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番外編第一章:「料理人ジン・キタヤマ:異世界漂着編」
番外編第二話「ジン、異世界に立つ:後篇」
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俺はトーレス王国の役人ダスティン・ノードリーと、今後について話し合うことにした。
「先ほど援助があると聞きましたが、具体的にどのような手続きをすればよいのでしょうか」
「手続き自体は簡単です。役所に行き、ここ王都ブルートンの市民として登録していただくだけですから」
「それだけで?」と聞き返してしまった。
普通に考えれば、俺が流れ人であることを証明しなければならないし、申請書類を作成し、提出しなければならない。
俺の境遇が難民に近いと考えると、入国手続きから始まり、在留資格の取得、検疫、居住地の選定などやることは山ほどあるはずだ。
「はい。もちろんいろいろな手続きは必要になるのですが、私の方でやっておきます。これでも民生部門の文官ですので」
運がいいことにダスティンは住民課のような部署にいるらしい。
「それよりも大事なことは今後のことです。キタヤマさんは料理人ということでしたが、ここでもその技能を生かされる予定はございますか」
なぜ聞くのか理解できないが、俺には料理しかない。
「そのつもりです。というか、私には料理以外のことはできません」
「それはよかった。稀にいらっしゃるそうなのです。異世界に来たのだから魔物と戦いたいという方が」
「魔物と戦う?」と一瞬疑問に思ったが、すぐに理解できた。
異世界と聞いて物語やゲームの主人公にでもなった気分なのだろう。現実から逃避するために非日常的なことをしようと思ったに違いない。
「もちろん、魔物と戦っていただいてもよいのですが、そのためには十分な準備が必要となるのです。何と言っても流れ人の方は最弱のレベル1でしかないのですから」
「レベルですか?」
まるでゲームのようだと驚く。
「ええ、チキュウにはレベルという概念はないそうですね。ですが、この世界では魔物を倒せば、レベルが上がり、ステータスやスキルが上がって強くなれるのです」
本当にゲームのような世界だ。
俺自身、そういった生活も悪くないと思わないでもないが、この歳になると現実を見てしまう。
「料理人をしていただくと申しましても、まずはこの世界やこの国に馴染んでいただく必要がございます。キタヤマさんの世界とは常識から違いますので、その辺りからきちんと身に付けていただかないとトラブルの元になるだけですから」
「確かにそうですね」
外国に行くだけでもカルチャーギャップはあり、それがストレスの原因になると聞いたことがある。
俺自身の経験で言えば、店が変わっただけでも大変だった。店によってやり方が異なり、それを知らずにいるといらぬトラブルを招くことになるからだ。
「ですので、一ヶ月くらいはこの街を見ていただき、それからどこかの店に勤めていただくなり、ご自身の店を開くなりしていただくことになります。もちろん、最初は案内人でもありませんが、お世話する者が付きます」
「いいのですか? お金をもらえて住む場所も提供いただくのに、更に人までつけてくださって」
「もちろんです。先ほども申しましたが、流れ人は非常に貴重な人材なのです。その知識を悪用しようとする者が手を出してこないとも限りません……」
話によると、国が保護する政策を始める前は流れ人を巡って、貴族や大手の商会が奪い合いをしたそうだ。この世界の常識を覚える前に囲い込んでしまえば、自分たちに都合のいいように使えるからだ。
そのため、常識を覚えるまでは国が護衛を付け、変な勢力に取り込まれないようにするのだ。
その後、具体的なことを話しあった。
まず驚いたのは俺の身体がこの世界の仕様に変わっていたことだ。
「最初にパーソナルカードというものについてご説明します」と言ってきた。
「パーソナルカードですか?」
「はい。神がすべての人に与えた祝福なのです。私が手本をお見せしますから、キタヤマさんもやってみてください」
何のことか分からないが、ダスティンは俺に構わず話を進めていく。
「では、カード」と言うと、右手の甲から銀色のカードが現れた。
「え!?」と驚いていると、
「このカードには氏名、年齢、レベル、称号、ステータス、スキルなどが書かれています。一応私のカードをお見せしますね」
