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本編第四章:魔物暴走編
第七十五話「後始末」
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五月一日午前四時頃。
四月二十九日の夕方から始まった魔物暴走がようやく終わった。
一日半ほど休むことなく戦い続けたが、種族が“半神”になったことや各種のスキルの影響で、身体的には疲れていない。ひたすら魔物を倒していたので、精神的な疲れは多少あった。
「さすがに疲れたな」
「長かったの。ゆっくり酒を飲みたいものじゃ」
そんな会話をした後、魔王たちに労いの言葉を掛ける。
「皆さんのお陰でずいぶん助かりました。感謝します」
「いや、我らは大したことはしておらぬ。逆に我らのレベルアップを手伝ってもらい、恐縮しておるほどだ」
魔王が言う通り、三人はそれぞれレベルアップしていた。
特に魔王は数年間上がっていないレベルが一気に四つも上がり非常に喜んでいる。ウルスラも十五、ベリエスに至っては二十五もレベルを上げており、四天王第三席のファルコを抜いている。
「我もそなたらがいてくれてよかったと思っておる。特にウルスラは気が利いて良い。我の手元にほしいほどじゃ」
ウルスラは地上の戦いが終わってから参加したが、俺が忙しくなったため、ウィズにグラスや料理を渡す係になっていた。最初のうちは戸惑っていたようだが、すぐに慣れたのか、ウィズが言う前に酒や料理を用意するなど、非常に気が利いている。
「お役に立てたのでしたら幸いでしたわ」
そう言いつつも笑みが引きつっていた。
「俺とウィズは生存者の救出に行きますので、アンブロシウス殿たちは地上に戻っていただければと。できれば、ここにある収納袋を運んでいただけると助かります」
「生存者の救出? あの悪魔たちから逃れられるとは思えぬのだが」
アンブロシウスがそう言ってきたが、ウィズが俺に代わって答えてくれる。
「迷宮に安全地帯があることは存じておろう。それにスタンピードでは通るルートが決まっておるはずじゃ。運が良ければ生き残れておるじゃろう」
グリーフ迷宮は一階層辺り一平方キロメートルという広大な面積を誇る。そして各フロアにはセーフティエリアと呼ばれる魔物が近寄らない場所があり、迷宮管理局によってその場所が公開されていた。
ウィズが言う通りスタンピード中の魔物たちは地上に向かうことを最優先するため、最短ルートを選択する。運よく最短ルートから離れたセーフティエリアまで逃げ延びられれば、生き残れる可能性は十分にあった。
「ならば、我らも手伝った方がよいのではないか」
「ずいぶん時間が経っていますから、転移で移動できる私たちだけの方が効率がいいんです。それにアンブロシウス殿たちもお疲れでは?」
「魔力は心許ないが、疲れておるほどでもない」
強がっている風はなく、歴戦の魔王らしいスタミナを持っているようだ。
しかし、ベリエスが話に割り込んできた。
「陛下、ここはエドガー殿たちにお任せしましょう。お二人の感知の能力でしたら、生存者を見つけることは容易いでしょうし、何より我らが同行して時間が掛かるようでは本末転倒です。できる限り、早く終わらせて祝杯を挙げたいのではないかと」
ウィズの目が“早うせい”と言っており、それを見た魔王が慌てて「そ、そうだな」と頷いた。
「では、我らはここにあるマジックバッグを運ぶとしよう。その前にこの装備は返しておかねばならぬな」
そう言って貸した武具を返してきた。
「今回のドロップ品から皆さんの欲しいものを適当に選んでください。いや、ルートヴィヒ殿とファルコ殿の分も必要ですね。面倒なので全部お持ちください。トーレス王国も何も言わないでしょうから」
