迷宮最深部から始まるグルメ探訪記

愛山雄町

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1巻

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 一.迷宮


 生まれてから四十二年。その長くも短くもない人生の中で、俺は今、最大の危機を迎えている。
 ほんの少し前までは東京のド真ん中にいたはずなんだが、気づいたら目の前にデカい爬虫類はちゅうるい鎮座ちんざしていた。子供の頃、博物館で見た恐竜の模型よりもデカい奴がだ。
 頭を下げているが、その背中までの高さは二階建ての家の屋根より高い。
 だが、未知の生物というわけじゃない。映像なら何度も見たことがある。ただ、あまりに非現実的な状況に頭が理解を拒否しているのだ。

『我の前に辿たどり着いたこと、めてやろう。さあ、我を倒すのだ』

 頭の中に突然声が響く。
 目の前の存在、巨大な〝竜〟が俺に話しかけてきた。
 その声に、俺は答えることができない。未だに状況を掴み切れていないこともあるが、それ以上にこの〝竜〟の存在感に圧倒されていた。


 ◆


 俺、江戸川えどがわつよしはフリーのフードライターだ。
 取材先に移動するため、東京の都心、丸の内の地下にいたが、近道として使っていた商業ビルに入ったところで、軽い目眩めまいに襲われた。

「地震か?」

 最初は、震災の時のような長周期の揺れを感じただけだった。しかし次の瞬間、言葉を失った。
 目の前の風景があまりに変わっていたのだ。

「……なんだ、ここは……」

 俺が立っていたのは明るい商業ビルの地下街ではなく、薄暗い石造りの大きな空間だった。天井までの高さは目測では分からないほど高く、面積も最低百メートル四方はありそうだ。一瞬、自分が小さくなった錯覚におちいったほど広い空間だった。
 その先にいたのが、俺が認識を拒否しているくだんの竜だ。この広い空間の中でも窮屈きゅうくつそうに見えるほど巨大で、背中にある翼は折り畳まれている。
 俺が反応しないことに竜もおかしいと思ったのか、わずかに首を傾げた。

『……我を倒しに来たのではないのか? なぜだ、力を全く感じぬ。だが……な、なんなのだ、このステータスは!? ……なるほど、〝流れ人〟ということか……』

 竜は俺を無視して一人で納得している。
「流れ人?」と思わず疑問が口をつく。

『そなたは別の世界から来たのではないか?』

 その問い返しに、「あ、えっと……」としか答えられない。

『我がまどろんでいたのは僅か数年。まだ五百階層すら突破しておらぬ者たちがいきなりここに来られるはずがない。それにそなたの能力は低過ぎる。人族ひとぞくのステータスを見たことがあるが、少なくともそなたの百倍はあったはずじゃ』

 階層とステータスという言葉が更に疑問を強くする。それと共に、この目の前にいる竜が現実のものであり、高い知性を有していて話ができることに、俺は少しずつ慣れ始めていた。

「……ここは……どこなのでしょうか?」
『アロガンス大陸にあるグリーフ迷宮。その最下層、一千階じゃ』
「アロガンス大陸……迷宮……」

 全く聞き覚えのない名前に、夢ではないかと頬をつねってみた。まさか自分がこんなことをするとは思わなかったが、強くつねると確かな痛みを感じる。

「夢じゃない……ってことは、これが現実なのか……ハハハ……」

 乾いた笑いが漏れる。しかし、すぐに今の状況を認識し、笑いは止まった。
 今の俺の状況は危機的だ。
 目の前の竜が現実であり、ここが迷宮というからには、ゲーム的な感覚でいけばこの巨大な竜と戦う必要があるだろう。
 逃げるという選択肢もないわけではないが、俺の後ろにある巨大な両開きの扉はしっかりと閉じられているし、第一ここから出られたとしても、千階層もあるという迷宮を自分の足で上っていかなければならない。当然、襲い掛かってくるモンスターもいるはずだ。

「詰んだ……生き残れるビジョンが思い浮かばねぇ……」

 脱力感にがっくりと膝を突いてしまう。

『確かにその通りじゃな。後ろの扉は内側から開くことはない。ここを出るためには我を倒し、転移魔法陣を起動するしかないのだ』
「無理だ……無理に決まっている……」
『確かに今のそなたでは我を倒すことは叶わぬ。だが、我の助力があればできぬことはないぞ』

