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本編第五章:宴会編
第九十七話「特異種を味わう:後篇」
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グリーフ迷宮の魔物暴走終息を祝う祭りが行われる中、俺たちはマシュー・ロスの店、“ロス・アンド・ジン”で打ち上げを楽しんでいる。
スタンピードで得た特異種であるレッドコカトリスとブルーサンダーバードの肉を味わい、その驚くべき味に何度も言葉を失っていた。
鶏系の肉を食べ終えたところで、もう一種類の特異種、ミノタウロスエンペラーの肉が出てくることになった。
「私の方は料理というほどのものではありません。この肉も私の手に負えるようなものではありませんでしたから」
マシューはそう言いながら、収納袋から料理を取り出していく。
「俺の方も同じだ。シンプルなものにせざるを得なかった。ってのが正直なところだ」
先ほどは別々に料理を提供したが、今回は一緒に出すのか、“探索者たちの台所”のオーナーシェフ、カール・ダウナーもマジックバッグから皿を出している。
「皆さん、既にたくさん食べていらっしゃるでしょうが、コメを使った料理です」
そう言って出してきたのは寿司だった。
「生で食べても充分に美味しかったので、スシにしてみました。もし、お腹がいっぱいでしたら、ネタだけのものもございます。生のままと炙りの二種類がありますので、最初は塩で食べてみてください」
カールも皿を出してきた。
「俺の方はローストビーフだ。さっきチャンピオンのローストビーフを食べてもらったが、これしか思いつかなかった。グレイビーソースもあるが、最初は何もなしか、ホースラディッシュだけで食べてほしい」
そして、二人も席に着く。
代わるようにタバサとマギーが酒を持ってきた。
「サケはブルートンホマレのホンジョウゾウです。辛口のスッキリとした味ですよ」
そう言ってタバサが一升瓶からグラスに注いでいく。
マギーが厨房から戻ってきた。その手にはジョッキが載ったトレイがあった。
「こっちはビールにしたよ。陛下からいただいたブルートンのペールエールだ。香りがよくてしっかりとした美味いビールだね」
ローストビーフにビールを合わせてきた。
「赤ワインではなく、ビールなのか?」とウィズが首を傾げる。
ミノタウロスチャンピオンの時はフォーテスキューの赤ワインを飲んでいるし、それが合っていた。だから疑問に思ったのだろう。
「正直、どんな酒でもいいと言いたくなるほど、この肉には何でも合う。最初はハイボールにしようかと思ったほどなんだ」
カールが肩を竦めながらそう説明する。
皿が並び、全員に酒が配られた。
「どちらからいくべきかの」とウィズが聞いてきた。他のメンバーも同じ思いなのか、誰も手を出していない。
「私もゴウさんの意見が聞きたいですね」とマシューが笑顔で言ってきた。
「俺もだ」とカールもいい、国王アヴァディーンも「余も聞きたい」とそれに乗る。
「皆さん、意地悪ですね」と思わず苦笑いが浮かべてしまう。
「で、どれからなのじゃ」と焦れたウィズが前のめりになる。
「まずは生の肉だけに塩で。次に炙りの肉に同じく塩。これが一番味が分かるんじゃないかな。その後は食べてみてからだな」
俺がそう言うと、ウィズは待ちきれなかったのか、すぐに手を伸ばした。
俺も箸を伸ばし、肉を一切れずつ取る。
肉には岩塩がひとつまみ載せてあるが、他には何も手を加えていない。
生の方は牛肉というより、本マグロの中トロのようで、きめ細かい肉質にきれいなさしが入っている。
口に入れると僅かに脂のざらつきを感じたが、すぐに溶けて滑らかな舌触りに変わった。
肉質は柔らかいが、マグロのような歯切れではなく、しっかりとした食感が残る。そして、噛むほどに肉の旨味が溢れ、ここでも自分が何を食べているのか分からなくなった。
「これが肉……」としか言えず、ブルートンホマレを一口含むが、香りと旨味が消えることはなかった。
「何なのじゃ、これは……チャンピオンとも一線を画す美味さじゃ……」とウィズが恍惚とした表情で呟く。
