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本編第五章:宴会編
第八十六話「魔王軍出発」
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五月三日の朝。
昨日の魔物暴走終息の式典とその後の祭りというか大宴会が終わり、王都ブルートンには静けさが戻っていた。
今日も朝から春の抜けるような青空だが、何となくけだるい気分が残っている。昨夜は遅くまで、ハイランド王からもらったウイスキーを魔王たちと飲んでいたからだ。
昨夜も王宮に泊まり、今は魔王たちと朝食を摂っている。
「予定通り、朝食後に出発ですか」
「その予定だ。と言ってもこちらへ来る時ほど急ぐ必要はないから、一日で二百キロほどしか進む気はないが」
ここから魔王国までは千五百キロメートルほど離れているらしい。
スタンピードの報を受け、魔王軍の主力は一日に三百キロメートルも進むという強行軍を行っていたが、他国の軍に比べレベルが高く、飛行可能な部隊だけで構成されているといえ、これだけの移動を行うことは負担が大きいようだ。
「寂しくなるの。ゴウよ。いつ魔王の国に行くのじゃ? 予定を決めておかねば落ちつかぬ」
すっかり魔王たちが気に入ったようだ。
「そうだな。受け入れ態勢の確認の時に同行しようと思っているから、三ヶ月くらい先になるんじゃないか」
「そうか。それならばすぐじゃな」
そんなに先なのかと言うかと思ったが、竜の時間感覚は人間とは異なるらしい。
朝食を食べ終えた後、トーレス王アヴァディーンらと共に、魔王軍を見送りに郊外の草原に向かう。
指揮官である魔将軍ルートヴィヒと魔獣将ファルコ、その後ろには整列した兵たちが、魔王を待っていた。更にブルートン市民の多くが、見送りに来ている。
「アヴァディーン殿。ここではいろいろと楽しませてもらった」
「こちらこそ、我が国の危機に駆け付けてくださったこと、心より感謝いたします。陛下たちであれば問題など起きないと思いますが、道中お気を付けください」
国王同士の挨拶が終わったところで、魔王が俺たちに近づいてきた。後には四天王と護衛の妖魔族戦士も付き従っている。
「二人にはいろいろと世話になった。これからもよろしく頼む」といって右手を差し出してきた。
その手を握り返す。
「私の方こそ楽しませていただきました。では、いずれ貴国でお会いできることを楽しみにしております」
魔王はウィズにも握手を求めると、ウィズは魔王を軽くハグし、
「我も楽しかったぞ。魔王の国にはいくが、そなたもこちらに遊びに来るのじゃ。まだ行っておらぬ店がたくさんあるのでの」
魔王はその対応に驚きながらも、「なかなかに難しいが、必ずやその機会は作りましょうぞ」と笑顔で答えた。
ルートヴィヒ、ウルスラ、ファルコと挨拶を交わしていく。
それで終わったと思ったら、ウィズが魔王の護衛、オーウェンという戦士に声を掛けた。
「そなたも一緒に来るのじゃぞ、オーウェン」
「はっ! 喜んで!」とやや引き攣った顔で答えていた。
「名残惜しいが、これにて我らは出発する。では、また会おう!」
それだけ言うと、魔王は先陣を切って空に舞い上がった。
次々と魔王軍の兵士たちが空に飛び出していく。さすがに一万五千ともなると壮観だ。
ブルートン市民たちは魔王軍に手を振り、魔王軍も振り返って手を振り返すものが多くいた。
五分ほどで見えなくなる。
「行ってしまったの」と寂しげな表情で呟く。
「そうだな」
「昨夜飲んだウイスキーをトーマスたちに飲ませてやらねばならんの」と唐突に話を変えてきた。
その時の彼女の表情は明るいものに変わっていた。
既にグリーフのドワーフ、トーマスたちと飲むことを考えている。
切り替えの早い奴だなと思うが、今生の別れでもないし、寿命が長い魔人族とはこれから何百年と付き合うことになるだろうから、湿っぽくなる必要はない。