そう言ってカードを俺の方に向ける。
そこには名前と年齢、レベル、称号などが書かれていた。年齢は三十四歳で俺と同い年だ。思っていたより若かった。
レベルは三十一、高いのか低いのかは判断できない。称号は“トーレス王国官僚”となっている。
ステータスはSTRやINTといったゲームでよくあるものだ。数字を見てもよく分からない。スキルは文官らしく、交渉術や行政学などがあった。
「ステータスやスキルは個人情報として普通他人には見せません。今回は特別にお見せしていますが、他の人には言わないでください。では、キタヤマさんもやってみてください。やり方は簡単です。パーソナルカードよ、出ろと念じればいいだけですから」
「私は流れ人ですから無理だと思うのですが」というと、
「過去の事例では流れ人の方も必ずカードを出せたそうです」
そう言われたが半信半疑だ。自分の身体からカードが出てくるなど、どんな手品だとしか思えないからだ。
それでも一応やってみる。
すると、ダスティンと同じように一枚のカードが現れた。
そこにはこのように書かれていた。
名前:ジン・キタヤマ
種族:普人族(異世界種)
称号:流れ人 レベル:1
STR: 3
AGI: 3
DEX:15
VIT: 3
INT: 8
MND: 5
LUK:45
HP: 30
MP: 50
スキル:
一般スキル:料理9、調合6、目利き6、生物学5、交渉4、経理4,商業学3、……
特殊スキル:言語理解
状態:正常
「出せた……」と驚くしかない。地球人をやめ、この世界の人間、普人族というものになってしまったようだ。
俺が見せようとしたら、「見せなくてもいいですよ」といい、
「ステータスが低いことは気にしないでください。これは戦闘用の能力だと言われていますので……」
レベルが三十も違うのに、ダスティンのステータスに比べ多少低い程度だ。
「ステータスはレベル百を超えるくらいじゃないとあまり変わらないのです。私の場合、一応訓練を受けていますが、一般の方とほとんど同じですから。それよりもスキルの方がどうでしたか? 流れ人の方は多くのスキルを持っていると言われているのですが」
確かにダスティンに比べ多くのスキルが書かれていた。数学や物理学、政治学なんて言うものまであった。
「確かに十個以上ありますね」
「さすがですね」と感心される。
「ちなみにスキルですが、上限値は十です。一人前と認められるのは四以上、七以上で一流、九以上は達人とか名人と呼ばれるレベルとなります。武術系のスキルは別ですが、一般スキルで九以上の方はほとんどいません」
俺の料理の腕はこの世界では名人級らしい。
「差し支えなければ料理のスキルがいくつか教えていただけないでしょうか」
遠慮気味にそう聞いてきた。
個人情報を開示することになるので一瞬ためらったが、不利になることはないだろう。
「料理は九ですね」と言うと、ダスティンは驚きの表情を浮かべたまま固まっていた。
「ほ、本当に九なのですか……宮廷料理長でも八だと聞いたことがあるのですが……大変な方に来ていただいた……」
しばらくするとダスティンは興奮気味に話し始めた。
「素晴らしいです! ぜひとも我が国の料理の発展に協力してください!」
「わ、分かりました……」と引き気味に答えることしかできない。
その後、役所での手続きの方法の説明、住居や護衛に関する要望の聞き取り、更には国王への謁見まで依頼される。
「王様に謁見するんですか……」
偉い人に会うなんてことは今までなかった。国王と言うのだから、権力者には違いなく、間違って怒らせたら大変なことになると腰が引けてしまう。
「ええ、宮廷料理長以上の腕の持ち主なのですから、ぜひともお願いしたいと思っております。もちろん落ち着いてからで結構ですよ。それに我が国の国王陛下はアレミア帝国の皇帝と違って気さくな方ですからご心配は無用です」
そう言われても安心はできない。まだ先のことでもあるし、この場で明確に拒む必要はないと思い直す。
ある程度状況が理解できたところで、
「それでは役所に向かいましょうか。今日中に市民カードは作っておきたいですから」
市民カードは先ほどのパーソナルカードとは違い、日本で言うマイナンバーカードのような市民であることを証明するものだ。パスポートに近い使い方をし、町の城門を出入りする時に提示が必要なため、これがないと町から一歩も出られないそうだ。