「やばいですよ。これは……俺が食べていいものなんですか……」
エディ・グリーンが誰に言うでもなく、呟いている。
「それ以前に、これは人が食してよいものなのか、悩むところだな」と国王がその問いに答えていた。
炙りは更に肉の美味さに深みがあった。焼けた脂の香りが食欲をそそり、ドワーフたちは何も言わずに黙々と肉を口に運んでいる。
「そろそろ次にいかれては」とマシューが言ってきた。そう言われるほど夢中になって肉を食べていたのだ。
「次はどうするのじゃ」
「ローストビーフだ。生、炙りの後にレアとはいえ、きちんと火が通った肉を食べるべきだろう」
「俺もそれがいいと思う」とカールが賛同し、マシューも笑顔で頷いている。この順番で正解だったようだ。
ローストビーフは美しいロゼ色で、全体がレアに仕上げられている。
最初はホースラディッシュもなしでそのまま食べてみる。
焼き目の香ばしさを感じる間もなく、火が通った牛肉の甘みが舌に直撃する。
「これも凄い……牛肉独特の臭みが一切ない。本当に肉なのか……」
赤ワインが欲しいところだが、手元にあるのはビールだ。
カールはあえてビールにしたと言っていたが、今俺が求めているのは赤ワイン。そのギャップに戸惑う。
戸惑いながらもジョッキに口を付ける。
国王が提供しただけのことはあり、ホップの苦みと麦芽の甘みが心地いい。しかし、肉の味がきれいに流れるだけで、今までのように美味さが爆発するような感動はなかった。
「カールよ。我は赤ワインの方がよかったぞ」とウィズは不満げだ。
カールはそう言われることを想定していたのか、
「もう一枚食べてからビールを飲んでみろ。恐らく全く違う飲み物に感じるはずだ」
「にわかには信じられぬが」と言いながらも、ローストビーフをもう一口食べる。そして、ジョッキに口を付けた。
「!」とウィズが目を見開く。
「何じゃ、これは!」と叫び、再びジョッキを呷った。
俺も同じようにローストビーフを味わい、ゆっくりとビールに口を付ける。
その瞬間、ウィズが驚いた意味を理解する。
ホップの苦みがハーブのような爽やかさに変わり、麦の甘みがパンを食べているかのような錯覚を起こす。それでいて肉の旨味は一切変わらず、いつまでも食べていたい気にさせる。
「不思議だろ。赤ワインでもいいんだが、この組み合わせが面白いと思ったんだ」
「なぜこんな風になるんでしょうか?」
「俺にも分からん。この肉には相手の旨みを引き出す魔法が掛かっているんじゃないか。そうとしか思えん」
「確かにそうですね。私にも理屈は全く分かりません」
マリアージュという言葉があるが、どれほど相性のいい食材と酒でもここまでの美味さにはならないだろう。そう考えると、魔法が掛かっているとしか思えないというのも頷ける。
その後、肉寿司を食べた。
個人的には牛肉の寿司はそれほど好みではなかったが、これは最上級のトロを超える寿司だった。
握り方は一流の江戸前寿司の職人ほどではないが、ジン・キタヤマに鍛えられただけのことはあり、寿司屋としても十分に通用する。
酢飯は甘みを加えないもので、握り方がよいため、口に入れるとシャリがパラパラと解ける。
その崩れるシャリと肉、そこに薄く塗った煮切りの醤油が混ざり合い、すし酢の酸味が絶妙な味加減を作り出していた。
「素晴らしいですね。キタヤマ氏は寿司も得意だったのですか?」
「師匠はいろいろなところで修行したそうです。その中にはエドマエの寿司屋もあったと聞いています。ただ、ご自分では“俺は素人だからな”と常におっしゃっていましたが」
「マシューさんの寿司を食べる限り、キタヤマ氏が素人ということはあり得ません。十分に寿司屋として通用しますよ」
「ありがとうございます。師匠も喜ぶと思います」
そう言った後、何かを思い出したかのように遠くを見つめる。
「実は師匠の寿司を食べて、一時期、寿司に嵌ったことがあるんです。シンプルな料理でありながら、ネタの種類と味のバリエーションの豊富さに奥が深いと感じたんです。そのことを師匠に言ったら、いろいろと手解きをしてくれたんです……」
