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本編第五章:宴会編

第九十二話「国王との食べ歩き」

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 グリーフ迷宮の魔物暴走スタンピード終息を祝う祭りが始まった。祭りと言っても町中で酒樽が開けられ、比較的簡単な料理が出されるだけの大規模な打ち上げのようなものだ。
 一応、国王アヴァディーンが開会のあいさつを行っているが、非常に簡素なものですぐに祭りに突入している。

 俺は国王が来るということで探索者シーカー代表として式典に参加したが、こういうことを面倒がるウィズはメイン会場の一つである守備隊の練兵場に行っていた。
 一人で飲んでいるのかと思ったら、若い兵士たちの肉の焼き方がなっていないと自ら焼き、それに兵士たちが群がってきたことから終始ご機嫌だ。

 バーベキューの焼き方を指導していたら、国王が現れた。周りにいた兵士たちは慌てて片膝を突いて頭を垂れるが、国王は彼らを立たせると、俺が焼いたバーベキュー串を食べさせてほしいと言ってきた。

「陛下にでございますか?」

「余もそなたの焼いたそのバーベキューなる料理が食べてみたい。兵たちの顔を見る限り、相当な美味であろう」

 ニコニコと笑いながら困惑する兵士の間を歩いてくる。
 俺が聞いていた予定では挨拶が終わったらすぐに王都に戻るという話だったので、他の連中も同じ話を聞いていたのだろう。

「ハイランド王のフレデリック殿が絶賛したと聞く。ならば余も味わっておかねば、次に顔を合わせた時に話を合わせられぬ。それ以上に美味な料理があるのに素通りすることは美食の都ブルートンの主として看過できぬのだ」

