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本編第四章:魔物暴走編
第六十四話「駆除作業」
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四月二十九日の午後五時頃。
俺とウィズはグリーフ迷宮の二百階で魔物たちを駆除していた。戦闘というより、湧いてくる害虫の駆除作業をしている感覚だったのだ。
既に作業開始から二時間ほど経ち、五千以上の魔物を倒している。
しかし、上がってくる魔物は獣系の魔物が主体で、時折ゴーレム系が混じっている程度で代わり映えしない。
「どのくらい続くんだ? まだオーガやトロールの姿すら見えないが」
「一つの階層に千はおるからの。まあ、すべてが上がってくるとは思わぬが、一万や二万では終わらぬだろうの」
ここグリーフ迷宮は一階層が一平方キロメートルと結構な広さがある。その一階層に仮に千体の魔物がいるとしても、五十階層なら五万になる。ここでは五十階層ごとに魔物の種類が変わるから、五万体もの魔物がいることになる。
全体の一割が溢れ出てくるとしても五千体は倒さないと、別の種類の魔物にならないということだ。
今のところ一番効率の良い戦い方として、階段に魔物がある程度入ったところで、火魔術で焼き払っている。それでも一回当たり多くても五十体程度しか倒せない。
こうなるといつまでたっても終わらない気がする。
「二人で手分けした方が早く終わりそうなんだが、どうするかな」
「肉を拾うのは二人でやらねば面倒じゃぞ。これから増えるのじゃし」
獣系の魔物の中には肉を落とすグレートバイソンやコカトリスがいるため、結構な量の肉を得ている。その中には希少なブラックコカトリスやサンダーバードの肉もあった。
他のドロップ品には目もくれないウィズだが、肉だけは別で魔物を焼き殺した後に階段室に降りてきちんと回収している。
この肉を拾う作業だが、これが結構面倒だ。階段室で一気に焼き殺しているのだが、いちいち下りていって拾わなければならない。その間にも魔物は絶えず階段室に入ってくるから、それの対処も必要で、肉を拾う時だけは二人で作業している。
これからミノタウロスが上がってくるし、その先ではブラックコカトリスとサンダーバードも増えるから、肉の回収係が必要というのは納得できる。
「そろそろ腹が減ったの」と言ってきた。
「そう言えば、そろそろ弁当が届いているかもしれないな。今度は俺が行ってくるよ」
「うむ。ついでに肉用の収納袋も取ってきた方がよいの。ずいぶん溜まってきたのでな」
拾った肉は既に百近くあり、収納魔術に入れてあるが、持ち出す時に面倒なので、マジックバッグに移すことを提案してきた。
「了解だ。じゃあ、少しの間任せる」
そう言って転送魔法陣を起動する。
すぐに出口に転送されたが、兵士たちが溢れ返る昆虫系の魔物と死闘を繰り広げていた。
素通りすることもできたが、近くにいる魔物だけでも倒した方が楽になるだろうと手伝うことにした。
足を広げると三メートルほどになる巨大な蜘蛛、ジャイアントスパイダーが兵士の前に立ちふさがり攻撃を加えようとしていたため、真後ろから近づき、一気に斬り裂く。
更に毒針を持つ蟻、ポイズンアントが十匹ほど群れを成して前線に向かっていたので、その中に飛び込み、すべて一太刀で両断し排除する。
三十秒ほどで出口に殺到していた魔物を駆除し、「お疲れ様です」と兵士たちを指揮する白騎士団の団長グラディス・レイボールド子爵に声を掛ける。その顔には汗が浮いていたので、彼自身も攻撃に参加していたようだ。
「下はいかがですかな」と聞いてきたので、
「順調ですよ。五千くらいは倒したと思います」
