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本編第五章:宴会編

第九十一話「焼肉指南」

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 五月四日。
 昨夜はドワーフの鍛冶師トーマスたちと夜遅くまでウイスキーを楽しんだ。さすがにハイランド王が自信をもって贈ってくれただけのことはあり、どれも個性的でありながら、完成度の高い美味いウイスキーだった。

「残りの酒も楽しみじゃの」とウィズが言っており、俺も全く同感だ。

 今日はここグリーフで魔物暴走スタンピード終息を祝う式典が行われる。迷宮管理局の職員に聞いた話では、式典自体は簡素なもので、国王アヴァディーンが挨拶を行うだけだそうだ。

 今日のメインイベントは式典ではなく、その後に行われる祭りだ。祭りと言っても大規模な打ち上げのようなもので、戦った兵士や探索者シーカーたちを労うために、町中に出される屋台で飲み食いをするだけだ。
 予定では午前十一時に式典は開始され、終了次第、そのまま打ち上げに移行する。

 町の飲食店のほとんどが協力し、更に迷宮管理局に所属する守備隊の調理人たちも加わることが決まっていた。
 まだ午前九時過ぎだが、既に町の中では準備が終わった屋台で飲み始めている者がおり、賑やかな声が宿の中まで聞こえてくる。

 式典は迷宮管理局前の広場で行われる。一応、スタンピード時に戦った唯一の最上級ブラックランクシーカーであるため、最前列にて国王の挨拶を聞かなければならない。

「面倒じゃの。我はどこかで飲んでおるぞ」

 ウィズはさぼる気満々だ。
 特に何かするわけでもないから無理に出席させる必要はないので、「仕方がないな」と言って認めている。

 午前十時頃、町の上空に王室所有の魔導飛空船、グローリアス号が現れた。国王たちが到着したらしい。

 転移魔法陣を使わず、飛空船で来たのは護衛や側近がいるからだが、それだけではなく、迷宮の守備隊に代わって迷宮入口を警備する兵士たちを運んでいるためだ。
 守備隊の兵士たちを祭りに参加させるための処置だそうだ。

 現状では迷宮内の魔物が減っているため、スタンピードの可能性は限りなく低いが、迷宮の入口を無人にするわけにはいかない。

 グローリアス号は町の近くの草原に着陸した。
 遠くの方から「国王陛下万歳」という声が聞こえてくる。

「俺はそろそろ行くぞ。合流は守備隊の兵舎の前だからな」

「分かっておる」というが、酒に夢中になって忘れる可能性が高い。忘れたとしてもウィズの気配は独特なため、気配察知で探せばすぐに見つかるからあまり気にしていない。

 管理局の前に既に多くの人々が集まっていた。その多くが町の住民で、避難していたため、スタンピード終息後の国王の挨拶を聞き逃したからだ。

「エドガー殿はこちらに」と管理局の職員が誘導する。

 管理局の役人や守備隊の兵士たちが並んでいるところに連れていかれる。
 他のシーカーたちだが、ウィズと同じで面倒だと言って前には出てこず、後ろの方に並んでいた。
 一応国王の前に出るということで少しだけマシな服に着替えているが、普段着であり、礼装で身を固めている役人や兵士たちの中に入ると非常に浮いている。

 午前十一時になると国王が門の前に現れた。国歌が演奏される中、演台の上に上がっていく。演奏が終わったところで、拡声の魔導具であるマイクを手に取った。

「命懸けで戦ってくれた兵士及びシーカー諸君。余はトーレス王国の民を代表して感謝を伝える。よく戦ってくれた!」

 そこで兵士たちはピシッと胸を張る。

「王都より料理と酒を運んできた! ではこの後の祝祭を存分に楽しんでほしい! 余からの挨拶は以上だ!」

 それだけ言うと、演台を下りていく。
 あまりの短さに唖然とするが、兵士や役人たちも同じ思いだったようで、慌てて「国王陛下万歳!」と叫び始めた。また、楽士たちも慌てて国歌を演奏していく。

 国王の姿が管理局の建物の中に消えるまで、万歳は続いた。
 これなら俺が出席する必要はなかったのではないかと思わないでもないが、ダラダラと長い挨拶をされるよりは遥かにいい。

 祭りの開始を告げるポンポンという花火の音が響く。魔術師たちが火魔術で打ち上げているのだ。
 合図と共にそこら中で乾杯の声が聞こえ始めた。国王の挨拶の前から酒を準備していた者が多数いるようだ。

 ウィズを探しに管理局の横にある兵舎に向かう。
 予想通りウィズの姿はなく、気配察知で探すと、練兵場の奥の方にいることが分かった。
 そこでは大きなバーベキューコンロがあり、肉が盛大に焼かれていた。ウィズはジョッキを片手になぜか肉を焼いている。

