迷宮最深部から始まるグルメ探訪記

愛山雄町

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本編第四章:魔物暴走編

第六十九話「魔王到着」

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 四月三十日の午前六時頃。
 トーレス王国の王都ブルートンの城門の外に、魔王軍四天王の一人、“魔眼のベリエス”が転移した。

 ベリエスは魔王アンブロシウスにグリーフ迷宮での魔物暴走スタンピードを伝えた後、再びハイランド連合王国の王都ナレスフォードに戻り、ハイランド王フレデリックに魔王軍が救援に向かうことを伝える。

 ハイランド王は感謝の言葉を述べ、サウスハイランドの主要都市ヘストンベックへの転送魔法陣の使用を許可した。
 ヘストンベックに飛んだベリエスだが、転移を繰り返したため、魔力を消耗していた。その回復のため六時間ほど休憩した影響で、ブルートン到着がこの時間になった。
 魔力ポーションを使うという方法もあるが、彼ほどの魔力量の場合、一定量しか回復しないポーションはあまり役に立たない。

 普段なら日の出と共に開門され、近くの農村から農作物を運ぶ馬車で溢れているはずだが、今日に限ってはほとんど人通りがなかった。昨日のうちに近隣の農民が王都に避難しているためだ。
 その代わり警備の兵士が槍を構え、鋭い目つきで警戒を強めている。

 ベリエスは兵士たちに近づき、険しい表情で名乗った。

「魔王アンブロシウス陛下の家臣、ベリエスだ。グリーフ迷宮の件でランジー伯爵に話がしたい。至急取り次いでほしい」

 門の警備責任者の騎士はベリエスを見て判断に迷った。
 端正な顔と上品な服装の青年であり、貴族らしいということはすぐに分かった。
 しかし、内務卿という重職のランジー伯に馬車にも乗らず、従者すら連れていない人物を会わせるというのはあまりに常識から外れている。

 また、魔王の配下を王都に入れてもよいのかという点も判断に迷う原因だった。
 騎士にもハイランドに侵攻した魔王軍が引き上げたという情報は入っていたが、トーレス王国の対応方針までは知らされておらず、魔王国との関係がどのようになるのか不明なためだ。

 本来なら昨日のうちに魔王国との国交樹立に向けた交渉が始まるという発表があったはずだが、迷宮で発生したスタンピードにより、末端の下級騎士までその情報が下りてきていなかった。

 更に魔王軍に対し、援軍を要請したという情報も騎士には届いていなかった。
 これは国王を始め、王国政府の上層部に魔王軍は空からやってくるという思い込みがあったことと、早くても今日の午後であろうと考え、今から通知が出される手筈になっていたためだ。

 情報が全く入っていない騎士だったが、彼は頭からベリエスを拒むことをしなかった。ベリエスの只者ではない雰囲気を感じ、上役に確認すべきだと考えたのだ。

「しばしお待ちください。すぐに確認しますので」と言って、門の横にある詰所に案内しようとした。

「時は貴国にとって重要であろう。王宮の前で待たせてもらう」

 そう言って歩き始めた。
 いつものベリエスであれば、このような強引な方法は採らなかっただろう。しかし、彼自身、焦っていた。

 主君アンブロシウスは早ければ数時間後にここブルートンに到着する。その前にトーレス王に謁見し、今回の訪問理由と協力要請を受諾したことを伝えておき、更にグリーフ迷宮に先に飛び、状況を確認しなければならないためだ。

「しばし、しばしお待ちください! 王宮に伝令を走らせろ! 出迎えの馬車も用意させるのだ!」

 騎士が焦っていることにベリエスはようやく気づいた。そこでトーレス王国の対応が遅れていると直感した。

(対応し切れていないようだな。確かに迷宮の暴走は重大事だが、援軍の要請を送っておいて末端まで情報が伝わっていないとはお粗末な限りだ……)

