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本編第五章:宴会編
第八十九話「カニ三昧」
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ドワーフの鍛冶師、トーマスら四人とカニ料理専門店“エピキュリアンクラブ”にやってきた。
今日のメインはこの後に行く“ドワーフの隠れ家”でハイランド王家からもらったウイスキーの銘酒を飲むことだが、その前に以前話に出た野生の魔物“切り裂き蟹”を食べることになった。
エピキュリアンクラブは和食店と言うより落ち着いた感じのビストロ風で、どんな料理が出てくるのか興味が尽きない。
「まずは酒じゃな」と兜専門の鍛冶師ガルトが言うと、
女性店員が「お任せと伺っておりますがよろしかったでしょうか」と確認してきた。
「それで頼む」とトーマスが頷くと、すぐに他のスタッフが酒を準備し始めた。
「セオール川沿いのスパークリングワインでございます」と言いながら、フルート型のグラスがテーブルに置かれていく。
乾杯をすると、すぐに料理が出てきた。
大きめのカクテルグラスがテーブルに置かれる。中には白いムースの上に琥珀色のジュレ、更にその上にカニの身が載っていた。
「本日の一品目はリッパークラブのムースです。カニから取れた出汁をカリフラワーのムースでまとめました。ジュレは牛のコンソメです。軽く混ぜてお召し上がりください」
いきなりおしゃれな料理が出てきたが、店の雰囲気にはよく合う。
口に含むとカリフラワームースの滑らかさにコンソメジュレのコクが加わる。スパークリングワインを口に含むとカニの風味が爆発的に口の中に広がった。
「これはいい。カリフラワーの甘さとカニの出汁がよく合っている。コンソメのジュレが上手くまとめている感じか……」
俺が独り言を呟くと、「そうじゃの」とウィズが頷く。
「このワインともよく合っておる。魚介の香りが爽やかになる感じじゃの」
そのコメントにトーマスらが驚いている。
「いつの間にそんなことが言えるようになったのじゃ」
ウィズはフフンという感じで少し顎を上げ、
「我はゴウと美味いものをたくさん食しておる。このくらい言えるようになってもおかしくなかろう」
「魔王や国王と何度も会食したと噂になっておるが、本当なのじゃな」
槍専門の鍛冶師ダグが感心している。
「うむ。魔王は我の飲み仲間じゃ。そのうちそなたらにも紹介してやろう」
「魔王と飲むのか……」と全身鎧専門の鍛冶師ルドルフが驚く。
「そうじゃ。魔人族はよい奴ばかりじゃ。そなたらも気が合うと思うぞ」
四人はまさかという顔をしているが、俺は黙々とムースを食べていた。
ムースとジュレの組み合わせもいいが、それ以上に上に載っているカニの身が素晴らしい。
ズワイガニや毛ガニより繊維が太く、しっかりとした歯ごたえはロブスターに近い。味は淡水のカニであるモクズガニのように淡白でいて、上海蟹のような甘みがあった。
「このカニは美味いな。淡水のカニの味がするのに食べ応えがある。目を瞑って食べると何を食べているのか分からなくなるな」
「我もこのカニは気に入ったぞ。だが、もう少しあってもよいのではないか」
しゃべっていた割に既に食べ終えている。
「もっとじっくりと食べたらどうだ」というものの、「スプーンが止まらないのは分からないでもないが」と言っておく。
俺自身、スパークリングワインを飲むことを忘れそうになるほどスプーンを動かしていたからだ。
一品目を平らげると次の酒が用意される。ドワーフたちを待たせるわけにはいかないためだろうが、準備がいいことだと感心する。
出てきたのは赤みがかった色のビールだ。それもジョッキではなく、ワイングラスに似たチューリップ型のグラスに入っている。
「アンバーエールです。地元の醸造所で特別に作ってもらったものなんですよ」