「よく分かっておる。ゴウの焼いた肉はよいぞ」とウィズが満足そうに言っている。

 どこまで本気なのかは分からないが、この状況で断ることはできない。

「では、少々お待ちください」と言って、最後の仕上げ中の串の焼き加減を確認する。

 表面の焼き加減は十分で、間に挟んだ玉葱やパプリカもしんなりとして甘そうだ。

「串が熱くなっておりますのでお気を付けください」と言って串を渡そうとするが、

「ジョッキを持っておらぬではないか!」とウィズが言い出した。

「誰か陛下にジョッキを!」と守備隊の兵士エディ・グリーンが慌てて叫ぶと、シーカーの一人がジョッキを持って駆けつける。

「これでよい。ビールがなければ美味さも半減じゃからな」

「うむ。かたじけない」と国王はウィズに軽く頭を下げる。

「では改めて」と言って串部分に布を巻き、王に手渡した。

 国王は式典の時と同じ正装であり、ソースが垂れて衣装を汚さないかと不安になる。しかし、それを口にする雰囲気でもない。
 国王は豪快に肉にかぶりつくと、

「うむ。これは確かに美味だ」と言った後にビールを呷る。

「確かにビールは必要だ。ドレイク殿、助言に感謝する」

「せっかくの肉じゃ。最高の状態で食さねばの」

 偉そうに答えるウィズに内心で焦るが、周囲はそのやり取りに違和感を持っていないようだ。近くにいるエディに聞くと、

「魔王様たちと迷宮内で飲んでいたんですから、陛下が相手でもあんな感じでしょう」と笑っている。

 国王はぺろりと串を食べ終え、更にビールを飲み切った。

「美味い料理の礼に余からも美味いものを進呈しよう」

 そう言うと、後ろに控えている文官に目配せする。
 文官はそれに恭しく頷くと、

「陛下より下賜される料理である!」

 そう言って収納袋マジックバッグを掲げる。

「宮廷料理長だけでなく、ブルートンの名店で作らせたものである。王国旗のあるテーブルで希望者に渡す!」

 その言葉で兵士たちが一斉に動き始めた。こんな機会は滅多にないからだろう。

「お二人にはこれを」と文官がマジックバッグから皿を取り出す。その上にはローストされた鶏のもも肉が載っていた。

「先日王宮で出した鶏肉と同じものだそうだ。此度は祭りということで豪快な料理にしたと料理長は申しておった」

 足先の方には紙が巻かれており、手で持って食べやすいようになっている。

「頂戴します」と言って肉を取り、一本をウィズに渡す。

 鶏のローストは表面に照りがあり、鶏の脂が焼けた香りだけではなく、僅かに調味料の香りもする。

「美味い!」と早速かぶりついていたウィズが叫ぶ。そして、ビールを呷り、更に大きく頷いた。

「これはよいの。先日の蒸し鶏も美味かったが、これは香ばしさがよい。肉と脂の美味さが実に絶妙じゃ」

「気に入ってもらえたようで何より」とアヴァディーンも満足そうだ。

 俺も一口齧ってみる。
 ウィズの言う通り、肉と脂のバランスがいい。適度な歯ごたえで、比内地鶏のような上品な地鶏に近い。そのしっかりとした肉に皮の脂と肉汁が優しい味を加えている。

「前にもお伝えしましたが、この鶏は本当にいいですね。魔物肉とは違って優しい旨味でどのような料理法にも合いそうです」

「それはよかった。ちなみにどのような料理法がよいと思うのだ」

「そうですね。個人的には鍋が食べてみたいです。鶏ガラで出汁を取って野菜と鶏肉を煮込んだら更に美味くなる気がします」

 俺のイメージは水炊きだ。

「鍋か……話には聞いたことがあるが、残念ながら食べたことがない」

「ユアンに作ってもらえばよかろう」

 宮廷料理長ユアン・ハドリーに作らせてはどうかと提案した。
 宮廷料理長に鍋料理を作らせるのというのもどうかと思うが、国王は「うむ。言ってみるか」と乗り気だ。

「その時は我も付き合うぞ」

 どうやらそれが目的らしい。

「無論、いつでも歓迎する」と言いながらも僅かに苦笑していた。

 ローストチキンを食べ終えると、アヴァディーンが「町を回るのであれば、余も同行したいのだが」と遠慮気味に言ってきた。

「陛下が町にですか」と聞き返してしまった。いくら自国の安全な町とはいえ、一国の王が食べ歩きをするのはいかがなものかと思ったためだ。

「よいではないか。たまには羽根を伸ばしたかろう」

「そうは言うがな。何かが起きたらどうするんだ?」

「我とそなたがおれば、何も起きぬ。王宮にない美味いものを教えてやればよいではないか」

 どうも美味いものを紹介することに目覚めてしまったようだ。

「余からも頼みたい」と言ってきた。側近たちも何も言わないところを見ると、最初から狙っていたのかもしれない。

 安全という観点で言えば、ウィズの言う通り、俺たちがいれば何も起きないだろう。トーレス王国は戦争をしていないし、国内も一応安定している。上級貴族の一部が大きな派閥を作っているそうだが、国王を暗殺するほど険悪な関係ではないと聞いている。

「分かりました。私たちでよければご案内します」

「手間を掛けさせるが、よろしく頼む」

 こうして国王アヴァディーンを案内することになった。
 俺たちの会話を聞いている兵士やシーカーたちは目を丸くしている。雲の上の存在である国王が食べ歩きをしたいと言っていることに驚いているのだ。

「では、余は肉収集狂ミートマニアの二人と町に繰り出す! 皆も楽しんでくれ!」

 兵士たちから歓声が上がる。彼らは国王が自分たちと一緒に打ち上げに参加することで共感を覚えたようだ。

 国王の狙いはこれだったようだ。
 今回のスタンピード騒動で活躍したのは魔王アンブロシウスら魔王軍とグリーフのシーカー、そして兵士たちだ。
 国王は白騎士団を派遣したり、魔導飛空船で民衆を避難させたりしているが、ハイランド連合王国への救援の軍を動かした関係で、華々しい成果を上げていない。

