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本編第五章:宴会編

第九十四話「ロス・アンド・ジンへ」

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 午後になると、グリーフ迷宮の魔物暴走スタンピード終息を祝う祭りは更に盛り上がっていく。
 王宮から来た楽士だけでなく、楽器が使える町の人もいろいろなところで音楽を奏でており、祭りらしい賑やかさだ。

 守備隊の兵士エディ・グリーン、管理局の職員リア・フルード、更に国王アヴァディーンと護衛の騎士二人と共に、探索者街シーカータウンで料理と酒を楽しんだ。
 気になるのは国王が一緒にいることだが、何となく俺たちとのパイプを太くしようとしている気がしている。

 実際、鉄板焼き屋のミッチャンではウィズに対し、探るような感じで、再び店を訪れるという約束を交わしている。味が気に入ったこともあるのだろうが、一国の支配者が軽々しく下町の飲み屋に行く約束を交わすことはありえない。

 ただ、ウィズに対してよい感情を持っていることは間違いない。
 国王としてではなく、アヴァディーン個人として付き合ってくれることがうれしいらしい。まあ、始祖竜オリジンドラゴンにとっては国王だろうが、奴隷だろうが、人には違いないので意識してそうしているわけではないが。

 国王と気軽に付き合うということに問題があるわけではない。あるとすれば、一般の人に知られて敬遠されることだが、エディやリアの話では魔王と気楽に付き合える方が異常らしく、国王と親しくしていても違和感はないらしい。

 オークキングの肉を使った焼きそばとお好み焼きを食べ、マシュー・ロスの和食店“ロス・アンド・ジン”に向かうことになった。

「それにしてもオコノミヤキというのもよいものだ。料理長に作らせてみねばならんな」

 国王は思いの外、お好み焼きが気に入ったようだが、作らされる料理長に同情する。

「それはいかがなものでしょうか」と思わず口に出してしまった。

「どういうことかな?」

「鉄板焼きは先ほど見ていただいた通り、目の前で焼いたものを食べる料理です。小型の魔導コンロでは再現するのは難しいでしょうし、宮廷の雰囲気にもそぐわないかと」

「確かにそうじゃな。目の前で焼いて熱々を口に入れるのがよい。次回、また一緒に食せばよいと我も思うぞ」

「うむ。二人の言うことも一理ある。王宮ではなく、あのような店で食べてこその味というのも頷けるな」

 そんな話をしながら、ロス・アンド・ジンのある商業地区に向かった。
 探索者街シーカータウンの南の端にあるミッチャンからは少し歩くが、グリーフの町自体大した大きさではないのですぐに商業地区の商店街に入った。

 そこで見知った顔と出会った。

「どこにおるかと探しておったぞ!」とドワーフの鍛冶師トーマスが銅鑼声で叫ぶ。

 トーマスら四人の鍛冶師は俺たちがカールの店にいたことを知ってマシューの店に向かったが、いなかったため探していたらしい。

「探すと言っても十分ほどじゃがな。ガハハハッ!」と豪快に笑う。

 しかし、後ろに国王がいることに気づき、その笑い声が唐突に止まった。

「国王陛下……」と言って固まる。

「よい。今はドレイク殿の飲み友達に過ぎぬ。そうであろう、ドレイク殿?」

「その通りじゃ」とウィズは鷹揚に頷く。

 そのやり取りに唖然としているが、「まあ、ウィズとゴウじゃからの」と納得した。確かにウィズらしいのだが、俺も含めることはないと思う。
 トーマスたちは国王がいるこの異常な状況をあっさりと受け入れた。

「で、どうするのだ?」と槍専門の鍛冶師ダグが聞いてきた。

「今からマシューさんの店に行こうと思っていますよ」

「マシューのところは既に完売じゃ。噂を聞いて多くの者が殺到したらしいの」と鎧専門の鍛冶師ルドルフが教えてくれる。

 今の時間は午後一時前。打ち上げが始まってから二時間も経っていない。

「マシューさんの店は、ついこの間までそれほど忙しそうではなかったと思うのですが?」

 本人から聞いた話では客の入りが悪くていろいろ工夫をしたが、それもあまり受け入れられず、店を畳もうとしていたくらいだ。

「魔王が国に招きたいと言ったそうじゃな。それも待遇は望みのままと。それが噂となって、王都で有名な料理人の弟子ということまで知れ渡ったのじゃ。そんな料理人の作ったものをただで食べられるならと、行列ができたらしいの」

