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番外編第一章:「料理人ジン・キタヤマ:異世界漂着編」
番外編第五話「ジン、家庭料理を手伝う」
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この世界に迷い込んだ二日目。
午前中から食材店を中心に街を見て回った。途中でカフェらしい気取った店で昼食を摂ったが、酒はともかく、料理の方はそれほどでもなかった。
イギリスのフィッシュアンドチップスのような白身魚の揚げ物とフライドポテト、それにビールという組み合わせだったが、白身魚は揚げ過ぎでパサついているし、フライドポテトは油の切り方が甘くてベチャっとした感じだった。
ビネガーとケチャップ、それとよく冷えたビールのお陰で何とか食べられたが、胸やけがしそうになっていた。
「私は結構好きなんですが、お気に召しませんか?」とダスティン・ノードリーが聞いてきたが、奢ってもらっている身なので何も言わずに苦笑いだけを浮かべていた。
午後三時くらいにダスティンが一度役所に行くとのことで、俺と護衛のフィル・ソーンダイクはダスティンの家に向かった。
まだ自分の住む家がなく、ノードリー家に住まわせてもらっているためだ。
集合住宅の裏手からダスティンの妻のイルマの声が聞こえた気がした。裏に回ってみると、井戸の近くの水場で近所の主婦たちと話しながら夕食の準備を行っている。二人の子供も手伝っており、仲のいい家族だと自然と笑みが零れる。
「お早いお帰りですね」と優しい笑みを向け、料理の手を止めようとした。
「私も手伝いましょう。何もせずに泊めていただくのも悪いですから」
「いいんですよ、お客様なんですから」と遠慮するが、
「この世界の料理を見てみたいので」
「恥ずかしいですわ。素人料理なんですから」とはにかむように笑う。
自分の荷物から包丁が入ったケースを取り出す。全財産ということで、リュックごと持ち歩いていたのだ。
ケースには出刃、柳葉、菜切りなど六本の包丁が入っている。そこから菜切り包丁を取り出し、水場に立つ。
「下処理なんかは一緒ですから、野菜の皮むきをしますね」
イルマの返事を待たずに洗い終わったジャガイモの皮を剥いていく。
ジャガイモは男爵に近い種類だが、日本で出回っているものに比べ、水分が少ない感じがする。
他にも玉ねぎやキャベツなどザク切りにして木製のボウルに入れる。
作業をしながら話を聞くと、調理は家でするが、水を多く使う下処理や洗い物は水場の近くで行うそうだ。
「今日みたいな寒い日は手がかじかんで大変なんです」
吹きさらしの水場であり、俺を含めて皆、手が真っ赤になっている。
俺の場合、真冬でも調理場には暖房を入れていないので慣れてはいるが。
近所の主婦たちにあいさつをしてから、ボウルを持って二階に上がる。
台所はダイニングキッチンになっており、中世ヨーロッパの暖炉での調理のイメージは全くない。
電気やガスはないが、この世界には魔力というものがあり、それで魔導コンロという調理器具で加熱できるためだ。
魔導コンロは電気コンロのように煙や排ガスは出ないため、家の中でも使いやすい。そのため、ダイニングキッチンのような形にしやすいのだそうだ。
「うちの魔力コンロは古い型なので火加減が難しいんです。スールジアの最新のものはもう少し細かい調整ができるそうなんですが」
スールジアというのは東の王国で、魔導具の生産が主な産業だと教えてもらっている。
魔導コンロに鍋を掛け、少量の牛脂で油を引いたら、こぶし大の牛肉を入れる。肉には予め下処理がしてあり、塩や香辛料などで味付けも行われているようだ。
火加減を調整しながら、肉の表面を焼いていく。
イルマの手際はよく、肉の表面が焼ける香ばしい香りが台所に充満していく。
「今日はポトフ風の煮込み料理を作ろうと思っておりますの」
「ポトフですか。それは楽しみです」
ポトフという名があることに違和感を覚える。