 そのため、魔王に比べ影が薄かったので、この機を使って印象を良くしておこうと考えたのだろう。

「エディも一緒に来るのだ!」とウィズが叫ぶ。

「ええ! 俺もですか!」と驚いているが、すぐに近づいてくる。

 国王と一緒だと気が休まらないから敬遠したいのだろうが、ウィズに言われては仕方がないと諦めたようだ。

 国王とその護衛の騎士二名、更にエディを引き連れ、音楽が流れ、人々が楽し気に騒ぐ町に繰り出していく。

 正装に身を包んだアヴァディーンは非常に目立つため、歩くだけで「国王陛下万歳」という声が上がる。それに手を上げて応えていた。

 管理局前を通り、探索者街シーカータウンに入ろうとした時、管理局職員のリア・フルードを見つけた。

「リアもこちらに来るのじゃ。美味いものを食わせてやるからの」

 リアは「はい!」と笑顔で言って近づいてきたが、国王が一緒にいることに驚いていた。

「気にせずともよい。そなたらはドレイク殿らの友なのであろう。ならば遠慮する必要はない」

 国王にそう言われ、更に驚く。

 シーカータウンに入ると、王国旗が掲げられたテーブルがところどころに出されていた。そこには多くの市民が列を作っていた。
 また、町の料理屋の主人や女将たちの威勢のいい声が聞こえてくる。

「うちの自慢のミートパイだよ!」

「オーク肉の串焼きだ! 唐辛子ソースでビールによく合うぞ」

 そんな声の中から、居酒屋の女将らしい中年女性の声が響く。

「ミートマニアが獲ってきたミノタウロスの上位種の煮込みだよ! うちの秘伝の出汁に最高級の肉だ! こんなすごい煮込みはこの機会じゃないと一生お目に掛かれないよ!」

 彼女の前には直径五、六十センチはある大鍋が魔導コンロに掛けられており、肉がぐつぐつと煮込まれている。

「我はあれが食いたいぞ」とウィズが言うと、アヴァディーンも「余もだ」と即座に同調する。

「酒がいりますね。牛肉の煮込みなら冷の日本酒サケがいいんだが……」と言って見回すと、氷の入った桶で冷やされている一升瓶を見つけた。

 酒場が出している屋台らしく、二十代半ばくらいの若い男が「グリーフマサムネはいかがですか!」と叫んでいた。

「酒を五つもらえますか」というと、

「ミートマニアのゴウさん!」と驚かれる。

 この二つ名と共に俺も随分有名人になっているようだ。

「今朝、仕入れてきたばかりのナマザケがありますよ」と言って一升瓶から器に酒が注がれる。

 ちなみに器は王国軍が貸し出した銅のものだ。行軍時に使用するもので、今回のイベントのために特別に貸し出されたと教えてもらっている。

 俺とエディが酒を受け取ろうとした時、店の男が「へ、陛下!」と驚き、手を止める。

「何をしておる。早うせい」とウィズが言うと、「すいません」と謝り、急いで酒を注ぎ始める。

「ナマザケとは火入れをしておらぬ、酒本来の味を楽しめる酒じゃ」

 ウィズが国王に説明している。

「なるほど」と国王が頷いている。

「酵母を殺しておらぬから管理が難しいのじゃ。管理がいい加減だとすぐに味が変わってしまう繊細なものゆえ、これが飲めるのは運が良いぞ」

 国王は感心しながら聞いているが、恐らく知っているはずだ。彼女の顔を立てるために感心した振りをしているのだろう。
 それにしてもウィズがここまで説明できるとは思わなかった。

