のウィズに教えてもらった。俺もミノタウロスの最上位種、牛頭勇者とは戦ったことがあるものの、それ以外は見たことすらないためだ。
ミノタウロスは神話に出てくる見た目そのままで、身長二・五メートルほどの牛頭の巨人だ。
無駄な脂肪がない見事な肉体を持ち、主に両刃の戦斧を使う。二百キログラムを優に超える体重でありながら俊敏な動きを見せる。
また斧術も修得しており、膂力に頼った闇雲な攻撃ではなく、武術家らしい合理的な動きをしてくる。
レベルは三百程度で、一対一ならミスリルランクの戦士でも充分に対抗可能だ。しかし、その高い耐久力と凄まじい破壊力から油断できない相手として認識されている。
ミノタウロスの上位種だが、レベル三百五十程度の戦士と拳闘士、その上位に当たり、レベル三百七十程度の剣闘士と騎士、そしてレベル四百五十程度の最上位種、勇者となる。
上位種は通常種より頭半分ほど大きい身長二・七メートルほどで、チャンピオンは更に大きい二・八メートルほどだ。
続いて俺たちの目当てではないオーガだが、こちらもゲームなどに出てくる通りの姿で身長が三メートルほどある醜い鬼だ。その上位種は戦士、最上位種は君主となる。
トロールはオーガと同じく身長三メートルほどだが、オーガよりも肥満型の鬼で、これもゲームなどで知られている特徴とほとんど同じだ。その上位種は狂戦士、最上位種は王だ。
以上がこの階層に出てくる魔物なのだが、ウィズにとってはどうでもいいらしい。
「我らなら一撃で倒せるからどれも同じじゃ。肉を落とさぬオーガとトロールはミノタウロスに数段劣るがの」
ここでも肉基準だった。
魔法陣から出るや否や、ウィズは気配察知で魔物を探したが、すぐに「ミノタウロスはおるが、上位種はおらぬの」と落胆した声で言った。
「上位種は三百八十階以降で多く出るんだったよな」
「そうじゃ。我の記憶ではウォーリアとグラップラーは三百八十、グラディエーターとナイトが三百九十以降じゃ」
「なら、一気に三百八十階まで行っておこう。今日は四百階まで行って、転移魔法陣を使って何度もチャンピオンを狩りたいからな」
「うむ。我に異論はないぞ」
そう言うと一気に次の階に行く階段前に転移する。
そんな調子で移動し、三百六十階の門番の部屋の前に到着した。
この階のゲートキーパーはミノタウロス、オーガ、トロールのいずれかの上位種+通常種三体だ。運がよければ狙いの一つ、ミノタウロスウォーリアが現れる。
中に入ると二十メートル四方の部屋だった。
部屋の中央に巨大な戦斧を持つ牛頭の戦士が四体いた。情報通り三体が通常種で、一体が上位種であるウォーリアだ。
「当たりじゃな!」とウィズが笑顔を見せ、俺も大きく頷く。
敵は「「ブモォ‼」」と雄叫びを上げ、一斉に襲い掛かってくる。
しかし、俺とウィズが同時に放った魔術によって、一瞬にして光の粒子となって消えた。
ミノタウロスたちのいた場所を見ると、魔力結晶と宝箱がそれぞれ四つ落ちていた。
「さて肉はどれかの」とスキップでもしそうな感じで、ウィズが楽しげに近づいていく。
ウィズは宝箱の一つを無造作に開ける。同時に細い針のようなものが飛び出した。
鑑定で見たら毒針が飛び出す罠だったが、彼女は自分に効かないことを知っており、解除しなかったようだ。
一つ目の箱を開けたところで「外れじゃ……」と言ってがっくりと肩を落とす。
中を見ると戦斧が一本と硬貨が数枚入っていた。聞いた話ではミノタウロス系のドロップ品は硬貨だけの外れが五割、硬貨プラス肉が四割、硬貨プラス武器が一割で、その低確率のレアアイテムを引いてしまったらしい。
次の箱は硬貨だけで「これも外れじゃ」とウィズは天を仰いでいる。
「確率的にはこんなもんだろう。次の箱を開けるぞ」
宝箱に手を掛けるが、俺は罠はきちんと解除してから、蓋を開ける。
そこには目的の、〝肉〟の塊が入っていた。グレートバイソンのものと同じ五キログラム程度のものだ。
「肉じゃ!」とウィズは喜ぶが、俺は冷静だった。
「通常種の肉だ。ウォーリアが落としたのは、最初に開けた戦斧のようだな」
「何と……ウォーリアの肉が欲しかったのじゃが……」
ウィズはがっくりと肩を落としている。
最後の箱を開けたが、これも外れで硬貨だけだった。
「次に行くぞ! 何としてもミノタウロスの上位種の肉を獲らねばならん」
鼻息も荒く、ウィズはゲートキーパーの部屋を出ていく。
どうしても肉を手に入れたいらしい。もちろん、俺も同じ思いだが、ウィズのこんな姿を見ると、肉収集狂の称号が相応しいのは彼女だけのような気がする。
三百六十階から転移魔術でドンドン進んでいく。あっという間に三百七十階のゲートキーパーの部屋の前に到着した。
「今度こそ肉じゃ!」
そう言って勢いよく扉を開くが、そこにいたのは醜い姿の巨人、オーガだった。
「なぜじゃぁぁぁ!」と叫びながら、風刃の魔術でオーガたちを切り刻む。
オーガウォーリア二体に通常のオーガが三体いたが、豪炎の災厄竜と呼ばれた存在の怒りを受け、名乗り代わりの咆哮すら上げさせてもらえず、一瞬にして消されてしまった。
魔物がいた場所には宝箱が五個残っていた。しかし、ウィズは見向きもせず、「次の階層に向かうぞ」と言って先に進もうとする。
「ちょっとだけ待ってくれ」と言ってマナクリスタルを拾い、宝箱を開けようとした。
「そのようなもの捨てておけばよい。時間の無駄じゃ」
そう言われたが、俺は「もったいないだろ」と返しながら宝箱を開けていく。
金銭的なことを考えればウィズの言う通りだ。今の俺たちは一回の食事に四十万円も使えるほど金を持っている。しかし、貧乏性である俺としては、換金できるものがあるのに放っておくことはどうしてもできなかったのだ。
時間を掛けずに次々と開けていくが、出てきたのは鋼製の巨大なメイスが一本と硬貨だけだった。
「だから言ったであろう。時間の無駄じゃと」
時間の無駄だというが、金貨が三十枚弱あった。これだけでも三十万円近くになる。
それでも反論はせず、「悪かったよ」とだけ言って次の階層に向かった。
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