ポトフはフランス語で、pot=鍋を使った料理のことだったはずだ。この世界の言葉は英語に近く、フランス語が使われていることに違和感があったのだ。
ちなみに俺がそんなことを知っているのは、修行先の親方が和食だけじゃなく、フレンチの店でも修行したことがあり、その親方からいろいろなことを教えてもらっているからだ。俺自身は和食屋と寿司屋での修行経験しかない。
ポトフでは肉を炒めずにそのまま水から煮込んでいくのだが、彼女のやり方はビーフシチューに近い感じだ。
表面が炙られたところで、水を入れて強火に掛ける。
意外に火力が強いようで思ったより早く沸騰した。そこで弱火にして沸騰を抑え、アクが溜まってきたところで、お玉で丁寧に掬っていく。
「何かおかしなところがあったら教えてくださいね。私も母に習っただけの素人なんですから」
「手際もいいですし、丁寧に作っていらっしゃると感心しています」
肉のアクがある程度取れたところでジャガイモと玉ねぎ、ローリエの葉を入れていく。
更にそこから煮込みながらアクを丁寧に取っていく。
肉から出た出汁の香りと野菜の甘み、ローリエの爽やかな香りが食欲をそそる。
「ケイティ、ここからは任せたわよ。火加減に注意しながら時々アクを掬っておいてね」
「はーい」と返事をした、九歳の長女ケイティがお玉を受け取る。
イルマは台所の奥に向かい、収納スペースから壺を取り出した。壺をテーブルに置くと僅かに発酵臭が漂ってくる。
「キャベツの漬物なんです。冬には野菜が少ないのでキャベツが多くなってしまうんです」
ドイツ風のキャベツの漬物、“ザワークラウト”だった。但し、彼女は英語風の“サワークラウト”と呼んでいた。
フランス語である“ポトフ”は使うのに、ドイツ語読みの“ザワークラウト”は使わない。何となくちぐはぐな感じを受ける。
味見をさせてもらったが、日本のキャベツの漬物とは異なり、キャラウェイのような香辛料の香りが強く、ザワークラウトそのものだった。
「煮込みの牛肉と一緒に食べると結構おいしいんですよ」
夕食の準備が終わった午後五時頃、ダスティンが帰ってきた。
「今日はポトフですか。私の好物なんですよ」
そう言ってダイニングのテーブルにつく。
七歳のルイスがパンの入った籠を運び、姉のケイティが飲み物を運んでくる。飲み物は子供たちが柑橘で香りを付けた水で、大人は赤ワインのようだ。
二人も自分たちの席に座り、俺も空いている席に座った。
「お待たせしました」と言ってイルマが鍋ごとポトフ風の煮込みを運んできた。
一人一人に取り分けていき、食事がスタートする。
まずポトフのスープを味わってみた。
(牛肉の出汁がいい感じに効いている。ローリエと胡椒も肉の臭みを上手く消しているし、野菜の甘みがまろやかさを出している。惜しむらくは塩加減が少しだけ弱いことだな。これはザワークラウトと一緒に食べるコンセプトだから弱めにしてあるんだろうか……)
スープを味わい、肉や野菜を食べていく。
(肉は硬そうな肉だったが、よく煮込まれて柔らかくなっている。ザワークラウトと一緒に食うとこの酸味と塩味がアクセントになって旨味が増すな……玉ねぎはまあまあの味だが、やはりジャガイモの質がよくないな。品種的によくないんだろうか……)
そんなことを考えながら食べていると、ダスティンとイルマが俺に注目していた。
「どうですか?」とイルマが恐る恐るという感じで聞いてくる。
「お世辞ではなく、本当に美味しいですよ。スープは肉の出汁がよく出ていますし、野菜の旨味がまろやかにしています。肉も柔らかいですが、旨味はちゃんと残っていますし、玉ねぎは甘くて美味しいと思いますね」
俺の言葉にイルマが安堵の表情を見せるが、代わってダスティンが聞いてくる。
「改善点はありませんか? ジンさんの意見でもっと美味くなれば私たちもうれしいので」
「そうですね。強いて言うなら、セロリかパセリなどの香味野菜を使ってはどうかなと思ったくらいです」
あえてジャガイモには突っ込まなかった。
理由は昨日からジャガイモが外れてばかりなので、もしかしたらこれがこの辺りの普通の品質ではないかと思ったためだ。
