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本編第四章:魔物暴走編

第七十三話「おでんと日本酒」

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 午後三時頃から魔法金属系のゴーレムが現れ、更に五時頃からグレーターデーモンやナイトメアクイーンなどの上級悪魔とキメラやスフィンクス、マンティコアなどの複合系の魔物が現れ始めた。

 ゴーレムは変異種らしいアダマンタイトやオリハルコンでできたケンタウロス型でレベル七百強。上級悪魔や複合系はレベル六百以上とさすがに魔術で一蹴できなくなってきた。
 そのため、階段の途中に陣取り、剣で迎撃する方針に切り替えている。
 階段室は幅五メートル、高さ十メートルほどあり、二人で戦う分には支障はない。飛行できる魔物が多いが、いずれも巨体であるため、階段の方が足止めしやすい。

 魔王アンブロシウスと四天王のベリエスだが、未だに一緒にいる。
 理由は手伝いをしたいということだった。食事を取りに行くことのような雑用をさせることは心苦しいが、こちらとしても助かっている。

 雑用だけでなく、戦いにも参加していた。防具に加え、武器も貸したため、短時間なら抑えられるためだ。

 十八時頃に夕食を摂っているが、その際にはウィズが魔力の盾マジックシールドで防御しつつ、俺と魔王・ベリエス組が交代で上がってくる悪魔たちを抑え、食事を摂っていた。

 ちなみに夕食はマシュー・ロスが作ってくれた焼魚とおでんだった。
 焼魚はイワナのような魚に串を打ち、手に持って食べるワイルドなスタイルだった。炭火でじっくり焼いた塩焼きは日本酒のいいつまみになった。

 おでんもこんにゃくや牛すじ、イイダコなどは串に刺してあり、食べやすいように工夫がしてあった。さすがによく煮込まれたダイコンや崩れやすいジャガイモなどは串に刺していないが、それでもフォークを使えば、片手しか使えないウィズでも無理なく食べることができる。

 ウィズが人数の追加を伝えていたので、結構量が多い。
 メモを見ると、“ちょうどおでんにするつもりだったので調整できました”と書いてあった。

 これに合わせられていたのはスールジア魔導王国の“ビッグセブン”の燗酒とブルートン近郊の“ブルースカイ”の冷酒だ。どちらも一升瓶で、四人分ということで朝の倍の二升にしたようだ。

 ビッグセブンはどっしりと重い純米酒で、一升瓶ごとやや熱めの燗にしてあった。焼魚の塩味と川魚特有の皮の香りが米の旨味と相まって盃を口に運ぶ手が止まらなかったほどだ。

 ブルースカイはその名の通り、澄み切ったきれいな純米吟醸で、米の香りと酵母の爽やかさから蒼い空を思い浮かべさせる酒だ。おでんのスッキリとしていながらも複雑な出汁の香りと味にとてもよく合った。

 魔王は初めて日本酒を飲むらしく、驚きの表情で飲んでいたらしい。
 らしいと付けたのは、魔王が飲んでいる時は俺が魔物を抑える必要があり、一緒に飲んでいなかったためだ。

 落ち着いたところで聞いてみると、ベリエスが申し訳なさそうに反省していた。

「陛下が驚かれるのも無理はございません。私自身、これほど料理に合う美味い酒だとは知りませんでしたので」

 基本的に魔王は大陸中央のストラス山脈から出ないが、諜報担当のベリエスだけは別でここグリーフにも長く住んでいる。年に数度、報告のため本国に戻っていたそうだが、その際に持ち帰る酒はワインが主だったそうだ。

「余はこの酒が気に入った。ベリエスよ。トーレス王にこの酒を融通してもらうよう交渉せよ」

「はっ! 必ずや」とベリエスは大きく頭を下げる。

 魔王・・なのに焼酎ではなく、日本酒というところに少しだけ笑みを浮かべてしまう。

 そんな感じで夕食を済ませた後、午後七時頃に人型の金属ゴーレムが現れ始めた。ミスリルやアダマンタイトはともかく、オリハルコンのゴーレムは防御力が圧倒的に高く、神器と言える武器を渡しているにもかかわらず、魔王とベリエスでは歯が立たなくなった。

「夜食までに途切れてくれるとよいのじゃが」とウィズが零しているが、これは魔法金属ゴーレムと飛行型の魔物の組み合わせは意外に面倒だからだ。

 前に戦った石や鉄などのゴーレムは手間の掛からない敵だった。しかし、魔法金属系のゴーレムは魔術で倒すことが難しく、更にその上を上級悪魔などの飛行系の魔物が飛んでくるため、気が抜けない。

 俺が下のゴーレムを剣で倒し、ウィズが飛翔の魔術で浮き上がって飛行系の魔物を倒しているのだが、こうなると二人とも手が離せなくなる。
 魔王とベリエスも足場の確保のためにドロップ品を回収してくれているが、二人がいなかったら、面倒なことになっていたかもしれない。

