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番外編第五章:「料理人ジン・キタヤマ:大成編」
番外編第六十七話「ジン、料理本を作る」
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大陸暦1097年12月。
俺の思い付きで始まった和食の教本作りが本格的に始動した。
気づいたら国王が興味を持つプロジェクトになっていた。そのため、少なくない予算が付き、専属の人員まで用意された。
そして、そのプロジェクトリーダーに息子のケンが抜擢された。
まだ21歳と若いが、俺の意向を一番理解できる者ということで国王自らが指名したらしい。
当初は俺の持っているタブレットの資料をこの世界の言葉に翻訳するだけのつもりだったが、計量カップや計量スプーン、料理に使える秤や温度計の開発まで行われることになった。
特に大ごとだと思ったのは秤だ。
この世界にも秤はあるが、商会同士の取引に使われるくらいで、手軽に使う秤がなかった。
日々の買い物で不便そうに思うかもしれないが、商店では量り売りであるものの、店側が適当に値段を付けるため、必要性を感じなかったらしい。
そのため、手頃な秤を作るところから始まった。
俺も日本で秤を使っていたが、電子秤であり、どんな原理なのかは分からない。何となくバネ秤の原理は分かるが、それでも作れと言われても困ってしまう。そのため、スールジア魔導王国の技術者を呼ぶところから始まった。
スールジアは魔導具を作っている国で、メンテナンスのためにここブルートンにも技術者が常駐している。その中から詳しそうな者を国王の名で召喚し、このプロジェクトに参加させたのだ。
最終的には魔術を応用した秤を作ることになった。
原理はよく分からないが、バネ秤のバネ部分を土属性の魔法陣に置き換えただそうだ。数年前に迷い込んだ流れ人、モーゼス・ブラウニングが考えた理論を応用していると聞いたらしい。
そのブラウニング氏にもいつか会ってみたいが、スールジア魔導王国は大陸の東の端にあり、実現は難しそうだ。
他にも温度計の開発も行われることになった。
温度計自体は水銀やアルコールを使った温度計が存在するが、油の温度を測るために必要な200度くらいまで測れるものがない。また、水銀などは間違って料理に混入したら大変だ。
現状では食品に使っても問題が起きないものがなく、一から開発することになった。
これもスールジアの技術で作られた。
センサー部分に魔術が使われているそうだが、これも俺の頭ではさっぱり分からなかった。
計量カップなどは比較的簡単で、日本式に統一した。
すなわち、1カップは200ミリリットル、大さじは15ミリリットル、小さじは5ミリリットルだ。
この世界の標準に合わせるという考えもあったが、元宮廷料理長のサッカレー氏に聞いても明確な基準がないということだった。
「私が教えていた時は自分が使う道具で“このくらい”という感じでしたね。まあ、バターなんかは何センチ角という感じで伝えていましたが……」
タブレットの資料の翻訳は俺か月島風太が読み、それを派遣されてきた役人が文字に落とし込んでいくという形で進めている。
その訳した文章を見ながら、ジェイクら弟子たちと相談しながら、この国に合うように修正する。
この作業のため、毎日ランチタイムが終わった後にサッカレー氏、ジェイク、フランク、サイモン、ジョー、マシュー、風太がうちの店に集まるようになった。
他にも責任者であるケンはもちろん、手の空いている若い弟子たちもおり、常時十数人がこの作業に当たっている。
意外に難しかったのは魚に関するところだった。
和食であるため、魚を使った料理が多いが、トーレス王国の魚は日本の魚と異なるものが多い。
日本の魚に近いものが獲れるマシア共和国やマーリア連邦近くのメティス内海から、オーデッツ商会が輸入しているが、馴染みのない魚はトーレス料理の店に売れず、うちの店やフランクの店などが使う程度で、あまり普及していない。
また、ブルートンは内陸にあるため、海の魚は割高であり、庶民はセオール川で獲れる淡水魚しか食べないことも売れない理由の一つだ。