「五千ですか……」とレイボールドは絶句するが、すぐに立ち直り、
「弁当を取りに来られたのですか」と聞いてきた。
「まだ二百五十から三百五十階の魔物ばかりなので今のうちに休憩しておこうと思いまして。この後、ミノタウロスが上がってくると肉を拾う作業が増えますから」
「肉を拾う作業……」と再び絶句される。
絶句されたがそれを無視して話していく。
「それから肉を保管するためのマジックバッグが必要なんですが、三十個ほど借りていけますか」
「も、問題ありませんが……ドロップ品を拾う余裕がおありなのですか」
「いえいえ、拾うのは肉だけですよ。大きなドロップ品は邪魔なので拾うか、端の方に寄せていますが」
ドロップ品は一定時間経過すると、自動的に迷宮に吸収されるため、溜まり続けることはないが、俺たちの殲滅速度が速すぎて足場が確保できなくなる。肉を拾いにいかなければ問題ないのだが、ウィズが取りづらいというので片づけている。但し、この作業は手伝ってくれない。
守備隊の兵士、エディ・グリーンが「弁当の入ったマジックバッグです」と言って渡してくれる。
受け取りながら、「どこで作ってもらった弁当ですか?」と聞くと、
「カールさんの“探索者たちの台所”で作ってもらったそうです。時間がなかったのでミノタウロスの上位種のステーキとビーフシチューにパンだけになったと聞いています。もちろん、ワインは付いていますよ」
「それはよかった」
「カールさんから伝言がありました。夜食は変わったものを用意している。楽しみにしておけとのことです」
「夜食も作ってもらえるんですか! それは楽しみだな」
「夜食は二十二時くらいに届くそうです」
そんな話をしていると、「マジックバッグをどうぞ」と言って兵士の一人が渡してくれた。
マジックバッグは一つだが、中に三十ほど入っているらしい。ちなみに中身が入っているマジックバッグを入れると、その中の容量分が一番外のバッグにカウントされるため、持ち出す時はまとめることができない仕様になっている。
「肉が大量に手に入りますから、終わった後に盛大に食べましょう。恐らくトン単位で集まるはずですから、全員の分があるはずです」
疲れが出て始めている兵士やシーカーたちがその言葉に「オオ!」と声を上げる。
少しは士気が上がればと思ったが、思った以上に効果があったようだ。
それを確認した後、「では、行ってきます」と言って転送魔法陣に向かった。
二百階に戻ると、ウィズが退屈そうにゴーレムを風魔術で切り刻んでいた。
「ゴーレムばかりになった」
「ちょうどよかった。肉を拾う手間がないなら、弁当を食える」
「そうじゃな」といいながらドシンドシンという重い足音を立てて上がってくるアイアンゴーレムに魔術を放つ。
「ゴーレムだけなら階段の出口で足止めできるな」
「足止めなどしてどうするのじゃ?」
「ゴーレムの幅は階段の半分ほどある。横を抜けようとしても前の奴が邪魔になって立ち止まらざるを得ない。後の奴が階段に溜まり続けるから、そこで先頭のゴーレムを下に蹴落とせば、雪崩を起こして落ちていくはずだ。そうすれば立ち上がるまでに時間がかかるから、ある程度ゆっくり弁当が食える」
「なるほど。それはよい考えじゃ。では、我が足止めしておくゆえ、そなたは弁当の準備を頼むぞ」
そう言うと階段の一番上で立つ。
先頭はストーンゴーレムだった。立ちはだかるウィズに対し、腕を振り下ろすように叩きつける。
ウィズは細腕で自分の胴体より太いゴーレムの拳を受け止めた。
「その程度の力では我を潰すことなどできぬぞ」と笑う。
ゴーレムは腕を引き戻そうとするが、ウィズの魔術によって腕を抑えられ、もがくことしかできない。反対側の腕を振り下ろそうとしたが、それはウィズの魔術によって吹き飛ばされ、ゴーレムはその場で立ち往生した。