途中までは肉以外のドロップ品は拾っていなかったが、魔王たちが手伝ってくれるようになってからはできる限り回収していた。
本来なら迷宮で得たアイテムや硬貨、魔力結晶などは国の機関である迷宮管理局に引き渡さなければならない。しかし、今回は魔王に救援を求めていることから、トーレス王国としても引き渡せとは言えないはずだ。
「確かにトーレス王は何も言わぬだろうが、さすがにそれはできぬ。これは貴殿らが倒して得たものゆえ」
何となく遠慮されることは分かっていたので、考えておいた言い訳を伝える。
「一応、私たちはレベル四百六十と四百五十と申告しているんです。今回もアンブロシウス殿が倒したことにしてもらうつもりですから」
「まだ、そのレベルで通されるおつもりか……」とアンブロシウスは呆れている。
「確かにここまで来たらバレバレのような気はしますけど、自分から積極的に公表する気もありませんので」
「我らにとっては不要なものばかりじゃ。第一そなたらはよくやってくれた。その礼をせねば我の気が済まぬ」
今回魔王たちに渡す武具は俺たちが使っている神話に出てくるような神器には劣るものの、十分に伝説になり得るものばかりだ。
特に最後に出てきた“悪魔王の剣”は使いこなせれば竜にすらダメージを与えられる優れたものだ。
他にも暗黒騎士の鎧や闇魔導士の杖など、ネーミングはともかく、性能的には申し分ない。
後でウィズに聞いたのだが、俺たちが持つ武具が神話クラスで、今回出てきたレベル九百を超える“名前付き”の悪魔たちのドロップ品が劣るのは宝箱に入っているかどうかの差らしい。
「我がいたのは最下層ぞ。そこで出る宝箱が徘徊する野良の魔物のドロップ品に劣るわけがなかろう」
ウィズが出し続けた物は最終守護者を倒したら出るボーナス品らしい。
俺たちの物には劣るとはいえ、強力な武具を魔王たちだけに与えてパワーバランスが崩れないかという懸念もないわけではない。しかし、既に圧倒的な差があるし、第一俺たちがいれば魔王も他国に手を出すことはないだろう。
この程度の武具を与えたからと言って俺たちが負ける恐れは全くないし、そのことは魔王たちも分かっているはずだ。
俺たちがこの大陸から去った後に魔王が野心を剥き出しにして大陸の統一を目指すかもしれないが、その時はその時だ。
魔王が言葉を失って茫然としているので、比較的冷静なベリエスに伝言を頼むことにした。
「では、地上に戻りましたらダルントン局長にスタンピードの鎮静化の報告をお願いします。我々は生存者の救出に向かうことも併せて伝えていただけますか」
今回のスタンピード対応の責任者である迷宮管理局長レイフ・ダルントンに報告するよう依頼した。
「報告するのは構わぬのですが、どのように言ったらよいのか……エドガー殿がおっしゃるような我々が倒したと説明するのも憚られますし……」
「よいではないか。手伝ったことは間違いないのじゃからの」
「しかし……」と更に言い募ろうとしたベリエスの言葉を遮り、
「では、こうしましょう。ダルントン局長とマーロー管理官には私たちが倒したことを伝えていただいても構いません。その上で私たちがその事実を公表したくないから、アンブロシウス殿たちが倒したことにしてほしいと言っていたと伝えてください。あとは局長が判断してくれるでしょう」
丸投げだが、これが俺たちにとって一番面倒が少ない。
トーレス王国は俺たちに便宜を図るつもりでいるから、俺の意向を無視することはないだろう。あとはどういうシナリオを描くかだが、王国の事情に疎い俺より局長たちの方が上手い絵を描いてくれるはずだ。
「分かりました。では、ダルントン殿にはそのように伝えます」
階段を降りようとした時、「忘れるところじゃった」とウィズが声を上げる。
