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番外編第二章:「料理人ジン・キタヤマ:食材探訪編」

番外編第二十二話「ジン、異世界の秋を感じる」

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 ヴェンノヴィア醸造から領事館に戻った後、領事のコンラッド・オルグレンの依頼で料理を作った。
 事前に準備ができなかったことから簡単なものしか作れなかったが、今朝手に入れた枯節を使えたため、非常に楽しかった。

 午後六時になったため、領事館の食堂に向かう。
 料理のほとんどは盛り付けた後に収納袋マジックバッグに保管してあるため、領事館の料理人レジー・パーシーとテリー・サールの二人に任せても問題はない。

 食堂に入ると、コンラッドと彼の妻レイチェル、そして二人の息子ダリウスとフレデリックが座って待っていた。

 レイチェルは夫と同じく少し日に焼けた感じの陽気なラテン系の美女だ。物おじしない性格なのか、俺たちともすぐに打ち解けている。
 ダリウスは八歳、フレデリックは六歳で、到着した時に顔を合わせただけなので、緊張しているのか、子供にしては随分おとなしい印象だ。

 俺たちが座ると、レジーとテリーが入ってきた。

「本日はすべてキタヤマ様に作っていただきました。最初の飲み物ですが、本日入手されたオールド・ノウチのジュンマイダイギンジョウのナマザケです。料理は甘藷サツマイモの煮物と青菜のお浸しになります」

 レジーが説明しながら料理とグラスを配っていく。

「お坊ちゃま方には別のメニューですよ。飲み物はオレンジジュースで、料理はこんな感じです」

 そう言って俺が作ったお子様プレートを出す。

「すごぉい!」と弟のフレデリックが子供らしく、感情をストレートに出す。

 プレートにはケチャップライスとタコやカニなどを模したソーセージ、パプリカを使ったサラダが乗り、彩りが鮮やかだ。もちろん、ケチャップライスには日の丸の旗が立ててある。

「子供にはこういったものの方がごちそうですから。もちろん、皆さんと同じ料理も少しずつ用意してありますよ」

 その説明にレイチェルが「ありがとうございます」と頭を下げ、

「私たちの分も作られたと聞きましたが、別の料理まで作られたのですか?」

「ええ。料理と言っても簡単なものばかりですから、十五分もあれば作れますので」

 実際、ケチャップライスは朝の残りの米に刻んだ野菜と肉を適当に混ぜて作った物で、ケチャップはレジーが作り置きしているものを借りている。ソーセージも常備してあるものを適当に切れ目を入れて焼いただけだ。

 その間に料理と酒が配られていた。

「では、さっそく乾杯しましょう。此度の出会いに乾杯!」

 子供たちを含め、全員が「「乾杯」」と唱和する。

 口を付けると、純米大吟醸の甘い香りが広がる。

「これは素晴らしい! 蔵で飲むより更に美味い」とコンラッドが声を上げる。

「本当に素晴らしいですわ。これがサケだとは信じられません」とレイチェルも驚いていた。

 彼女の横ではフレデリックがダリウスに「カニさんだ!」とフォークに刺したソーセージを見せている。こういった飾り切りは珍しいようだ。

 ダスティンがグラスを掲げ、

「それにしてもこれは美味い。やはりダイギンジョウは白ワイン用のグラスで飲むべきですな」

「そうですね。蔵よりも少し冷やしていますし、飲み口がシャープになって旨みと香りが数段上がった感じです」

 ほうれん草に似た青菜のお浸しに箸を伸ばす。
 日本のほうれん草より野性味が強く、出汁と上に載せた削り節の香りが際立つ。
 甘藷、つまりサツマイモの煮物は少し甘めに作っているが、こちらも出汁が利いていてちょうどいい感じだ。