アンバーエールは麦芽を強めにローストして色を付けるため、強い香ばしさを感じることが多い。しかし、このエールは香ばしい香りはあるものの、麦芽本来の甘みとホップの苦みのバランスがよく、飲み飽きない味に仕上がっている。
「このビールも美味いの。それに色もよい。だからグラスにしておるのかの?」
「いや、香りを楽しむにはこの形の方がいいからだろう。ジョッキでゴクゴク飲むのもいいが、香りがいいビールはこういうグラスでゆっくり飲んでも美味いんだ」
そんな話をしていると、二品目の料理が出てきた。今度は大皿料理のようで、緑色のフレッシュな葉野菜がはみ出ている。
「カニのマヨネーズサラダです。こちらのピンクペッパーを少量加えても美味しいと思います」
茹でガニにマヨネーズが絡められており、一センチ角くらいのジャガイモが入っている。カニは大き目で茹でて赤くなった部分が食欲をそそる。
まずはカニから食べるが、食感は先ほどのカクテルグラスに入っていた物よりしっかりしているように感じる。カニの甘みにマヨネーズの酸味とまろやかさが加わり、香ばしいエールによく合う。
「ピンクペッパーと言っておったが、胡椒なのか?」とウィズが聞いてくる。
「俺が知っているものと同じなら、黒胡椒や白胡椒とは違う種類だ。胡椒より辛みも少ないし、香りが華やかなはずだ」
「そうなのか」と言いながら数粒振りかけ、口に入れる。
「確かに変わった香りがするの。華やかというのがよく分かるぞ」
俺もウィズと同じようにカニの身に数粒振りかけて食べてみる。
ピンクペッパー独特の甘い花のような香りと僅かにピリッと来る刺激がアクセントになる。
それを食べた後にアンバーエールを流し込む。
先ほどは香ばしさを感じたが、今度は苦みを強く感じ、これはこれで確かに美味い。
サラダを食べ終えると、次の酒が用意される。
一升瓶が用意されたことから日本酒らしい。
「グリーフマサムネのホンジョウゾウです」と言いながら、ガラスのタンブラーに注がれる。
色はうっすらと山吹色だ。
口を付けると辛口の日本酒で、米の旨味はあるが、思った以上にスッキリと飲みやすい。
「我はフェニックスバイデンのようなもう少し華やかな日本酒が好みなのじゃが」とウィズが言っている。
最近、美味い日本酒を飲んでいるせいか、好みの酒が決まってきたようだ。
「多分料理との相性を考えたんだと思う。フェニックスバイデンは美味いが、カニのように味が強いものだと反発しあう可能性があるからな」
「よくお分かりですね」と言いながら料理が運ばれてきた。
香ばしい香りがテーブルを包む。
「焼きガニでございます。ソースにはカニ味噌を使っております」
焼きガニと言っても目の前で殻ごと焼くスタイルではなく、身だけをオーブンで焼いたものだ。
リッパークラブは甲羅の幅が一メートルほどあるそうで、足も人の腕より太い。そのため、殻ごと焼くには大きすぎるのだろう。
先ほどまでの茹でたものよりカニの味が濃く、更にソースを付けるとカニ味噌独特のコクと塩味が加わり、甘さが増す。
そこでグリーフマサムネを一口飲む。
「これはいい。この軽さがこれには合う」
カニの香りに日本酒の味が加わり、旨みに変わる。カニの身を食べ、酒を飲むというサイクルに自然と無口になってしまう。
焼きガニは結構な量があったが、ドワーフとウィズによって、あっという間になくなってしまった。
「儂らより食べて飲んでおらぬか? 本当に普人族なのか?」とルドルフが呆れている。
「そなたらと同じくらいしか食べても飲んでもおらぬわ」と反論すると、店員が「ドワーフの皆さんと同じだけ食べて飲めたら充分驚きです」と笑っている。
四つ目の酒が用意される。
今度は白ワインのようだ。
「セオール川沿いの軽めのものです。熟成は三年と料理に合わせるにはちょうどいいころだと思いますよ」
以前も飲んだソーヴィニヨンブランに近い感じの白ワインだ。よく冷やされており、酸味がより強く感じられる。
スタッフが現れ、鍋敷きのような木の板を置く。そこに湯気を立てる丸い陶器の皿が置かれる。
「料理はカニグラタンです。熱いのでお気を付けください」