 午後十時頃、ようやくゴーレムたちの流れが途切れた。
 まだ、悪魔や複合系の魔物は押し寄せてきており、ブレスや魔術だけでなく、肉弾戦も仕掛けてくる。しかし、ゴーレムほどの防御力も耐久力もなく、ほぼ一撃で倒せるため、二人がかりということはなくなった。

「喉が渇いたの」とウィズが言ってきた。

 彼女にしては珍しく、額に汗が浮かんでいる。そう言う俺は更に汗だくだが。

「さっきの酒は飲み切ってしまったしな……そう言えばこいつがあったな」

 そう言って収納魔術アイテムボックスから陶器のボトルを取り出した。

神酒ソーマか……それでもよい。じゃが、よく冷やしてくれ」

 生活魔術の冷却クールを使ってボトルごと冷やす。ウィズはグビグビと飲み干すと、「まあまあじゃな」と言ってから階段室に戻っていった。

 ついでなので、魔王とベリエスにも一本ずつ渡す。

「これは?」と魔王が聞いてきたので、

「ソーマという酒です。迷宮で手に入れたものなのですが、やや甘口のワインに近い味です」

「ソーマ!……まさか、エルフたちが作る幻の神酒のことでは……」

 魔王が驚き、ベリエスはボトルを見つめている。

「遠慮せずに飲んでください。寿命が少し延びるのと健康になる効果があるみたいなので、疲れも吹き飛ぶと思いますよ」

「確かに疲れは吹き飛ぶだろうが……」

「陛下。エドガー殿のご厚意です。いただきましょう」とベリエスが真剣な表情で進言する。

 そこまで気にしなくてもいいと思ったが、黒金貨ですら稀少と言っていたことを思い出した。

(やってしまったかな? まあ、ウィズが災厄竜だと知っているし、今更か……)

 俺も自分用にソーマを冷やし、ラッパ飲みをする。
 何となく薬のイメージがあるからなのか、美味い酒なのだが、ワインやシードルのような香りを楽しむ気にならない。

 魔王とベリエスも同じようにソーマを飲んでいく。

「確かに美味い。それに身体・・の疲れは吹き飛んだ。貴重なものをいただき、感謝する」と魔王が言ってきた。

「まだ何百本もあるので気にしないでください」

 そう言うものの、実際には一万本近く持っている。しかし、魔王の反応を見る限り、正直に言わない方がいいだろうと数字を偽った。

「我らも仕事に戻りましょう」とベリエスが魔王にいい、階段に向かった。

 二人だが、今はドロップ品回収の他に戦闘にも参加している。礼を兼ねて、レベルアップの手伝いをしているのだ。

 レベル七百三十だった魔王はレベルを三つ上げているが、魔王より百ほど低いベリエスは既に二十近くレベルを上げ、レベル六百五十に達している。四天王筆頭の魔将軍ルートヴィヒのレベル六百八十はともかく、六百六十二の妖花ウルスラ、六百五十五の魔獣将ファルコのレベルを抜く勢いで、四天王の序列が変わる可能性が高い。

 魔王軍の戦力アップを手伝っていいのかと思わないでもないが、ここでレベルアップしたとしても俺たちには全く影響がない。

 日付が変わる前にベリエスが夜食を取りに行った。
 すぐに戻ってきたが、ベリエスだけでなく、ウルスラも一緒だった。

「出口での戦いが終わりましたので。こちらのお手伝いに参りました」

「上はもう終わりましたか。ウルスラ殿がいらっしゃったので損害は出ていないと思いますが、どうですか?」

「ええ、全く問題ありませんでしたわ。出てきた魔物も下等なアンデッドと獣系が少しでしたから、わらわが手を下す必要がないほどでございました」

「では、あとはここで魔物が途切れるのを待てばいいだけですね」

 ウィズが交代のために戻ってきた。

「ウルスラも来たのかえ?」

 その言葉にウルスラの笑みが引き攣る。なぜ来たのかと問われたと思ったのだろう。

「はい。妾にもお手伝いできることがあるのではないかと思い、図々しくも来させていただきました」

「うむ。仲間外れはよくないからの。夜食は五人で食すとするか」

 その言葉でウルスラが安堵の表情をわずかに浮かべた。付き合いが浅い分緊張していたのだろう。

 ウルスラにも装備を貸す。
 魔術師らしく、“冥界神タナトスのローブ”という名の防具を渡した。時空魔術によりローブ周囲の空間の位相をずらすという謎の仕様で、あらゆる攻撃が無効になるらしい。但し、空間ごと吹き飛ばすような攻撃には対処できないため、前線に立つには心許無い。

 武器も冥界神タナトスにちなんだもので、“冥界神タナトスの杖”だ。これは魔術攻撃力が十倍に跳ね上がるという壊れた性能を持ち、ウルスラの攻撃力は魔王に匹敵するに至った。