トーレスで獲れる魚を使う場合、遠洋を回遊するマグロやカツオなどは近い種類のものがいるが、アジやタイ、カレイなど和食に欠かせない魚の多くが代替のものになる。
俺がこの世界に来てからいろいろ試しているため、近い味のものは見つかっているが、すべてのレシピで試したわけではないので、単純に置き換えられるか検証している。
その検証を弟子たちが行い、俺が食べて本物に近いか確認するのだが、俺の感想を聞いた弟子たちがいろいろと工夫してくる。
例えば“ブリ大根”を近海で獲れるロウニンアジに似た魚で作ったり、アマダイの蕪蒸しをナマズの仲間で作ったりとチャレンジングなことをやってくる。その中には結構美味いものもあり、新たなレシピとして本に載せることにしたものも多かった。
野菜も同じ傾向にあったが、気候的に作れないもの別として、それ以外はブルートン近郊で作るようになったものも多く、こちらは珍しい野菜ということで意外に売れている。
特に大根やほうれん草などはトーレス料理との相性も良く、普通に見られるようになった。
それでも日本では普通にあったレンコンや小松菜など、この国にないものも多く、似たものを探しながらレシピを作っていった。
検証しながらなので大変な作業だが、思っていた以上に楽しい。
新しいレシピができることもそうだが、今までチャレンジしてこなかった料理も作るようになり、新たな発見があるためだ。
この作業に一番嵌っているのは俺だが、他のメンバーも多かれ少なかれ嵌っている。特にサッカレー氏とマシューは年齢が50も違うのに意気投合していた。
「マシュー君を見ていたら、もう一度店を出したくなりましたよ。情熱をもって料理を作るということを思い出しました」
とサッカレー氏が言うと、マシューは照れたような表情を浮かべる。
「僕もサッカレーさんに教えてもらえて楽しいです。師匠が別の料理の勉強をすべきだとおっしゃった意味がよく分かりました」
その言葉を聞き、サッカレー氏にうちの店の見習いたちの指導を依頼した。弟子の中にはトーレス料理を学ぶことに否定的な考えを持つ者もいたが、レベル9という伝説の料理長に指導してもらえることを素直に喜ぶ者の方が多かった。
俺たち料理人はそんな感じで楽しくやっていたが、プロジェクトリーダーのケンは大変そうだ。
計量器の開発とその普及だけでも大変な仕事だが、料理本に載せる料理の絵を作る作業の指揮を執っている。
料理は俺が作り、盛り付けた後、スマホかタブレットで写真を撮る。それをプロの絵描きが挿絵用のイラストにするのだ。
そのイラストを版画にするのだが、枚数が多いため、複数の絵描きに依頼する必要があった。しかし、王都といえどもそれほど多くの絵描きがいるわけではなく、それを版画にできる者も限られており、人探しから大変だったようだ。
国王の名を出して募集し、何とか人は集まったが、イラストの出来があまりよくなかった。絵自体は上手いのだが、料理本のイラストに芸術的な要素は不要だということを理解してもらえず、実物と微妙に異なることも割と頻繁に起きていた。
気難しい芸術家を説得し、何とか写真に近いものを描いてもらえるようになったが、「挿絵でこんなに苦労するとは思わなかった」とケンは零していた。
そんな感じで1年後の1098年12月にこの世界初の和食の料理本、「ジン・キタヤマの和食大全」が完成した。
大仰な名前だし自分の名前が入っているので、俺としては「和食の基本」くらいのタイトルにしたかったが、「それじゃ駄目ですよ」と風太が反対した。
俺を含め、弟子たちも何が駄目なのか分からない。
「何が駄目なんだ?」と聞いてみると、風太が真面目な表情で答える。
「まず、ジンさんの名前が入っていません。ジンさんの名は絶対に必要です」
「確かにそうだ」とダスティンが即座に賛成する。それに続き、弟子たちも「確かに」と頷き始める。
「俺一人で作ったわけでもないし、元の本から引用したところも多いんだ。俺の名を入れる必要はないだろう」
俺の言葉に風太は首を横に振る。
「陛下が絶賛する“流れ人の凄腕料理人ジン・キタヤマ”が監修したということが重要なんです。そうすることでみんながこれを読むようになるんですから」