そんな話をしていると、鍛冶師のルドルフが「寿司というのもよいものじゃ」と話に加わってきた。
更にダグも「グリーフにはないが、ブルートンにはこれを食べさせてくれる店があるのか」と聞いている。
「専門の寿司屋は少ないですが、私の兄弟子がやっている店があります」とマシューが答える。
「余も寿司は結構気に入っているから、エドガー殿たちに紹介した店にも入れるよう指示している」
ハイランドに行った時の報酬として、ブルートンの名店リストを作ってもらっている。忙しくてきちんと見ていなかったが、その中に入っているらしい。
「我も気に入ったぞ。ブルートンに食べに行ってもよいの」
「それがいいな」
異世界に来て寿司屋に行けるとは思っていなかったので俺も楽しみだ。
料理がほとんどなくなったところで、まったりとした時間が流れる。大食漢のドワーフたちも満足したようで、腹をさすって微笑んでいた。
ドワーフ以上に食べるウィズも「これほどの料理を食えて満足じゃ」と満面の笑みを浮かべている。
「ところでゴウさんたちはこの先からどうされるんですか? ずっとこの町にいらっしゃるのか気になっているんです」
マシューが聞いてきた。その問いに国王も興味深くこちらを見ている。
「そうですね」というものの、具体的なビジョンはない。
「我らはこの町を拠点にするつもりじゃ。マシューやカールがおるし、バーナードの宿も居心地がよい。ここを離れる理由などないの」
ウィズの言う通りだが、やらなければならないことが多い。
「ブルートンに作られる美食アカデミーの立ち上げもありますし、まだまだ知らない食材を探してみたいですね。それにワインで有名なフォーテスキューや個性的な日本酒を作っているリストンにも行ってみたいです」
「それがあったの。魔王のところに行く約束もある。魔の森とやらにも行かねばならんし、マシアやマーリア、スールジアにも行ってみたい。やることが多くて困るの」
「儂らが作るオリハルコンの武具のことも忘れてはならんぞ」とルドルフが言ってきた。
「私にいろいろと教えていただくという約束もありますよ」とマシューが話に加わってくる。
「いつの間にそんな約束をしていたんだ?」とカールが驚く。
「ゴウさんが流れ人だと分かった時にいろいろと教えてくださいとお願いしました。資料もたくさんお持ちとのことでしたので」
「そう言うところはさすがだな。では、俺にもいろいろと教えてくれ。あっちの世界の料理はずいぶん進んでいるみたいだからな」
一流の料理人に教えてくれと言われても困る。
「教えると言っても資料を見ながら、簡単に説明するだけですよ。私自身は料理人でも何でもないですから」
「それで構わんさ。どんな素材が使われているか分かるだけでも助かるからな」
そんな話をしていると、エディの視線が不安定であることに気づく。俺たちと一緒になってから飲んでいる量は日本酒で四合分ほどだが、その前にもビールを飲んでいたためだろう。
「大丈夫ですか?」と聞くと、「少し飲み過ぎたみたいです……」と言ってきた。言葉よりはしっかりとした口調なので大丈夫そうだ。
「リアさんは大丈夫ですか」と同じ普人族のリア・フルードに確認する。
「私はまだ大丈夫です」と笑顔で答える。ただ、最初の頃よりずいぶん陽気になっている感じだ。
「そう言えば、ゴウさんとウィズさんに聞きたいことがあったんです」
そう言ってリアがニコリと微笑む。
「どんなことですか?」
「ゴウさんとウィズさんって恋人同士なんですよね? いつも一緒なんですけど、そんな風に見えなかったので」
「こ、恋人ですか……」と絶句する。
「あたしも聞きたいね。あんたらの関係ってどんなものかって興味があるよ」とマギーがいい、タバサも興味津々と言う感じで、
「私も気になっていました。ウィズさんが時々甘えている感じは分かるんですが、本当に恋人なのかなって」
こういう話が好きなのか、女性三人は食い付き気味だ。ドワーフたちとエディは興味なさそうだが、国王は聞き耳を立てている。
「恋人?……よく分からぬの?」
伴侶が不要な竜であるウィズには理解しがたいのだろう。
「私もどう言っていいのか……パートナーであることは間違いないのですが……」