「そうだな。五本ほど開けてみたが、さすがはウイスキー大国だけあって全部美味かった。“隠れ家”のライナスさんにも飲んでもらいたいし、いろいろ忙しそうだな」
グリーフのバー、ドワーフの隠れ家のオーナー、エルフのライナス・アンダーウッドに意見を聞きたいと思っている。
そんな話をしていると、レスター・ランジー伯爵が話しかけてきた。
「本当によろしいのですかな。陛下より転送魔法陣の使用の許可も出ておりますが」
トーレス王国からは魔導飛空船や転送魔法陣の使用の許可が出たが、俺たちが断ったため、聞いてきたのだ。
「ええ、私たちの場合、自分たちで移動した方が速いですし楽ですから」
実際、グリーフまでは自力で転移した方が、転送室を出る時の確認で時間が取られない分、速い。
ちなみに俺たちもここで王都を離れる予定にしていた。
理由は王宮にわざわざ戻る用事がないためだ。ただ、この場から転移すると、転移魔術が使えることが公になってしまうので、王家の馬車の中からグリーフ近くの森に飛ぶことになっている。本来、国王という最重要人物の前で魔術を使うということはタブーなのだが、俺たちの場合は今更なので、提案したら即座に国王が認めてくれた。
「エドガー殿とドレイク殿には本当に世話になった」といってアヴァディーンが頭を下げる。
「既に何度もお礼を言っていただいていますので、これ以上は不要ですよ」
「それに明日にはまたグリーフで会うのじゃ。堅苦しいことをする必要はないぞ」
馬車の中には国王の他にはランジー伯爵しかいないため、このような会話ができる。
「では、我々はグリーフに向かいます。それでは明日」といって二人で転移魔術を発動する。
馬車の中から一瞬で森の中に出た。ちなみにここはベリエスが腕を切り落として飛んだ場所だそうだ。
「さて、では管理局に顔を出すとするか」
森はグリーフの町から一キロメートルほどの場所で、森の中を飛んでいけばすぐに街に出られる。
森の中を進んでいくと何となく空気が違う気がした。
「迷宮の中の森ばかりだったからな。たまに自然の森の中というのもいいものだ」
迷宮の中には森を模したエリアがあり、自然の木と見紛うばかりだが、鳥の声が聞こえないなど、実際の森とは違いがある。
「そんなものかの」とこういうことに無頓着なウィズは首を傾げている。
森の奥には猟師や木こりも滅多に入ってこないらしく、誰にも会うことになかった。五分も掛からずに森の端に到着し、街の中に入っていき、その足で迷宮管理局に向かう。
迷宮管理局はスタンピード発生前の状態、つまり普段通りに戻っていた。
門番の守備隊の兵士に軽く会釈をすると、
「お帰りなさい。お早い帰りですね」と言われる。
「面倒なのでさっさと帰ってきたのじゃ」とウィズがいうと、
「ウィスティアさんらしいですね」と笑われる。
「ダルントン局長か、マーロー管理官にお会いしたいのですが」
「お二人ともいらっしゃったはずですよ」ということなので、管理局の建物の中に入っていく。
受付にはいつもの通り、リア・フルードがいた。
「お帰りなさい。ゴウさん、ウィズさん」
「帰ってきたぞ、リア」と偉そうにウィズがいうが、顔は笑っている。
「ただいま戻りました。ダルントン局長か、マーローさんにお会いしたいので、アポをお願いしたいのですが」
さすがにいきなり会わせろというのは失礼なのでアポイントメントをお願いする。
「少しお待ちください。局長に確認してきます」
それだけ言うと、上の階の局長室に走っていく。そんなに急がなくてもいいですよと言う間もなかった。
三分も掛からずに戻ってくる。
「すぐにお会いになるそうです。応接室にどうぞ」
まだスタンピードの後処理が残っており、忙しいはずだが、VIPな対応に申し訳ない気持ちになる。
応接室に行くと、既にダルントンが待っていた。
「お忙しいところ申し訳ありません」と頭を下げておく。
「いえいえ。忙しいと言っても緊急の案件はありませんから」と笑顔で答え、
「ご用件はどのようなことで」と確認してきた。