「言いたいことは分からんでもないが……」
渋ってみせたが、風太はそれに構わず、話を続ける。
「“和食の基本”では初心者向けに見えてしまいます。ジンさんが料理人に向けて作ったと分かるような格調高い名前にしないといけません」
「格調高いといってもなぁ。例えばどんな感じなんだ」
「“和食大全”なんてどうですか? 何となく凄そうに聞こえませんか?」
俺が大仰だと言おうとする前に「それがいいですね!」とみんなが賛成してしまった。
その後、ケンが国王に報告し、正式に“ジン・キタヤマの和食大全”、現地の言葉で、“Jin・Kitayama’s Complete Nihon Cuisine”という名になった。
和食なら“ジャパニーズ クイジーン”のような気がするが、“美食の理想郷ニホン”というイメージが浸透しており、逆に“ジャパン”という名はあまり知られていないため、“ニホン”で落ち着いた。
その後、関係者が集まって打ち上げを行った。
その席でサッカレー氏が真面目な表情で「私もトーレス料理のレシピ集を作ってみようかと考えております」と言ってきた。
「それはいいですね。サッカレーさんのレシピなら私も知りたいですよ」
俺の軽口にもサッカレー氏は真面目な表情を崩さず、話し始めた。
「今回の仕事で気づいたことがあるのです。なぜ料理スキルがレベル8から上がらないのか、なぜキタヤマ殿の弟子たちのレベルの上りが早いのかと。キタヤマ殿に思い当たるところはございますか?」
「私には思いつきませんが?」と首を傾げる。
「私を含め、今までの料理人が技術を伝承する時、感覚的な教え方しかしておりません。しかし、キタヤマ殿はできる限り定量的に説明しておりました。そのことに思い至ったのです」
「なるほど」
「今回、計量方法も統一されました。これを使って技術を伝承すれば、若い料理人のレベルアップは今までより早くなるでしょう。いずれ、レベル10になるトーレス料理の料理人が現れるでしょうが、その一助となりたいと考えたのです」
さすがは一流の料理人だと感心した。
「私で手伝えることがあれば、いつでもおっしゃってください」
そう言ってサッカレー氏の手を取った。
■■■
“ジン・キタヤマの和食大全”は大陸暦1099年1月に出版された。
和食の基礎から各種レシピ、更には歴史などのコラムが書かれた500ページに及び、上下二巻の大作だった。
それまでのレシピ本は文字のみでイラストはほとんどなかったが、和食大全にはページごとに多色刷りの美しいイラストが描かれており、芸術的な価値も高いと言われている。
その発行部数は各1千部と、当時では考えられないほど大量に印刷された。また、王家が全面的にバックアップしているため、価格も装丁を簡略化した廉価版は1冊50ソル(日本円で5千円)と破格であった。
トーレス王国の本の場合、挿絵がない物でも最低50ソルであり、その最低価格に合わせていることになる。
出版関係者はこれほどのレベルの本であれば、少なくとも200ソルで売るべきで、500ソルでも完売できるレベルだと断言していた。
これほど安くなったのは国王ジェームズが私財を投じたためで、料理人を育成することはもちろんだが、美しいイラストが描かれた料理の本を広めることで、美食の国というイメージを強くしようとしたとされる。
この値段設定により、初版はあっという間に完売し、すぐに重版となった。ただ多色刷りということで印刷に時間が掛かり、増刷するたびにすぐに売り切れた。
購入した者の多くが美しいイラストと国王が絶賛したという評判で購入したが、これによりブルートンでは和食ブームが起きた。
和食屋キタヤマにも多くの予約が入ったが、捌ききれないほどの数でジンたちが困惑するほどだった。
予約が取れなかった者たちはジンが関わったポットエイトやウインドムーンに押し寄せ、それらの店でも和食を提供し始めた。
また、ポットエイトやウインドムーンで働いていたジンの弟子たちが次々と独立し、定食屋や小料理屋を始めることになる。
更に和食大全はマシア共和国にも輸出された。これはオーデッツ商会がヴェンノヴィア醸造やガウアー酒造などジンにゆかりのある酒蔵に寄贈したことが発端で、蔵人からマシア料理の料理人に伝わった。
