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番外編第三章:「料理人ジン・キタヤマ:開店編」

番外編第三十七話「ジン、マッコール商会と和解する」

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 俺の店を襲ったマフィアたちが一掃された。
 巷の噂やその後の結果などから総合的に見ると、ウィスタウィック侯爵派の一部の暴走を利用した国王派が仕掛けた政争という気がしないでもない。

 実際、国王派の勢力が大きくなり、逆にウィスタウィック侯爵派は力を失っている。また、もう一つの派閥であるフォーテスキュー侯爵派に付け入る隙を与えなかったことから、国王の一人勝ちという見方ができる。

 ただし、ダスティン・ノードリーから聞いた話では、当初はここまで大ごとになるとは思っていなかったようだ。
 クロトーが国王の意を受けたランジー伯の素早い動きに対応しきれず、自爆したというのがダスティンの見立てだった。

「暗黒魔術を使わせなければ、ここまで酷いことにはならなかったでしょうね。今まででしたら、クロトー伯が隠居し、ウィスタウィック侯が陛下に謝罪する程度で済んだはずです」

 いずれにせよ、これで俺に対する嫌がらせは元から断つことができた。更に今回の件で王都警備隊の綱紀の乱れも正され、賄賂を受け取るような兵士はいなくなったらしい。

 この事件が終わってから営業を再開したが、店を襲った連中が軒並み処分されたため、客足が落ちることはなく、逆に国王が守ってくれる安全な店という評判が立ち、客が増えている。

 実際、役人であるフィル・ソーンダイクが警備と称して店に常駐し、定期的に王都警備隊も顔を出しており、ガラの悪い者はこの辺りから一掃されている。

 そのフィルだが、警備という割には店の手伝いを積極的にしてくれている。もちろん、料理や接客はしていないが、皿洗いや帳簿の管理など、時間が掛かる仕事を手伝ってくれるため、俺だけでなく、マリーとジェイクも助かっている。

 平和になったと安心したが、再びトラブルがやってきた。
 マフィアたちが一掃されてから半月ほど経った時、チャーリー・オーデッツが悲痛な表情を浮かべながら店に入ってきた。

「遂に航路が閉じられたようです」

 仕入れのために港町ボスコムに行っており、そこで得た情報らしい。

「帝国の内乱が大きくなったのか?」

「そうみたいです。帝国の南部まで飛び火して、港がほとんど使えないと船乗りたちが嘆いていました」

 昨年末に始まったアレミア帝国での獣人族の反乱だが、当初は北部だけだったものが南部にまで波及し、港にも被害が出たらしい。

 アレミア帝国はアロガンス大陸の中央部に位置し、大陸の南側にある貿易海トレード・オーシャンと呼ばれる海に面した港を多く持つ。
 貿易海はその名の通り、大陸の西部と東部の貿易を行う重要な航路だ。

 大陸北部にも海はあるが、冬季には凍てつく寒さと激しい風雨で船が出せない。また、大陸北部を支配するベレシアン帝国は港湾施設の整備を行うほどの財力がなく、穏やかな季節でもほとんど使われていない。

 大陸中央部には魔人族がいると言われているストラス山脈があり、陸路または魔導飛空船を使った空路でも、アレミア帝国を通過しなければならない。

 つまり、アレミア帝国で起きた内乱によって、西部のトーレス王国、ハイランド連合王国と東部のマシア共和国、マーリア連邦、スールジア魔導王国との交易は事実上不可能になったということだ。

「一応備蓄分はあるんですが、内乱がいつ終わるか分かりませんから不安ですよ」

 チャーリーが持つ収納袋マジックバッグは軍用の大容量のもので、大型コンテナ数個分という貯蔵量を誇る。しかし、すべての食材が潤沢にあるわけではない。

「醤油や味噌は百キロ単位であるからいいんですが、乾物系がやばいです。特に出汁用の昆布の在庫が不安ですね。スールジアからの仕入れルートができる前でしたから」

「どのくらいあるんだ? 昆布は絶対に必要なんだが」

「ジンさんが使う分だとすると、三ヶ月分もないです。王宮にも卸さないといけませんし、そう考えると二ヶ月分といったところです」

「二ヶ月分か……だとすると、なくなる可能性が高いな……」

 昆布はスールジア魔導王国の北部の町でしか取れない。
 一応マシア共和国の首都アーサロウゼンの乾物屋から定期的に購入する契約を結んでいるらしいが、アーサロウゼンでも昆布の需要は大きくなく、大量に保管していなかった。そのため、船便で定期的に送ってもらうことで対応しようとしていたが、それが駄目になった。