後ろから上がってくるゴーレムが強引に前のゴーレムを押すが、始祖竜のウィズの筋力に敵うはずもなく、階段室にゴーレムが溜まっていった。
その間に俺の方の準備が終わった。
「そろそろいいんじゃないか。先頭の奴の足を叩き折っておくと時間が稼げるかもしれないな」
「うむ」と答えると、ゴーレムを抑えたまま両膝を魔術で切断する。ゴーレムがバランスを崩したところで、「しばらくもがいておれ」といいながら、ゴーレムの身体を押した。
次の瞬間、ガラガラという積んだ石や金属が崩れ落ちるような大きな音が響く。
「上手くいったようじゃ」
その言葉を聞き、下を覗き込むと、三十体近いゴーレムが将棋倒しになって折り重なっていた。さすがに耐久力があるだけあり、この程度では完全に破壊できないが、その分、立ち上がるのに時間が掛かりそうで、弁当を食べる時間は確保できそうだ。
階段内が見える場所に陣取り、弁当を取り出す。
「何が入っておるのじゃ?」と緊張感の欠片もないウィズが取り出した籐の籠を覗き込む。
「ミノタウロスの上位種のステーキとビーフシチューだそうだ。それにパンとワインが付いているらしい」
説明しながらワインのボトルを取り出す。メモが入っており、そこにはトーレス王国の南西部にあるウィスタウィックという港町近くのワイナリーの五年物と書いてあった。
「初めてのワインだ……色は結構濃いな……」
グラスに注ぐと、濃いルビー色でスペインのテンプラニーリョを使った赤ワインに近い感じだ。
ウィズにグラスを渡しながら香りを嗅ぐ。
「香りもいいな。甘い果物のような爽やかな甘い香りだ」
「味もよいの。渋みが少ないし、舌触りが良い」
「確かにそうだな。それにしてもうるさいな」
階段の下でもがくゴーレムたちの出す音が工事現場のようで耳障りだ。しかし、ここで倒してしまうとせっかくの時間稼ぎが無駄になる。
「料理を早う出してくれぬか」とウィズがせっついてきた。
ワインとは別の籠からアツアツの蓋付の鍋と皿を取り出す。鍋は二つあり、ステーキとシチューが入っているようだ。
皿も温められており、冷めないように工夫してあった。
皿の上に一口サイズに切ったステーキを載せていく。
「よい香りじゃな。どれどれ」と言いながら、フォークに突き刺して口に運ぶ。
俺も同じように肉を頬張る。
ソースは赤ワインとビネガーを使った少し甘酸っぱい爽やか感じのものだ。
チャンピオンではないが、繊細な食感と脂のコク、肉の旨味が絶妙だ。
「本当に美味いな。バーベキューもよかったが、きちんと料理してくれた方が美味いな」
「うむ。我はあれも好きじゃがな」
そんなことを話しながらワインを口に含む。
果実感が肉の旨味と合わさり、ソースの香りを何倍にも引き上げてくれる。
「これはよいの。さすがはカールじゃ」
その後、ビーフシチューにも手を出すが、さすがにその頃になるとゴーレムたちが復活して上ってくる。
「無粋な奴らじゃ」と言ってビーフシチューに浸したパンを頬張りながら魔術を放つ。
「もう少しゆっくり味合わせてほしいものだ」と言いながら、俺もワインを口に含みながら魔術を放つ。
パンをもう一つ取り出そうと籠を覗き込むと、もう一枚メモがあった。
そこには“戦っているシーカーや兵士に美味い料理を食わせてやりたいから、預かっているミノタウロスなどの肉を使わせてもらった”とあり、更に一生かけて弁償するとも書かれていた。
「別に勝手に使ってくれてもいいんだがな」
「そうじゃな。皆も美味いものを食いたかろう」
「カールさんに伝言してもらうように行ってくる。肉は今から手に入るから気にせず使ってくれと」
「うむ。それがよい」
この場をウィズに任せ、再び出口に向かった。
■■■