カニグラタンが来るとは思っていなかったため、意表を突かれた。
アツアツの皿に気を付けながらスプーンでソースを掬う。ゴロゴロとしたジャガイモやブロッコリーなどが入っているが、カニの身は細かくほぐされているため、一見すると野菜のグラタンのように見える。しかし、香りはまさしくカニだ。
口に入れるとベシャメルソースのミルクの香りの中から、カニの個性的な香りが現れる。
熱くなった口の中を冷やすようにワインを口にする。酸味がベシャメルソースのまったりさを緩和し、カニの旨みだけが表面に上がってくるようだ。
「これもよく合うな」
「チーズが入っておればハイランドの料理に近いが、これもよいものじゃ」
ダグが隣にいるガルトに言っている。
「ビールもよいが、白ワインもよいものじゃな」とトーマスが言ってきた。
「そうですね。私もよく冷えたビールとグラタンは割と好きですが、カニが入っているとこちらの方が合う気がします」
割と大きな皿だったが、ペロリと食べきった。
「次が最後の料理ですが、準備をしますので少々お待ちください」
そう言って三人のスタッフが魔導コンロをセットする。どうやら鍋のようだ。
「カニ鍋です。ヒュームのお客様ならカニのスープとカニのゼリー寄せにするのですが、今回はドワーフの皆さんですので量が多くても大丈夫かなと思いまして」
「まだまだ食べられるし飲めるぞ」とトーマスが太鼓腹をポンと叩く。
「私はドワーフではないのですが」と遠慮気味に言うと、
「飲む方はドワーフ並みと聞いておりますが、食べる方は違ったのですか?」と驚かれる。
どんな噂が流れているのか気になるところだ。
鍋は二人に一つで割と大きな土鍋だ。
蓋が開けられるが、思っていたものとは違った。カニが丸ごと入っていることを想像していたが、蓋の中にあったのは白菜や豆腐と一緒に入っているむき身だった。大きさが大きさだけに一匹丸ごと入るわけはないので当然なのだが、カニ鍋という言葉にどうしても引きずられる。
更に鍋の横にむき身のカニが山のように積まれた皿が置かれた。
「カニは必要でしたらまだまだありますので」と言って、新たな酒を準備する。
「グリーフマサムネのジュンマイです。よく冷えたビールでも美味しいと思いますので遠慮なさらずにおっしゃってください」
カニ鍋はカツオと昆布の出汁が使われたシンプルな味付けで、カニと野菜の旨みがよく染み出ている。
箸が使えないウィズの取り皿に具材を取ってやる。
「我はカニを所望する」と言ってきたので、多めに入れてやる。
カニの身は太さ二センチ、長さ十センチほどに切りそろえられており、出汁をよく吸っているため、先ほどまでより柔らかく、食感はタラバガニに近い感じだ。
味の方はタラバよりあっさりとして上品だ。
「これはよいの! 少々食べにくいが、出汁が美味い! それに酒が進んで仕方がないぞ」
バクバクとウィズが食べていく。取ってやるのは俺なのでなかなか食べられない。
「ウィズよ。ゴウにも食わせてやらんか」とルドルフが注意する。
「それは済まぬことをした」と素直に頭を下げる。
「まあ、気にするな。落ち着いたところで食べられればいいんだから」
そう言いながら、グリーフマサムネの純米酒を口に含む。
純米らしい米の旨みと爽やかな酸味がカニのコクを更に引き立てる。
「この酒もいいな。ビールを飲むか悩むところだ」
「鍋にはサケではないのか?」とウィズが聞いてきた。
「相性は日本酒が一番だが、よく冷えたビールも捨てがたい」
和食には日本酒が一番合うと思うが、鍋だけは少し違っている。これは俺の感傷に近いものだが、大勢で鍋を囲む時はなぜかビールが合う気がするのだ。
恐らく、若い頃に気の合う仲間たちと居酒屋で打ち上げをした時の印象が強いのだろう。瓶ビールを飲み、馬鹿な話で盛り上がりながら、安い鍋を突く。この時のイメージが残っているだけなので、味がどうこうというものではない。
そんな話をした後にビールを頼む。すると、ウィズだけでなく、トーマスたちもビールを注文した。ビールはラガータイプの一般的な物だ。