「変異種の肉がある。その肉はすべて我らが買い取るとダルントンらに伝えるのじゃ。頼んだぞ」
ベリエスは真面目な表情で「承りました」と言って頭を下げる。
その後、生存者を探しながら、各階層を巡っていった。
事前の情報ではスタンピード発生時、六百人ほどの探索者が迷宮に残っているとあった。そのうち、二百階層より下層にはベテランと言われる白金級以上のシーカーが二百人ほどいたはずだ。
転移を使って探していくが、魔物の数は激減していた。それもあって感知は容易なのだが、なかなか見つからなかった。それでも四百階層までで二十組、百二十人ほどを見つけ、スタンピードが終わったことを伝えている。
怪我をしている者や装備を失った者がいれば救助するつもりだったが、そういった者はほとんどいなかったため、救助は行わず伝達だけして回っていった。
見つけた者の中にハイランド出身の魔銀級のキースたちもいた。彼らは迷宮内で野営していた時に異常に気付いたそうで、セーフティエリアに身を潜めていたと教えてくれた。
「スタンピードが終わった? ちらりとしか見ていないが、天災級の魔物がいたはずだが、あんな化け物たちをどうやって……」
「魔王アンブロシウス陛下が応援に来てくれましたからね。さすがは魔王を名乗るだけのことはありましたよ」
「魔王が……」とキースは絶句する。
「ええ、国王陛下の要請に応えられたそうです」
「魔王が? 我々のために戦ってくれたというのか……じゃあ、地上は無事なのか?」
「地上に溢れることなく、無事に終わっていますよ」
これ以上話しているとボロが出そうなので、会話を打ち切ることにした。
「今なら魔物はほとんどいません。急いで転送室に戻ることをお勧めします」
「そうだな。情報に感謝する」とキースはいい、パーティメンバーと共に移動を始めた。
四百階層より下には俺たち以外の唯一の最上級シーカーである竜人のフレイザーのパーティが残っていた。
フレイザーたちは迷宮を出る予定の日で四百一階に到達した後、スタンピードに遭遇した。運よく近くのセーフティエリアに逃げ込めたそうだが、俺たちが見つけた時には憔悴しきった表情だった。
「本当に終わったのですか? あれほどの魔物がすべていなくなったと……」
彼らのいたセーフティエリアは最短ルートに近い場所だったらしく、何度も姿を見たらしい。その中にはレベル九百を超える“名前付き”と呼ばれる悪魔たちもおり、何度も死を覚悟したそうだ。
「今ならこの辺りのフロアに魔物はほとんどいませんから、戦わなくても転送室に向かえます」
感謝の言葉を言い、転送室に向かい始めた。
フレイザーらを見送った後、ウィズに疑問を投げかける。
「どうして彼らは見逃されたんだ? 奴らの感知能力なら充分に見つけられたはずだが」
「我にも詳しくは分からぬが、ここの魔物は迷宮の意思に従うのじゃ」
「迷宮の意思? 迷宮に意思などあるのか?」
ウィズは「うむ」と頷き、
「我もこの迷宮に長く居ったが、意思のようなものに囚われておった」
そこで思い出したことがあった。
「近づくと自分の意思には関係なく戦闘が始まるという奴か……」
「そうじゃ。何となくじゃが、迷宮から出ることを優先せよと命じられたのかもしれぬな」
「外に出ろか……魔力が溢れて迷宮自体の存続が危ぶまれるから、さっさと出ていけと言う感じか」
「それに近いかもしれんの」
迷宮の意思なのか、管理者の考えなのかは分からないが、迷宮にはいろいろと制約がある。その一つにスタンピード発生時は外に出ることを優先しろというものがあったのではないかという仮説だった。
ブラックランクはもういないから、これで終わりだ。
「地上に戻るか」
「そうじゃな。何でもよいが、今は酒が欲しいの」
「俺もだ」と言って笑い、転移を使って転送室に向かう。
地上に戻ると、空が明るくなっており、朝日が差し込んでいた。