 それでもここで揉めては更に時間が掛かると思い直す。また、トーレス王国の心証をよくするという主君の考えに合わないことも思い出した。

「ではここで待たせていただこう。だが、先ほども申したが、時は貴国にとってこそ貴重。可能な限り迅速に対応いただきたい」

 その言葉に騎士は安堵した。

 伝令はゴーレム馬を使って王宮に走った。一キロメートルほどの距離であり、数分ほどで到着したが、騎士団本部はグリーフへの援軍や王都に入った部隊の掌握などで混乱しており、なかなか情報を伝えられない。
 十分ほど駆けずり回って、何とか白騎士団の中隊長を見つけ、ベリエスが門にいることを伝えた。

「何! ベリエス殿が門にだと!」

 伝令の言葉を聞き、中隊長は焦った。
 彼にはベリエスが魔王の側近にして四天王と呼ばれる重要人物であることが知らされていたためだ。
 迎えの馬車を準備させ、自らランジー伯の下に向かう。

 しかし、王宮内も混乱を極め、国王の執務室にいるランジー伯になかなか取り次いでもらえない。何とか伝言だけが届けられたが、更に十分後だった。
 伝言を受け取ったランジー伯は国王に簡単に報告すると、自ら迎えにいくため、席を立った。

 その頃、ベリエスは苛立ちながら待ち続けていた。苛立ちのために殺気が漏れ出ており、兵士たちは怯えながら遠巻きに見ている。

 門に到着してから四十分近い時間が経った頃、ようやくトーレス王国の紋章が入ったゴーレム馬車が到着した。
 馬車からランジー伯が飛び出し、ベリエスの前で大きく頭を下げる。

「お待たせして申し訳ない」

「こちらこそ、先触れもなく訪れたことを謝罪する。しかし、今は一刻を争う。すぐにでもアヴァディーン陛下への謁見をお願いしたい」

「もちろんです」

 馬車に乗り込んだ後、ベリエスは魔王が先遣隊を率いていること、数時間後に到着すること、更に飛行部隊が本日中に到着することなどを説明していった。

 ランジーはその話を聞き、安堵する。

「助かりました。これで我が国は滅亡から救われます」

 ベリエスはゴウたちが何とかするだろうと考えていたが、そのことは口にせず、黙って頷いただけだった。

 王宮に入った後、すぐに国王の執務室に通される。

「よく来てくださった」とアヴァディーンはベリエスに近づき、両手を取った。

「本来ならば正式なご挨拶をさせていただくところではございますが、今は一刻を争う事態。このまま本題に入らせていただきます」

 アヴァディーンも頷き、椅子に座った。

「我が主君アンブロシウスは遅くとも本日の午後にはここブルートンに到着いたします。率いているのは四天王の一人、淫魔サキュバス族のウルスラとその配下の魔術師五十名ほどです。皆、レベル五百を超える魔術師であり、十分な戦力であると考えております……」

 ベリエスは要点を掻い摘んで説明していく。
 説明が終わると、アヴァディーンは感謝の言葉を伝えた後、

「別室を用意しているので、ゆっくりと休んでいただきたい」

「それには及びません。それがしはこれよりグリーフに転移し、主君のために情報収集を行いたいと考えておりますので」

 アヴァディーンはそれを了承し、転移魔法陣の使用を許可した。
 午前七時半頃、ベリエスは転送室に案内され、グリーフの迷宮管理局に飛んだ。

 迷宮管理局の転送室の職員に対し、ベリエスは自らの身分を明かした。
 魔王軍の幹部と名乗ったことに職員は驚くが、局長から王宮から転移してきた者は無条件で通すよう指示されており、すぐに転送室の扉を開ける。

 転送室を出たベリエスは「責任者と話がしたい」と伝える。

 職員は迷ったものの、緊急事態であることから、局長であるレイフ・ダルントンの下に案内した。

 その時、ダルントンは城壁の上で兵や探索者シーカーたちの指揮を執っていた。
 城壁内部の中庭ではオークの上位種が出口に殺到し、前衛部隊と死闘を繰り広げている。
 ベリエスはその様子を横目に見ながら、内心で溜息を吐いていた。

(オーク如きに苦戦しているとは……これでは小規模な迷宮の暴走すら止められぬ。トーレス王国の力はハイランドより低いと見て間違いない……)