ゴウが転送魔法陣から消えた直後、迷宮出口の前線で指揮を執る白騎士団団長、グラディス・レイボールドはゴウの異常な戦闘力に驚きを隠せなかった。
(確かにジャイアントスパイダーもポイズンアントもレベル百を超えた程度の弱い魔物に過ぎない。私でも一太刀で倒すことは可能だ。しかし一瞬で十体を葬り、更に一分と掛けずに五十体の魔物を倒している。私には絶対に不可能だ……)
レイボールドもレベル三百五十を超える剣士であり、二百以上のレベル差があるため、苦戦することはない。しかし、昆虫系の魔物は胴体が断ち切られても動き回れるほど生命力が強い。確実に急所を貫くか、文字通り真っ二つにしなければ即死させることは難しい。
(それ以上にあの動きは異常だ。私の目でも全く追えないほどの速度だった……達人が使う縮地だと思うのだが、私が見たことがあるスキルとは全く違った。別のスキルなのだろうか……)
“縮地”というスキルは修得することが難しいものの、軽戦士と呼ばれるスピードを重視するスタイルの者なら習得は可能だ。もちろん、初級スキルである“心得”を極め、中級スキルである“極意”に達する必要はある。
レイボールド自身は大型の剣を使う重戦士に近いため、習得していないが、それでも修行中に何度も縮地というスキルは見ていた。
しかし、彼が今まで見たものとは全く次元が違った。
彼の常識では、縮地とは数メートルの間合いを一瞬にして詰めるスキルであり、流れるように連続して使うものではない。しかし、ゴウは剣を振る時以外は目で追えないほどのスピードで動いていた。
レイボールドが“縮地”と思っていたのは、単なる移動だった。
但し、一般の戦士の一万倍という敏捷性に加え、“疾風迅雷”という特殊スキルと“上忍”の称号による効果から、“縮地”と見まがうばかりの移動に見えていたのだ。
(あれほどの達人が存在するとは思ってもみなかった……今になって陛下のお考えが分かった。恐らくドレイク殿も同じ程度の力を持っている。ならば、二人に下層の魔物を任せ、我らが上層の魔物を外に出さぬようにすれば、この危機を乗り越えられる……)
レイボールドと同じことを出口で戦っている者すべてが感じていた。
そのため、ゴウが立ち去った後はそれまでの悲壮な表情が消えていた。彼が魔物を一時的に減らしたことで余裕が出たこともあるが、いつも通りの“肉収集狂”の姿を見て安心したことも大きい。
「肉収集狂にあれほど余裕があるんだ。ゴーレムやオーガが来ないなら、俺たちにもやりようはある」
ゴウたちのことを知らない白騎士団の兵士は別の意味でも感心していた。
「ミノタウロスの上位種の肉なんて王族方しか食べられない高級食材なはずだ。それを全員に振舞うなんて、太っ腹な人だな」
士気が上がった兵士やシーカーはその後も順調に魔物を倒していった。
そこに再びゴウが現れた。先ほどと同じように出口にいる魔物をすべて倒した後、笑顔で近づいてきた。
レイボールドが不審に思って声を掛けようとすると、機先を制するかのように一枚の紙を渡しながら説明を始めた。
「夕食の弁当の籠の中にこんなメモが入っていたんです。シーカーズダイニングのカールさんが皆さんのためにミノタウロスの上位種の肉で料理を作りたいとおっしゃっているので、遠慮せずに使ってくださいと伝えてください」
「それを言いにわざわざ?」
「ええ、弁償すると書いてあるのですが、結構な値段ですからカールさんも気にされるんじゃないかと思いまして。料理人には料理に集中していただきたいので」
「そ、そうなのですか……」
「カールさんに先ほどのことをお伝えください。では」
そう言って再び消えていった。
レイボールドは茫然とそれを見送った。
(それにしても緊張感がない方だ。今がスタンピード中だと忘れてしまいそうだ……だが、これでまた兵たちの士気が上がった。それを狙ったわけではないことは分かっているが、ありがたいことだ……)