「マッコール商会なら持っているかもしれないな」

「そう言えば、アスキス支店長が本店に復帰した時に昆布を持ってきたとおっしゃっていましたよね」

 大手の食品輸入業者であるマッコール商会の元ヴェンノヴィア支店長、ハンフリー・アスキスがブルートンの本店に戻ってきた際、手土産に昆布を持ってきた。
 その際、スールジア魔導王国からの仕入れルートも確保したと言っていたので、もしかしたら在庫もあるのではないかと考えたのだ。

「チャーリーには悪いが、昆布がないのは致命的だ。明日にでもマッコール商会に顔を出すよ」

「気にしないでください。私も商売人です。お客様の要望に応えられなかった私のミスだと分かっていますから」

 翌日、ランチの営業の後にマッコール商会に向かおうとしたら、向こうからやってきた。
 やってきたのは本店に返り咲いたハンフリーで、あいさつもそこそこに用件を切り出してきた。

「航路が閉鎖された話はご存じでしょうか」

「昨日、オーデッツ商会のチャーリーから聞きました。アレミア帝国の内戦が激しくなり、当面の間、貿易海の航路は使えないと」

「ヴェンノヴィアで仕入れられるものは可能な限り持ってきております。ご入用のものがございましたら、何なりとお申し付けください」

 さすがにやり手の商人だけあって、こちらが困っていると読み、先手を打って売り込みに来たようだ。

「昆布が足りなくなりそうです。在庫があるなら、譲っていただきたいのですが」

「もちろんでございます。コンブ以外にもカレブシなども十分な在庫がございます」

 そう言って持ってきた収納袋マジックバッグから昆布と枯節を取り出した。
 どちらも上質のもので、うちだけなら使い切れないほどの在庫があった。

「これだけの在庫を持ったのは帝国の内戦に備えてのことですか?」

「それもありますが、キタヤマ様がワショクを広められれば、需要が大きく伸びると踏んでおります。大量に仕入れた方が単価は下げられますので、そう言った意味も含めて可能な限り購入しておきました」

 内戦の影響だけでなく、今後の需要の伸びも考慮していたようだ。そこまで伸びるとは思っていないので大丈夫なのかと思わないでもない。

「良質な昆布は適切に保管すれば、熟成されていくと聞いております。ですので、マジックバッグを使い続ける必要はありませんし、不良在庫になるわけでもないと考えております」

「確かにその通りですが、よく調べておられますね」

 利尻昆布などは十年以上寝かせたものもあったが、そんなことまで調べていることに驚きを隠せない。

 昆布の他にもチャーリーが手配し切れていない干し椎茸や乾燥ワカメなども売ってもらうことになった。価格的には安くはないが、輸送費などを考えれば適正な価格だった。
 ハンフリーのお陰で当面は乗り越えられそうだ。

 それで話が終わったと思ったら、まだ何か話があるようでこちらを見ている。目が合ったところでハンフリーが話し始めた。

「キタヤマ様にお願いがございます」

 真剣な表情にやや気圧される。

「どのようなことでしょうか?」

「新しく商会長になりましたフレッド・マッコールと一度会っていただきたいのです」

「前商会長の息子さんでしたね。会うのはやぶさかではありませんが、どのような用件でしょうか?」

 前商会長モーリスが不正を行ったため王室御用達の地位を失い、ハンフリーら商会の主だった者たちによって強引に引退させられた。その跡を継いだのが、息子であるフレッドだが、俺が会う理由が分からない。

「当商会としまして、キタヤマ様に正式に謝罪を行いたいということが主な理由でございます」

 品質の悪い商品を買わされたが、詐欺というほどでもなく、質はよくないが商売の範囲の話だ。謝罪を受けるような話でもない。

「謝罪ですか? 私には不要な気がしますが。それに“主な”ということは別の目的もあるということですね」

「現商会長と直接お会いしていただきたいという思いがございます。その上で、我が社が生まれ変わりつつあることを説明させていただきたいと考えております」

「私が認めれば、王宮も態度を軟化させるからという思惑ですか?」とストレートに聞いてみる。

「ないと申し上げたら嘘になりますが、今は信用を取り戻すことが急務と考えております。それに加えまして、前商会長派を抑えたいという思惑もございます」

「前商会長が返り咲きを考えていると?」

「はい。我が社の恥になるのですが、前商会長と近しい者が独立を考えておるようなのです。独立自体にどうこう言うつもりはございませんが、その資金の出所が前商会長のようなのです。真面目に商売で勝負するのであればよいのですが、あの方は私に対して思うところがおありのようで、私としましては早期に引退しなければならないと考え始めております」