中庭に出ると多くのシーカーたちが茫然と立ち尽くしていた。特に強力な魔物を見たベテランたちは自分たちが生き残れたことが未だに信じられず、蒼い顔のままだ。
俺たちを見つけた管理局所属の若い兵士エディ・グリーンが駆け寄ってきた。
「お疲れさまでした! ゴウさんとウィズさんのお陰で助かりましたよ」
「魔王アンブロシウス陛下のお陰ですね。私たちだけでは難しかったでしょう」
「そうなのですか? その割には最後まで酒を飲める余裕があったみたいですが」
確かに言われる通りで、魔王たちの活躍のお陰という説明が苦しい。
「うむ。我らが酒を飲めぬ時は死んだ時だけじゃ。どれほどの厳しい状況であろうと飲まぬという選択肢はない」
ウィズの言葉にエディが呆れ、「ウィズさんらしいですね」というと、
「そうじゃ。だからそろそろ朝飯が欲しいのじゃ。もちろん酒も必要じゃがな」
そう言って笑う。その言葉で周囲にいた兵士やシーカーたちも思わず笑みが零れていた。
「準備はお願いしていますが、まだ届いていないようですね。リアから聞いたんですが、マシューさんもカールさんもメニューに頭を悩ませていたそうですよ。同じものは出したくないし、戦闘中に食べにくいものも出せないしと。スタンピードが終わったことは急いで連絡しているので朝食を変更しているかもしれませんね」
「それは楽しみじゃ。朝食も楽しみじゃが、今回得た肉も楽しみじゃ。カールとマシューには世話になりっぱなしじゃが、この後も料理を頼まねばならん。エディも一緒に来るのじゃぞ。ミノタウロスエンペラーにレッドコカトリス、ブルーサンダーバードが食えるのじゃからな」
「あ、ありがとうございます! それは楽しみですね」
エディも以前のような遠慮はなくなったようだ。
「そう言えばアンブロシウス陛下はどこにいらっしゃるのですか?」
「局長と応接室に向かわれたと思いますが。聞いてきましょうか?」
「いえ大丈夫です。こちらから行ってみますから。仕事の手を止めさせてすみませんでした」
そう言ってから管理局の建物に向かった。
四月二十九日の夕方から始まった魔物暴走がようやく終わった。
一日半ほど休むことなく戦い続けたが、種族が“半神”になったことや各種のスキルの影響で、身体的には疲れていない。ひたすら魔物を倒していたので、精神的な疲れは多少あった。
「さすがに疲れたな」
「長かったの。ゆっくり酒を飲みたいものじゃ」
そんな会話をした後、魔王たちに労いの言葉を掛ける。
「皆さんのお陰でずいぶん助かりました。感謝します」
「いや、我らは大したことはしておらぬ。逆に我らのレベルアップを手伝ってもらい、恐縮しておるほどだ」
魔王が言う通り、三人はそれぞれレベルアップしていた。
特に魔王は数年間上がっていないレベルが一気に四つも上がり非常に喜んでいる。ウルスラも十五、ベリエスに至っては二十五もレベルを上げており、四天王第三席のファルコを抜いている。
「我もそなたらがいてくれてよかったと思っておる。特にウルスラは気が利いて良い。我の手元にほしいほどじゃ」
ウルスラは地上の戦いが終わってから参加したが、俺が忙しくなったため、ウィズにグラスや料理を渡す係になっていた。最初のうちは戸惑っていたようだが、すぐに慣れたのか、ウィズが言う前に酒や料理を用意するなど、非常に気が利いている。
「お役に立てたのでしたら幸いでしたわ」
そう言いつつも笑みが引きつっていた。
「俺とウィズは生存者の救出に行きますので、アンブロシウス殿たちは地上に戻っていただければと。できれば、ここにある収納袋を運んでいただけると助かります」
「生存者の救出? あの悪魔たちから逃れられるとは思えぬのだが」
アンブロシウスがそう言ってきたが、ウィズが俺に代わって答えてくれる。