 魔王がこの町を去る前に、マシューを勧誘した。その話を知っているのはマシュー本人、魔王、四天王のウルスラとベリエス、管理局職員のリア、そして俺たちだ。俺たちはその話をしていないし、マシュー本人が言いふらすことも考えにくい。

「その話ですが」とリアが話に入ってきた。

「魔王アンブロシウス陛下が食事の後に局長にその話をされていました。今回、ゴウさんたちからいただいた肉を優先的に回すよう指示がありましたから、それで噂が広がったのかもしれませんね」

 そんな話をしていると、再び見知った顔がやってきた。
 シーカータウンのビストロ、“探索者たちの台所シーカーズダイニング”のオーナーシェフ、カール・ダウナーと妻のマギーだ。

「どうしたんだ? こんなところで」と声を掛けてきたが、国王がいるため、言葉が続かない。

「そなたがダウナーか。先ほどのローストビーフは絶品であった」と国王がいうと、カールはいつもの豪快さが影を潜めたように「ありがたきお言葉」とだけ言って頭を下げている。

「余のことは気にせずともよい。今はそこにいるトーマスらと同じ、エドガー殿とドレイク殿の飲み仲間に過ぎぬ」

「そ、そうですか」と言いながら、俺の方に視線を向ける。

「ところで、どうしたんですか?」と話題を変える。

 カールは安堵の表情を見せて、いつもの口調に戻した。

「俺のところで用意した料理が完売になったからな。今からお前たちと打ち上げをやろうかと思って探していたんだ」

 そう言って収納袋マジックバッグを見せる。

「で、何をしているんだ?」

「マシューさんの店に行こうと思ったのですが、既に完売しているそうで、どうしようかと思っていたところなんです」

「なんだ、そんなことか」と笑い、

「今から店に行ってみれば分かるが、マシューも俺と同じことを考えているぞ」

「さすがはカールとマシューじゃ」とウィズは満足そうに頷く。

「これだけの人数で行っても大丈夫でしょうか?」

 俺たち二人にエディとリア、トーマスたち四人に国王と護衛の騎士が二人いる。騎士たちが飲むことはないだろうが、カールたち二人を合わせると十一人にもなるのだ。

「その点は問題ない。ドワーフが一緒になることは想定内だ。ドワーフの人数が増えるならともかく、普人族ヒュームが数人増えるくらいは誤差範囲だな」

「確かに」と答える。ドワーフの他にウィズも大食いだから、その点も考慮しているはずだ。

 商業地区の大通りにはテーブルや椅子が並べられていた。いつもはゴーレム馬車が行き交うメインストリートだが、今日は完全に祭り会場と化していた。
 商魂たくましい商人たちは小物や服などを店前に並べ、酔った町の人たち相手に売っていた。

「今日は大特価だ! 五割引きのものもあるぞ! 一度覗いて……」

 呼び込みの声が一瞬固まる。国王の姿を見て驚いたのだ。

「余のことは気にせずともよい! 余は祭りを楽しんでおる。まだまだ酒はある! 皆も楽しんでくれ!」

 その声に市民たちは「国王陛下万歳!」という声で応える。

 俺たちが歩く先には人垣で作られた通路ができていた。
 気の利いた町の楽士が国歌を演奏し始めたことから、何となくパレードのようになっている。

 大通りを抜け、路地に入っていく。

「このようなところにジン・キタヤマの最後の弟子の店があるのか」と国王が驚いている。

 王都ブルートンにあるジンの店はメインストリートからは外れているものの、商業地区のど真ん中に大きな店を構えているかららしい。

 路地は遠くから人々の楽しげな声は聞こえてくるものの、大通りの喧騒が嘘のように静かだ。

 マシューの店の前では店員のタバサが後片付けを行っていた。俺たちの姿に気づくと、

「お待ちしておりましたよ。店の中にどうぞ」と笑顔で招くが、国王がいることに驚いている。

 トーマスたちやカールに対した時と同じようなやり取りがあり、

「ゴウさんたちって凄いんですね。オーナーから、もしかしたら陛下が来られるかもしれないと聞いていましたけど、ほんとビックリですよ」と呆れ気味に言われる。

 マシューが予想していたことに驚くが、管理局から情報があったのかもしれない。

 店の中では和食の職人スタイルのマシューが待っていた。

「お待ちしておりました」と言って頭を下げる。

 既にグラスなどは並べられており、俺たちが来ることを予想していたというのは本当のようだ。

 奥の席に通されるが、カールとマギーは席に着かず、厨房に向かった。事前に打合せをしていたようだ。国王の護衛は席に着くことなく、少し離れた場所で、直立不動で控えている。