元々和食に近かったマシア料理だったが、和食の手法を取り入れることで洗練された料理になっていく。
和食大全により料理本に対する需要が高まった。
元宮廷料理長のレナルド・サッカレーが執筆したトーレス料理の本“トーレス王国宮廷料理レシピ集”が完成すると、トーレス料理の料理人たちが挙って購入した。
この本も王家が援助したため、品質の割には非常に安価で、たちまち広がっていく。
この本はタイトルから分かる通り、レシピに特化している。これは若手の料理人だけでなく、中堅やベテランの料理人も意識したためであった。
この本の序章にサッカレーの以下のような言葉がある。
『……ここに書かれているレシピは私の経験に基づいて整理したものである。当然、これよりよいものも多くあるだろう。これからの料理人はここに記載されたような表現を使い、誰もが理解できるようにすべきである……』
その言葉に反発する料理人も多かった。
自らのレシピは長い年月を掛けて工夫したものであり、安易に教えるものではないという主張だ。
それに対し、サッカレーは以下のように答えたという。
「料理はレシピ通り作っても同じにはならない。なぜならそこに料理人の技術が加わるからだ。だからレシピを開示し、真似されたとしても何ら恐れることはない。実際、ジン・キタヤマ氏は弟子だけでなく、すべての料理人に惜しげもなく技術を伝授している。私は彼の料理に対する真摯な思いに感動し、少しでも近づきたいと思っている。もし、そのことを理解できない者がいたとすれば、その者が一流の料理人になることはないだろう」
その言葉に、反発した料理人たちも口を噤むしかなかった。
ジンが誰にでも丁寧に料理を教えていることは有名であり、そのおかげでサッカレーがレベル9になったと言われているためだ。
サッカレーのレシピ本により、トーレス料理の基礎が確立された。
彼の名はトーレス料理の偉人として長く伝わっていくことになる。
俺の思い付きで始まった和食の教本作りが本格的に始動した。
気づいたら国王が興味を持つプロジェクトになっていた。そのため、少なくない予算が付き、専属の人員まで用意された。
そして、そのプロジェクトリーダーに息子のケンが抜擢された。
まだ21歳と若いが、俺の意向を一番理解できる者ということで国王自らが指名したらしい。
当初は俺の持っているタブレットの資料をこの世界の言葉に翻訳するだけのつもりだったが、計量カップや計量スプーン、料理に使える秤や温度計の開発まで行われることになった。
特に大ごとだと思ったのは秤だ。
この世界にも秤はあるが、商会同士の取引に使われるくらいで、手軽に使う秤がなかった。
日々の買い物で不便そうに思うかもしれないが、商店では量り売りであるものの、店側が適当に値段を付けるため、必要性を感じなかったらしい。
そのため、手頃な秤を作るところから始まった。
俺も日本で秤を使っていたが、電子秤であり、どんな原理なのかは分からない。何となくバネ秤の原理は分かるが、それでも作れと言われても困ってしまう。そのため、スールジア魔導王国の技術者を呼ぶところから始まった。
スールジアは魔導具を作っている国で、メンテナンスのためにここブルートンにも技術者が常駐している。その中から詳しそうな者を国王の名で召喚し、このプロジェクトに参加させたのだ。
最終的には魔術を応用した秤を作ることになった。
原理はよく分からないが、バネ秤のバネ部分を土属性の魔法陣に置き換えただそうだ。数年前に迷い込んだ流れ人、モーゼス・ブラウニングが考えた理論を応用していると聞いたらしい。
そのブラウニング氏にもいつか会ってみたいが、スールジア魔導王国は大陸の東の端にあり、実現は難しそうだ。
他にも温度計の開発も行われることになった。
温度計自体は水銀やアルコールを使った温度計が存在するが、油の温度を測るために必要な200度くらいまで測れるものがない。また、水銀などは間違って料理に混入したら大変だ。
現状では食品に使っても問題が起きないものがなく、一から開発することになった。
これもスールジアの技術で作られた。
センサー部分に魔術が使われているそうだが、これも俺の頭ではさっぱり分からなかった。