ウィズが竜であると言えれば簡単だが、いつも二人でいるのに男女の関係でないというのは不自然だろう。
「我とゴウは特別な絆で結ばれておる。それだけは間違いない」
ウィズが言っている意味は従魔契約のことだが、言葉だけなら男女間のことに聞こえなくもない。
「特別な絆ですか! 羨ましいです!」とリアが声を上げる。
マギーとタバサも「わぁ!」と声を上げた。
「そろそろ、交代の時間なので」とエディが遠慮気味に声を上げる。
いいタイミングで声を上げてくれて助かった。強引に話題を変える。
「確か、肉を焼く係になっていたんでしたね」
エディを含め、若い兵士は俺たちが提供した肉を焼く係になっている。彼の出番は午後三時頃で、そろそろ移動しないと遅れてしまう。
「私も手伝いにいこうかしら」とリアが言うと、「助かる」とエディが答える。
この二人はただの幼馴染から、少しだけ進展したような気がする。
「では、食うものもなくなったからお開きじゃな」とウィズがいうと、トーマスが「この後はどうするのじゃ」と聞いてきた。
「どうするかの」とウィズがこっちを見てきたので、
「管理局の方に行こうか。あの辺りはまだ賑やかそうだし」
「そうじゃな」と頷く。
「儂らは鍛冶師仲間で飲むことになっておるから、ここで別行動になるの。こっちに来るなら歓迎するぞ」
トーマスら四人の鍛冶師は既に次の予定が入っているらしい。
「そうですね。もしかしたら合流するかもしれませんが、とりあえず管理局に行ってみます。マシューさんたちはどうされますか?」
「私たちは片づけをしたら、ゆっくり休みます」とマシューが言うと、カールも「俺もだ」と言った。
「余も管理局に戻ることとする。そろそろ王都に戻らねばならぬからな」
「では、ここで解散ですね。カールさん、マシューさん、今日は素晴らしい料理と酒をありがとうございました」
そう言って頭を下げると、エディたちも同じように感謝の言葉を掛ける。
「陛下もお付き合いいただきありがとうございました」
「いや、こちらこそあの肉を食させてもらったこと、礼を言わせてもらいたい」
「では、皆さん、この後もお気をつけて」
これで特異種を味わう楽しい宴が終了した。
スタンピードで得た特異種であるレッドコカトリスとブルーサンダーバードの肉を味わい、その驚くべき味に何度も言葉を失っていた。
鶏系の肉を食べ終えたところで、もう一種類の特異種、ミノタウロスエンペラーの肉が出てくることになった。
「私の方は料理というほどのものではありません。この肉も私の手に負えるようなものではありませんでしたから」
マシューはそう言いながら、収納袋から料理を取り出していく。
「俺の方も同じだ。シンプルなものにせざるを得なかった。ってのが正直なところだ」
先ほどは別々に料理を提供したが、今回は一緒に出すのか、“探索者たちの台所”のオーナーシェフ、カール・ダウナーもマジックバッグから皿を出している。
「皆さん、既にたくさん食べていらっしゃるでしょうが、コメを使った料理です」
そう言って出してきたのは寿司だった。
「生で食べても充分に美味しかったので、スシにしてみました。もし、お腹がいっぱいでしたら、ネタだけのものもございます。生のままと炙りの二種類がありますので、最初は塩で食べてみてください」
カールも皿を出してきた。
「俺の方はローストビーフだ。さっきチャンピオンのローストビーフを食べてもらったが、これしか思いつかなかった。グレイビーソースもあるが、最初は何もなしか、ホースラディッシュだけで食べてほしい」
そして、二人も席に着く。
代わるようにタバサとマギーが酒を持ってきた。
「サケはブルートンホマレのホンジョウゾウです。辛口のスッキリとした味ですよ」
そう言ってタバサが一升瓶からグラスに注いでいく。
マギーが厨房から戻ってきた。その手にはジョッキが載ったトレイがあった。
「こっちはビールにしたよ。陛下からいただいたブルートンのペールエールだ。香りがよくてしっかりとした美味いビールだね」
ローストビーフにビールを合わせてきた。