「セロリかパセリですか。確かに香りがよくなりそうですね! 今度やってみます」とイルマはニコリと微笑んでいた。
料理を食べながら赤ワインを味わう。
若い赤でミディアムボディくらいの飲みやすいものだ。淡白な味付けの煮込み料理にはこのくらいが合っている。
ワインを飲みながら気になっていたことを聞いてみた。
「ポトフというのは私のいた世界ではフランスという国の言葉なんです。サワークラウトは元々ドイツという国の言葉ですし、そういった国からも流れ人が来ていたということなんでしょうか? 昨日聞いた話では日本から迷い込む人が多いという話だったのですが」
「なるほど。さすがは料理人ですね。その観点から気づかれましたか」とダスティンが満足げに頷き、説明を始めた。
「確かにここ百年くらいは“ニホン”という国から迷い込む方が多いようです。ですが、七百年くらい前は“フランス”や“ドイツ”、四百年くらい前は“イングランド”や“スコットランド”の方が多かったようです」
「つまり、周期的に迷い込むポイントがずれていると」
「そのようですね。その前にも流れ人はいたようなのですが、この辺りは千年前に“大災厄”と呼ばれる天災があって、多くの都市が滅んだので、どのような方が来たのか記録が残っていないのです」
「といいますと、別の地域では記録が残っているということですか?」
「ええ、大陸の東、スールジアやマーリア、マシアなどでは、“チャイナ”あるいは“ジョングオ”と呼ばれる地域の方が多く迷い込まれたようです。今でもその名残として、いろいろな文化が残っていますね」
チャイナということは中華料理があるかもしれないということだ。他にも“醤”や干し貝柱なんかもあるかもしれない。
「だから、マッコール氏はマーリア連邦やマシア共和国に豆や魚の発酵調味料があるかもしれないと言ったのかもしれませんね」
「というと、ジンさんの求めていらっしゃる調味料はチャイナのものということですか?」
「いえ、日本のものが欲しいのですが、チャイナは海を挟んだ隣の国ですので、似たものが割とあったのです。料理としては全く別物なんですが」
「なるほど。だとすると、スールジア、マーリア、マシアの古くからの調味料や食材を探させてもいいかもしれませんね」
「食材も似ていますから、あると料理の幅が広がります。今日は見つかりませんでしたが、米が一番欲しいですね」
「コメですか。そう言えば、マッコールは知っていたようですが、それほど必要な物なのですか?」
「日本の料理、我々は和食と呼んでいますが、米を炊いたご飯は欠かせないものなんです。他にも米から作った日本酒は和食に一番合う酒ですし、米を使った味噌も味の幅を広げてくれます」
「それほどまでの食材なのですか! では、コメを取り寄せるだけではなく、そのニホンシュなる酒やミソなども探させてもいいかもしれませんね」
そんな話で盛り上がった後、先ほど気になったことを聞いてみた。
「ところで大災厄とはどのような災害だったのですか?」と聞くと、ケイティとルイスの表情が少し怯えたものに変わった。
「割と有名な話なのですが、後ほどゆっくりご説明しましょう」
どうやら子供に聞かせるような話ではないらしい。
夕食を終え、あと片づけを手伝うと申し出た。
「私たちでやりますから」とダスティンとイルマは遠慮するが、
「これから先、洗い物を自分でやらないといけませんから、こちらのやり方を知っておきたいんです」
「洗い物はどこでも同じだと思うのですが?」とイルマが聞いてきたので、
「私のいた日本では食器専用の洗剤を使うことが一般的です。こちらにも同じものがあればいいのですが」
「食器専用の洗剤があるのですか。それは凄いですね」とダスティンがいい、
「王宮や貴族のお屋敷は知りませんが、私たち平民は石鹸を削ったものを使っていますよ」
固形石鹸はフランス人の流れ人が導入したそうで、数百年前からあるらしい。そのため、比較的安価で一般家庭にも普及しているそうだ。
海綿に石鹸をこすりつけて泡立て、鍋や皿を洗っていく。スポンジは楕円形に近いもので、天然物だそうだ。