「我が狩ったミノタウロスの肉じゃ! ゴウが教えてくれたタレを付けて焼いておるぞ」

「ウィズさん、俺にください!」という若い兵士が木の椀を持った腕を伸ばす。

「うむ。これはナイトの肉じゃな。グラップラーも入れてやろう」

「あざっす!」と頭を下げ、若い兵士は下がっていく。その後は肉を求める者たちで長い行列ができた。

「肉はここだけではないぞ! 他のところにもあるからの!」

 ウィズがそう叫ぶが、行列は更に延びていく。

 これはウィズの姿が原因だ。コンロの前で暑いためか、胸元を大きく開けており、それを目当てに若い男たちが寄ってきたのだ。見た目だけなら絶世の美女だから分からないでもない。

 人の波を掻き分けて前に行く。途中で「割り込むな」と言ったシーカーがいたが、俺の顔を見て、「すんません。どうぞ」と前に行かせてくれる。

「肉を取りにいくわけじゃないので」と言って頭を下げる。

 バーベキューコンロの前に到着したところで、

「ゴウよ。酒を持っておらぬではないか」とウィズが言ってきた。

「そんなことより何をしているんだ?」

「見て分からぬか? 肉を焼いておる」ととぼけた答えが返ってくる。

「それは分かるが、何でお前が肉を焼いているんだ?」

「料理人の手が足りぬということで、若い者が焼いておったのじゃが、焼き方がなっておらん。せっかくの肉が台無しじゃと思って、我が焼いておるのじゃ」

 周りを見ると若い兵士が焼いているところもあり、確かにたどたどしい動きをしている。守備隊の兵士が交代で手伝うことになったようだ。

「我はハイランドで料理人たちが焼いておるのを見ておる。そなたほど上手くはないが、若造どもよりはマシじゃ」

 そう言いながらもトングを使って肉をひっくり返していく。その手つきは意外に悪くない。

「そなたも手伝うのじゃ。肉の焼き方を奴らに教えねばならんからの」

 ウィズの言葉に隣で手伝っている若い兵士が「すみません。こういうことは初めてなんで」と謝ってくる。最初にウィズに叱られたらしい。

「気にしないでください」とその兵士にいい、

「それじゃ、俺も焼くか。と言っても俺もプロじゃないから参考にならないかもしれんが」

 腕まくりをしてウィズの横に立つ。兵士からトングをもらい、肉を焼いていく。

「これをどうぞ」と兵士の一人がビールのジョッキを持ってきた。ウィズのお代わりを取りに行ったついでに俺の分も持ってきてくれたようだ。

「助かります」と礼を言い、ウィズとジョッキを合わせ、「乾杯」といって飲み始める。

 ビールはこの町で一番好まれるライトなラガータイプだ。よく冷やされており、暑いバーベキューコンロの前ということもあり、ゴクゴクと飲んでしまう。

 肉は食べやすいように一口サイズになっており、焼肉屋のロースやカルビに近い大きさだ。
 バーベキューコンロは網部分と鉄板部分があり、とりあえず網のところで焼く。
 ちなみにこのコンロは野営用の調理具でドラム缶を半分に切ったくらいの大きさがある。魔力結晶マナクリスタルを使った魔導具もあるそうだが、炭を使うものが用意されていた。

 肉はミノタウロスの上位種の物で、俺がレシピを提供した甘口のもみダレで下味が付けてある。
 ミノタウロスウォーリアの肉が焼けたので味を確認する。

「焼け具合は大丈夫だな。タレの味もレシピ通りだし、素人にしては十分な焼き加減だ」

「どれどれ、我が焼いたものとどう違うか確認せねば」とウィズが言ってトングを伸ばしてくる。

 仕方がないので「これがちょうどいい感じに焼けているやつだ」と言いながら彼女の方に肉を置く。
 すぐに口に入れ、満足そうに頷く。

「さすがはゴウじゃな。我が焼くより美味い」

 ウィズがそう言うと若い兵士が「俺にもください!」と集まってくる。

「大して変わらないだろ」とウィズに言いながら、兵士たちに肉を配っていった。

「本当に美味いぞ」という声が上がる。

「何かコツがあるんですか」と守備隊の兵士、エディ・グリーンが聞いてきた。

「エディさんも焼くんですか」と聞き返す。

「ええ、若手が交代で焼くことになっているんですよ。でも、俺の出番は三時過ぎなんで、まだまだ余裕はありますけど」

 祭りを楽しむ一環として、交代で屋台に立つらしい。言ってみれば文化祭の模擬店のようなものだ。

「で、コツってあるんですか?」と再び聞いてきた。

「焼き過ぎないことくらいですよ」

「焼き過ぎない? それだけなんですか?」と意外そうな顔をする。

「ええ。この肉は薄いですからすぐに火が入ります。片面が焼けたタイミングでひっくり返し、表面の色が変わったら十分に火は入っていますから、そのタイミングで渡してあげてください」