「皆で飲むのがよいのじゃろう。ならば、儂らも付き合おうではないか」
そう言って飲み始める。
俺も鍋から白菜と菊菜のような葉物野菜を取り、出汁を楽しんだ後にビールを呷る。
正直、出汁との相乗効果はない。しかし、口の中がさっぱりして、更に食べたくなる。
「確かにこれもよいの。口の中がさっぱりして更に食欲が増す感じじゃ」
ウィズのコメントに俺を含め、全員が頷いていた。
鍋を食べ終え、締めに雑炊を作る。
弱火でじっくりと出汁を含ませるため、手持ち無沙汰になる。
「これをどうぞ」と店員がつまみを持ってきた。
「カニのテンプラです。塩は振ってありますので、そのままどうぞ」
白い衣を纏った天ぷらが出てきた。
「焼いたものとも鍋とも違う。味が濃いのにしつこさがない。我はこれも気に入った!」
口に入れるとサクッとした食感の後にカニの甘さが広がる。
ウィズの言う通り、適度に水分が抜け、甘みは増しているが、カニ独特の香りは優しい感じだ。
その後に純米酒を飲むと、油がきれいに流れ、旨みだけが残る。
「そろそろできますよ」と店員は言い、土鍋の蓋を開けて溶き卵を流し込む。そして、軽くかき混ぜ、茶碗に入れる。更に刻みのりを振りかけた。
「お召し上がりください」と言って雑炊が置かれた。
たっぷりと出汁が染み込んだ米を玉子がきれいにまとめている。刻みのりの磯の香りが加わり、米が更に美味くなる。
「カニ鍋はこれが一番美味いんだよな」としみじみと言うと、
「「儂もそう思う」」とドワーフたちが同意する。
「我もそう思うが、他にも締めを食べる方法はあるのかの」とウィズが聞いてくる。
「うどんなどの麺も悪くないが、この出汁を食い切るには雑炊が一番だろうな」
そう言って日本酒を口に含む。ちなみにテーブルにはほうじ茶も出されているが、誰も口を付けていなかった。
雑炊を食べきり、デザートを食べたところで一次会が終了した。
今日のメインはこの後に行く“ドワーフの隠れ家”でハイランド王家からもらったウイスキーの銘酒を飲むことだが、その前に以前話に出た野生の魔物“切り裂き蟹”を食べることになった。
エピキュリアンクラブは和食店と言うより落ち着いた感じのビストロ風で、どんな料理が出てくるのか興味が尽きない。
「まずは酒じゃな」と兜専門の鍛冶師ガルトが言うと、
女性店員が「お任せと伺っておりますがよろしかったでしょうか」と確認してきた。
「それで頼む」とトーマスが頷くと、すぐに他のスタッフが酒を準備し始めた。
「セオール川沿いのスパークリングワインでございます」と言いながら、フルート型のグラスがテーブルに置かれていく。
乾杯をすると、すぐに料理が出てきた。
大きめのカクテルグラスがテーブルに置かれる。中には白いムースの上に琥珀色のジュレ、更にその上にカニの身が載っていた。
「本日の一品目はリッパークラブのムースです。カニから取れた出汁をカリフラワーのムースでまとめました。ジュレは牛のコンソメです。軽く混ぜてお召し上がりください」
いきなりおしゃれな料理が出てきたが、店の雰囲気にはよく合う。
口に含むとカリフラワームースの滑らかさにコンソメジュレのコクが加わる。スパークリングワインを口に含むとカニの風味が爆発的に口の中に広がった。
「これはいい。カリフラワーの甘さとカニの出汁がよく合っている。コンソメのジュレが上手くまとめている感じか……」
俺が独り言を呟くと、「そうじゃの」とウィズが頷く。
「このワインともよく合っておる。魚介の香りが爽やかになる感じじゃの」
そのコメントにトーマスらが驚いている。
「いつの間にそんなことが言えるようになったのじゃ」
ウィズはフフンという感じで少し顎を上げ、
「我はゴウと美味いものをたくさん食しておる。このくらい言えるようになってもおかしくなかろう」
「魔王や国王と何度も会食したと噂になっておるが、本当なのじゃな」
槍専門の鍛冶師ダグが感心している。
「うむ。魔王は我の飲み仲間じゃ。そのうちそなたらにも紹介してやろう」
「魔王と飲むのか……」と全身鎧専門の鍛冶師ルドルフが驚く。
