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本編第五章:宴会編

第八十一話「宮廷での晩餐:前篇」

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 五月一日午後五時頃。

 トーレス国王アヴァディーンと魔王アンブロシウスらと共に王都ブルートンに向かっている。
 移動手段は王国所有の魔導飛空船グローリアス号で、増援として派遣された白騎士団の他に四天王“妖花ウルスラ”の配下の魔術師たちも同乗していた。

 俺たちは四天王の“魔眼のベリエス”とリチャード王子と同じ船室になった。魔王とウルスラはアヴァディーンと白騎士団長グラディス・レイボールド子爵と共に反対側の舷の船室にいる。

 高速船であるグローリアス号を使えば、僅か一時間で王都に到着するため、今回は船室内で食事や酒は出ない。

「この部屋に入ると酒が飲みたくなるの」とウィズが言うように、俺も条件反射的に酒が飲みたくなっていた。

「すぐだし、この後に美味い酒が待っているからな。まあ、この船に乗るといつも飲んでいる気がするから分からないでもないが」

 そんな話をリチャード王子とベリエスが聞かない振りをするためか、別の話をしていた。

「リチャード殿は今宵の宴にご出席されるのか」

 一国の王子に対して“殿下”という尊称ではなく、“殿”と呼ぶのはどうかと思うが、魔王国とトーレス王国の力関係を示すためにあえて使っているのだろう。
 リチャードもそのことに気づいているが表情を変えることなく対応している。

「ええ、父と母と共に出席する予定ですが?」

「第一王子のアルフレッド殿はいかがされるのか?」

「兄は父に代わり、明日の祝勝会の準備の指揮を執っております。本来であれば兄が出席すべきですが、アンブロシウス陛下やエドガー殿たちと面識がある私の方が適任だろうということになったそうです」

「なるほど。確かにその方がよかろうな」

 そんな話をしているうちに魔導飛空船はゆっくりと降下を始めた。

 午後六時頃、夕陽に照らされながらグローリアス号は王都に到着した。
 着陸態勢に入ったところで、郊外の草原に魔王軍が待機しているのが見えた。予定通り到着したらしい。

 魔王軍を横目に見ながら駐機場に着陸する。
 既にトーレス王国の紋章が入ったゴーレム馬車が待機しており、それに分乗して王宮を目指す。

 ブルートンの街に入ると、市民たちにも知らされていたのか、沿道から「国王陛下、万歳!」、「アンブロシウス陛下、万歳!」という声が聞こえてきた。

 王宮の車止めの前には宰相ジャーメイン・ドブリー侯爵を筆頭に文武の臣下が並んでいた。
 馬車の扉が開かれると、宰相たちは一斉に跪く。

 アヴァディーンが最初に降りる。
 それを合図に宰相たちは一斉に頭を下げた。その後ろからアンブロシウスが姿を見せると、宰相たちは更に深く頭を下げる。

 アヴァディーンが宰相たちに声を掛け、アンブロシウスと共に王宮に入ると、宰相たちは立ち上がって王たちの後ろに付き従っていく。

 俺たちはその集団が消えるまで待ってから、王宮の中に入っていった。
 中には内務卿のレスター・ランジー伯爵が待っており、

「エドガー殿とドレイク殿は別室に、ウルスラ殿、ベリエス殿はアンブロシウス陛下の下にご案内いたします」

 ランジー伯の案内で王宮の中を歩いていく。普段着で来ているため、相変わらず浮いているが、既に周知されているためか、奇異な目で見られることはなかった。
 用意された部屋に入ると、そこには侍従と侍女が待っていた。晩餐会用の服に着替える手伝いをするらしい。

「面倒じゃの。魔王たちと飲むだけなのじゃ、これでもよかろう」とウィズは文句を言うが、

「服装も雰囲気の一つなんだ。時と場所、場合TPOに応じて服装を選んだ方が酒も料理も美味くなる」

「服で味が変わるわけはなかろう」

「ポットエイトに正装の貴族がいたら雰囲気が台無しだ。ああいう店は普段着で行った方がいい。何となく分かるだろ」

「ポットエイトか……分からぬでもないが……」

「逆に正式な晩餐の場合はきちんとした服装をして、場の雰囲気に合わせた方が美味く感じられるんだ。俺の言うことを信じて着替えてくれ」

「うむ。ゴウが言うなら仕方がないか」

 渋々ながらも着替えに同意してくれた。
 実際、俺も面倒なので本当は正装に着替えたくないが、場の雰囲気に無頓着な者とは思われたくない。

 光沢のある緑色のジャケットにぴっちりとした細身の白いズボン、白いブラウスを着せられる。今回もひらひらとした幅広のネクタイジャボを着けさせられ、相変わらず出来の悪い貴族のコスプレにしか見えない。

