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本編第四章:魔物暴走編

第六十八話「救援部隊」

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 四月二十九日の午前七時頃。
 迷宮の出口ではグラディス・レイボールド子爵率いる部隊とオークの上位種との死闘が行われていた。
 オークの上位種はウォーリア、アーチャー、メイジ、プリーストで、最上位種であるキングも姿を見せている。

 オークが現れ始めたのは午前五時頃。獣系や昆虫系の魔物を倒した直後に怒涛の如くオークの群れが襲い掛かってきた。

 それまでの戦いでは多くの負傷者を出したものの、戦力的にはほとんど減っていない。ここまで戦えたのはレイボールドの指揮能力と兵士や探索者シーカーたちが高い士気を保っていたからだ。

 この士気の高さはゴウたちに余裕があり、ゴーレムやミノタウロスなどの強敵が上がってこないと分かっていることが大きい要因だった。

 先ほどもウィスティアが朝食を取りに来たが、行き掛けの駄賃と言わんばかりにオークの一団を焼き払っている。
 更に彼女が掛けた「肉は必ず拾うのじゃぞ!」という言葉に、兵士やシーカーから笑いが沸き起こり、士気は更に上がったように見えた。

 しかし、戦闘開始から半日以上経ち、夜通し戦っていた兵たちの疲労はピークに達していた。五百人が一度に戦っていたわけではないが、魔物が強力になっていくに従い、対応できる兵やシーカーが限られてくる。

 シーカーであれば、レベル二百を超える白金級プラチナランク、レベル三百を超える魔銀級ミスリルランクが主体だが、プラチナランクはともかく、ミスリルランクのシーカーは五つのパーティ三十人しか迷宮外におらず、そのうち前線に立てる戦士は二十人もいない状況だ。

 幸い、王都から追加の増援があり、高レベルの戦士が増えている。そのため、何とか二百人ほどで四つの班を作り、交代で戦うことで対応していた。それでも耐久力の高いオークの上位種相手に苦戦を強いられている。

 まだ、戦死者の数はそれほど多くないが、これから更に疲労が蓄積していくことと、時間を追うごとに魔物が強力になることから、死傷者の数は一気に増大すると予想されていた。

「自分一人で倒そうと思うな! 弓兵と魔術師の援護を上手く使え!」

 レイボールドは自らも前線で剣を振るいながら命令を出し続けている。
 その顔には濃い疲労の色が見えるが、戦線を維持するためにほとんど休憩することなく、戦場に立ち続けているからだ。

 城壁の上には弓兵と魔術師がいるが、彼らも疲弊していた。特に魔術師は魔術の使い過ぎで疲弊しきっている。もちろん、事前に用意してある魔力ポーションによって、魔力MPは回復しているが、ポーションでは精神的な疲れまで取ってくれないためだ。

「魔術師は今のうちに休んでおけ! この後のアンデッドに対する切り札になるのだからな! 弓術士は魔術師の穴を埋めるのだ! 第三班、左後方のプリーストを狙え!……」

 迷宮管理局長のレイフ・ダルントンが声を張り上げながら命令を発し続けていた。

(そろそろ前線の兵を休ませねば、この後のアンデッドに対処できん。魔導飛空船で増援が届くが、五月雨式では指揮命令系統をその都度構築せねばならぬ……)

 王都ブルートンにあった三隻の魔導飛空船のうち、一隻はハイランドに救援を要請するため派遣され、残りの二隻が戦力の増強と住民の避難のためにフル稼働していた。

 その甲斐もあってグリーフの住民の避難はほぼ終わっている。
 しかし、周辺の農村の住民たちの避難が終わっておらず、魔導飛空船は休むことなく飛び続けていた。

(民を優先的に避難させるという陛下の方針は理解できるが、出口を突破されると不味いことになる……)

 これほど苦戦しているのはハイランド連合王国からの魔王襲来の報を受け、王国軍の多くがハイランドに向かったからだ。幸い、移動を開始してから一日しか経っておらず、五十キロメートルほどしか離れていないが、それでも戻ってくるのは今日の昼頃になる。

 魔導飛空船はグリーフで住民を乗せて王都にいき、そこで住民を下ろすと、今度は王都に戻ってきた部隊から精鋭が乗り込み、グリーフに戻るというサイクルで運用されていた。

 精鋭のみを抽出しているのは、一般の兵士を送り込んでも強力な魔物相手に狭い戦場では役に立たないためだ。しかし、階級も所属部隊もバラバラの状態であり、レイボールドの指揮下に入れる際、一々指揮命令系統を組み替えなければならなかった。

 戦力的に余裕があれば、人数が集まったところで一つの隊として作ればよいのだが、王都に戻る部隊自体が五月雨式に戻っているため、補充も同様にならざるを得ない。
 これが指揮を執るレイボールドとダルントンの大きな負担となっていた。