皿を洗わせてもらったが、日本の食器用洗剤に比べ、油の落ちが悪い。もし店をやるとしたら、この辺りもよく考えておかないと痛い目に遭いそうだと思った。
午前中から食材店を中心に街を見て回った。途中でカフェらしい気取った店で昼食を摂ったが、酒はともかく、料理の方はそれほどでもなかった。
イギリスのフィッシュアンドチップスのような白身魚の揚げ物とフライドポテト、それにビールという組み合わせだったが、白身魚は揚げ過ぎでパサついているし、フライドポテトは油の切り方が甘くてベチャっとした感じだった。
ビネガーとケチャップ、それとよく冷えたビールのお陰で何とか食べられたが、胸やけがしそうになっていた。
「私は結構好きなんですが、お気に召しませんか?」とダスティン・ノードリーが聞いてきたが、奢ってもらっている身なので何も言わずに苦笑いだけを浮かべていた。
午後三時くらいにダスティンが一度役所に行くとのことで、俺と護衛のフィル・ソーンダイクはダスティンの家に向かった。
まだ自分の住む家がなく、ノードリー家に住まわせてもらっているためだ。
集合住宅の裏手からダスティンの妻のイルマの声が聞こえた気がした。裏に回ってみると、井戸の近くの水場で近所の主婦たちと話しながら夕食の準備を行っている。二人の子供も手伝っており、仲のいい家族だと自然と笑みが零れる。
「お早いお帰りですね」と優しい笑みを向け、料理の手を止めようとした。
「私も手伝いましょう。何もせずに泊めていただくのも悪いですから」
「いいんですよ、お客様なんですから」と遠慮するが、
「この世界の料理を見てみたいので」
「恥ずかしいですわ。素人料理なんですから」とはにかむように笑う。
自分の荷物から包丁が入ったケースを取り出す。全財産ということで、リュックごと持ち歩いていたのだ。
ケースには出刃、柳葉、菜切りなど六本の包丁が入っている。そこから菜切り包丁を取り出し、水場に立つ。
「下処理なんかは一緒ですから、野菜の皮むきをしますね」
イルマの返事を待たずに洗い終わったジャガイモの皮を剥いていく。
ジャガイモは男爵に近い種類だが、日本で出回っているものに比べ、水分が少ない感じがする。
他にも玉ねぎやキャベツなどザク切りにして木製のボウルに入れる。
作業をしながら話を聞くと、調理は家でするが、水を多く使う下処理や洗い物は水場の近くで行うそうだ。
「今日みたいな寒い日は手がかじかんで大変なんです」
吹きさらしの水場であり、俺を含めて皆、手が真っ赤になっている。
俺の場合、真冬でも調理場には暖房を入れていないので慣れてはいるが。
近所の主婦たちにあいさつをしてから、ボウルを持って二階に上がる。
台所はダイニングキッチンになっており、中世ヨーロッパの暖炉での調理のイメージは全くない。
電気やガスはないが、この世界には魔力というものがあり、それで魔導コンロという調理器具で加熱できるためだ。
魔導コンロは電気コンロのように煙や排ガスは出ないため、家の中でも使いやすい。そのため、ダイニングキッチンのような形にしやすいのだそうだ。
「うちの魔力コンロは古い型なので火加減が難しいんです。スールジアの最新のものはもう少し細かい調整ができるそうなんですが」
スールジアというのは東の王国で、魔導具の生産が主な産業だと教えてもらっている。
魔導コンロに鍋を掛け、少量の牛脂で油を引いたら、こぶし大の牛肉を入れる。肉には予め下処理がしてあり、塩や香辛料などで味付けも行われているようだ。
火加減を調整しながら、肉の表面を焼いていく。
イルマの手際はよく、肉の表面が焼ける香ばしい香りが台所に充満していく。
「今日はポトフ風の煮込み料理を作ろうと思っておりますの」
「ポトフですか。それは楽しみです」
ポトフという名があることに違和感を覚える。
ポトフはフランス語で、pot=鍋を使った料理のことだったはずだ。この世界の言葉は英語に近く、フランス語が使われていることに違和感があったのだ。