 指揮を執るダルントンに余裕がなく、話し合いができる雰囲気ではなかった。

「少しばかり手伝おう」

 ベリエスはそう言うと、百本ほどの炎の矢を無詠唱で作り出すと、後方から攻撃や支援を続けるメイジやアーチャー、プリーストらオークの後衛に向けて無造作に放った。

 放たれた炎の矢は一瞬にして加速し、迷宮出口に殺到する。その無秩序な飛び方に味方ごと焼き尽くすのではないかとダルントンが思うほどだった。
 しかし、ベリエスの放った魔術は的確に敵だけに突き刺さった。

 その魔術の正確さと威力にダルントンだけでなく、城壁の上から支援を行っていた魔術師たちは言葉を失っていた。
 更に地上で戦っている兵たちも驚き、手が止まった。幸いなことにオークの前衛も同じように手を止めていたため、致命的な隙にはなっていない。

「これで話をする余裕ができたようだな」とベリエスがいうと、ダルントンは「ご助力感謝します」と頭を下げる。

「迷宮管理局長のレイフ・ダルントンです。お名前を聞かせていただけますかな」

 その名乗りに対し、ベリエスは鷹揚に頷くと、

「魔王アンブロシウス陛下の忠実なる家臣にして、魔王軍四天王の一人、“魔眼のベリエス”である。陛下の先触れとしてここに参った」

 ベリエスはあえて高圧的な態度を取った。本来なら友好的な雰囲気を作るべきだが、相手にその余裕がなく、実力を示した上で主導権を取った方が、話が早いと判断したのだ。

「魔王軍の幹部の方ですか。なるほど……」

 ダルントンはベリエスの実力が本物であり、魔王軍の幹部であると納得したが、ベリエスが話を進めさせろと言わんばかりに見つめていることに気づき慌てて頭を下げる。

「し、失礼いたしました。先触れと申されましたが、アンブロシウス陛下もこちらへ?」

「うむ。数時間後にはここに到着される予定だが、現在の状況を教えていただきたい」

 ダルントンはベリエスに加え、魔王本人まで来ると聞き、スタンピードの鎮静化に目途が立ったと内心で喜ぶ。

「ご覧の通り、二百階層までにいるオーク及びその上位種と戦っております。我々の予想では、あと二、三時間のうちに二百五十階層までの下級アンデッドが現れ、夕方には三百五十階層までの足の速い獣系の魔物が来ると予想しております」

「その後については?」

「今日の夜には魔物の流れは途切れるものと考えております」

「グリーフ迷宮は四百五十階層以上あると聞いているが、それより下の魔物は考えずともよいのはなぜかな」

「ブルートンにてお聞き及びと存じますが、二百階でゴウ・エドガー殿、ウィスティア・ドレイク殿が魔物を抑えてくれています。先ほど朝食を取りに来られた際に確認したところ、四百階層で現れるアンデッドと下級悪魔と戦っているとのことでしたが、まだまだ余裕があるとおっしゃっておられました」

「いずれにせよ、我らは間に合ったということかな」

「左様です。現状の戦力では心許無かったところですので、ベリエス殿が来てくださっただけでも非常に心強い。更にアンブロシウス陛下まで直々にお越しくださるとなれば、このスタンピードを制圧できることは間違いないでしょう」

 ベリエスはその言葉に頷きながら、ダルントンの言葉について考えていた。

(エドガー殿たちの力をこの者はどの程度把握しているのだろうか? 今の口振りからすると、五百階層以下の魔物に対しても充分だと考えている節があるが……)