計量カップなどは比較的簡単で、日本式に統一した。
すなわち、1カップは200ミリリットル、大さじは15ミリリットル、小さじは5ミリリットルだ。
この世界の標準に合わせるという考えもあったが、元宮廷料理長のサッカレー氏に聞いても明確な基準がないということだった。
「私が教えていた時は自分が使う道具で“このくらい”という感じでしたね。まあ、バターなんかは何センチ角という感じで伝えていましたが……」
タブレットの資料の翻訳は俺か月島風太が読み、それを派遣されてきた役人が文字に落とし込んでいくという形で進めている。
その訳した文章を見ながら、ジェイクら弟子たちと相談しながら、この国に合うように修正する。
この作業のため、毎日ランチタイムが終わった後にサッカレー氏、ジェイク、フランク、サイモン、ジョー、マシュー、風太がうちの店に集まるようになった。
他にも責任者であるケンはもちろん、手の空いている若い弟子たちもおり、常時十数人がこの作業に当たっている。
意外に難しかったのは魚に関するところだった。
和食であるため、魚を使った料理が多いが、トーレス王国の魚は日本の魚と異なるものが多い。
日本の魚に近いものが獲れるマシア共和国やマーリア連邦近くのメティス内海から、オーデッツ商会が輸入しているが、馴染みのない魚はトーレス料理の店に売れず、うちの店やフランクの店などが使う程度で、あまり普及していない。
また、ブルートンは内陸にあるため、海の魚は割高であり、庶民はセオール川で獲れる淡水魚しか食べないことも売れない理由の一つだ。
トーレスで獲れる魚を使う場合、遠洋を回遊するマグロやカツオなどは近い種類のものがいるが、アジやタイ、カレイなど和食に欠かせない魚の多くが代替のものになる。
俺がこの世界に来てからいろいろ試しているため、近い味のものは見つかっているが、すべてのレシピで試したわけではないので、単純に置き換えられるか検証している。
その検証を弟子たちが行い、俺が食べて本物に近いか確認するのだが、俺の感想を聞いた弟子たちがいろいろと工夫してくる。
例えば“ブリ大根”を近海で獲れるロウニンアジに似た魚で作ったり、アマダイの蕪蒸しをナマズの仲間で作ったりとチャレンジングなことをやってくる。その中には結構美味いものもあり、新たなレシピとして本に載せることにしたものも多かった。
野菜も同じ傾向にあったが、気候的に作れないもの別として、それ以外はブルートン近郊で作るようになったものも多く、こちらは珍しい野菜ということで意外に売れている。
特に大根やほうれん草などはトーレス料理との相性も良く、普通に見られるようになった。
それでも日本では普通にあったレンコンや小松菜など、この国にないものも多く、似たものを探しながらレシピを作っていった。
検証しながらなので大変な作業だが、思っていた以上に楽しい。
新しいレシピができることもそうだが、今までチャレンジしてこなかった料理も作るようになり、新たな発見があるためだ。
この作業に一番嵌っているのは俺だが、他のメンバーも多かれ少なかれ嵌っている。特にサッカレー氏とマシューは年齢が50も違うのに意気投合していた。
「マシュー君を見ていたら、もう一度店を出したくなりましたよ。情熱をもって料理を作るということを思い出しました」
とサッカレー氏が言うと、マシューは照れたような表情を浮かべる。
「僕もサッカレーさんに教えてもらえて楽しいです。師匠が別の料理の勉強をすべきだとおっしゃった意味がよく分かりました」
その言葉を聞き、サッカレー氏にうちの店の見習いたちの指導を依頼した。弟子の中にはトーレス料理を学ぶことに否定的な考えを持つ者もいたが、レベル9という伝説の料理長に指導してもらえることを素直に喜ぶ者の方が多かった。
俺たち料理人はそんな感じで楽しくやっていたが、プロジェクトリーダーのケンは大変そうだ。
計量器の開発とその普及だけでも大変な仕事だが、料理本に載せる料理の絵を作る作業の指揮を執っている。
料理は俺が作り、盛り付けた後、スマホかタブレットで写真を撮る。それをプロの絵描きが挿絵用のイラストにするのだ。