 竜の言葉に、俺は思わず顔を上げる。

「助力……ですか?」
『そうじゃ。ここは我が領域テリトリー、大抵のことは可能じゃ。我を倒せるようにそなたをきたえてやる』

 そこまで聞いて、一つの疑問が生まれた。どうしてこの竜は自分の敵に塩を送るようなことをするのかと。
 俺が知るゲーム的な迷宮なら、目の前の竜はエンディング前の最終関門ラスボスだろう。そいつがなぜ俺に力を貸すのか。

『我は千年もの長きにわたり、ここに封じられておる。この狭い空間にただ一人で……我はんでおるのだ。この何もない場所で、我を倒しに来る者を待ち続けることに……』

 俺の疑念が分かったようで、竜は悲哀ひあいに満ちた思念を送ってきた。

「だから私を鍛えて、自分を倒させると?」
『その通りじゃ。我は呪いにより、自ら命を絶つこともできぬ。そして、人族の勇者がここを訪れるのは何千年も先になるはずじゃ。千年経ってもまだ五百階層にすら届いておらぬのだから……』

 竜は、死ぬために俺を鍛えるつもりらしい。

『……そこに流れ人であるそなたが現れた。これは我に与えられし奇跡、考えられぬほどの僥倖ぎょうこうなのじゃ』

 その思念は先ほどまでとは違い、陽気さを感じるものに変わっていた。
 ここまでの会話で、竜に害意がないことは明らかになった。俺がこの危機を乗り越え、日本に帰るためには目の前のモンスターと協力し合うしかない。俺はそう割り切ることにした。

「ちなみにどうやって鍛えるのでしょうか?」

 学生時代を最後に、積極的に身体を動かすようなことはしていない。今の俺の身体は腹がポッコリと出た、いわゆるメタボ体型だ。
 そんな俺では、どれほど鍛えられてもこの巨大な竜を倒すことなどできないと断言できる。

懸念けねんは無用じゃ。この迷宮の力を最大限に利用すれば、そなたは我を倒せるほどの勇者となれる』

 竜は自信ありげにそう言い切った。

『では、まずそなたのことを聞かせてもらおうか』

 そこで初めて、自分が名乗っていないことに気づいた。この状況では仕方がないと思うが、社会人として失格だなと場違いなことを考えてしまう。

「私の名は江戸川剛です。エドガワがファミリーネームで、ツヨシがファーストネーム、個人名になります」
『チュヨーシ・エドガー……呼びにくいのぉ』
「では、ゴウと呼んでください。仲間からはそう呼ばれることが多いですから」

 江戸川剛エドガワ・ゴウというのが俺のペンネームだ。子供の頃のあだ名をそのまま使っているのだが、それはツヨシより呼びやすいのと、外国人と話す時に〝ゴウ・エドガー〟と言った方が覚えてもらいやすいためだった。

『ではゴウと呼ぼう』

 機嫌がよさそうな思念が飛んでくる。しかし、竜自身は名乗ろうとしない。

「あなたのことはどう呼んだらよいのでしょうか?」
『我は古代竜エンシェントドラゴン始祖竜オリジン故、名はない。人族は〝豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター〟などと呼ぶらしいがの』

 災厄ディザスターという言葉に驚きを隠せない。どう考えても縁起えんぎのいい名ではないからだ。それを誤魔化ごまかすかのように竜は言葉を続けていく。

『我らしかおらぬのだ。呼び方にこだわる必要はあるまい』

 昔読んだ小説に、名を付けることでその存在のたましいを縛るとかなんとかいう設定があったことを思い出す。この場合にそれが合っているかは分からないが、相手がはっきり望まない以上、勝手に付けるわけにもいかないだろう。
 俺の考えは竜に伝わっているはずだが、特に何も言ってこない。
 それに、できるかどうかは別として、最終的にはこの竜と殺し合わなければならないのだ。その時に情が移っていたらやりにくいだろう。

『最初に注意しておく。我に必要以上に近づくな。近づけば否応いやおうなく戦わねばならなくなるからの……』

 俺たちの間にある距離は五十メートルほど。どこまで近づいても大丈夫なのか分からない。
 すると『よく見ておくのじゃ』と言って竜は頭をゆっくりと上げていく。
 そして、大きく口を開けると、真っ赤な炎、ブレスを吐いた。
「うわぁ!」と驚きの声を上げてしまうが、竜は俺を攻撃するのではなく、ブレスで範囲を示そうとしたようだ。部屋のちょうど真ん中辺りに炎で線を引いていく。