その顔には僅かに警戒の色が見える。俺たちがややこしいことを持ち込むのではと思っているようだ。
「大したことではないんです。こちらの状況と王都からの帰還の報告、あとは明日の式典の準備状況を聞きたいくらいなので」
「そうですか」と安堵の表情を浮かべ、
「迷宮に入っていたシーカーは全員脱出したようです。未だに魔物の数が激減していますので、恐らく途中でやられたパーティはないかと」
「それはよかったですね」
「ありがとうございます。スムーズに脱出できたのはお二人のお陰です」
「いえ、当然のことをしたまでです。ところでまだ魔物は減ったままなのですか?」
「徐々に増えてはいるようですが、まだ通常の半分にもなっていないようです。そのこともあって、迷宮に入っているパーティはいません。歩くばかりで稼げませんから」
スタンピードの影響はまだ残っているようだ。
「ということは皆さん、明日の式典には参加されるということですか」
「そうなります。明日の式典の準備状況ですが、式典と申しましても陛下のご挨拶以外に何か特別なことを行うことはありませんので、その後の宴会の準備くらいしかやることはないのです」
「その宴会の準備が大事なのじゃ」とそれまで大人しかったウィズが口を挟んできた。
ダルントンもウィズに慣れてきており、笑顔で答える。
「酒の手配は終わっています。料理人は有志を募っているところですが、避難した者も戻ってきており、徐々に参加の連絡が来ております。なので問題なく開催できます」
「ならばよい。ところで我らが得た肉はどこにあるのじゃ?」
今回手に入れた肉のことを早速聞いている。
今回のスタンピードでミノタウロス系の肉が四トン以上、コカトリスとサンダーバード系が約一・六トン手に入った。
内訳の詳細は確認していないが、最上位種のミノタウロスチャンピオンが五百キロ以上、変異種のエンペラーも二百キロ近くあったはずだ。他にもコカトリスの変異種レッドコカトリスとサンダーバードの変異種ブルーサンダーバードがそれぞれ五十キロほどある。
「今回は無税ということでいつでもお渡しできます。収納袋もそのまま貸し出す予定ですので、そのままお使いください」
一つのマジックバッグに五百キロほど入るが、六トン近い量があり、十三個のマジックバッグに保管してある。収納魔術に入れてもいいが、時空魔術が使えることを大っぴらにしたくないのでこの配慮は助かる。
「ベリエス殿から聞きましたが、オリハルコンやアダマンタイトなどのインゴットも持ち帰られるとか。そちらもいつでもお渡しできます」
ドワーフの鍛冶師たちに渡すつもりで拾った魔法金属のインゴットのことだ。
「忘れておった。トーマスたちへの土産にせねばならんからの」
「そう言えば、インゴットはどのくらいあったのでしょうか? 数が多かったので数えていなかったのですが」
結構な数のゴーレムを倒しており、トン単位であることは間違いない。
「物凄い量でした」とダルントンが苦笑し、
「ミスリルがおよそ一・五トン、アダマンタイトが一トンほど、オリハルコンが三百キロほどでしたな。オリハルコンのインゴットは初めて見ました。鍛冶師たちも喜ぶことでしょう」
土産というには多すぎる。
「これだけの量を一度に市場に出すと大変なことになりますね」
「そうですな。金属ゴーレム専門のシーカーもおりますし、できれば必要な量だけ鍛冶師に渡していただきたいと思います」
「土産に百キロくらいずつもらって、あとは王国に寄付します。それでいいな」
最後はウィズに聞いたが、「トーマスたちへの土産があるなら、我は構わぬぞ。食えぬのじゃから」と予想通りの答えが返ってくる。
「ありがたく受け取らせていただきます」とあっさりと了承するが、「今更ですが、豪気なことですな」と呆れる。
確かにこれ以上に価値のある黒金貨や高レベルの魔力結晶を魔王に譲っているので、今更だろう。
「明日の式典後の打ち上げ用に肉を提供したいのですが、どこに持っていったらよいでしょうか」