「そうじゃ。魔人族はよい奴ばかりじゃ。そなたらも気が合うと思うぞ」
四人はまさかという顔をしているが、俺は黙々とムースを食べていた。
ムースとジュレの組み合わせもいいが、それ以上に上に載っているカニの身が素晴らしい。
ズワイガニや毛ガニより繊維が太く、しっかりとした歯ごたえはロブスターに近い。味は淡水のカニであるモクズガニのように淡白でいて、上海蟹のような甘みがあった。
「このカニは美味いな。淡水のカニの味がするのに食べ応えがある。目を瞑って食べると何を食べているのか分からなくなるな」
「我もこのカニは気に入ったぞ。だが、もう少しあってもよいのではないか」
しゃべっていた割に既に食べ終えている。
「もっとじっくりと食べたらどうだ」というものの、「スプーンが止まらないのは分からないでもないが」と言っておく。
俺自身、スパークリングワインを飲むことを忘れそうになるほどスプーンを動かしていたからだ。
一品目を平らげると次の酒が用意される。ドワーフたちを待たせるわけにはいかないためだろうが、準備がいいことだと感心する。
出てきたのは赤みがかった色のビールだ。それもジョッキではなく、ワイングラスに似たチューリップ型のグラスに入っている。
「アンバーエールです。地元の醸造所で特別に作ってもらったものなんですよ」
アンバーエールは麦芽を強めにローストして色を付けるため、強い香ばしさを感じることが多い。しかし、このエールは香ばしい香りはあるものの、麦芽本来の甘みとホップの苦みのバランスがよく、飲み飽きない味に仕上がっている。
「このビールも美味いの。それに色もよい。だからグラスにしておるのかの?」
「いや、香りを楽しむにはこの形の方がいいからだろう。ジョッキでゴクゴク飲むのもいいが、香りがいいビールはこういうグラスでゆっくり飲んでも美味いんだ」
そんな話をしていると、二品目の料理が出てきた。今度は大皿料理のようで、緑色のフレッシュな葉野菜がはみ出ている。
「カニのマヨネーズサラダです。こちらのピンクペッパーを少量加えても美味しいと思います」
茹でガニにマヨネーズが絡められており、一センチ角くらいのジャガイモが入っている。カニは大き目で茹でて赤くなった部分が食欲をそそる。
まずはカニから食べるが、食感は先ほどのカクテルグラスに入っていた物よりしっかりしているように感じる。カニの甘みにマヨネーズの酸味とまろやかさが加わり、香ばしいエールによく合う。
「ピンクペッパーと言っておったが、胡椒なのか?」とウィズが聞いてくる。
「俺が知っているものと同じなら、黒胡椒や白胡椒とは違う種類だ。胡椒より辛みも少ないし、香りが華やかなはずだ」
「そうなのか」と言いながら数粒振りかけ、口に入れる。
「確かに変わった香りがするの。華やかというのがよく分かるぞ」
俺もウィズと同じようにカニの身に数粒振りかけて食べてみる。
ピンクペッパー独特の甘い花のような香りと僅かにピリッと来る刺激がアクセントになる。
それを食べた後にアンバーエールを流し込む。
先ほどは香ばしさを感じたが、今度は苦みを強く感じ、これはこれで確かに美味い。
サラダを食べ終えると、次の酒が用意される。
一升瓶が用意されたことから日本酒らしい。
「グリーフマサムネのホンジョウゾウです」と言いながら、ガラスのタンブラーに注がれる。
色はうっすらと山吹色だ。
口を付けると辛口の日本酒で、米の旨味はあるが、思った以上にスッキリと飲みやすい。
「我はフェニックスバイデンのようなもう少し華やかな日本酒が好みなのじゃが」とウィズが言っている。
最近、美味い日本酒を飲んでいるせいか、好みの酒が決まってきたようだ。
「多分料理との相性を考えたんだと思う。フェニックスバイデンは美味いが、カニのように味が強いものだと反発しあう可能性があるからな」
「よくお分かりですね」と言いながら料理が運ばれてきた。
香ばしい香りがテーブルを包む。
「焼きガニでございます。ソースにはカニ味噌を使っております」