『今の場所を忘れるでないぞ。そこを越えれば我の意思に関係なく、そなたを攻撃せねばならん。これは呪いのようなものじゃ』

 迷宮のシステムか何かなのだろう。それを教えてくれたようだ。

『では、まずはその箱を開けよ』

 竜はそう言ってあごで右を示す。
 俺が視線を向けた先には、木製の箱が七個置いてあった。大きさは幅五十センチ、奥行き三十センチほどで、枠部分が金属で補強されている。ゲームなどでよく出てくる〝宝箱〟だ。

「いつの間に……」
『鍵は掛かっておらぬ』

 言われるまま、宝箱を開ける。
 中はスカスカで、リンゴのような果物が一つ入っているだけだった。

『それは〝力の実〟じゃ。そなたの能力の底上げに役立つ。つまり、ステータスを上昇させるアイテムじゃ』
「力の実? ステータス?」

 俺の疑問が伝わったのか、竜は小さく頷く。

『ああ、そうであったな……流れ人の世界にはステータスがないと聞いたことがある……まずはそこからか……』

 ステータスと言えばゲームの世界では当たり前だが、どうやらこの世界にもそれがあるらしい。

『自分の能力を知りたいと強く願ってみよ。さすれば見えてくるはずじゃ』

 言われるまま目をつむり、〝ステータス〟と強く念じてみる。すると、頭の中にぼんやりと文字と数字が浮かんできた。
 名前と種族、称号が頭に浮かび、更にレベルとステータスと所持スキルが表示される。

(なんだこれは? レベルにステータス、スキルまで……まるっきりゲームじゃないか……)

 浮かんだステータスは軒並み一桁ひとけた。ゲームにそこまで明るくない俺でも、低いということは分かった。

(さっきの話だと、俺の数値はこの世界の人族の百分の一以下になるのか。まあそうだろうな。日本で平和に暮らしてきた人間と、迷宮で魔物と戦っている人間が同じだったらおかしいし……)

 続いてスキル類に目を通す。

(竜と普通に話ができていたのは、特殊スキルの〝言語理解〟って奴のお陰か……それにしてもこの〝状態〟って欄は凄いな。〝内臓疾患しっかん〟に〝腰痛〟……そこまで把握されるんだな……)

 そんなことを考えていると、竜が話しかけてくる。

『迷宮に来る人族は、自らを〝探索者シーカー〟と呼んでおったが……その者たちのステータスは千を超えていたぞ。まあ、そなたと違い、話を聞いただけじゃが……』

 竜の話では、竜は〝迷宮の主〟であるため、迷宮内の出来事は把握できるが、俺のように実際に目で見なければ〝鑑定〟まではできないらしい。
 そのため、今のは迷宮を攻略するシーカーたちの話から推測した数字だという。さっきの話に出てきた、俺の百倍はあるステータスというのも、迷宮に封印される前に見た農民のものだと教えてくれた。

『その実を食せばステータスが上がる。まずはステータスを上げ、その後に訓練を行うのじゃ』

 後から知ったことだが、初期のステータスが高いほど、レベルアップの効果が大きいのだという。竜はそのことを知っており、レベル一という最底辺のレベルであることを逆手さかてに取り、ステータスを上げるアイテムを与えたようだ。
 こうして十日間、様々な〝能力の実〟を食べ続け、俺のステータスは飛躍的に上昇した。


 ◆


 竜は〝人族〟のステータスについてゴウに語ったが、そこには大いなる誤解があった。
 竜が見たのは、今の時代では既に滅亡している〝神人族ハイヒューム〟という上位種族だったのだ。
 神人族ハイヒュームは今のこの世界の人間、すなわち〝普人族ヒューム〟に比べ、能力値ステータスは十倍以上に及ぶ。戦士ではない一般人であっても、ヒュームのベテラン戦士に匹敵ひってきする能力を持っていたのである。
 また、竜が聞いたシーカーの話も、誤りでこそないものの、認識としてはいささかおかしい。
 竜が聞いたのは迷宮の四百階層付近にいたシーカーの話であり、その階層まで到達できるシーカーはほんの一握りしかいない。
 つまり、人類でも最高級の実力を持つ者のステータスを、一般的なものと勘違いしていたのだ。
 決して竜に悪気があったわけではない。ただ竜は人類に対してありと同程度の興味しかなく、シーカーたちの会話を真面目に聞いていなかっただけだ。
 ちなみにこの世界の人族がステータスを確認する場合、〝パーソナルカード〟と呼ばれるアイテムを使う。竜はそのことを知らず、自分と同じように念じて確認させた。この方法は他の人族でもできないことはないものの、決して一般的な方法ではない。
 そして更に大きな認識の誤りがあった。それは〝能力の実〟に関することだ。
〝能力の実〟は、神話に登場する非常に希少レアなアイテムである。ここグリーフ迷宮で言えば、七百階より下の階層でなければ現れない。五百階にも到達していない人族の間では、存在自体が疑われているほど貴重なアイテムなのだ。
 実際、〝能力の実〟の下位アイテムである〝能力の種〟ですら、国がすべて買い取るレアアイテムとなっている。〝能力の種〟は仮にオークションに出品すれば金貨千枚以上、日本円で言えば一千万円以上で取引される。
 それよりも上位のアイテムである〝能力の実〟がもしオークションに出品されたら、その百倍は下らない値が付けられるだろう。
 そんな希少なアイテムを毎日食べ続けるという異常さに、二人は気づいていなかった。