「準備は守備隊の兵舎の厨房を使う予定ですので、そこにお持ちいただければ担当の者がおります」
明日の式典の会場は管理局の前の広場と管理局の横にある守備隊の練兵場だ。その後の打ち上げは町中で行われるが、メイン会場は練兵場になるらしい。
シーカーが八百人くらいに守備隊が五百人くらい参加するし、町の人たちの多くも参加するだろうから、町全部を使わないと狭すぎるとのことだ。
ダルントンと別れ、肉を回収した後、兵舎に向かう。
兵士たちの多くが休暇をもらったらしく、兵舎では若い兵士の寛いでいる姿が多くみられた。
兵士たちから何度も声が掛かり、その都度ウィズは「肉を持ってきたぞ」と誇らしげに言っている。これで更に“肉収集狂”の名が広まるだろう。
厨房に行き、責任者らしき文官に収納袋を渡す。渡す量は特異種以外のすべてであり、四トン以上になる。
「こんなにたくさんですか!」と驚かれる。
「町の人たちも参加するのですから、このくらいあった方がいいでしょう」
「しかし、それではお二人の分がなくなってしまいますが」
「大丈夫です。特異種は確保していますし、チャンピオン以下のミノタウロスならいつでも狩れますから」
「いつでも狩れる……」と驚いているので、マジックバッグを強引に渡す。
「ハイランドでバーベキューパーティを行った時のソースのレシピもお渡ししておきます。魔王軍やハイランドの人たちも気に入ったものですので、この町の人たちにも喜ばれると思いますよ」
そう言って予め用意しておいたレシピを渡す。
「ありがとうございます」というものの、顔は引き攣っている。
これだけの量の肉を明日までに処理しなければならないのは大変だろうが、町の料理人たちも手伝ってくれるなら何とかなるはずだ。
兵舎を後にし、探索者街に向かった。
昨日の魔物暴走終息の式典とその後の祭りというか大宴会が終わり、王都ブルートンには静けさが戻っていた。
今日も朝から春の抜けるような青空だが、何となくけだるい気分が残っている。昨夜は遅くまで、ハイランド王からもらったウイスキーを魔王たちと飲んでいたからだ。
昨夜も王宮に泊まり、今は魔王たちと朝食を摂っている。
「予定通り、朝食後に出発ですか」
「その予定だ。と言ってもこちらへ来る時ほど急ぐ必要はないから、一日で二百キロほどしか進む気はないが」
ここから魔王国までは千五百キロメートルほど離れているらしい。
スタンピードの報を受け、魔王軍の主力は一日に三百キロメートルも進むという強行軍を行っていたが、他国の軍に比べレベルが高く、飛行可能な部隊だけで構成されているといえ、これだけの移動を行うことは負担が大きいようだ。
「寂しくなるの。ゴウよ。いつ魔王の国に行くのじゃ? 予定を決めておかねば落ちつかぬ」
すっかり魔王たちが気に入ったようだ。
「そうだな。受け入れ態勢の確認の時に同行しようと思っているから、三ヶ月くらい先になるんじゃないか」
「そうか。それならばすぐじゃな」
そんなに先なのかと言うかと思ったが、竜の時間感覚は人間とは異なるらしい。
朝食を食べ終えた後、トーレス王アヴァディーンらと共に、魔王軍を見送りに郊外の草原に向かう。
指揮官である魔将軍ルートヴィヒと魔獣将ファルコ、その後ろには整列した兵たちが、魔王を待っていた。更にブルートン市民の多くが、見送りに来ている。
「アヴァディーン殿。ここではいろいろと楽しませてもらった」
「こちらこそ、我が国の危機に駆け付けてくださったこと、心より感謝いたします。陛下たちであれば問題など起きないと思いますが、道中お気を付けください」
国王同士の挨拶が終わったところで、魔王が俺たちに近づいてきた。後には四天王と護衛の妖魔族戦士も付き従っている。
「二人にはいろいろと世話になった。これからもよろしく頼む」といって右手を差し出してきた。
その手を握り返す。
「私の方こそ楽しませていただきました。では、いずれ貴国でお会いできることを楽しみにしております」