カフェを出て街を歩き始める。
「この辺りは官庁街の外れで、南側が貴族街と呼ばれる地区になります。正面に見えるのが王宮です……」
ダスティンは身振りを交えながらブルートンの街を説明していく。
途中で犬の尾を付けた男や猫耳の女性とすれ違い、思わずガン見してしまった。
「チキュウは普人族だけで獣人族や森人族などはいないのでしたね」
「ええ」と答えるが、他にどんな種族がいるのか気になる。そのことを聞くと、
「小人族、鬼人族、竜人族、魔人族ですね。トーレス王国の人口の六割は普人族ですが、獣人とエルフは結構いますし、ドワーフは職人としてどの町にもいます。ですから、これからは見慣れると思いますよ」
その言葉通り、エルフや獣人はその後何度も見ることになった。
十分ほど歩くと、「役所に着きました」と言ってきた。
目の前に四階建ての建物があるが、田舎の町役場より小さな感じだ。
中に入ると、役人たちが山のように積んだ書類を一つずつ処理している。映画やドラマで見た戦後の日本の役所のようだ。
役人たちが働く部屋を通り過ぎ、別の部屋に案内される。そこは応接室なのか、ソファとローテーブルが置かれていた。
「ここで少しだけお待ちください。上司に話を通してきますので」
それだけ言うとダスティンは部屋を出ていった。
することもないので窓から外を眺める。文明の程度はよく分からないが、窓ガラスは普通に普及しており、裏路地が見えた。
官庁街というだけあって裏路地も汚れた感じはなく、行政はしっかりと機能している感じだ。
時々歩いている人を見かけるが、身なりもしっかりとしており、治安もよさそうに見える。
「そう言えば腹が減ったな」と唐突に空腹がやってきた。
この世界に迷い込む直前、昼食を摂ろうとしていたのだが、それから既に二時間近くたっている。
と言っても食べるものは何も持っていない。
空腹を紛らわすために飲みかけのペットボトルの日本茶をリュックから取り出した。
この世界にお茶はあるんだろうかと思いながら口を付ける。
茶を飲みながら十五分ほど待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
ダスティンが戻ってきたようだが、後ろにはもう一人男が立っている。
「私の部下でフィル・ソーンダイクというものです」と紹介する。
その男は俺より頭半分ほど高い、身長百八十センチほどで、頬に傷がある強面だ。
「彼は元探索者、魔物を狩る仕事をしていたんです。凄腕と言うほどではありませんが、町の中で護衛をするには充分な実力を持っています。まあ見た目はちょっとあれですが、根はいい奴なので」
「フィル・ソーンダイクです。よろしく頼みます」とドスの利いた声でいい、頭を下げる。
「ジン・キタヤマです。こちらこそ」と応えるが、何となく気後れしてしまう。
職業柄、ややこしい奴らとはいろいろあったから、慣れていると言えば慣れているのだが、実際に命を懸けて戦っていた迫力のようなものを感じている。
ダスティンとフィルがソファに座り、手続きが始まった。
まず市民カードを作成するということで、紙に必要事項を記入していく。ここでもこの世界の文字がスラスラと書けることに違和感を覚えている。
必要事項を記入したところでフィルがそれを持って応接室を出ていった。
「十分ほどで終わりますが、その間の時間を利用して住む場所の相談をしましょう」
「そんなにすぐに部屋が用意できるのですか?」
「いえ、二日ほどは私の家に泊まっていただくことになります。もしお嫌でしたら、宿に泊まることもできますが、フィルと同室という条件となります」
あの強面と同じ部屋に泊まる勇気はない。
「ノードリーさんにご迷惑をおかけすることになりますが、よろしくお願いします」
そこで俺の腹がグゥと鳴った。
「もしかしたら食事がまだでしたか?」
少し気まずいが、正直に答えることにした。
「ええ、ちょうど昼食を摂ろうとした時に迷い込んだようで……」
「それは申し訳ないことを。手続きを終えましたら、近くの食堂に行きましょう」
そんな話をしていると、フィルが戻ってきた。彼の手には木のトレイがあり、その上には銀色の名刺サイズのカードが載っている。
「これがキタヤマさんの市民カードです。名前とブルートン市民であることが書かれているだけですので、先ほど出したパーソナルカードと一緒に使うことになります。説明はもう少しありますが、とりあえず食事に行きましょう」