 ダルントンは魔導飛空船を使って各地に分散している精鋭だけを移動させる提案を行ったが、住民の避難が遅れることを理由に、国王によって却下されている。

 この国王の判断については王宮内でも異論が出ていた。
 迷宮の出口が突破された場合、魔物が無制限に外に出るため、広範囲かつ長期間にわたって被害が出る。

 そのため、住民の避難に魔導飛空船を使うより、遠方にいる王国軍の精鋭を早期にグリーフに送り込んだ方が安全ではないかという、ダルントンと同じ意見が出ていた。

 また、逆の意見として、グリーフ迷宮ほどの大規模な迷宮のスタンピードは抑えようがないため、軍を王都に戻して防備を固め、国家の体制を維持できるようにすべきであるという声もあった。

 これらに対し、国王アヴァディーンは毅然とした態度でこう答えた。

「民を守ることが余の務め。王家が残ったとしても、民を守れねば王が存在する意味はない。避難中の住民は迷宮から出てきた魔物だけでなく、野生の魔物や盗賊などに襲われる可能性が高いのだ。護衛の数が足りぬ以上、安全な移動手段である魔導飛空船を使うことは当然である」

 それに対しても反論があった。
 王都の守りが手薄な状況で避難民を受け入れても、この後に起きる魔物の襲撃に耐えられず、同じ結果になるというものだった。
 その意見に対してもアヴァディーンは理路整然と答えている。

「既にハイランド連合王国及び魔王国軍に援軍を要請している。連合王国からは精鋭の竜騎士団が駆け付けてくれるだろうし、魔王国軍は飛翔部隊が主であるから、一両日中には到着できる。一日だけ守り続ければ強力な増援が来るのだ。余も剣を取る。皆も死ぬ気で戦ってほしい」

 アヴァディーンが送った救援要請は二十九日の深夜にハイランド連合王国の王都ナレスフォードに届いており、ハイランド王フレデリックは直ちに竜騎士団の派遣を決めている。

 また、ナレスフォードに留まっていた魔王軍の四天王、“魔眼のベリエス”にも親書が渡され、ベリエスは直ちに転移魔術で魔王アンブロシウスの下に飛んでいる。
 アンブロシウスも要請に応えることを即座に決め、全軍の南下を命じた。

 竜騎士団は早ければ本日の正午頃に到着すると見られていたが、魔王軍の移動速度が分からず、アヴァディーンは最も楽観的な数字として“一両日”、すなわち、早ければ本日中、遅くとも明日五月一日には到着すると言ったのだ。

 魔王軍に関する予想はかなり正確な数字だった。
 ベリエスが魔王に追い付いた時、魔王軍はブルートンから北東七百キロメートルほどの位置にあった。一日に三百キロメートルは移動できることと精鋭だけを先行させれば、更に速度を上げられることから、四月三十日の夜には魔王本人がブルートンに到着する可能性が高かった。

 しかし、グリーフで指揮を執るダルントンには断片的な情報しか入らず、不安を抱いていた。

(増援の可能性はゼロではないが、来るとしてもハイランドの竜騎士くらいだろう。彼らは空にあってこその精鋭。地上の戦闘でどれほど期待できることか……)

 ダルントンは不安を隠して指揮を執り続けていた。

■■■

 魔王アンブロシウスがスタンピード発生を聞いたのは四月二十九日の深夜だった。
 昨日の精神的な疲労はまだ残っていたが、それでもゴウやウィスティアから離れられたことから顔色は普段通りに戻っていた。

 その日の行軍を終え、天幕で休んでいると、四天王の一人、魔眼のベリエスが現れた。

「至急お伝えしたき儀がございます」と言って片膝を突いて口上を述べる。

「何があった」

「先ほどトーレス王国よりハイランド王に対して救援要請がございました。グリーフ迷宮にてスタンピードが発生したとのことです」

「グリーフ迷宮でスタンピードだと! それは真か!」

 アンブロシウスも迷宮の暴走の危険性を十分に理解している。
 彼自身、千年以上辺境の地で暮らしており、スタンピードを何度も目の当たりにしていた。そのため、大陸最大の迷宮にそれが起きた場合、想像がつかないほど酷い結果になると戦慄したのだ。

「私が聞いた時には出口に到達していないとのことですが、夕方には到達する見込みとのことでしたので、今頃は戦闘になっている頃かと」

「で、トーレス王は我らに何か言ってきたのか」

「使者の口上ではございますが、この大陸に住む者すべてにとっての問題ゆえ、協力いただきたいとのことでした。その旨が書かれた親書だそうです」

 そう言ってトーレス王国の紋章が入った親書を手渡す。
 アンブロシウスはそれを開くと素早く目を通していく。

「……なるほど。エドガー殿とドレイク殿が対処するが、念のため、我らにも協力してほしいとある……」

 そこで護衛の妖魔デーモン族戦士に「ルートヴィヒら四天王を招集せよ。至急だ」と命じた。
 すぐに“魔将軍ルートヴィヒ”、“妖花ウルスラ”、“魔獣将ファルコ”の三人が魔王の天幕に集まった。

「集まってもらったのはベリエスが非常に重大な情報を持ってきたからだ」とそこで言葉を切った。
 ルートヴィヒらに視線を合わせた後、努めて落ち着いた口調で情報を告げる。