魔王はウィズにも握手を求めると、ウィズは魔王を軽くハグし、
「我も楽しかったぞ。魔王の国にはいくが、そなたもこちらに遊びに来るのじゃ。まだ行っておらぬ店がたくさんあるのでの」
魔王はその対応に驚きながらも、「なかなかに難しいが、必ずやその機会は作りましょうぞ」と笑顔で答えた。
ルートヴィヒ、ウルスラ、ファルコと挨拶を交わしていく。
それで終わったと思ったら、ウィズが魔王の護衛、オーウェンという戦士に声を掛けた。
「そなたも一緒に来るのじゃぞ、オーウェン」
「はっ! 喜んで!」とやや引き攣った顔で答えていた。
「名残惜しいが、これにて我らは出発する。では、また会おう!」
それだけ言うと、魔王は先陣を切って空に舞い上がった。
次々と魔王軍の兵士たちが空に飛び出していく。さすがに一万五千ともなると壮観だ。
ブルートン市民たちは魔王軍に手を振り、魔王軍も振り返って手を振り返すものが多くいた。
五分ほどで見えなくなる。
「行ってしまったの」と寂しげな表情で呟く。
「そうだな」
「昨夜飲んだウイスキーをトーマスたちに飲ませてやらねばならんの」と唐突に話を変えてきた。
その時の彼女の表情は明るいものに変わっていた。
既にグリーフのドワーフ、トーマスたちと飲むことを考えている。
切り替えの早い奴だなと思うが、今生の別れでもないし、寿命が長い魔人族とはこれから何百年と付き合うことになるだろうから、湿っぽくなる必要はない。
「そうだな。五本ほど開けてみたが、さすがはウイスキー大国だけあって全部美味かった。“隠れ家”のライナスさんにも飲んでもらいたいし、いろいろ忙しそうだな」
グリーフのバー、ドワーフの隠れ家のオーナー、エルフのライナス・アンダーウッドに意見を聞きたいと思っている。
そんな話をしていると、レスター・ランジー伯爵が話しかけてきた。
「本当によろしいのですかな。陛下より転送魔法陣の使用の許可も出ておりますが」
トーレス王国からは魔導飛空船や転送魔法陣の使用の許可が出たが、俺たちが断ったため、聞いてきたのだ。
「ええ、私たちの場合、自分たちで移動した方が速いですし楽ですから」
実際、グリーフまでは自力で転移した方が、転送室を出る時の確認で時間が取られない分、速い。
ちなみに俺たちもここで王都を離れる予定にしていた。
理由は王宮にわざわざ戻る用事がないためだ。ただ、この場から転移すると、転移魔術が使えることが公になってしまうので、王家の馬車の中からグリーフ近くの森に飛ぶことになっている。本来、国王という最重要人物の前で魔術を使うということはタブーなのだが、俺たちの場合は今更なので、提案したら即座に国王が認めてくれた。
「エドガー殿とドレイク殿には本当に世話になった」といってアヴァディーンが頭を下げる。
「既に何度もお礼を言っていただいていますので、これ以上は不要ですよ」
「それに明日にはまたグリーフで会うのじゃ。堅苦しいことをする必要はないぞ」
馬車の中には国王の他にはランジー伯爵しかいないため、このような会話ができる。
「では、我々はグリーフに向かいます。それでは明日」といって二人で転移魔術を発動する。
馬車の中から一瞬で森の中に出た。ちなみにここはベリエスが腕を切り落として飛んだ場所だそうだ。
「さて、では管理局に顔を出すとするか」
森はグリーフの町から一キロメートルほどの場所で、森の中を飛んでいけばすぐに街に出られる。
森の中を進んでいくと何となく空気が違う気がした。
「迷宮の中の森ばかりだったからな。たまに自然の森の中というのもいいものだ」
迷宮の中には森を模したエリアがあり、自然の木と見紛うばかりだが、鳥の声が聞こえないなど、実際の森とは違いがある。
「そんなものかの」とこういうことに無頓着なウィズは首を傾げている。
森の奥には猟師や木こりも滅多に入ってこないらしく、誰にも会うことになかった。五分も掛からずに森の端に到着し、街の中に入っていき、その足で迷宮管理局に向かう。