 ウィズもジャケットの色が赤に変わっただけでほぼ同じだが、こちらは某歌劇団の男役のような妖艶さがあり、完璧に着こなせている。

「相変わらず似合わぬの」と笑われるが、事実なので反論のしようがない。

 着替えが終わると、すぐに会場に案内される。宮殿の奥にある大広間ホールが会場らしい。
 大広間には横長のテーブルが設置されており、既に俺たち以外は着席していた。

「お待たせしたようで、すみません」と頭を下げながら指定された席に座る。

 俺たちはトーレス王国側で、国王が中心に座り、俺がその左側、ウィズが俺の左に座る。右側には王妃クラウディアとリチャードが座り、国王の正面に魔王、向かって右側にウルスラとベリエス、左側にルートヴィヒとファルコという並びだ。ハイランドの昼食会とほぼ同じような感じになっている。

「全員が揃ったようなので、アンブロシウス陛下歓迎の宴を始めたいと思います」

 アヴァディーンがそう言うと、給仕たちが一斉にグラスを並べ始める。
 一杯目はスパークリングワインのようで、フルート型のグラスが並べられていく。そして給仕たちが慣れた手つきでスパークリングワインを注ぐ。

 恰幅のいいコック帽を被った男性が入ってきた。

「料理長のユアン・ハドリーと申します。本日の料理を楽しんでいただければ幸いでございます」と自己紹介をしてから、部屋から出ていった。

 そして、給仕長らしき男性が説明を始めた。

「本日の一杯目はスワリストンのスパークリングワインでございます。スワリストンはここブルートンより百キロほど東にある町で、ワインの生産が盛んなところでございます。使われているブドウは黒ブドウ七割、白ブドウ三割。やや芳醇なタイプをご用意いたしました」

 色はやや薄い黄金色で炭酸が強いのか、泡の上がり方が大きい。ミストと共に上がってくる香りは柑橘と白い花を感じさせる。

 全員に行き渡ったところで、アヴァディーンが俺を見る。

「それではエドガー殿に乾杯の音頭をお願いしたいと思います」

「私がですか!」と驚いて見回すが、全員が笑顔で頷いていた。仕方がないので立ち上がる。

「では皆さんの健康と今後のご活躍を祈念しまして、乾杯!」と簡単に済ませてしまう。

「「乾杯!」」という声が唱和し、一斉にグラスに口を付けた。

 最初に感じた香りの通り、爽やかな酸味と豊かな香りが広がる。

「美味いの」とウィズは満足げに頷き、魔王も「まことに」と追従する。

 口を付けたところで料理長が料理と共に部屋に入ってきた。
 テーブルに料理が置かれていくが、意外なものだった。

「蒸し鶏のネギソース掛けでございます」と料理長が説明する。

 前菜らしく小さな皿に三切れの蒸し鶏が載っており、刻んだネギが入った油が掛けられ、糸唐辛子が数本載せてある。

 フォークに刺して口に運ぶ。
 生姜とニンニクの香りを最初に感じ、ごま油らしき濃い目の油としっかり目の塩味が淡白な鶏肉を引き立てる。
 味付けは何となく中華料理を思い出させた。
 鶏の後にスパークリングワインを口に含む。

「これはいい」と思わず口に出すほど、スパークリングワインとの相性が良かった。

 ネギや生姜、ニンニクと言った香味野菜と油の香りがワインを口に含むことで大きく膨らむ。更にもう一口ワインを飲むと、それがきれいに消える。

「うむ。我の好みじゃ。鳥はブラックコカトリスを使っておるのか?」

 ウィズの問いに料理長は「いいえ」とにこやかに答え、

「ブルートン近郊の農村から仕入れたごく一般的な鶏です。もちろん、王宮に納めるものですから、最高級ではございますが、魔物ではございません」

「これは魔物よりこの肉の方がいいですね」

「それはどうしてなのだろうか?」と魔王が聞いてくる。

「魔物の肉はそれ自体に強い旨味があります。一方、この料理は肉自体にはほとんど味はついていません。これは肉とソースが一体となって初めて成立するように作られているからです。それにワインとの相性も考えておられるようで、これ以上味が強いと、スパークリングワインの繊細な味を殺してしまうのです」

 料理長を見るが、俺の説明が合っているようで小さく頷いていた。

「なるほど。料理全体のバランスに加えて、酒との相性まで計算されているということか。奥が深いものだ」

 魔王は鶏肉を見ながらそう呟いていた。

 一品目がなくなったところで、グラスが並べられていく。

「二杯目はエクスニングの白ワインをご用意いたしました。エクスニングはここより二百キロほど離れたハイランドとの国境の町でございます。熟成期間が五年のものを用意いたしました」