ちなみに俺がそんなことを知っているのは、修行先の親方が和食だけじゃなく、フレンチの店でも修行したことがあり、その親方からいろいろなことを教えてもらっているからだ。俺自身は和食屋と寿司屋での修行経験しかない。
ポトフでは肉を炒めずにそのまま水から煮込んでいくのだが、彼女のやり方はビーフシチューに近い感じだ。
表面が炙られたところで、水を入れて強火に掛ける。
意外に火力が強いようで思ったより早く沸騰した。そこで弱火にして沸騰を抑え、アクが溜まってきたところで、お玉で丁寧に掬っていく。
「何かおかしなところがあったら教えてくださいね。私も母に習っただけの素人なんですから」
「手際もいいですし、丁寧に作っていらっしゃると感心しています」
肉のアクがある程度取れたところでジャガイモと玉ねぎ、ローリエの葉を入れていく。
更にそこから煮込みながらアクを丁寧に取っていく。
肉から出た出汁の香りと野菜の甘み、ローリエの爽やかな香りが食欲をそそる。
「ケイティ、ここからは任せたわよ。火加減に注意しながら時々アクを掬っておいてね」
「はーい」と返事をした、九歳の長女ケイティがお玉を受け取る。
イルマは台所の奥に向かい、収納スペースから壺を取り出した。壺をテーブルに置くと僅かに発酵臭が漂ってくる。
「キャベツの漬物なんです。冬には野菜が少ないのでキャベツが多くなってしまうんです」
ドイツ風のキャベツの漬物、“ザワークラウト”だった。但し、彼女は英語風の“サワークラウト”と呼んでいた。
フランス語である“ポトフ”は使うのに、ドイツ語読みの“ザワークラウト”は使わない。何となくちぐはぐな感じを受ける。
味見をさせてもらったが、日本のキャベツの漬物とは異なり、キャラウェイのような香辛料の香りが強く、ザワークラウトそのものだった。
「煮込みの牛肉と一緒に食べると結構おいしいんですよ」
夕食の準備が終わった午後五時頃、ダスティンが帰ってきた。
「今日はポトフですか。私の好物なんですよ」
そう言ってダイニングのテーブルにつく。
七歳のルイスがパンの入った籠を運び、姉のケイティが飲み物を運んでくる。飲み物は子供たちが柑橘で香りを付けた水で、大人は赤ワインのようだ。
二人も自分たちの席に座り、俺も空いている席に座った。
「お待たせしました」と言ってイルマが鍋ごとポトフ風の煮込みを運んできた。
一人一人に取り分けていき、食事がスタートする。
まずポトフのスープを味わってみた。
(牛肉の出汁がいい感じに効いている。ローリエと胡椒も肉の臭みを上手く消しているし、野菜の甘みがまろやかさを出している。惜しむらくは塩加減が少しだけ弱いことだな。これはザワークラウトと一緒に食べるコンセプトだから弱めにしてあるんだろうか……)
スープを味わい、肉や野菜を食べていく。
(肉は硬そうな肉だったが、よく煮込まれて柔らかくなっている。ザワークラウトと一緒に食うとこの酸味と塩味がアクセントになって旨味が増すな……玉ねぎはまあまあの味だが、やはりジャガイモの質がよくないな。品種的によくないんだろうか……)
そんなことを考えながら食べていると、ダスティンとイルマが俺に注目していた。
「どうですか?」とイルマが恐る恐るという感じで聞いてくる。
「お世辞ではなく、本当に美味しいですよ。スープは肉の出汁がよく出ていますし、野菜の旨味がまろやかにしています。肉も柔らかいですが、旨味はちゃんと残っていますし、玉ねぎは甘くて美味しいと思いますね」
俺の言葉にイルマが安堵の表情を見せるが、代わってダスティンが聞いてくる。
「改善点はありませんか? ジンさんの意見でもっと美味くなれば私たちもうれしいので」
「そうですね。強いて言うなら、セロリかパセリなどの香味野菜を使ってはどうかなと思ったくらいです」
あえてジャガイモには突っ込まなかった。
理由は昨日からジャガイモが外れてばかりなので、もしかしたらこれがこの辺りの普通の品質ではないかと思ったためだ。
「セロリかパセリですか。確かに香りがよくなりそうですね! 今度やってみます」とイルマはニコリと微笑んでいた。
料理を食べながら赤ワインを味わう。