迷宮管理局はスタンピード発生前の状態、つまり普段通りに戻っていた。
門番の守備隊の兵士に軽く会釈をすると、
「お帰りなさい。お早い帰りですね」と言われる。
「面倒なのでさっさと帰ってきたのじゃ」とウィズがいうと、
「ウィスティアさんらしいですね」と笑われる。
「ダルントン局長か、マーロー管理官にお会いしたいのですが」
「お二人ともいらっしゃったはずですよ」ということなので、管理局の建物の中に入っていく。
受付にはいつもの通り、リア・フルードがいた。
「お帰りなさい。ゴウさん、ウィズさん」
「帰ってきたぞ、リア」と偉そうにウィズがいうが、顔は笑っている。
「ただいま戻りました。ダルントン局長か、マーローさんにお会いしたいので、アポをお願いしたいのですが」
さすがにいきなり会わせろというのは失礼なのでアポイントメントをお願いする。
「少しお待ちください。局長に確認してきます」
それだけ言うと、上の階の局長室に走っていく。そんなに急がなくてもいいですよと言う間もなかった。
三分も掛からずに戻ってくる。
「すぐにお会いになるそうです。応接室にどうぞ」
まだスタンピードの後処理が残っており、忙しいはずだが、VIPな対応に申し訳ない気持ちになる。
応接室に行くと、既にダルントンが待っていた。
「お忙しいところ申し訳ありません」と頭を下げておく。
「いえいえ。忙しいと言っても緊急の案件はありませんから」と笑顔で答え、
「ご用件はどのようなことで」と確認してきた。
その顔には僅かに警戒の色が見える。俺たちがややこしいことを持ち込むのではと思っているようだ。
「大したことではないんです。こちらの状況と王都からの帰還の報告、あとは明日の式典の準備状況を聞きたいくらいなので」
「そうですか」と安堵の表情を浮かべ、
「迷宮に入っていたシーカーは全員脱出したようです。未だに魔物の数が激減していますので、恐らく途中でやられたパーティはないかと」
「それはよかったですね」
「ありがとうございます。スムーズに脱出できたのはお二人のお陰です」
「いえ、当然のことをしたまでです。ところでまだ魔物は減ったままなのですか?」
「徐々に増えてはいるようですが、まだ通常の半分にもなっていないようです。そのこともあって、迷宮に入っているパーティはいません。歩くばかりで稼げませんから」
スタンピードの影響はまだ残っているようだ。
「ということは皆さん、明日の式典には参加されるということですか」
「そうなります。明日の式典の準備状況ですが、式典と申しましても陛下のご挨拶以外に何か特別なことを行うことはありませんので、その後の宴会の準備くらいしかやることはないのです」
「その宴会の準備が大事なのじゃ」とそれまで大人しかったウィズが口を挟んできた。
ダルントンもウィズに慣れてきており、笑顔で答える。
「酒の手配は終わっています。料理人は有志を募っているところですが、避難した者も戻ってきており、徐々に参加の連絡が来ております。なので問題なく開催できます」
「ならばよい。ところで我らが得た肉はどこにあるのじゃ?」
今回手に入れた肉のことを早速聞いている。
今回のスタンピードでミノタウロス系の肉が四トン以上、コカトリスとサンダーバード系が約一・六トン手に入った。
内訳の詳細は確認していないが、最上位種のミノタウロスチャンピオンが五百キロ以上、変異種のエンペラーも二百キロ近くあったはずだ。他にもコカトリスの変異種レッドコカトリスとサンダーバードの変異種ブルーサンダーバードがそれぞれ五十キロほどある。
「今回は無税ということでいつでもお渡しできます。収納袋もそのまま貸し出す予定ですので、そのままお使いください」
一つのマジックバッグに五百キロほど入るが、六トン近い量があり、十三個のマジックバッグに保管してある。収納魔術に入れてもいいが、時空魔術が使えることを大っぴらにしたくないのでこの配慮は助かる。