 そう考え、どこまで把握しているかを確認するため、ゴウたちのことを質問する。

「エドガー殿たちは朝食を取りに来られたと言ったが、何度もここに戻って来られているのだろうか?」

「ええ。昨日の夕食から夜食、そして朝食と必ず取りに来ております。ずいぶん肉を集められたと笑っておいででした。恐らく正午前に昼食を取りに来られるはずです」

 ベリエスはダルントンの表情から、ゴウたちのレベルの高さを完全に把握していると認識した。
 そのため、ダルントンに対して友好的な対応に切り替える。

「さすがはエドガー殿とドレイク殿ですな」といい、

それがしでよろしければいつでも助力いたしましょう。遠慮せずに声を掛けていただきたい」

「助かります。オークはともかく、この後のアンデッドに対して魔術師の魔力が不安でしたので」

 ベリエスはその後、苦戦していると感じた時だけ援護を行った。自分があまり目立ちすぎると主君の印象が薄れると考えたためだ。

 ベリエス到着から二時間ほど経った頃、アンデッドが現れ始めた。現れたアンデッドは下級アンデッドに分類されるスケルトンやグールだった。

「スケルトンは前衛に任せる! 魔術師隊はグールを狙え!」

 ダルントンの命令に魔術師たちは魔術を放ち始めた。

(やはり魔術師たちの能力は低すぎるな。これではグールといえども数発当てねば倒せぬではないか。私が援護せねばならぬか……)

 グリーフに潜入していたベリエスはこの町にいる魔術師たちの能力を把握していた。また、王都から派遣された精鋭と呼ばれる者たちについても鑑定を行っており、その実力を見抜いていたが、実際に目の当たりにすると、力不足であると実感してしまう。

 しかし、彼の評価は辛すぎると言っていいだろう。
 確かに魔王軍の魔術師隊と比較すればレベルは低いが、援軍として来た魔術師たちはレベル三百を超えている。シーカーのランクで言えば、魔銀級ミスリルランクに当たり、トーレス王国では十分な実力として認められる精鋭たちだ。

 ベリエスは適宜援護を行いながら、魔王の到着を待った。

 正午前、グリーフの町の上空に五十を超える人影が現れた。
 魔王アンブロシウスが到着したのだ。

 魔王は四天王の“妖花ウルスラ”率いる魔術師隊と共に迷宮管理局の城壁に舞い降りた。そして、ベリエスに「状況を報告せよ」と命じた。
 ベリエスは魔王の前で片膝を突くと、簡潔に状況を報告した。

「ならば我らも少々手伝うとするか」といい、ベリエスの後ろに控えるダルントンに声を掛けた。

「アンブロシウスである。先ほど貴国の国王、アヴァディーン殿より直接の要請を受け、助力に参った。何か要望はあるか」

 ダルントンは「陛下の申し出、大変ありがたく存じます」と頭を下げた後、

「アンデッドの殲滅については我々で何とかいたしますゆえ、二百階で魔物を防いでおられるエドガー殿とドレイク殿の支援をお願いいたします」

 本来であれば、一度もグリーフ迷宮に入ったことがない魔王がいきなり二百階層に行くことはできない。しかし、スタンピード中はその制限がなくなり、どの階層にも転送魔法陣で行くことができる。

 これはすべての守護者ガーディアン門番ゲートキーパーの部屋の扉が開かれることと同じ原理で、階層ごとの障壁がなくなるためと考えられていた。
 そのことを魔王は知っていたが、別のことでダルントンの言葉に疑問を持った。

「うむ。だが、エドガー殿が支援を求めるとは思えぬのだが」

「恐らく問題ないと思われますが、一点だけ気になることがございます」

「それは何か」

「朝食までは時間通りに取りに来られたのですが、既に昼食の時間になっているにもかかわらず、未だに取りに来られません。さすがに手が離せなくなったのではないかと」

「なるほど。確かに数が増えればあの二人であっても手に余るかもしれぬな」

 そう言うと、ウルスラとベリエスに向かって、

「余が見てまいる。ウルスラよ、ここで指揮を執れ。ベリエスは補佐をせよ」

 その言葉にウルスラが驚く。

「陛下御自ら出向かれる必要はございませんわ。わらわにお命じになれば、エドガー殿のご様子を確認してまいります」

 同じようにベリエスも反対する。

「あのお二人が手を離せぬ状況でございます。まずは情報収集が専門の某にお命じください」

 魔王もさすがに一人では連絡もままならぬと考えた。

「余が行くのが一番ではあるが、供を連れていった方がよいことは確かだ」

 そして、ベリエスに対し、「供をせよ」と命じ、ウルスラに対しては待機を命じた。

「何かあればベリエスを伝令として送る。精鋭を選抜し、転送魔法陣の前で待機しておくのだ」

 ウルスラとベリエスはそれでも危険だと考えたが、魔王の目が反論を許さず、頭を下げるしかなかった。
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