「迷宮に安全地帯があることは存じておろう。それにスタンピードでは通るルートが決まっておるはずじゃ。運が良ければ生き残れておるじゃろう」
グリーフ迷宮は一階層辺り一平方キロメートルという広大な面積を誇る。そして各フロアにはセーフティエリアと呼ばれる魔物が近寄らない場所があり、迷宮管理局によってその場所が公開されていた。
ウィズが言う通りスタンピード中の魔物たちは地上に向かうことを最優先するため、最短ルートを選択する。運よく最短ルートから離れたセーフティエリアまで逃げ延びられれば、生き残れる可能性は十分にあった。
「ならば、我らも手伝った方がよいのではないか」
「ずいぶん時間が経っていますから、転移で移動できる私たちだけの方が効率がいいんです。それにアンブロシウス殿たちもお疲れでは?」
「魔力は心許ないが、疲れておるほどでもない」
強がっている風はなく、歴戦の魔王らしいスタミナを持っているようだ。
しかし、ベリエスが話に割り込んできた。
「陛下、ここはエドガー殿たちにお任せしましょう。お二人の感知の能力でしたら、生存者を見つけることは容易いでしょうし、何より我らが同行して時間が掛かるようでは本末転倒です。できる限り、早く終わらせて祝杯を挙げたいのではないかと」
ウィズの目が“早うせい”と言っており、それを見た魔王が慌てて「そ、そうだな」と頷いた。
「では、我らはここにあるマジックバッグを運ぶとしよう。その前にこの装備は返しておかねばならぬな」
そう言って貸した武具を返してきた。
「今回のドロップ品から皆さんの欲しいものを適当に選んでください。いや、ルートヴィヒ殿とファルコ殿の分も必要ですね。面倒なので全部お持ちください。トーレス王国も何も言わないでしょうから」
途中までは肉以外のドロップ品は拾っていなかったが、魔王たちが手伝ってくれるようになってからはできる限り回収していた。
本来なら迷宮で得たアイテムや硬貨、魔力結晶などは国の機関である迷宮管理局に引き渡さなければならない。しかし、今回は魔王に救援を求めていることから、トーレス王国としても引き渡せとは言えないはずだ。
「確かにトーレス王は何も言わぬだろうが、さすがにそれはできぬ。これは貴殿らが倒して得たものゆえ」
何となく遠慮されることは分かっていたので、考えておいた言い訳を伝える。
「一応、私たちはレベル四百六十と四百五十と申告しているんです。今回もアンブロシウス殿が倒したことにしてもらうつもりですから」
「まだ、そのレベルで通されるおつもりか……」とアンブロシウスは呆れている。
「確かにここまで来たらバレバレのような気はしますけど、自分から積極的に公表する気もありませんので」
「我らにとっては不要なものばかりじゃ。第一そなたらはよくやってくれた。その礼をせねば我の気が済まぬ」
今回魔王たちに渡す武具は俺たちが使っている神話に出てくるような神器には劣るものの、十分に伝説になり得るものばかりだ。
特に最後に出てきた“悪魔王の剣”は使いこなせれば竜にすらダメージを与えられる優れたものだ。
他にも暗黒騎士の鎧や闇魔導士の杖など、ネーミングはともかく、性能的には申し分ない。
後でウィズに聞いたのだが、俺たちが持つ武具が神話クラスで、今回出てきたレベル九百を超える“名前付き”の悪魔たちのドロップ品が劣るのは宝箱に入っているかどうかの差らしい。
「我がいたのは最下層ぞ。そこで出る宝箱が徘徊する野良の魔物のドロップ品に劣るわけがなかろう」
ウィズが出し続けた物は最終守護者を倒したら出るボーナス品らしい。
俺たちの物には劣るとはいえ、強力な武具を魔王たちだけに与えてパワーバランスが崩れないかという懸念もないわけではない。しかし、既に圧倒的な差があるし、第一俺たちがいれば魔王も他国に手を出すことはないだろう。