「ベリエス殿から聞きましたが、オリハルコンやアダマンタイトなどのインゴットも持ち帰られるとか。そちらもいつでもお渡しできます」
ドワーフの鍛冶師たちに渡すつもりで拾った魔法金属のインゴットのことだ。
「忘れておった。トーマスたちへの土産にせねばならんからの」
「そう言えば、インゴットはどのくらいあったのでしょうか? 数が多かったので数えていなかったのですが」
結構な数のゴーレムを倒しており、トン単位であることは間違いない。
「物凄い量でした」とダルントンが苦笑し、
「ミスリルがおよそ一・五トン、アダマンタイトが一トンほど、オリハルコンが三百キロほどでしたな。オリハルコンのインゴットは初めて見ました。鍛冶師たちも喜ぶことでしょう」
土産というには多すぎる。
「これだけの量を一度に市場に出すと大変なことになりますね」
「そうですな。金属ゴーレム専門のシーカーもおりますし、できれば必要な量だけ鍛冶師に渡していただきたいと思います」
「土産に百キロくらいずつもらって、あとは王国に寄付します。それでいいな」
最後はウィズに聞いたが、「トーマスたちへの土産があるなら、我は構わぬぞ。食えぬのじゃから」と予想通りの答えが返ってくる。
「ありがたく受け取らせていただきます」とあっさりと了承するが、「今更ですが、豪気なことですな」と呆れる。
確かにこれ以上に価値のある黒金貨や高レベルの魔力結晶を魔王に譲っているので、今更だろう。
「明日の式典後の打ち上げ用に肉を提供したいのですが、どこに持っていったらよいでしょうか」
「準備は守備隊の兵舎の厨房を使う予定ですので、そこにお持ちいただければ担当の者がおります」
明日の式典の会場は管理局の前の広場と管理局の横にある守備隊の練兵場だ。その後の打ち上げは町中で行われるが、メイン会場は練兵場になるらしい。
シーカーが八百人くらいに守備隊が五百人くらい参加するし、町の人たちの多くも参加するだろうから、町全部を使わないと狭すぎるとのことだ。
ダルントンと別れ、肉を回収した後、兵舎に向かう。
兵士たちの多くが休暇をもらったらしく、兵舎では若い兵士の寛いでいる姿が多くみられた。
兵士たちから何度も声が掛かり、その都度ウィズは「肉を持ってきたぞ」と誇らしげに言っている。これで更に“肉収集狂”の名が広まるだろう。
厨房に行き、責任者らしき文官に収納袋を渡す。渡す量は特異種以外のすべてであり、四トン以上になる。
「こんなにたくさんですか!」と驚かれる。
「町の人たちも参加するのですから、このくらいあった方がいいでしょう」
「しかし、それではお二人の分がなくなってしまいますが」
「大丈夫です。特異種は確保していますし、チャンピオン以下のミノタウロスならいつでも狩れますから」
「いつでも狩れる……」と驚いているので、マジックバッグを強引に渡す。
「ハイランドでバーベキューパーティを行った時のソースのレシピもお渡ししておきます。魔王軍やハイランドの人たちも気に入ったものですので、この町の人たちにも喜ばれると思いますよ」
そう言って予め用意しておいたレシピを渡す。
「ありがとうございます」というものの、顔は引き攣っている。
これだけの量の肉を明日までに処理しなければならないのは大変だろうが、町の料理人たちも手伝ってくれるなら何とかなるはずだ。
兵舎を後にし、探索者街に向かった。
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ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
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聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
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