「既にたくさん食べて飲んでおられるでしょうが、特別料理を用意しております。と言っても簡単なものですが」

 そう言ってから厨房に入っていく。代わりにタバサが現れ、

「まずはお酒ですね。何になさいますか?」と聞いてきた。

「我はマシューとタバサに任せるぞ。ゴウよ。それでよいな」

 俺だけに確認してくるが、エディたちやトーマスたちはもちろん、国王まで小さく頷いている。
 まずは国王に聞くのが礼儀だろうと思うが、それを言う雰囲気ではないため、「それでいい」とだけ答えておく。

「では、ウインドフォレストをどうぞ」

「それはジュンマイか? どこで作られた酒じゃ」とウィズが聞く。

「こちらはジュンマイギンジョウの無濾過の生原酒ですね。作っているのはワインで有名なフォーテスキューの北地区です」

「余も飲んだことがない酒だ」

「十年ほど前にできた新しい醸造所と聞いております」とタバサは答えながら、グラスに酒を注いでいく。

 全員の前にグラスが置かれると、自然と俺の方に視線が集中する。

「何をしておる。乾杯の音頭を取らぬか。飲めぬではないか」と業を煮やしたウィズが言ってきた。

「ここは陛下に」と言おうとしたが、「エドガー殿でよい」と即座に言われてしまう。

 仕方がないのでグラスを持ち上げ、

「では僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます。皆さまが美味しい酒と料理を楽しめますことを祈念しまして、乾杯!」

「「乾杯!」」と全員が唱和する。

 一瞬、店の中が無言になる。
 俺もグラスに口を付けて、その味に驚いていた。

 最初に感じたのは酵母が作り出すフルーティな華やかさだ。洋梨やマスカットといった甘い香りの果物の香りが前面に出ている。その後、舌にピリピリと来る弱い炭酸を感じ、その後に米本来の芳醇な旨みが広がっていく。

「これはよいの……フェニックスバイデンもよかったが、これもよい……」

 ウィズが誰に言うでもなく呟いている。

「儂もこれが気に入った!」とドワーフのルドルフが声を上げる。それに続くようにしてドワーフたちが同じように感想を言い合っていた。

「本当に美味しいですね。フォーテスキューにも美味しいサケがあるんですね」とリアがいい、エディも「本当にそうだよな。グリーフマサムネもいいけど、これは別格だよ」とリアに言っている。

「フォーテスキューでこれほどのサケが作られておるとは……侯爵もなかなかやりおる」

 国王は満足げな表情ながらも、どこか苦笑に近い表情を浮かべていた。フォーテスキュー侯爵家は王家に次ぐ派閥の領袖であり、ワインの生産だけでなく、日本酒の生産にも乗り出してきていたことに驚いたのだろう。

 ウインドフォレストを飲んでいると、マシューとカールが現れた。

「ゴウさんからお預かりしたレッドコカトリスとブルーサンダーバードを使った料理です」とマシューが言うと、ウィズが「それは楽しみじゃ!」と喜びをあらわにする。

「こちらも同じだ。そのための酒も用意してある」

「奇しくも同じ生産地になった。フォーテスキューの十三年。熟成は七年だ」

 ちなみにカールの口調だが、俺たちに対しては普段通りだったが、さすがに国王相手には丁寧に話していた。しかし、慣れない敬語でしゃべりづらそうにしていたため、国王から「普段通りでよい」と言われ、国王と直接話す時以外はいつも通りの口調に戻っている。

「面白いコラボレーションですね」

 和と洋の一流の料理人が、同じ素材、それも最高級の物を使い、同じ産地の酒と合わせる。こんな機会には滅多に出会えないだろう。

「楽しみじゃ。だが、まずはマシューの料理からもらった方がよいの」

 ウィズの提案に全員が頷く。ウインドフォレストの香りがあるうちに和食側を合わせてみたいのだ。

 マシューはそれに頷くと、テーブルに大皿を置いた。
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