 グリーフマサムネの生酒を口に含むと朝搾りらしい炭酸を感じる。また、氷でよく冷やされているため、非常に飲みやすい。

 屋台の近くにある立ち飲みスペースに向かった。樽が置いてあり、その鏡板がテーブル代わりのようだ。
 ウィズがまだ説明を続けているので、その間に煮込みを取りに行く。

「煮込みを五つください」というと、「あいよ!」という威勢のいい声で器に盛ってくれる。

「運がいいね。この肉を食べようと思ったら金貨一枚じゃきかないよ」

 俺の正体に気づいていないらしい。

「そうですね。ありがとうございます」と礼を言ってウィズたちのところに戻る。

 酒の説明をしていたが、煮込みのいい匂いに「つまみを持ってきてくれたのか」とこちらを向く。

「陛下もどうぞ」というと、ウィズの説明から解放され、僅かに安堵している国王が「済まぬな」と言って器を受け取った。

 その間にウィズは煮込みを食べており、

「これはよい。肉の旨味がスープにも出ておる」

「余は初めて食べたが、このような美味もあったのだな」と国王が素直に感心していた。煮込みはB級グルメと言えないこともないので、王宮で出ることはないのだろう。

「本当に美味いですね。普段食べているものとは全く違いますよ」とエディがガツガツと食べ始める。

「私もこれは好きなんですけど、こんなに深い味の煮込みは初めてです」とリアも満足げにスプーンを動かしていた。

 俺も一口食べてみた。シンプルなしょうゆベースだが、継ぎ足しされて旨味が凝縮されている。その出汁に細かく切ったミノタウロスの上位種の肉が入っているが、脂は丁寧に取ってあるためくどさはなく、肉に複雑な旨味を与えていた。

 それを生酒で流す。
 出汁の風味が優しく香り、微炭酸の酒によってきれいに流れていく。

「確かに美味い。煮込みは安い肉を使っても美味いが、いい肉を使うとこんな風になるんだな」

「我はモツ煮込みも好きじゃが、これも気に入った。定期的に肉を卸してもよいの」

「いや、それはやめておいた方がいいだろう」

「それはなぜかな?」と国王が聞いてきた。

「この煮込みという料理は元々安い肉や内臓などを美味しく食べるための料理なのです」

「それは分かるが」

「確かに高級食材を使っても美味しくなるでしょう。ですが、それでは安くて美味しいの“安い”という特徴がなくなってしまいます。美味いだけなら、ビーフシチューや牛鍋にすればよいのです。別に煮込みに拘る必要はありません」

「分からぬでもないが……」とあまり納得していない。

「差別化が必要だと思うのです」

「差別化? どういう意味なのだろうか」と更に困惑している。

「高級料理には高級料理の良さがあり、大衆料理には大衆料理の良さがあります。その良さ、言い換えるなら“文化”を、あえて無くす必要はないと思います」

「なるほど、高級食材を使えば大衆料理という文化から外れるということか」

「はい。それにもう一つ理由があります」

「もう一つの理由とは?」

「肉屋や近隣の畜産農家の保護のためです。私たちが迷宮産の肉を供給すれば、今まで肉を卸していた肉屋や農家が販路を失ってしまいます。私たちが永続的に供給を続けられれば、競争に敗れた結果ですが、ミノタウロスの肉は私たちというイレギュラーな存在が気まぐれに供給するのです。もし、私たちがいなくなるなり、供給をやめるなりしたら、肉の供給に支障が出てしまいます」

 一軒の居酒屋に俺たちが肉を卸したとしても肉屋や農家が立ち行かなくなることはないだろう。しかし、こういうことが起きるということをウィズにきちんと教えておかねばならない。

「なるほど。食には多くの者が関わっている。その者らが立ち行かなければ、民が飢え、国が傾くといいたいのだな」

 少し大げさだが言っていることは間違っていない。

「我にも分かったぞ。以前肉を一度に卸してはならぬと言ったことと同じじゃな」

「今は難しい話はやめましょうよ」とエディが言ってきた。酒が入り、国王がいても普段通りに話せるようになったようだ。

「そうですね。こんな祭りに無粋な話はやめて楽しく飲みましょう」

「では今一度乾杯じゃ」とウィズが空になったグラスを見せる。

「ウィズさん、飲むの早すぎです」と言いながら、エディが「同じものでいいですか」と聞いてきた。

「否。我はグリーフマサムネのジュンマイギンジョウがほしいぞ」

「では、余も同じものを」といつの間にか国王も飲み切っていた。

 大丈夫なのかと思わないでもないが、「エディさん、俺にもお願いします」と自分の分を注文した。
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