そう言って立ち上がった。
これから異世界最初の食事を食べにいく。
「先ほど援助があると聞きましたが、具体的にどのような手続きをすればよいのでしょうか」
「手続き自体は簡単です。役所に行き、ここ王都ブルートンの市民として登録していただくだけですから」
「それだけで?」と聞き返してしまった。
普通に考えれば、俺が流れ人であることを証明しなければならないし、申請書類を作成し、提出しなければならない。
俺の境遇が難民に近いと考えると、入国手続きから始まり、在留資格の取得、検疫、居住地の選定などやることは山ほどあるはずだ。
「はい。もちろんいろいろな手続きは必要になるのですが、私の方でやっておきます。これでも民生部門の文官ですので」
運がいいことにダスティンは住民課のような部署にいるらしい。
「それよりも大事なことは今後のことです。キタヤマさんは料理人ということでしたが、ここでもその技能を生かされる予定はございますか」
なぜ聞くのか理解できないが、俺には料理しかない。
「そのつもりです。というか、私には料理以外のことはできません」
「それはよかった。稀にいらっしゃるそうなのです。異世界に来たのだから魔物と戦いたいという方が」
「魔物と戦う?」と一瞬疑問に思ったが、すぐに理解できた。
異世界と聞いて物語やゲームの主人公にでもなった気分なのだろう。現実から逃避するために非日常的なことをしようと思ったに違いない。
「もちろん、魔物と戦っていただいてもよいのですが、そのためには十分な準備が必要となるのです。何と言っても流れ人の方は最弱のレベル1でしかないのですから」
「レベルですか?」
まるでゲームのようだと驚く。
「ええ、チキュウにはレベルという概念はないそうですね。ですが、この世界では魔物を倒せば、レベルが上がり、ステータスやスキルが上がって強くなれるのです」
本当にゲームのような世界だ。
俺自身、そういった生活も悪くないと思わないでもないが、この歳になると現実を見てしまう。
「料理人をしていただくと申しましても、まずはこの世界やこの国に馴染んでいただく必要がございます。キタヤマさんの世界とは常識から違いますので、その辺りからきちんと身に付けていただかないとトラブルの元になるだけですから」
「確かにそうですね」
外国に行くだけでもカルチャーギャップはあり、それがストレスの原因になると聞いたことがある。
俺自身の経験で言えば、店が変わっただけでも大変だった。店によってやり方が異なり、それを知らずにいるといらぬトラブルを招くことになるからだ。
「ですので、一ヶ月くらいはこの街を見ていただき、それからどこかの店に勤めていただくなり、ご自身の店を開くなりしていただくことになります。もちろん、最初は案内人でもありませんが、お世話する者が付きます」
「いいのですか? お金をもらえて住む場所も提供いただくのに、更に人までつけてくださって」
「もちろんです。先ほども申しましたが、流れ人は非常に貴重な人材なのです。その知識を悪用しようとする者が手を出してこないとも限りません……」
話によると、国が保護する政策を始める前は流れ人を巡って、貴族や大手の商会が奪い合いをしたそうだ。この世界の常識を覚える前に囲い込んでしまえば、自分たちに都合のいいように使えるからだ。
そのため、常識を覚えるまでは国が護衛を付け、変な勢力に取り込まれないようにするのだ。
その後、具体的なことを話しあった。
まず驚いたのは俺の身体がこの世界の仕様に変わっていたことだ。
「最初にパーソナルカードというものについてご説明します」と言ってきた。
「パーソナルカードですか?」
「はい。神がすべての人に与えた祝福なのです。私が手本をお見せしますから、キタヤマさんもやってみてください」
何のことか分からないが、ダスティンは俺に構わず話を進めていく。
「では、カード」と言うと、右手の甲から銀色のカードが現れた。
「え!?」と驚いていると、
「このカードには氏名、年齢、レベル、称号、ステータス、スキルなどが書かれています。一応私のカードをお見せしますね」
そう言ってカードを俺の方に向ける。
そこには名前と年齢、レベル、称号などが書かれていた。年齢は三十四歳で俺と同い年だ。思っていたより若かった。
レベルは三十一、高いのか低いのかは判断できない。称号は“トーレス王国官僚”となっている。