この程度の武具を与えたからと言って俺たちが負ける恐れは全くないし、そのことは魔王たちも分かっているはずだ。
俺たちがこの大陸から去った後に魔王が野心を剥き出しにして大陸の統一を目指すかもしれないが、その時はその時だ。
魔王が言葉を失って茫然としているので、比較的冷静なベリエスに伝言を頼むことにした。
「では、地上に戻りましたらダルントン局長にスタンピードの鎮静化の報告をお願いします。我々は生存者の救出に向かうことも併せて伝えていただけますか」
今回のスタンピード対応の責任者である迷宮管理局長レイフ・ダルントンに報告するよう依頼した。
「報告するのは構わぬのですが、どのように言ったらよいのか……エドガー殿がおっしゃるような我々が倒したと説明するのも憚られますし……」
「よいではないか。手伝ったことは間違いないのじゃからの」
「しかし……」と更に言い募ろうとしたベリエスの言葉を遮り、
「では、こうしましょう。ダルントン局長とマーロー管理官には私たちが倒したことを伝えていただいても構いません。その上で私たちがその事実を公表したくないから、アンブロシウス殿たちが倒したことにしてほしいと言っていたと伝えてください。あとは局長が判断してくれるでしょう」
丸投げだが、これが俺たちにとって一番面倒が少ない。
トーレス王国は俺たちに便宜を図るつもりでいるから、俺の意向を無視することはないだろう。あとはどういうシナリオを描くかだが、王国の事情に疎い俺より局長たちの方が上手い絵を描いてくれるはずだ。
「分かりました。では、ダルントン殿にはそのように伝えます」
階段を降りようとした時、「忘れるところじゃった」とウィズが声を上げる。
「変異種の肉がある。その肉はすべて我らが買い取るとダルントンらに伝えるのじゃ。頼んだぞ」
ベリエスは真面目な表情で「承りました」と言って頭を下げる。
その後、生存者を探しながら、各階層を巡っていった。
事前の情報ではスタンピード発生時、六百人ほどの探索者が迷宮に残っているとあった。そのうち、二百階層より下層にはベテランと言われる白金級以上のシーカーが二百人ほどいたはずだ。
転移を使って探していくが、魔物の数は激減していた。それもあって感知は容易なのだが、なかなか見つからなかった。それでも四百階層までで二十組、百二十人ほどを見つけ、スタンピードが終わったことを伝えている。
怪我をしている者や装備を失った者がいれば救助するつもりだったが、そういった者はほとんどいなかったため、救助は行わず伝達だけして回っていった。
見つけた者の中にハイランド出身の魔銀級のキースたちもいた。彼らは迷宮内で野営していた時に異常に気付いたそうで、セーフティエリアに身を潜めていたと教えてくれた。
「スタンピードが終わった? ちらりとしか見ていないが、天災級の魔物がいたはずだが、あんな化け物たちをどうやって……」
「魔王アンブロシウス陛下が応援に来てくれましたからね。さすがは魔王を名乗るだけのことはありましたよ」
「魔王が……」とキースは絶句する。
「ええ、国王陛下の要請に応えられたそうです」
「魔王が? 我々のために戦ってくれたというのか……じゃあ、地上は無事なのか?」
「地上に溢れることなく、無事に終わっていますよ」
これ以上話しているとボロが出そうなので、会話を打ち切ることにした。
「今なら魔物はほとんどいません。急いで転送室に戻ることをお勧めします」
「そうだな。情報に感謝する」とキースはいい、パーティメンバーと共に移動を始めた。
四百階層より下には俺たち以外の唯一の最上級シーカーである竜人のフレイザーのパーティが残っていた。
フレイザーたちは迷宮を出る予定の日で四百一階に到達した後、スタンピードに遭遇した。運よく近くのセーフティエリアに逃げ込めたそうだが、俺たちが見つけた時には憔悴しきった表情だった。