 ◆


 力の実を始めとした、ステータスを上げるアイテムを摂取し続け、十日が経った。
 このアイテムは一日一回のみ効果を発揮し、計十回までしか使えないのだ。
 その十回で、俺のステータスは軒並み百を超えた。これで基礎的な数値はな〝シーカー〟の十分の一ほどになったことになる。
 身体能力が上がったことは、数値を見ずとも実感していた。
 まず筋力と素早さの上昇で身体がとても軽い。今まではメタボな体型と年齢的なおとろえで、立ち上がるだけでも〝よっこらしょ〟と声が出るほどだったが、今ではアクションスターのように仰向けの状態から跳ねるように飛び起きることができる。
 精神力の上昇の恩恵も大きい。巨大な竜と共に生活するというストレス満載の状態でも胃が痛むこともなく、普通に暮らせているのだ。
 日本にいた頃は、気難しいと言われている取材相手に会うだけで胃が痛んだが、今は俺を一瞬であの世に送れるほど圧倒的な力を持つ相手を前に、平然としていられる。
 しかし、よいことばかりではなかった。
 この十日間、能力の実以外の固形物を口にしていないのだ。
 ここに飛ばされた当時に俺が持っていた物は、カメラやボイスレコーダー、タブレット端末など取材道具が入ったバッグだけ。食べ物はおろかペットボトルのお茶すら持っていなかった。
 そんな俺に竜が出してくれた飲み物は〝無限水筒〟という魔法の道具から生み出される水と、〝神酒ソーマ〟という名の酒だ。
 ソーマは陶器のボトルに入っている少し甘い酒で、不老長寿の霊薬れいやくらしい。ただ、どれほどの効果があるのか、最初は竜も知らなかった。

『我にはそもそも寿命という概念がないからの』

 そう言いながらも取り出した時に鑑定で調べてくれた。何でも一本飲むとすべての病気が完治し、寿命が十年延びるらしい。
 この話が本当なら、既に十本飲んでいるから、少なくとも百四十二歳までは生きられるということになる。もっとも、この迷宮から無事に出ることができればという条件は付くが。
 主食である能力の実も、決して不味まずいわけではない。
 最高級のリンゴのように甘みと酸味のバランスがよく、銀座辺りの高級フルーツショップで買えば一個二千円はするだろう。
 ソーマもやや甘いものの、さわやかさがある甘口の白ワインのようで、いずれも最初は美味うまいと思った。しかし、さすがに十日も続くと飽きがくる。