 そう言いながら肉をひっくり返す。炭火であるため、火の通りがよく、すぐに焼ける。

「このくらいの色、脂が浮いて落ち始めてきたくらいでひっくり返して、軽く焼け目が付いたタイミングで焼き上がりですね」

 その肉をエディに渡す。それを口に入れると、目を丸くした。

「本当だ。さっき食べた肉とは全然違う……」

「そうじゃろう! ゴウの焼き方を見習わねばならんぞ」とウィズが偉そうに胸を張る。

 そんなに劇的に変わったのかと思うが、元の肉が美味いだけに焼き方がよければ美味く感じるかもしれない。

 そんなことをしていると、俺たちの前に長い行列ができていた。慌てて肉を焼き始める。
 他のバーベキューコンロで焼いていた兵士たちも俺が焼くのを見ている。

「脂が滴って見ているだけでも美味そうだ」

「凄いな。全部きれいに焼けている。どうやって見極めているんだ」

 などと話している。

「若造ども。ゴウの手つきを見て覚えるのじゃ。そなたらが覚えねば我らが他のところに行けぬ」

 別に今でも任せてしまえばいいと思うが、いい肉が不味くなるのが許せないらしい。仕方がないので肉の焼き方の指南を始める。

「こんな感じでちょっとずつ裏を見ていくんです……表面が油でテカってきたらあっという間に焼けますから見落とさないように……」

 隣にいるウィズとエディも聞いており、「なるほどの」、「そうやるのか」と二人で感心している。ウィズは俺のやり方を真似て焼き始めた。

「焼けましたよ」というと、兵士たちが器を差し出してくる。そこに焼けた肉をポンポンポンという感じで放り込んでいった。

「腕の動きが見えないぞ」と驚いている。

 行列を捌いてしまおうと身体能力のことを忘れて手を動かしていたようだ。動体視力も上がっているから、気づかなかった。

 三十分ほど説明しながら焼いたことで、若い連中もある程度焼けるようになった。

「これならば任せてもよかろう」とウィズのOKも出たのでようやく離れることができた。

 そう思っていたら、「次は向こうの連中を指導せねばならん」とウィズが言い出した。

 視線の先には串に刺さった厚切りの肉と野菜が焼かれている。

「あれでは外は焦げるが中は焼けぬ。肉が哀れじゃ。何とかせよ」

 ウィズの言う通り、火が強すぎてソースが焦げているし、串から流れる肉汁がやや赤い。

「確かにそうだが、本当によく見ているな」と感心すると、

「当然じゃ」とふんすと鼻の穴を膨らます。

 何が当然なのかいまいち理解できないが、もったいないことには違いがない。
 俺たちの話を聞いていたエディが「やっぱり妥協しませんね」と笑っている。

 バーベキュー串を焼いている兵士に近づくと、自分たちでも上手くいっていないことに気づいており、ばつの悪そうな顔をして頭を下げる。

「どうしても上手くいかないんですよ。すみません」

 ウィズに叱られると思ったようだ。

「気にしないでください」と言いながら、バーベキューコンロの中の炭を並べ替えていく。

「強火のところで焼き続けると外しか焼けません。火力の強い場所、中くらいの場所、弱い場所を、炭を並べ替えて作っておいて、最初は強火で表面を焼いて、その後に中に火を入れるために弱いところや中くらいのところを使う感じで焼いていくといいと思いますよ」

「なるほどの。火力を変えるのに炭を積んだり、平らにしたりするのじゃな。面白いものじゃ」

 そう言いながらウィズが串を焼き始める。自分でやってみたいようだ。
 その間にビールがなくなった。取りに行こうと思ったら、エディがジョッキを渡してくれた。

「お二人の手に酒がないのは似合わないなと思って」

 同じようにウィズにもビールが渡され、「よく気づいた!」と褒めている。

「これで焼けたと思うのじゃが」とウィズが串を手渡してきた。

 素手で金串を掴んでいるため、周りから「火傷しますよ!」と慌てた声が掛かる。

「この程度では火傷などせぬ。鍛え方が違うのじゃ」

 鍛え方というより、単に耐性の問題だろう。竜が金串くらいで火傷をする方が逆に驚くと言いたいが、ここで言うわけにはいかない。

「鍛え方って……」とその場にいる者たちが呆れている。

 俺はしっかりと革手袋をしてから受け取り、肉にかぶりつく。
 甘めのソースが肉の脂と混ざり、コクのあるソースに変わっていた。肉もレア寄りだが、火はギリギリ入っており、ミノタウロスの上品な食感と相まってバーベキューというより、上質なステーキのように思えるほどだ。
 肉を飲み込んだ後にビールを流し込む。爽やかなホップの苦みが甘さと脂をきれいに流していく。

「完璧だな。肉の旨味が最大限に引き出される焼き加減だ」

「おお! 上手くいったか! では我も食すとしようぞ!」と喜んでいる。

「では、余にも焼いてもらえぬかな」と人垣の奥から聞こえてきた。

「国王陛下」と言って、エディを始めとした兵士たちが片膝を突いていく。

「気にせずともよい」と言いながら、国王アヴァディーンが現れた。
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