そのイラストを版画にするのだが、枚数が多いため、複数の絵描きに依頼する必要があった。しかし、王都といえどもそれほど多くの絵描きがいるわけではなく、それを版画にできる者も限られており、人探しから大変だったようだ。
国王の名を出して募集し、何とか人は集まったが、イラストの出来があまりよくなかった。絵自体は上手いのだが、料理本のイラストに芸術的な要素は不要だということを理解してもらえず、実物と微妙に異なることも割と頻繁に起きていた。
気難しい芸術家を説得し、何とか写真に近いものを描いてもらえるようになったが、「挿絵でこんなに苦労するとは思わなかった」とケンは零していた。
そんな感じで1年後の1098年12月にこの世界初の和食の料理本、「ジン・キタヤマの和食大全」が完成した。
大仰な名前だし自分の名前が入っているので、俺としては「和食の基本」くらいのタイトルにしたかったが、「それじゃ駄目ですよ」と風太が反対した。
俺を含め、弟子たちも何が駄目なのか分からない。
「何が駄目なんだ?」と聞いてみると、風太が真面目な表情で答える。
「まず、ジンさんの名前が入っていません。ジンさんの名は絶対に必要です」
「確かにそうだ」とダスティンが即座に賛成する。それに続き、弟子たちも「確かに」と頷き始める。
「俺一人で作ったわけでもないし、元の本から引用したところも多いんだ。俺の名を入れる必要はないだろう」
俺の言葉に風太は首を横に振る。
「陛下が絶賛する“流れ人の凄腕料理人ジン・キタヤマ”が監修したということが重要なんです。そうすることでみんながこれを読むようになるんですから」
「言いたいことは分からんでもないが……」
渋ってみせたが、風太はそれに構わず、話を続ける。
「“和食の基本”では初心者向けに見えてしまいます。ジンさんが料理人に向けて作ったと分かるような格調高い名前にしないといけません」
「格調高いといってもなぁ。例えばどんな感じなんだ」
「“和食大全”なんてどうですか? 何となく凄そうに聞こえませんか?」
俺が大仰だと言おうとする前に「それがいいですね!」とみんなが賛成してしまった。
その後、ケンが国王に報告し、正式に“ジン・キタヤマの和食大全”、現地の言葉で、“Jin・Kitayama’s Complete Nihon Cuisine”という名になった。
和食なら“ジャパニーズ クイジーン”のような気がするが、“美食の理想郷ニホン”というイメージが浸透しており、逆に“ジャパン”という名はあまり知られていないため、“ニホン”で落ち着いた。
その後、関係者が集まって打ち上げを行った。
その席でサッカレー氏が真面目な表情で「私もトーレス料理のレシピ集を作ってみようかと考えております」と言ってきた。
「それはいいですね。サッカレーさんのレシピなら私も知りたいですよ」
俺の軽口にもサッカレー氏は真面目な表情を崩さず、話し始めた。
「今回の仕事で気づいたことがあるのです。なぜ料理スキルがレベル8から上がらないのか、なぜキタヤマ殿の弟子たちのレベルの上りが早いのかと。キタヤマ殿に思い当たるところはございますか?」
「私には思いつきませんが?」と首を傾げる。
「私を含め、今までの料理人が技術を伝承する時、感覚的な教え方しかしておりません。しかし、キタヤマ殿はできる限り定量的に説明しておりました。そのことに思い至ったのです」
「なるほど」
「今回、計量方法も統一されました。これを使って技術を伝承すれば、若い料理人のレベルアップは今までより早くなるでしょう。いずれ、レベル10になるトーレス料理の料理人が現れるでしょうが、その一助となりたいと考えたのです」
さすがは一流の料理人だと感心した。
「私で手伝えることがあれば、いつでもおっしゃってください」
そう言ってサッカレー氏の手を取った。
■■■
“ジン・キタヤマの和食大全”は大陸暦1099年1月に出版された。
和食の基礎から各種レシピ、更には歴史などのコラムが書かれた500ページに及び、上下二巻の大作だった。
それまでのレシピ本は文字のみでイラストはほとんどなかったが、和食大全にはページごとに多色刷りの美しいイラストが描かれており、芸術的な価値も高いと言われている。