「他に食べる物はないのか」

 最初は敬語で話していたが、今ではタメ口だ。竜から敬語を使う必要はないと言われたこともあるが、開き直ったという面が強い。

『何度同じことを聞くんじゃ。今はそれで我慢せよと何度も言っておろう』

 この十日間、食べる時と寝る時以外は、頻繁ひんぱんに竜と会話していた。そのため、互いに気心が知れてきている。
 会話の主な目的は暇潰ひまつぶしだ。
 スマートフォンもタブレットも、ここでは充電ができない。現状では使う機会もないとは思うが、いざ使いたい時に電池切れで使えないという事態は避けたいと思い、電源を切っているのだ。
 他には本が二冊あるが、これは取材に行く予定だった料理研究家の著書だ。何度か読みはしたのだが、料理の写真を見ると食欲が刺激されるため、今では封印している。
 暇潰しとはいっても、竜との会話では情報収集もしっかり行っている。
 まず、この世界についてだが、名前はないそうだ。地球も世界の名前ではないし、住んでいる者がわざわざ世界に名前を付けることはないというのは理解できる。
 この世界には大きな大陸が二つある。一つがここアロガンス大陸で、もう一つは南半球にあるレクレス大陸だ。ただ、どのような国があるかなどは興味がないから知らないという。
 続いてこの迷宮だが、グリーフという町にあるため、グリーフ迷宮と呼ばれ、別名は〝無限迷宮〟というらしい。人間たちがどれだけ階層を攻略しても先があるため、そう名付けたんだそうだ。
 人間と言ったが、正確には〝人族〟というのが総称らしい。
 人族には、地球で馴染なじみ深い人間と同じ〝普人族ヒューム〟、森に住む長命の種族〝森人族エルフ〟、鍛冶かじを得意とする〝小人族ドワーフ〟、獣の特徴を持つ〝獣人族セリアンスロープ〟、竜の末裔まつえいと呼ばれる〝竜人族ドラゴニュート〟がいる。
 他にも、悪魔のような特徴を持つ〝魔人族デーモロイド〟がいたが、彼らは竜に喧嘩を売った種族で、封印される前に滅ぼしたそうだ。
 ヒューム、エルフ、ドワーフの上位種族である〝神人族ハイヒューム〟、〝神森人族ハイエルフ〟、〝古小人族エルダードワーフ〟の三種族も魔人族と共に竜に挑んだため、同じような末路を辿ったらしい。

『我を狩るなどとほざいたから、みやこごと焼いてやったわ。焼くというより溶かすと言った方がよいかもしれんがの……』

 これが〝豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター〟という名の由来らしい。
 この十日で分かったことは、この竜の知識は聞きかじったものが多いということだ。
 特に人族に関することは本当に興味がなかったらしく、どこまで正確な情報なのか時々怪しくなる。それでも情報源は竜しかないので、信じるほかない。
 話し相手がいるので気は紛れるが、ここでの生活は当初、思った以上に厳しかった。そもそもここはラスボスの部屋だ。当たり前だが、人間が生活するという想定はされていない。
 寝具もないため、床にじかに座るか寝るかしかなく、硬い石造りの床に寝るのは思った以上に辛い。トイレやシャワーといったものもなく、遮るものがない広い部屋の一角で過ごし続けるというのも意外にストレスになった。
 ただその住環境は、竜が出してくれる魔法の道具――この世界では魔導具というらしいが、それでずいぶん改善した。疲労回復の効果がある折り畳みベッド、温度調整機能のある天幕、シャワーとしても使える無限水筒などだ。
 日本にいた時と同じとまではいかないものの、ストレスは大きく減っている。


 そんな十日目の昼過ぎ、今日の分の〝能力の実〟を食べ終えたところで竜が話しかけてきた。

『そろそろスキルを覚えてもらおうか』

 いつものように宝箱が現れる。

「ようやく次の段階か……で、何が入っているんだ?」

 俺がそう言いながら箱を開けると、一枚のカードが入っていた。

『スキルカードじゃ。それを吸収することで技能が覚えられる』
「吸収? 食うのか?」

 最近は食べることばかり考えているため、そんな言葉がポロリと出た。
『それが食えるわけなかろう』と、呆れたという感じの思念が届く。

「じゃあ、どうすればいいんだ?」
『それに触れた状態で強く念ずるのじゃ。さすればスキルを得ることができる……と、シーカーたちが言っておった』

 言われた通り、両手で挟むようにして強く念じてみた。
 頭の中に知識が流れ込んでくる。流れ込むというより、焼き付けられていくという感じで、偏頭痛へんずつうのように頭がキリキリと痛む。
 どのくらいの時間が掛かったのかは分からないが、しばらくして頭痛が消えた。
 こめかみを押さえながら、ステータスを確認すると、スキルの欄に〝剣術の心得こころえ〟と書かれていた。

『どうやら上手くいったようじゃな』

 竜いわく、剣術の心得というのは剣術士になるために最低限必要なスキルらしい。確かに称号の欄を見ると、〝剣術士〟となっていた。
 いつの間にか現れていた別の宝箱を開けると、同じようなカードが入っており、一つ修得するとまた新しい箱が現れた。そうして、一日で六十個近いスキルを得ることができた。
 竜は自分と戦うことを想定してスキルカードを渡してきたようで、武術に関するもの、魔術に関するもの、探知系や能力向上系などのパッシブスキルなどを得ている。
 その中に違和感のあるスキルがあった。

「鑑定と偽装は何で必要なんだ?」
『鑑定は相手の状態を確認するのに必要じゃ。偽装は補助スキルの〝フェイント〟を補強するのに使える……シーカーどもがそのように言っておったのだ。真偽のほどは分からぬが、無駄になっても問題はなかろう……』