焼きガニと言っても目の前で殻ごと焼くスタイルではなく、身だけをオーブンで焼いたものだ。
リッパークラブは甲羅の幅が一メートルほどあるそうで、足も人の腕より太い。そのため、殻ごと焼くには大きすぎるのだろう。
先ほどまでの茹でたものよりカニの味が濃く、更にソースを付けるとカニ味噌独特のコクと塩味が加わり、甘さが増す。
そこでグリーフマサムネを一口飲む。
「これはいい。この軽さがこれには合う」
カニの香りに日本酒の味が加わり、旨みに変わる。カニの身を食べ、酒を飲むというサイクルに自然と無口になってしまう。
焼きガニは結構な量があったが、ドワーフとウィズによって、あっという間になくなってしまった。
「儂らより食べて飲んでおらぬか? 本当に普人族なのか?」とルドルフが呆れている。
「そなたらと同じくらいしか食べても飲んでもおらぬわ」と反論すると、店員が「ドワーフの皆さんと同じだけ食べて飲めたら充分驚きです」と笑っている。
四つ目の酒が用意される。
今度は白ワインのようだ。
「セオール川沿いの軽めのものです。熟成は三年と料理に合わせるにはちょうどいいころだと思いますよ」
以前も飲んだソーヴィニヨンブランに近い感じの白ワインだ。よく冷やされており、酸味がより強く感じられる。
スタッフが現れ、鍋敷きのような木の板を置く。そこに湯気を立てる丸い陶器の皿が置かれる。
「料理はカニグラタンです。熱いのでお気を付けください」
カニグラタンが来るとは思っていなかったため、意表を突かれた。
アツアツの皿に気を付けながらスプーンでソースを掬う。ゴロゴロとしたジャガイモやブロッコリーなどが入っているが、カニの身は細かくほぐされているため、一見すると野菜のグラタンのように見える。しかし、香りはまさしくカニだ。
口に入れるとベシャメルソースのミルクの香りの中から、カニの個性的な香りが現れる。
熱くなった口の中を冷やすようにワインを口にする。酸味がベシャメルソースのまったりさを緩和し、カニの旨みだけが表面に上がってくるようだ。
「これもよく合うな」
「チーズが入っておればハイランドの料理に近いが、これもよいものじゃ」
ダグが隣にいるガルトに言っている。
「ビールもよいが、白ワインもよいものじゃな」とトーマスが言ってきた。
「そうですね。私もよく冷えたビールとグラタンは割と好きですが、カニが入っているとこちらの方が合う気がします」
割と大きな皿だったが、ペロリと食べきった。
「次が最後の料理ですが、準備をしますので少々お待ちください」
そう言って三人のスタッフが魔導コンロをセットする。どうやら鍋のようだ。
「カニ鍋です。ヒュームのお客様ならカニのスープとカニのゼリー寄せにするのですが、今回はドワーフの皆さんですので量が多くても大丈夫かなと思いまして」
「まだまだ食べられるし飲めるぞ」とトーマスが太鼓腹をポンと叩く。
「私はドワーフではないのですが」と遠慮気味に言うと、
「飲む方はドワーフ並みと聞いておりますが、食べる方は違ったのですか?」と驚かれる。
どんな噂が流れているのか気になるところだ。
鍋は二人に一つで割と大きな土鍋だ。
蓋が開けられるが、思っていたものとは違った。カニが丸ごと入っていることを想像していたが、蓋の中にあったのは白菜や豆腐と一緒に入っているむき身だった。大きさが大きさだけに一匹丸ごと入るわけはないので当然なのだが、カニ鍋という言葉にどうしても引きずられる。
更に鍋の横にむき身のカニが山のように積まれた皿が置かれた。
「カニは必要でしたらまだまだありますので」と言って、新たな酒を準備する。
「グリーフマサムネのジュンマイです。よく冷えたビールでも美味しいと思いますので遠慮なさらずにおっしゃってください」
カニ鍋はカツオと昆布の出汁が使われたシンプルな味付けで、カニと野菜の旨みがよく染み出ている。
箸が使えないウィズの取り皿に具材を取ってやる。
「我はカニを所望する」と言ってきたので、多めに入れてやる。