若い赤でミディアムボディくらいの飲みやすいものだ。淡白な味付けの煮込み料理にはこのくらいが合っている。
ワインを飲みながら気になっていたことを聞いてみた。
「ポトフというのは私のいた世界ではフランスという国の言葉なんです。サワークラウトは元々ドイツという国の言葉ですし、そういった国からも流れ人が来ていたということなんでしょうか? 昨日聞いた話では日本から迷い込む人が多いという話だったのですが」
「なるほど。さすがは料理人ですね。その観点から気づかれましたか」とダスティンが満足げに頷き、説明を始めた。
「確かにここ百年くらいは“ニホン”という国から迷い込む方が多いようです。ですが、七百年くらい前は“フランス”や“ドイツ”、四百年くらい前は“イングランド”や“スコットランド”の方が多かったようです」
「つまり、周期的に迷い込むポイントがずれていると」
「そのようですね。その前にも流れ人はいたようなのですが、この辺りは千年前に“大災厄”と呼ばれる天災があって、多くの都市が滅んだので、どのような方が来たのか記録が残っていないのです」
「といいますと、別の地域では記録が残っているということですか?」
「ええ、大陸の東、スールジアやマーリア、マシアなどでは、“チャイナ”あるいは“ジョングオ”と呼ばれる地域の方が多く迷い込まれたようです。今でもその名残として、いろいろな文化が残っていますね」
チャイナということは中華料理があるかもしれないということだ。他にも“醤”や干し貝柱なんかもあるかもしれない。
「だから、マッコール氏はマーリア連邦やマシア共和国に豆や魚の発酵調味料があるかもしれないと言ったのかもしれませんね」
「というと、ジンさんの求めていらっしゃる調味料はチャイナのものということですか?」
「いえ、日本のものが欲しいのですが、チャイナは海を挟んだ隣の国ですので、似たものが割とあったのです。料理としては全く別物なんですが」
「なるほど。だとすると、スールジア、マーリア、マシアの古くからの調味料や食材を探させてもいいかもしれませんね」
「食材も似ていますから、あると料理の幅が広がります。今日は見つかりませんでしたが、米が一番欲しいですね」
「コメですか。そう言えば、マッコールは知っていたようですが、それほど必要な物なのですか?」
「日本の料理、我々は和食と呼んでいますが、米を炊いたご飯は欠かせないものなんです。他にも米から作った日本酒は和食に一番合う酒ですし、米を使った味噌も味の幅を広げてくれます」
「それほどまでの食材なのですか! では、コメを取り寄せるだけではなく、そのニホンシュなる酒やミソなども探させてもいいかもしれませんね」
そんな話で盛り上がった後、先ほど気になったことを聞いてみた。
「ところで大災厄とはどのような災害だったのですか?」と聞くと、ケイティとルイスの表情が少し怯えたものに変わった。
「割と有名な話なのですが、後ほどゆっくりご説明しましょう」
どうやら子供に聞かせるような話ではないらしい。
夕食を終え、あと片づけを手伝うと申し出た。
「私たちでやりますから」とダスティンとイルマは遠慮するが、
「これから先、洗い物を自分でやらないといけませんから、こちらのやり方を知っておきたいんです」
「洗い物はどこでも同じだと思うのですが?」とイルマが聞いてきたので、
「私のいた日本では食器専用の洗剤を使うことが一般的です。こちらにも同じものがあればいいのですが」
「食器専用の洗剤があるのですか。それは凄いですね」とダスティンがいい、
「王宮や貴族のお屋敷は知りませんが、私たち平民は石鹸を削ったものを使っていますよ」
固形石鹸はフランス人の流れ人が導入したそうで、数百年前からあるらしい。そのため、比較的安価で一般家庭にも普及しているそうだ。
海綿に石鹸をこすりつけて泡立て、鍋や皿を洗っていく。スポンジは楕円形に近いもので、天然物だそうだ。
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