 この一日で入ってきた膨大な量の知識で頭がクラクラしっぱなしだが、魔術には非常に興味をそそられた。いい歳をしたおっさんが〝魔法〟を使えることにワクワクするのはどうかと思わないでもないが。

『スキルに数字が付いているが、それがスキルレベルじゃな。最大は十じゃが、上位スキルに切り替わるものもある。スキルレベルが上がればより強力な攻撃や魔術が使えるようになるのじゃ……』

 竜の説明では、スキルのレベルは使えば使うほど上がるらしい。ただし、レベルアップの条件はシーカーたちも知らなかったようで、より強力な魔物と戦ったら上がりやすいとか、ひたすら修業した方がいいとか、いろいろな説があると教えてくれた。

『……そなたの場合じゃが、カードを使ってレベルアップさせる。毎日一枚ずつ使っていけば、一ヶ月で最高レベルに達するじゃろう』

 ちなみにこの世界の一年は地球と同じ三百六十五日だ。月も十二ヶ月で、一般的なグレゴリウス暦に近い感じだ。といっても竜は人間が使う暦にもやはり興味はなく、これも聞きかじった情報らしいなのでどこまで正しいかは分からない。
 話を戻すと、三十日でスキルレベルはカンストする。つまり、レベル三十相当がそのスキルの最高レベルということだ。同一のスキルカードは一日一回しか取り込めないため、三十日掛かるというわけだ。
 剣術の場合、〝剣術の心得〟から始まり、これがレベル十を超えると〝なんとか剣術の極意〟になり、〝〇剣術の極意〟がレベル十を超えると〝〇剣術の奥義〟となる。その〝奥義〟が最上位のスキルになるらしい。
 最初の〝心得〟はあくまで基礎スキルであって、剣を使うスキル全般に対して効果がある。しかし、その上の〝極意〟からは武器が限定されるようで、〝長剣術の極意〟とか〝大剣術の奥義〟といった表記になる。
 このシステムを知って思ったのはスキル修得がずいぶん簡単ということだ。最高レベルに達するのも僅か一ヶ月と、信じられないほど短い。このアイテム自体がレアなのかもしれないが、王族などが買い集めれば、簡単に達人が生み出せてしまうシステムに違和感を持った。
 違和感はあるが、「廃課金ゲーマーみたいに力技でやる感じなんだろう」と納得する。俺自身はゲームに興味がなかったから、どんな感覚かは分からない。しかし、若いライター仲間には月収の半分以上を注ぎ込んだという強者つわものもいたから、あながち間違っていないだろう。
 一ヶ月間、毎日カードを取り込み、竜が指定したスキルをすべてカンストさせた。


 ◆


 神酒ソーマは、大陸中西部にあるハイランド連合王国のエルフの里で、ごく少量作られてきた非常に貴重な酒である。
 世界樹の樹液などの希少な素材を使うことと、作成時に膨大な魔力を必要とすることから、年間に五本程度しか作られない。
 その貴重なソーマだが、現在では強力な外交カードとして使われている。
 例えばハイランド連合王国は、隣にあるアレミア帝国の皇帝こうていにソーマを献上し、不可侵条約を締結した。それまで帝国はハイランドに領土的な野心を常に抱いていたが、ソーマを継続的に入手できるという条件で領土を諦めた。つまり、一国の安全保障を担えるほどのアイテムなのだ。
 スキルカードも能力の実と同じく、非常にレアなアイテムである。
 ここグリーフ迷宮では五百階から出現するが、十年に一度ほど四百階層でも現れることがある。
 以前〝病気耐性〟のカードが見つかった時はオークションに掛けられることすらなく、国王がみずからに使用した。その際、カードを発見したシーカー六人全員に対し、男爵位が与えられたほどだ。
 また、物理無効、異常状態無効などの〝無効系〟のスキルは〝耐性系〟の上位スキルであり、これらのスキルは才能を持った者が多くの経験を積んだ後に、初めて得られるものだ。
 そして重要なことは、スキルはレベルが上がるほど上昇しにくくなるということだ。
 特に上位スキルは下位スキルの百倍近い経験値が必要と言われている。それを手軽にカードで修得していくという方法は、非常識を通り越し、この世界を創った神を冒涜ぼうとくする行為と言っても過言ではない。
 そんな希少なカードを湯水のように使う異常さに、二人は気づいていなかった。


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