カニの身は太さ二センチ、長さ十センチほどに切りそろえられており、出汁をよく吸っているため、先ほどまでより柔らかく、食感はタラバガニに近い感じだ。
味の方はタラバよりあっさりとして上品だ。
「これはよいの! 少々食べにくいが、出汁が美味い! それに酒が進んで仕方がないぞ」
バクバクとウィズが食べていく。取ってやるのは俺なのでなかなか食べられない。
「ウィズよ。ゴウにも食わせてやらんか」とルドルフが注意する。
「それは済まぬことをした」と素直に頭を下げる。
「まあ、気にするな。落ち着いたところで食べられればいいんだから」
そう言いながら、グリーフマサムネの純米酒を口に含む。
純米らしい米の旨みと爽やかな酸味がカニのコクを更に引き立てる。
「この酒もいいな。ビールを飲むか悩むところだ」
「鍋にはサケではないのか?」とウィズが聞いてきた。
「相性は日本酒が一番だが、よく冷えたビールも捨てがたい」
和食には日本酒が一番合うと思うが、鍋だけは少し違っている。これは俺の感傷に近いものだが、大勢で鍋を囲む時はなぜかビールが合う気がするのだ。
恐らく、若い頃に気の合う仲間たちと居酒屋で打ち上げをした時の印象が強いのだろう。瓶ビールを飲み、馬鹿な話で盛り上がりながら、安い鍋を突く。この時のイメージが残っているだけなので、味がどうこうというものではない。
そんな話をした後にビールを頼む。すると、ウィズだけでなく、トーマスたちもビールを注文した。ビールはラガータイプの一般的な物だ。
「皆で飲むのがよいのじゃろう。ならば、儂らも付き合おうではないか」
そう言って飲み始める。
俺も鍋から白菜と菊菜のような葉物野菜を取り、出汁を楽しんだ後にビールを呷る。
正直、出汁との相乗効果はない。しかし、口の中がさっぱりして、更に食べたくなる。
「確かにこれもよいの。口の中がさっぱりして更に食欲が増す感じじゃ」
ウィズのコメントに俺を含め、全員が頷いていた。
鍋を食べ終え、締めに雑炊を作る。
弱火でじっくりと出汁を含ませるため、手持ち無沙汰になる。
「これをどうぞ」と店員がつまみを持ってきた。
「カニのテンプラです。塩は振ってありますので、そのままどうぞ」
白い衣を纏った天ぷらが出てきた。
「焼いたものとも鍋とも違う。味が濃いのにしつこさがない。我はこれも気に入った!」
口に入れるとサクッとした食感の後にカニの甘さが広がる。
ウィズの言う通り、適度に水分が抜け、甘みは増しているが、カニ独特の香りは優しい感じだ。
その後に純米酒を飲むと、油がきれいに流れ、旨みだけが残る。
「そろそろできますよ」と店員は言い、土鍋の蓋を開けて溶き卵を流し込む。そして、軽くかき混ぜ、茶碗に入れる。更に刻みのりを振りかけた。
「お召し上がりください」と言って雑炊が置かれた。
たっぷりと出汁が染み込んだ米を玉子がきれいにまとめている。刻みのりの磯の香りが加わり、米が更に美味くなる。
「カニ鍋はこれが一番美味いんだよな」としみじみと言うと、
「「儂もそう思う」」とドワーフたちが同意する。
「我もそう思うが、他にも締めを食べる方法はあるのかの」とウィズが聞いてくる。
「うどんなどの麺も悪くないが、この出汁を食い切るには雑炊が一番だろうな」
そう言って日本酒を口に含む。ちなみにテーブルにはほうじ茶も出されているが、誰も口を付けていなかった。
雑炊を食べきり、デザートを食べたところで一次会が終了した。
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さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
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神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
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