その発行部数は各1千部と、当時では考えられないほど大量に印刷された。また、王家が全面的にバックアップしているため、価格も装丁を簡略化した廉価版は1冊50ソル(日本円で5千円)と破格であった。
トーレス王国の本の場合、挿絵がない物でも最低50ソルであり、その最低価格に合わせていることになる。
出版関係者はこれほどのレベルの本であれば、少なくとも200ソルで売るべきで、500ソルでも完売できるレベルだと断言していた。
これほど安くなったのは国王ジェームズが私財を投じたためで、料理人を育成することはもちろんだが、美しいイラストが描かれた料理の本を広めることで、美食の国というイメージを強くしようとしたとされる。
この値段設定により、初版はあっという間に完売し、すぐに重版となった。ただ多色刷りということで印刷に時間が掛かり、増刷するたびにすぐに売り切れた。
購入した者の多くが美しいイラストと国王が絶賛したという評判で購入したが、これによりブルートンでは和食ブームが起きた。
和食屋キタヤマにも多くの予約が入ったが、捌ききれないほどの数でジンたちが困惑するほどだった。
予約が取れなかった者たちはジンが関わったポットエイトやウインドムーンに押し寄せ、それらの店でも和食を提供し始めた。
また、ポットエイトやウインドムーンで働いていたジンの弟子たちが次々と独立し、定食屋や小料理屋を始めることになる。
更に和食大全はマシア共和国にも輸出された。これはオーデッツ商会がヴェンノヴィア醸造やガウアー酒造などジンにゆかりのある酒蔵に寄贈したことが発端で、蔵人からマシア料理の料理人に伝わった。
元々和食に近かったマシア料理だったが、和食の手法を取り入れることで洗練された料理になっていく。
和食大全により料理本に対する需要が高まった。
元宮廷料理長のレナルド・サッカレーが執筆したトーレス料理の本“トーレス王国宮廷料理レシピ集”が完成すると、トーレス料理の料理人たちが挙って購入した。
この本も王家が援助したため、品質の割には非常に安価で、たちまち広がっていく。
この本はタイトルから分かる通り、レシピに特化している。これは若手の料理人だけでなく、中堅やベテランの料理人も意識したためであった。
この本の序章にサッカレーの以下のような言葉がある。
『……ここに書かれているレシピは私の経験に基づいて整理したものである。当然、これよりよいものも多くあるだろう。これからの料理人はここに記載されたような表現を使い、誰もが理解できるようにすべきである……』
その言葉に反発する料理人も多かった。
自らのレシピは長い年月を掛けて工夫したものであり、安易に教えるものではないという主張だ。
それに対し、サッカレーは以下のように答えたという。
「料理はレシピ通り作っても同じにはならない。なぜならそこに料理人の技術が加わるからだ。だからレシピを開示し、真似されたとしても何ら恐れることはない。実際、ジン・キタヤマ氏は弟子だけでなく、すべての料理人に惜しげもなく技術を伝授している。私は彼の料理に対する真摯な思いに感動し、少しでも近づきたいと思っている。もし、そのことを理解できない者がいたとすれば、その者が一流の料理人になることはないだろう」
その言葉に、反発した料理人たちも口を噤むしかなかった。
ジンが誰にでも丁寧に料理を教えていることは有名であり、そのおかげでサッカレーがレベル9になったと言われているためだ。
サッカレーのレシピ本により、トーレス料理の基礎が確立された。
彼の名はトーレス料理の偉人として長く伝わっていくことになる。
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そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
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商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。
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