ステータスはSTRやINTといったゲームでよくあるものだ。数字を見てもよく分からない。スキルは文官らしく、交渉術や行政学などがあった。
「ステータスやスキルは個人情報として普通他人には見せません。今回は特別にお見せしていますが、他の人には言わないでください。では、キタヤマさんもやってみてください。やり方は簡単です。パーソナルカードよ、出ろと念じればいいだけですから」
「私は流れ人ですから無理だと思うのですが」というと、
「過去の事例では流れ人の方も必ずカードを出せたそうです」
そう言われたが半信半疑だ。自分の身体からカードが出てくるなど、どんな手品だとしか思えないからだ。
それでも一応やってみる。
すると、ダスティンと同じように一枚のカードが現れた。
そこにはこのように書かれていた。
名前:ジン・キタヤマ
種族:普人族(異世界種)
称号:流れ人 レベル:1
STR: 3
AGI: 3
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VIT: 3
INT: 8
MND: 5
LUK:45
HP: 30
MP: 50
スキル:
一般スキル:料理9、調合6、目利き6、生物学5、交渉4、経理4,商業学3、……
特殊スキル:言語理解
状態:正常
「出せた……」と驚くしかない。地球人をやめ、この世界の人間、普人族というものになってしまったようだ。
俺が見せようとしたら、「見せなくてもいいですよ」といい、
「ステータスが低いことは気にしないでください。これは戦闘用の能力だと言われていますので……」
レベルが三十も違うのに、ダスティンのステータスに比べ多少低い程度だ。
「ステータスはレベル百を超えるくらいじゃないとあまり変わらないのです。私の場合、一応訓練を受けていますが、一般の方とほとんど同じですから。それよりもスキルの方がどうでしたか? 流れ人の方は多くのスキルを持っていると言われているのですが」
確かにダスティンに比べ多くのスキルが書かれていた。数学や物理学、政治学なんて言うものまであった。
「確かに十個以上ありますね」
「さすがですね」と感心される。
「ちなみにスキルですが、上限値は十です。一人前と認められるのは四以上、七以上で一流、九以上は達人とか名人と呼ばれるレベルとなります。武術系のスキルは別ですが、一般スキルで九以上の方はほとんどいません」
俺の料理の腕はこの世界では名人級らしい。
「差し支えなければ料理のスキルがいくつか教えていただけないでしょうか」
遠慮気味にそう聞いてきた。
個人情報を開示することになるので一瞬ためらったが、不利になることはないだろう。
「料理は九ですね」と言うと、ダスティンは驚きの表情を浮かべたまま固まっていた。
「ほ、本当に九なのですか……宮廷料理長でも八だと聞いたことがあるのですが……大変な方に来ていただいた……」
しばらくするとダスティンは興奮気味に話し始めた。
「素晴らしいです! ぜひとも我が国の料理の発展に協力してください!」
「わ、分かりました……」と引き気味に答えることしかできない。
その後、役所での手続きの方法の説明、住居や護衛に関する要望の聞き取り、更には国王への謁見まで依頼される。
「王様に謁見するんですか……」
偉い人に会うなんてことは今までなかった。国王と言うのだから、権力者には違いなく、間違って怒らせたら大変なことになると腰が引けてしまう。
「ええ、宮廷料理長以上の腕の持ち主なのですから、ぜひともお願いしたいと思っております。もちろん落ち着いてからで結構ですよ。それに我が国の国王陛下はアレミア帝国の皇帝と違って気さくな方ですからご心配は無用です」
そう言われても安心はできない。まだ先のことでもあるし、この場で明確に拒む必要はないと思い直す。
ある程度状況が理解できたところで、
「それでは役所に向かいましょうか。今日中に市民カードは作っておきたいですから」
市民カードは先ほどのパーソナルカードとは違い、日本で言うマイナンバーカードのような市民であることを証明するものだ。パスポートに近い使い方をし、町の城門を出入りする時に提示が必要なため、これがないと町から一歩も出られないそうだ。
カフェを出て街を歩き始める。
「この辺りは官庁街の外れで、南側が貴族街と呼ばれる地区になります。正面に見えるのが王宮です……」
ダスティンは身振りを交えながらブルートンの街を説明していく。
途中で犬の尾を付けた男や猫耳の女性とすれ違い、思わずガン見してしまった。