「赤ワインではなく、ビールなのか?」とウィズが首を傾げる。
ミノタウロスチャンピオンの時はフォーテスキューの赤ワインを飲んでいるし、それが合っていた。だから疑問に思ったのだろう。
「正直、どんな酒でもいいと言いたくなるほど、この肉には何でも合う。最初はハイボールにしようかと思ったほどなんだ」
カールが肩を竦めながらそう説明する。
皿が並び、全員に酒が配られた。
「どちらからいくべきかの」とウィズが聞いてきた。他のメンバーも同じ思いなのか、誰も手を出していない。
「私もゴウさんの意見が聞きたいですね」とマシューが笑顔で言ってきた。
「俺もだ」とカールもいい、国王アヴァディーンも「余も聞きたい」とそれに乗る。
「皆さん、意地悪ですね」と思わず苦笑いが浮かべてしまう。
「で、どれからなのじゃ」と焦れたウィズが前のめりになる。
「まずは生の肉だけに塩で。次に炙りの肉に同じく塩。これが一番味が分かるんじゃないかな。その後は食べてみてからだな」
俺がそう言うと、ウィズは待ちきれなかったのか、すぐに手を伸ばした。
俺も箸を伸ばし、肉を一切れずつ取る。
肉には岩塩がひとつまみ載せてあるが、他には何も手を加えていない。
生の方は牛肉というより、本マグロの中トロのようで、きめ細かい肉質にきれいなさしが入っている。
口に入れると僅かに脂のざらつきを感じたが、すぐに溶けて滑らかな舌触りに変わった。
肉質は柔らかいが、マグロのような歯切れではなく、しっかりとした食感が残る。そして、噛むほどに肉の旨味が溢れ、ここでも自分が何を食べているのか分からなくなった。
「これが肉……」としか言えず、ブルートンホマレを一口含むが、香りと旨味が消えることはなかった。
「何なのじゃ、これは……チャンピオンとも一線を画す美味さじゃ……」とウィズが恍惚とした表情で呟く。
「やばいですよ。これは……俺が食べていいものなんですか……」
エディ・グリーンが誰に言うでもなく、呟いている。
「それ以前に、これは人が食してよいものなのか、悩むところだな」と国王がその問いに答えていた。
炙りは更に肉の美味さに深みがあった。焼けた脂の香りが食欲をそそり、ドワーフたちは何も言わずに黙々と肉を口に運んでいる。
「そろそろ次にいかれては」とマシューが言ってきた。そう言われるほど夢中になって肉を食べていたのだ。
「次はどうするのじゃ」
「ローストビーフだ。生、炙りの後にレアとはいえ、きちんと火が通った肉を食べるべきだろう」
「俺もそれがいいと思う」とカールが賛同し、マシューも笑顔で頷いている。この順番で正解だったようだ。
ローストビーフは美しいロゼ色で、全体がレアに仕上げられている。
最初はホースラディッシュもなしでそのまま食べてみる。
焼き目の香ばしさを感じる間もなく、火が通った牛肉の甘みが舌に直撃する。
「これも凄い……牛肉独特の臭みが一切ない。本当に肉なのか……」
赤ワインが欲しいところだが、手元にあるのはビールだ。
カールはあえてビールにしたと言っていたが、今俺が求めているのは赤ワイン。そのギャップに戸惑う。
戸惑いながらもジョッキに口を付ける。
国王が提供しただけのことはあり、ホップの苦みと麦芽の甘みが心地いい。しかし、肉の味がきれいに流れるだけで、今までのように美味さが爆発するような感動はなかった。
「カールよ。我は赤ワインの方がよかったぞ」とウィズは不満げだ。
カールはそう言われることを想定していたのか、
「もう一枚食べてからビールを飲んでみろ。恐らく全く違う飲み物に感じるはずだ」
「にわかには信じられぬが」と言いながらも、ローストビーフをもう一口食べる。そして、ジョッキに口を付けた。
「!」とウィズが目を見開く。
「何じゃ、これは!」と叫び、再びジョッキを呷った。
俺も同じようにローストビーフを味わい、ゆっくりとビールに口を付ける。
その瞬間、ウィズが驚いた意味を理解する。
ホップの苦みがハーブのような爽やかさに変わり、麦の甘みがパンを食べているかのような錯覚を起こす。それでいて肉の旨味は一切変わらず、いつまでも食べていたい気にさせる。
「不思議だろ。赤ワインでもいいんだが、この組み合わせが面白いと思ったんだ」