 魔王たち三人に足止めを依頼し、その間に夜食の中身を確認していく。
 メモを見ると、夜食はローストビーフサンドとグレートバイソンのリエット、ステーキ、ビーフシチューとチーズと書いてあった。

 更にメモには“そろそろネタが尽きてきた。これで我慢してくれ”と書いてある。肉はリエット以外、ミノタウロスチャンピオンを使っているらしい。

 酒はワインが大量に入っていた。
 そこにあったメモには“魔王たちがどのくらい飲むのか分からなかったから、お前たちと同量にしておいた”とあり、カールは魔王も酒豪として認識しているらしい。

「悪魔どものレベルが上がったようです」と魔王を手伝っているベリエスが焦りを含んだ声を上げる。

 見るとレベル七百五十を超える天魔将アークデーモンに変わっていた。
 アークデーモンは悪魔系の最上位種で、強靭な肉体に高い魔術の才能、更にはバリアのような障壁を持ち、生半可な攻撃では傷を付けることすらできない。

 貸している武器なら障壁を突破することは可能だが、武術の才能もあることから、魔王たち三人で一体を抑えることがギリギリのようだ。

「ウィズ、悪いが手伝ってやってくれ」

「そうじゃな。では準備を頼むぞ」

 そう言って竜牙剣ソード・オブ・ドラゴンファングを軽く振る。
 竜牙剣は始祖竜、つまり彼女の牙から作られた剣で、始祖竜の魔力が込められており、オリハルコン以上の強度を誇る。
 更に魔力を纏わせることで、自在に長さを変えられるという逸品だ。

「我に代われ」という一言で、魔王たちは一斉に下がった。

 アークデーモンは魔王たちに追従して部屋に入ろうとしたが、すぐにウィズが立ちふさがる。
 身長三メートル近い巨躯の悪魔が身長百七十センチほどのウィズに気圧され、五メートルほどの距離で停止した。

「雑魚は消えよ」と言って剣を一閃する。明らかに届かない距離だが、アークデーモンは胴を輪切りにされ、光となって消えていった。
 アークデーモンの姿が完全に消えると、チャリンという音と共に黒金貨が数枚落ちてきた。更に拳大の魔力結晶と白銀の魔剣も落ちた。

「大した剣ではないの」とウィズは興味を示さなかったが、すぐに思い直したのか剣を拾った。

「そういえば、ゴウがルートヴィヒの剣を壊してしまったの。これを代わりに与えよ」と言って魔王に渡した。

 ハイランドで初めて魔王たちに会った時に魔将軍ルートヴィヒのオリハルコンの剣を破壊したことがある。その後、すっかり忘れていたが、ウィズは覚えていたようだ。

「これはオリハルコンの剣では……陛下の愛剣よりも高価な気が……」

 ベリエスの呟きが聞こえたのか、ウィズが「それは不味いの。よい剣が出てきたら魔王にやらねばの」と言っている。

「お気遣いなく。余は自らの手で得た武器を使いたいゆえ」

「遠慮せずともよい。飲み仲間なのじゃから」

 その言葉に魔王の顔が引き攣った気がしたが、これから出てくる剣も別にいらない。それにトーレスやハイランドの戦士では使いこなせないので、魔王に渡すのが一番いいと思った。

「我々はいりませんから、遠慮なさらずに。いろいろ手伝ってもらったお礼も兼ねていますから」

 魔王はそれでも固辞しようとしたが、ベリエスが割って入り、

「陛下、お二方の申されるとおりにいたしましょう。これ以上、遠慮されるのはお二方に失礼かと」

「そ、そうだな」といい、俺たちに向かって、「では、運よく出てきたらありがたくいただくことにしよう」と引き攣った笑顔で言ってきた。

 その後、ウィズがマジックシールドを展開し、俺が適宜魔物を倒しながら夜食を食べていった。

 カールは我慢して食ってくれと書いてきたが、そんな必要は全くなかった。ステーキやシチューは相変わらず絶品だったが、それ以上にローストビーフサンドが美味かった。

「これはいい! 軽く焼いたパンにグレイビーソースの香りが食欲をそそる。ローストビーフも柔らかいし、何といっても肉の旨味が最高にいい! 今まで食ったローストビーフサンドで一番だな」

 ローストビーフサンドは割りと好きで、デパートでよく買っていたし、ステーキ店などに取材に行った時には土産に必ず買って帰った。
 それでもこのローストビーフサンドは一番美味いと断言できる。

 もう一口食べたかったが、後続のアークデーモンが魔術を放ってきた。ウィズのマジックシールドに当たり、弾けた魔術の残滓が周囲を照らす。

「ゆっくり食わせてくれよ」と文句を言いながら、剣を持って階段室に下りていく。

 後ろからはウィズの声が聞こえていた。

「ゴウがそれほどいうものを食べてみたいの。ウルスラよ。我に取ってくれ」

「はい。しばしお待ちください」とウルスラの声も聞こえていた。
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