「野菜がサケのつまみになるとは思いませんでした。特に甘い芋が合うとは……」とコンラッドが誰に言うでもなく呟いている。

「純米大吟醸の生酒は甘い料理にも割りと合いますよ。まあ、ケーキほど甘いと負けてしまいますが」

 次の料理が出てきた。

「チャワンムシです。蓋を取ってお召し上がりください」とレジーが説明する。

 蓋を取ると出汁のいい香りが一気に上がってくる。

「サケはオールド・ノウチの火入れのものです」と言いながら、テリーがグラスを配っていく。

「生酒ではないのですか?」とダスティンが聞いてきた。

「ええ、茶碗蒸しには熟成させたすっきりめの酒の方が合いますから」

 茶碗蒸しや潮汁のような出汁が利いた汁物系には微炭酸の生酒より、落ち着いた酒の方が合うと思っている。

「確かに合いますね!」とチャーリーが頷いている。

「チャワンムシとはフランでしたか。これは今までのフランの中で一番ですよ!」とコンラッドが喜んでいる。

「私もこちらの方が好きですわ」とレイチェルにも好評のようだ。

「ジンさんのチャワンムシは絶品ですから」とダスティンがそれに応え、

「その中でも今回が一番美味いですね。やはりカレブシのお陰ですか?」と聞いてきた。

「ええ。いつもの茶碗蒸しより出汁が上品です。その分、鶏肉や黒鯛の香りが引き立ち、より美味く感じるのだと思います」

「なるほど。これほど違うのですな。今朝、ジンさんがあれほど喜んだ理由がこれで分かりましたよ」

 マッコール商会のアスキス支店長が枯節を持ってきてくれた時、かなり舞い上がっていたので、そのことを言っているのだろう。

 茶碗蒸しを食べ終えると、黒鯛の塩焼きが出てきた。
 黒鯛は切り身にして串を打って焼いたもので、皮目が弾けている。

「サケはミストガルフのホンジョウゾウのヌルカンです」

 ミストガルフはヴェンノヴィア醸造の主力商品で、これも蔵で直接買ったものだ。この辺りは気温が高く、酒販店も気を使わないので劣化したものが多い。そのため、社長のハリス・ロートンに頼んで、出荷前のものを売ってもらったのだ。

 ぬる燗にしたことで米の香りが強くなるが、昨日レストランで飲んだものとは比較にならないほど爽やかだ。
 味の強い黒鯛の身に米の旨みとコクが絡み、魚の旨みが爆発的に強くなる。

「これが黒鯛ですか? いつも食べているものと全く違いますが」

「そうですか? これは普通に捌いて炭火で塩焼きにしただけで、特に変わった手法を使ったわけではないですよ」というと、ダスティンが身を乗り出すようにして話し始める。

「これが腕の差なんですよ。アーサロウゼンでジンさんが焼いた鮎を食べましたが、あれは本当に美味かった」

「その鮎を食べてみたかったですわ。私は川魚があまり得意ではないのですけど、キタヤマ様の料理ならぜひとも食べてみたいと思います」

「結構大量に買ってありますから、マーリアから戻ったら焼きましょうか? チャーリー、どのくらいあったかな?」

「三百匹以上ありますよ。見つけ次第、状態のいいものは全部買っていますから」

 チャーリーが言っていることは事実だが、買ったのは俺ではなく、ダスティンだ。是非とも陛下に食べてもらいたいと言って買っていたが、単に気に入っただけだろう。

 レジーが酒と料理を運んできた。入ってきた瞬間、味噌煮の甘い香りが広がる。

「いい香りですね」とコンラッドが言っている。

「次は鯖の味噌煮です。これには“ハディンリバー”のジュンマイを用意しております」

 ハディンリバーはヴェンノヴィア醸造の上級酒だ。
 ミストガルフより上質の米を使い、熟成期間も長い。そのため、日本酒としての味が濃く、醤油や味噌といった発酵系の調味料との相性がいい。

 レジーが料理と酒を配っている間に、テリーが土鍋を持ってやってきた。
 そこで俺が立ち上がる。

「鯖の味噌煮は酒とも相性はいいですが、炊き立ての米とも抜群に合います。マッコール商会のアスキス支店長が持ってきてくれた新米と一緒にどうぞ」

 そう言いながら、土鍋の蓋を開ける。新米独特の甘い香りがサバの味噌煮の香りに交じる。それを茶碗によそっていく。

 全員がご飯から食べ始めた。
 不思議に思っていると、口に運ぶ直前で気づいたダスティンが説明してくれた。

「マッコール商会の料理人であの味でしたから。ジンさんが炊いたのならもっと美味いはずだと思ったんですよ」

 そう言ってご飯を口に入れる。

「これは!」と驚くが、すぐに無言で食べ始めた。

 俺も最初に米を食べてみた。
 新米独特の甘みはあるが、日本のブランド米に比べ、粒が大きくもっちり感が少ない。

(今朝はサプライズで美味く感じたが、自分で炊くとやっぱり日本の米の方が美味いな。だが、これならシャリにして寿司を握ってもいいかもしれない……)

 シャリに使うといっても新米ではなく、もう少し時間が経ってからだ。
 基本的に寿司のシャリに新米は使わない。水分が多い新米ではシャリの解れ感が悪くなるためだが、この米はでんぷん質がそれほど多くないため、寿司に合うと思ったのだ。

 そんなことを考えながら、白髪ネギを載せた鯖の味噌煮を口に運ぶ。
 脂の乗った秋鯖を使っているため、身はしっとりと柔らかく、噛むと鯖の脂と出汁がジュワと溢れてくる。味噌の濃い味と生姜とネギの香りが足され、そこに白米を加える。米に鯖と味噌の風味が加わり、日本の秋を思い出させてくれた。