 うっすらと緑色が入った黄金色の白ワインだ。
 口を付けると、シャープな酸味を感じ、その後にグレープフルーツのような爽やかな香りとハーブのような独特の香りが上がってくる。何となくだが、フランスのソーヴィニヨン・ブランの白ワインを思い出した。

 ワインを楽しんでいると、料理長が再び入ってきた。彼の後ろにはワゴンがあり、そこには大きな蒸篭せいろがあり、湯気が上がっている。
 料理長が蒸篭の蓋を取ると、大きく蒸気が上がる。中には更に小型の蒸篭が入っていた。
 和食があるから蒸篭があってもおかしくはないが、フレンチのコックのような格好の料理長が竹で作った蒸篭を扱っていると何となく違和感がある。

「二品目はスールジア魔導王国の蒸し料理でございます。熱くなっておりますので、ご注意ください」

 給仕たちが小型の蒸篭とソースが入った小皿を配っていく。

「本来でしたら箸で召し上がるものではございますが、慣れておられない方もいらっしゃいますので、給仕がスプーンに取り分けさせていただきます」

 そこで給仕たちに目配せをする。給仕たちは一斉に蒸篭の蓋を取った。
 中には焼売と蒸し餃子、そして小籠包が入っていた。

「まずは小籠包からお召し上がりいただきます。食べ方が難しいので説明いたします……」

 その間に給仕たちがスプーンの上に小籠包を載せていく。

「この小籠包という料理の中身は豚肉と野菜などですが、スープも入っております。まずは端の部分を少し食べていただき、中のスープをすするようにして飲んでいただきます。その後に皮と一緒に中の餡を食べていただきます。非常に熱いのでご注意ください」

 料理長の説明を聞いたウィズが、「何やら面倒な料理じゃの」と言ってきた。

「こいつは美味い料理だぞ。一時期病みつきになったことがあるんだ」

「そうなのか! それは楽しみじゃ」

 そう言って給仕から受け取ったスプーンを口に運んだ。
 俺も同じようにスプーンを受け取り、慎重に皮の端をかみ切る。一気に火傷しそうな熱々のスープが溢れてきた。

 旨味の塊が口の中で爆発する。
 豚肉とゼラチンの甘みに野菜やキノコ、海産物の旨味が加わっている感じで、これだけで完成したスープと言ってもいいほどだ。

 それを味わった後、皮と餡を一気に口に入れる。
 肉の食感とみじん切りにされた野菜、更に干し貝柱のような繊維質の食感もあった。

「野菜は白菜だな。キノコはシイタケなんだろうな……干し貝柱にフカヒレも入っている感じか……」

 俺の独り言に後ろにいた給仕が「その通りでございます」と答えてくれた。

「これもよい! 口の中が熱いが、この味は病みつきになる!」とウィズがはしゃいでいる。

「余もこれが気に入った。このような料理があるとは世界は広いものなのだな、アヴァディーン殿」

 魔王がトーレス国王に話しかけている。

「この料理はスールジア魔導王国で好まれているものです。数百年前に流れ人が広めたものだそうです。我が国は魔導王国との取引が盛んですので、我が宮廷にも専属の料理人を抱えておるのです……」

 スールジア魔導王国は大陸の東にある国家で、気候的には中国に近いらしい。この国は魔導具の生産が主力産業であり、比較的裕福なトーレス王国に多く輸出している。その関係もあり、スールジアの食材も一緒に入ってくるようだ。

 小籠包を食べた後に白ワインを飲む。
 よく冷やされたワインが口の中を冷ましていきながら、さっぱりとした酸味が濃厚なスープの後味を流していく。

「残りの二つですが、丸い方がカニ焼売、細長い方がエビ蒸し餃子でございます。カニもエビもボスコムという港町で水揚げされたものでございます。小皿のソースは酢と醤油を混ぜたものですので、お好みでつけてお召し上がりください」

 まずはエビ蒸し餃子からいってみる。
 皮は半透明で中の赤いエビの身がはっきりと見える。酢醤油を少しだけ付け口に運ぶ。
 食感はもっちりとしているが、すぐにエビの身とタケノコの千切りのしっかりとした歯ごたえがやってくる。

 そこで白ワインを口に含むと、エビの香りが一気に上がる。他にも豚肉を使っているのか、僅かに肉の香りもあった。

 カニ焼売は豚肉の中にカニとホタテが入っており、カニ独特の風味とホタテの旨味が絶妙な一品だった。
 白ワインを口に含むと、カニの風味にワインが少しだけ負けている感じがした。

「ワインでも充分に美味いが、日本酒が欲しくなるな……」

 呟いたつもりはなかったが、後ろにいた給仕が「ご用意しましょうか」と聞いてきた。

「いえ、大丈夫です。このワインで充分に美味しいですから」

 どうやら俺のことを気にしているらしい。
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