「トーレス王国のグリーフ迷宮でスタンピードが発生したそうだ」

「グリーフ迷宮でスタンピード……それは真でございましょうか。千年以上にわたり一度もその兆候すらなかったはずですが」とルートヴィヒが代表して疑問を口にする。

「偽りではなさそうだ。エドガー殿とドレイク殿がその対応を任されたそうだ」

「でしたら、わらわたちが行くことはないのではありませんか? あの方たちであれば、大陸最大の迷宮の暴走であっても容易に対処してしまうでしょうから」

 ウルスラの言葉にルートヴィヒとファルコが頷く。

「余もその考えに同意する。彼の豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターとその主なのだからな」

「では、どうなされるのでしょうか?」とベリエスが尋ねる。

「無論救援にいく」

「我々の力が不要であるにもかかわらず、救援に向かう目的を伺ってもよろしいでしょうか」

 ベリエスの問いに小さく頷くと、「目的は三つある。その一つ目だが」と言って指を一本立てる。

「トーレス王国とハイランド連合王国に我らが通商相手として相応しいと見せつつ、恩を売る。ハイランド王はある程度我らのことを理解したが、トーレス王は我らのことを全く知らぬ。彼らが危機的な状況と思っているこの機を使って、我らへの心証を少しでも良くしておくのだ」

「トーレス王国が我々を恐れようが何も変わらぬと思いますが」とルートヴィヒが質問する。

「それは違うな。トーレス王国は美食をもってエドガー殿とドレイク殿を味方につけた。トーレスの者たちが我らのことを悪く言えば、あの二人が心変わりするやもしれぬ。そうなった場合、我ら魔人族の命運は尽きる。それを未然に防ぐのだ」

「なるほど」

 全員が納得した後、更に指を一本立てた。

「二つ目の目的だが、この機にエドガー殿が魅了されたトーレスの美食を確かめたいと思っておる。ハイランドでも驚くほどの料理を食した。美食の都と呼ばれるブルートンならば、更に驚異的な料理を味わえるだろう」

「単に料理を楽しまれるわけではないことは分かるのですが……」とファルコが理解できないという顔をする。

「我らが目指すべき目標を確認するのだ。エドガー殿が我が領土を訪れた際に落胆されぬようにな」

 ベリエスが「なるほど」と大きく頷く。

「陛下が本物を知らねば、エドガー殿と話を合わせることもできませぬ。そうならぬようにどれほどの美食か、確認されるということですな」

「その通りだ。その際に闇森人族ダークエルフを送り込む修行先が見つかれば更に良い」

「それが三つ目の目的でしょうか」とルートヴィヒが尋ねる。

「違う。三つ目の目的は全く別だ」と言ってそれまでの笑みを消す。

「余がトーレス王国の救援のために駆け付けたという事実をエドガー殿に認識してもらうのだ。これが最大の目的と言っても過言ではない」

 ベリエスを除く三人は魔王の言っている意味が理解できない。それに気づいたベリエスが解説を行う。

「言い方は悪いですが、陛下が“改心された”とエドガー殿が考えることが重要なのです。トーレスを守るエドガー殿に助力するため、遠路はるばる駆け付けた。この事実により、害意がないことを証明すると陛下はお考えなのです」

「ベリエスの申す通りだ。エドガー殿は義理堅い性格だと見ている。余がトーレスを救うために数百キロもの距離を駆け付けたとなれば、悪い印象は持たぬだろう」

「ようやく分かりましたわ。ですから、エドガー殿だけなのですね。ドレイク殿であれば、その時の気分次第ですから、どれほど頑張ろうと意味はなさそうですから」

「その通りだ。それにドレイク殿はエドガー殿に心酔しておる。ドレイク殿がどれほど怒り狂っていてもエドガー殿が止めに入ってくれさえすればよいのだ。つまり、エドガー殿に我らが認められることが重要なのだ」

 四天王たちが納得したところでアンブロシウスは命令を発した。

「軍を二つに分ける。転移魔術が可能な魔術師隊と飛行部隊に分離する」といい、ルートヴィヒとファルコに指示を出す。

「ルートヴィヒは飛行部隊を率いてトーレスを目指せ。ファルコはその補佐をせよ」

「「ハッ!」」と二人は同時に頭を下げる。

「ウルスラは魔術師隊を率い、余と共にトーレスを目指す。連続転移が可能なものを至急集めよ」

「承りました」とウルスラは優雅に頭を下げた。

「ベリエスは急ぎナレスフォードに戻り、全軍で救援に向かうことをハイランド王に伝えよ。その後はハイランドの転移魔法陣を使い、ブルートンに先行し、トーレス王に伝えよ。余と魔術師隊は明日の午後には到着すると」

「ハッ!」

 四天王たちはそれぞれの任務を果たすため、魔王の天幕を出ていった。
 残された魔王は大きく息を吐き出した。

(またあの御仁たちと顔を合わせるのか……まあよい。あの方への対応も分かってきたことだしな……)
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