「なぜこんな風になるんでしょうか?」
「俺にも分からん。この肉には相手の旨みを引き出す魔法が掛かっているんじゃないか。そうとしか思えん」
「確かにそうですね。私にも理屈は全く分かりません」
マリアージュという言葉があるが、どれほど相性のいい食材と酒でもここまでの美味さにはならないだろう。そう考えると、魔法が掛かっているとしか思えないというのも頷ける。
その後、肉寿司を食べた。
個人的には牛肉の寿司はそれほど好みではなかったが、これは最上級のトロを超える寿司だった。
握り方は一流の江戸前寿司の職人ほどではないが、ジン・キタヤマに鍛えられただけのことはあり、寿司屋としても十分に通用する。
酢飯は甘みを加えないもので、握り方がよいため、口に入れるとシャリがパラパラと解ける。
その崩れるシャリと肉、そこに薄く塗った煮切りの醤油が混ざり合い、すし酢の酸味が絶妙な味加減を作り出していた。
「素晴らしいですね。キタヤマ氏は寿司も得意だったのですか?」
「師匠はいろいろなところで修行したそうです。その中にはエドマエの寿司屋もあったと聞いています。ただ、ご自分では“俺は素人だからな”と常におっしゃっていましたが」
「マシューさんの寿司を食べる限り、キタヤマ氏が素人ということはあり得ません。十分に寿司屋として通用しますよ」
「ありがとうございます。師匠も喜ぶと思います」
そう言った後、何かを思い出したかのように遠くを見つめる。
「実は師匠の寿司を食べて、一時期、寿司に嵌ったことがあるんです。シンプルな料理でありながら、ネタの種類と味のバリエーションの豊富さに奥が深いと感じたんです。そのことを師匠に言ったら、いろいろと手解きをしてくれたんです……」
そんな話をしていると、鍛冶師のルドルフが「寿司というのもよいものじゃ」と話に加わってきた。
更にダグも「グリーフにはないが、ブルートンにはこれを食べさせてくれる店があるのか」と聞いている。
「専門の寿司屋は少ないですが、私の兄弟子がやっている店があります」とマシューが答える。
「余も寿司は結構気に入っているから、エドガー殿たちに紹介した店にも入れるよう指示している」
ハイランドに行った時の報酬として、ブルートンの名店リストを作ってもらっている。忙しくてきちんと見ていなかったが、その中に入っているらしい。
「我も気に入ったぞ。ブルートンに食べに行ってもよいの」
「それがいいな」
異世界に来て寿司屋に行けるとは思っていなかったので俺も楽しみだ。
料理がほとんどなくなったところで、まったりとした時間が流れる。大食漢のドワーフたちも満足したようで、腹をさすって微笑んでいた。
ドワーフ以上に食べるウィズも「これほどの料理を食えて満足じゃ」と満面の笑みを浮かべている。
「ところでゴウさんたちはこの先からどうされるんですか? ずっとこの町にいらっしゃるのか気になっているんです」
マシューが聞いてきた。その問いに国王も興味深くこちらを見ている。
「そうですね」というものの、具体的なビジョンはない。
「我らはこの町を拠点にするつもりじゃ。マシューやカールがおるし、バーナードの宿も居心地がよい。ここを離れる理由などないの」
ウィズの言う通りだが、やらなければならないことが多い。
「ブルートンに作られる美食アカデミーの立ち上げもありますし、まだまだ知らない食材を探してみたいですね。それにワインで有名なフォーテスキューや個性的な日本酒を作っているリストンにも行ってみたいです」
「それがあったの。魔王のところに行く約束もある。魔の森とやらにも行かねばならんし、マシアやマーリア、スールジアにも行ってみたい。やることが多くて困るの」
「儂らが作るオリハルコンの武具のことも忘れてはならんぞ」とルドルフが言ってきた。
「私にいろいろと教えていただくという約束もありますよ」とマシューが話に加わってくる。
「いつの間にそんな約束をしていたんだ?」とカールが驚く。
「ゴウさんが流れ人だと分かった時にいろいろと教えてくださいとお願いしました。資料もたくさんお持ちとのことでしたので」