 前商会長モーリスはハンフリーに対して強いライバル心を抱き、それが経営方針を歪め、今回の事態を招いた。しかし、未だに納得していないらしく、実質的にハンフリーが指揮するマッコール商会に対して何らかの行動を起こそうとしているらしい。

 そのため、宮廷料理長やランジー伯らに影響力がある俺と和解し、それを見せつけることでモーリスの干渉を防ぐつもりのようだ。

 正直に言えば面倒な話だ。
 マッコール商会のゴタゴタに対して俺に思うところはないし、邪魔さえしなければ誰が商会長でも気にしないのだから。
 と言っても、ハンフリーには今回の昆布の件で借りがある。

「分かりました。明日の午後にでもお伺いします」

「それには及びません。こちらからお伺いいたします」と慌てて遠慮してくるが、

「できれば保管状況なども見せていただきたいので、そちらに伺わせていただきます」

 ハンフリーが管理を万全にしたと言っているので間違いはないのだろうが、それでもきちんと見ておいた方がいいと思ったのだ。

 翌日、ランチの営業を終えた後、片付けなどをジェイクに任せて、フィルと共にマッコール商会に向かった。
 一人でもよかったのだが、護衛が必要とフィルが主張したためだ。

 マッコール商会に到着すると、すぐに商会長室に案内される。
 そこにはハンフリーと二十歳くらいのやや小柄な若者が待っていた。

「フレッド・マッコールです」と緊張気味に挨拶される。

 見た感じは生真面目そうだが、できるだけ先入観を持たずに話をするつもりでいる。

「父がご迷惑をお掛けしましたこと、謝罪いたします」

 そう言って大きく頭を下げる。

「謝罪は不要です。まあ、残念に思ったことは事実ですが、直接的な損害を被ったわけでもありませんし、東方諸国を訪問するきっかけを作ってくれたのですから」

「それでもお客様を失望させたことは商売人としては失格だと考えています」

 そう言って真っ直ぐに俺の目を見ている。

「アスキスさんには何度か助けてもらっています。すぐに過去のことはなかったことにはできませんが、今後に期待させていただきます」

 俺の言葉にフレッドは僅かに表情を緩める。しかし、横にいるハンフリーは厳しい表情を崩していない。
 この辺りが経験の差なのだろうなと思いながら、扱っている商品を見せてもらうことにした。

 保管している倉庫を見て驚いた。
 以前とは比較にならないほど管理が行き届き、更に品数も豊富になっていたのだ。

「マシア、マーリア、スールジアの食材は可能な限り手に入れております。保管専用のマジックバッグも大幅に増やしており、品質に関しては以前より遥かによくなっていると自負しております」

「確かにそうですね。酒も思った以上に種類がありますし」

 日本酒も以前は数種類しかなかったが、マシア共和国の主な酒蔵の酒はほとんど揃っていた。更に大型のマジックバッグに保管してあり、本場マシアより管理状態がいい。

「あとはこの状態を維持していくことが大事ですね」

 ちなみにチャーリーのところでは俺が作った基準に従って管理を行っている。例えば、酒なら温度管理されていない場所に三十分以上放置しないとか、乾物は木箱にいれ、保管場所も湿気が少ない場所にするなど、ルールを明確化している。

 一ヶ月後、モーリス派の独立の話はなくなったとチャーリーから聞いた。

「ジンさんがお墨付きを与えたっていう噂を流したみたいです。これで商会は何とかなると主要なメンバーは思ったみたいですね。モーリスに付いていこうっていう連中も従業員を引き抜けないから諦めたと聞きました」

「その噂は王宮にも届いているのかな」

「商会の中だけみたいです。外には言わないようにって、アスキス氏が厳重に口止めしたと聞きました。私が聞いた時もジンさんの名前は一切出ていなかったです。まあ、私の場合、ジンさんから聞いていたから分かりましたけど」

 ハンフリーの思惑通りに進んだらしい。
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