「この魚、美味しい!」とダリウスがいい、「僕もこれ好きだよ!」と弟のフレデリックも喜んでいる。

「これほど美味い鯖を食べたのは初めてです。それに子供たちがこれほど魚を喜んで食べるのは初めて見ましたよ」

「この味は子供も好きな味ですから。ちょっと下品ですが、子供の頃、ご飯にこの煮汁をかけて食べるのが大好きでしたね」

「なるほど。テリー、すまんがスプーンを頼む」とコンラッドが命じた。

 テリーがスプーンを渡すと、コンラッドは鯖の煮汁をご飯に掛け、スプーンに掬って口に運んだ。

「これは! 確かに絶品ですな! これだけで一つの料理になっていますよ!」

 コンラッドの言葉にダスティンたちもスプーンを頼んでいた。

「確かに美味いですね! 鯖はトーレス王国でも獲れますから、ぜひとも流行らせてください」

 チャーリーが目を輝かせて言ってきた。

「その割に鯖を見たことがないんだが?」と聞くと、

「鯖は臭みが強くて、ブルートンでは人気がないんです。漁師たちも積極的に獲りに行きません」

「なるほど」

 フランス料理に似たトーレス料理でも処理をきちんと行えば、臭みの問題はなくなると思うが、確かに本格的なフレンチで鯖を使うことは少ないから、この世界でもそうなのだろう。

 鯖と米を楽しんだ後、日本酒に手を伸ばす。
 ご飯に日本酒というのは普通しないが、味噌煮の脂が口に残っているため、よく冷やした純米酒を口に含むと、さっぱりとして美味い。

 ただ、俺以外は鯖と米に夢中でほとんど酒に手を出していなかった。
 俺が苦笑していると、チャーリーが気付き、慌ててグラスに手を伸ばす。

「そういえばサケを飲むのを忘れていましたね」

 そう言って酒を口に含むと、目を見開く。

「これもいけますね! 鯖の脂と味噌の香り、生姜と上に載っている細いネギの辛さが一体となる感じです」

 チャーリーのグルメレポートを聞いたダスティンたちが一斉にグラスに手を伸ばした。

「確かに美味い! 味噌がジュンマイに合うのですか?」とダスティンが聞いてくる。

「それもありますね。鯖のように味に個性があるものはきれいな吟醸酒より米の味が強い純米酒の方が合うと思います。まあ、これは好みもありますけど」

 一旦酒に手を伸ばしたダスティンたちだったが、すぐに米に戻っていく。
 あっという間に食べ切ったので、

「まだお代わりはありますよ」というと、子供を除く全員がお代わりを希望した。

「この“お焦げ”というところも味わいがありますね。最初は失敗した部分かと思いましたが、この香ばしさは癖になります」とコンラッドが言ってきた。

「その部分は私も好きなんですよ」と返す。

 結局、土鍋のご飯はお焦げを含め、完食した。
 最後に緑茶と芋羊羹もどきを出す。

「イモヨウカンというデザートだそうです。蒸した甘藷を裏ごしし、砂糖とゼラチンを加えて固めたものです」

 寒天ではなくゼラチンを使ったため、本来の芋羊羹より柔らかい。どちらかというと堅めの芋のゼリーという感じだ。
 これも好評で全員が満足してくれたようだ。

「これほど喜んでいただけてうれしいですね」

「いや、こちらこそキタヤマ殿の料理をいただけて感謝しかありません」

 食事が終わった後、レジーとテリーが私の部屋を訪れた。

「お休み前に申し訳ございません」とレジーがいい、二人は頭を下げる。

「米の炊き方をもう一度教えていただきたいのです」

「構いませんが、どうしてですか?」

 突然の申し出に首を傾げる。

「オルグレン様がキタヤマ様の炊いたコメを大層気に入られまして、コツを聞いておくようにと……」

「そうですか。分かりました。では、簡単なメモを作っておきますので、明日の朝、一緒に炊いてみましょう」

 翌日、少し早起きをして厨房に向かい、二人の指導を行った。

「コツは水の含ませ方と火加減です。水は米の状態で変わりますが、米と水の分量をきちんと量っておけば大きく外すことはありません。火加減は沸騰までの時間とその後の蒸らしを香りで判断することになりますが、これも一度時間を覚えてしまえばそれほど苦労しないと思います……」

 炊き上がりの量と米と水の分量を書いたメモを渡す。また、火加減の大体の目安も書いてある。

 炊き上がりはやや焦げがあったが、十分に美味いご飯に仕上がっていた。

「これだけ美味く炊ければ十分ですよ」というと、二人は安堵の表情を浮かべていた。
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