「チキュウは普人族だけで獣人族や森人族などはいないのでしたね」
「ええ」と答えるが、他にどんな種族がいるのか気になる。そのことを聞くと、
「小人族、鬼人族、竜人族、魔人族ですね。トーレス王国の人口の六割は普人族ですが、獣人とエルフは結構いますし、ドワーフは職人としてどの町にもいます。ですから、これからは見慣れると思いますよ」
その言葉通り、エルフや獣人はその後何度も見ることになった。
十分ほど歩くと、「役所に着きました」と言ってきた。
目の前に四階建ての建物があるが、田舎の町役場より小さな感じだ。
中に入ると、役人たちが山のように積んだ書類を一つずつ処理している。映画やドラマで見た戦後の日本の役所のようだ。
役人たちが働く部屋を通り過ぎ、別の部屋に案内される。そこは応接室なのか、ソファとローテーブルが置かれていた。
「ここで少しだけお待ちください。上司に話を通してきますので」
それだけ言うとダスティンは部屋を出ていった。
することもないので窓から外を眺める。文明の程度はよく分からないが、窓ガラスは普通に普及しており、裏路地が見えた。
官庁街というだけあって裏路地も汚れた感じはなく、行政はしっかりと機能している感じだ。
時々歩いている人を見かけるが、身なりもしっかりとしており、治安もよさそうに見える。
「そう言えば腹が減ったな」と唐突に空腹がやってきた。
この世界に迷い込む直前、昼食を摂ろうとしていたのだが、それから既に二時間近くたっている。
と言っても食べるものは何も持っていない。
空腹を紛らわすために飲みかけのペットボトルの日本茶をリュックから取り出した。
この世界にお茶はあるんだろうかと思いながら口を付ける。
茶を飲みながら十五分ほど待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
ダスティンが戻ってきたようだが、後ろにはもう一人男が立っている。
「私の部下でフィル・ソーンダイクというものです」と紹介する。
その男は俺より頭半分ほど高い、身長百八十センチほどで、頬に傷がある強面だ。
「彼は元探索者、魔物を狩る仕事をしていたんです。凄腕と言うほどではありませんが、町の中で護衛をするには充分な実力を持っています。まあ見た目はちょっとあれですが、根はいい奴なので」
「フィル・ソーンダイクです。よろしく頼みます」とドスの利いた声でいい、頭を下げる。
「ジン・キタヤマです。こちらこそ」と応えるが、何となく気後れしてしまう。
職業柄、ややこしい奴らとはいろいろあったから、慣れていると言えば慣れているのだが、実際に命を懸けて戦っていた迫力のようなものを感じている。
ダスティンとフィルがソファに座り、手続きが始まった。
まず市民カードを作成するということで、紙に必要事項を記入していく。ここでもこの世界の文字がスラスラと書けることに違和感を覚えている。
必要事項を記入したところでフィルがそれを持って応接室を出ていった。
「十分ほどで終わりますが、その間の時間を利用して住む場所の相談をしましょう」
「そんなにすぐに部屋が用意できるのですか?」
「いえ、二日ほどは私の家に泊まっていただくことになります。もしお嫌でしたら、宿に泊まることもできますが、フィルと同室という条件となります」
あの強面と同じ部屋に泊まる勇気はない。
「ノードリーさんにご迷惑をおかけすることになりますが、よろしくお願いします」
そこで俺の腹がグゥと鳴った。
「もしかしたら食事がまだでしたか?」
少し気まずいが、正直に答えることにした。
「ええ、ちょうど昼食を摂ろうとした時に迷い込んだようで……」
「それは申し訳ないことを。手続きを終えましたら、近くの食堂に行きましょう」
そんな話をしていると、フィルが戻ってきた。彼の手には木のトレイがあり、その上には銀色の名刺サイズのカードが載っている。
「これがキタヤマさんの市民カードです。名前とブルートン市民であることが書かれているだけですので、先ほど出したパーソナルカードと一緒に使うことになります。説明はもう少しありますが、とりあえず食事に行きましょう」
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これから異世界最初の食事を食べにいく。
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