「本当に終わったのですか? あれほどの魔物がすべていなくなったと……」
彼らのいたセーフティエリアは最短ルートに近い場所だったらしく、何度も姿を見たらしい。その中にはレベル九百を超える“名前付き”と呼ばれる悪魔たちもおり、何度も死を覚悟したそうだ。
「今ならこの辺りのフロアに魔物はほとんどいませんから、戦わなくても転送室に向かえます」
感謝の言葉を言い、転送室に向かい始めた。
フレイザーらを見送った後、ウィズに疑問を投げかける。
「どうして彼らは見逃されたんだ? 奴らの感知能力なら充分に見つけられたはずだが」
「我にも詳しくは分からぬが、ここの魔物は迷宮の意思に従うのじゃ」
「迷宮の意思? 迷宮に意思などあるのか?」
ウィズは「うむ」と頷き、
「我もこの迷宮に長く居ったが、意思のようなものに囚われておった」
そこで思い出したことがあった。
「近づくと自分の意思には関係なく戦闘が始まるという奴か……」
「そうじゃ。何となくじゃが、迷宮から出ることを優先せよと命じられたのかもしれぬな」
「外に出ろか……魔力が溢れて迷宮自体の存続が危ぶまれるから、さっさと出ていけと言う感じか」
「それに近いかもしれんの」
迷宮の意思なのか、管理者の考えなのかは分からないが、迷宮にはいろいろと制約がある。その一つにスタンピード発生時は外に出ることを優先しろというものがあったのではないかという仮説だった。
ブラックランクはもういないから、これで終わりだ。
「地上に戻るか」
「そうじゃな。何でもよいが、今は酒が欲しいの」
「俺もだ」と言って笑い、転移を使って転送室に向かう。
地上に戻ると、空が明るくなっており、朝日が差し込んでいた。
中庭に出ると多くのシーカーたちが茫然と立ち尽くしていた。特に強力な魔物を見たベテランたちは自分たちが生き残れたことが未だに信じられず、蒼い顔のままだ。
俺たちを見つけた管理局所属の若い兵士エディ・グリーンが駆け寄ってきた。
「お疲れさまでした! ゴウさんとウィズさんのお陰で助かりましたよ」
「魔王アンブロシウス陛下のお陰ですね。私たちだけでは難しかったでしょう」
「そうなのですか? その割には最後まで酒を飲める余裕があったみたいですが」
確かに言われる通りで、魔王たちの活躍のお陰という説明が苦しい。
「うむ。我らが酒を飲めぬ時は死んだ時だけじゃ。どれほどの厳しい状況であろうと飲まぬという選択肢はない」
ウィズの言葉にエディが呆れ、「ウィズさんらしいですね」というと、
「そうじゃ。だからそろそろ朝飯が欲しいのじゃ。もちろん酒も必要じゃがな」
そう言って笑う。その言葉で周囲にいた兵士やシーカーたちも思わず笑みが零れていた。
「準備はお願いしていますが、まだ届いていないようですね。リアから聞いたんですが、マシューさんもカールさんもメニューに頭を悩ませていたそうですよ。同じものは出したくないし、戦闘中に食べにくいものも出せないしと。スタンピードが終わったことは急いで連絡しているので朝食を変更しているかもしれませんね」
「それは楽しみじゃ。朝食も楽しみじゃが、今回得た肉も楽しみじゃ。カールとマシューには世話になりっぱなしじゃが、この後も料理を頼まねばならん。エディも一緒に来るのじゃぞ。ミノタウロスエンペラーにレッドコカトリス、ブルーサンダーバードが食えるのじゃからな」
「あ、ありがとうございます! それは楽しみですね」
エディも以前のような遠慮はなくなったようだ。
「そう言えばアンブロシウス陛下はどこにいらっしゃるのですか?」
「局長と応接室に向かわれたと思いますが。聞いてきましょうか?」
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