「そう言うところはさすがだな。では、俺にもいろいろと教えてくれ。あっちの世界の料理はずいぶん進んでいるみたいだからな」
一流の料理人に教えてくれと言われても困る。
「教えると言っても資料を見ながら、簡単に説明するだけですよ。私自身は料理人でも何でもないですから」
「それで構わんさ。どんな素材が使われているか分かるだけでも助かるからな」
そんな話をしていると、エディの視線が不安定であることに気づく。俺たちと一緒になってから飲んでいる量は日本酒で四合分ほどだが、その前にもビールを飲んでいたためだろう。
「大丈夫ですか?」と聞くと、「少し飲み過ぎたみたいです……」と言ってきた。言葉よりはしっかりとした口調なので大丈夫そうだ。
「リアさんは大丈夫ですか」と同じ普人族のリア・フルードに確認する。
「私はまだ大丈夫です」と笑顔で答える。ただ、最初の頃よりずいぶん陽気になっている感じだ。
「そう言えば、ゴウさんとウィズさんに聞きたいことがあったんです」
そう言ってリアがニコリと微笑む。
「どんなことですか?」
「ゴウさんとウィズさんって恋人同士なんですよね? いつも一緒なんですけど、そんな風に見えなかったので」
「こ、恋人ですか……」と絶句する。
「あたしも聞きたいね。あんたらの関係ってどんなものかって興味があるよ」とマギーがいい、タバサも興味津々と言う感じで、
「私も気になっていました。ウィズさんが時々甘えている感じは分かるんですが、本当に恋人なのかなって」
こういう話が好きなのか、女性三人は食い付き気味だ。ドワーフたちとエディは興味なさそうだが、国王は聞き耳を立てている。
「恋人?……よく分からぬの?」
伴侶が不要な竜であるウィズには理解しがたいのだろう。
「私もどう言っていいのか……パートナーであることは間違いないのですが……」
ウィズが竜であると言えれば簡単だが、いつも二人でいるのに男女の関係でないというのは不自然だろう。
「我とゴウは特別な絆で結ばれておる。それだけは間違いない」
ウィズが言っている意味は従魔契約のことだが、言葉だけなら男女間のことに聞こえなくもない。
「特別な絆ですか! 羨ましいです!」とリアが声を上げる。
マギーとタバサも「わぁ!」と声を上げた。
「そろそろ、交代の時間なので」とエディが遠慮気味に声を上げる。
いいタイミングで声を上げてくれて助かった。強引に話題を変える。
「確か、肉を焼く係になっていたんでしたね」
エディを含め、若い兵士は俺たちが提供した肉を焼く係になっている。彼の出番は午後三時頃で、そろそろ移動しないと遅れてしまう。
「私も手伝いにいこうかしら」とリアが言うと、「助かる」とエディが答える。
この二人はただの幼馴染から、少しだけ進展したような気がする。
「では、食うものもなくなったからお開きじゃな」とウィズがいうと、トーマスが「この後はどうするのじゃ」と聞いてきた。
「どうするかの」とウィズがこっちを見てきたので、
「管理局の方に行こうか。あの辺りはまだ賑やかそうだし」
「そうじゃな」と頷く。
「儂らは鍛冶師仲間で飲むことになっておるから、ここで別行動になるの。こっちに来るなら歓迎するぞ」
トーマスら四人の鍛冶師は既に次の予定が入っているらしい。
「そうですね。もしかしたら合流するかもしれませんが、とりあえず管理局に行ってみます。マシューさんたちはどうされますか?」
「私たちは片づけをしたら、ゆっくり休みます」とマシューが言うと、カールも「俺もだ」と言った。
「余も管理局に戻ることとする。そろそろ王都に戻らねばならぬからな」
「では、ここで解散ですね。カールさん、マシューさん、今日は素晴らしい料理と酒をありがとうございました」
そう言って頭を下げると、エディたちも同じように感謝の言葉を掛ける。
「陛下もお付き合いいただきありがとうございました」
「いや、こちらこそあの肉を食させてもらったこと、礼を言わせてもらいたい」
「では、皆さん、この後もお気をつけて」
これで特異種を味わう楽しい宴が終了した。
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