心の中でゴウに頭を下げると、戦っている兵士たちに声を掛ける。
「エドガー殿がおっしゃった通り、今日の夕食は豪華になりそうだ! 彼らのように酒を飲ませるわけにはいかないが、楽しみにしておけ!」
その言葉に兵士やシーカーたちから再び歓声が上がった。
俺とウィズはグリーフ迷宮の二百階で魔物たちを駆除していた。戦闘というより、湧いてくる害虫の駆除作業をしている感覚だったのだ。
既に作業開始から二時間ほど経ち、五千以上の魔物を倒している。
しかし、上がってくる魔物は獣系の魔物が主体で、時折ゴーレム系が混じっている程度で代わり映えしない。
「どのくらい続くんだ? まだオーガやトロールの姿すら見えないが」
「一つの階層に千はおるからの。まあ、すべてが上がってくるとは思わぬが、一万や二万では終わらぬだろうの」
ここグリーフ迷宮は一階層が一平方キロメートルと結構な広さがある。その一階層に仮に千体の魔物がいるとしても、五十階層なら五万になる。ここでは五十階層ごとに魔物の種類が変わるから、五万体もの魔物がいることになる。
全体の一割が溢れ出てくるとしても五千体は倒さないと、別の種類の魔物にならないということだ。
今のところ一番効率の良い戦い方として、階段に魔物がある程度入ったところで、火魔術で焼き払っている。それでも一回当たり多くても五十体程度しか倒せない。
こうなるといつまでたっても終わらない気がする。
「二人で手分けした方が早く終わりそうなんだが、どうするかな」
「肉を拾うのは二人でやらねば面倒じゃぞ。これから増えるのじゃし」
獣系の魔物の中には肉を落とすグレートバイソンやコカトリスがいるため、結構な量の肉を得ている。その中には希少なブラックコカトリスやサンダーバードの肉もあった。
他のドロップ品には目もくれないウィズだが、肉だけは別で魔物を焼き殺した後に階段室に降りてきちんと回収している。
この肉を拾う作業だが、これが結構面倒だ。階段室で一気に焼き殺しているのだが、いちいち下りていって拾わなければならない。その間にも魔物は絶えず階段室に入ってくるから、それの対処も必要で、肉を拾う時だけは二人で作業している。
これからミノタウロスが上がってくるし、その先ではブラックコカトリスとサンダーバードも増えるから、肉の回収係が必要というのは納得できる。
「そろそろ腹が減ったの」と言ってきた。
「そう言えば、そろそろ弁当が届いているかもしれないな。今度は俺が行ってくるよ」
「うむ。ついでに肉用の収納袋も取ってきた方がよいの。ずいぶん溜まってきたのでな」
拾った肉は既に百近くあり、収納魔術に入れてあるが、持ち出す時に面倒なので、マジックバッグに移すことを提案してきた。
「了解だ。じゃあ、少しの間任せる」
そう言って転送魔法陣を起動する。
すぐに出口に転送されたが、兵士たちが溢れ返る昆虫系の魔物と死闘を繰り広げていた。
素通りすることもできたが、近くにいる魔物だけでも倒した方が楽になるだろうと手伝うことにした。
足を広げると三メートルほどになる巨大な蜘蛛、ジャイアントスパイダーが兵士の前に立ちふさがり攻撃を加えようとしていたため、真後ろから近づき、一気に斬り裂く。
更に毒針を持つ蟻、ポイズンアントが十匹ほど群れを成して前線に向かっていたので、その中に飛び込み、すべて一太刀で両断し排除する。
三十秒ほどで出口に殺到していた魔物を駆除し、「お疲れ様です」と兵士たちを指揮する白騎士団の団長グラディス・レイボールド子爵に声を掛ける。その顔には汗が浮いていたので、彼自身も攻撃に参加していたようだ。
「下はいかがですかな」と聞いてきたので、
「順調ですよ。五千くらいは倒したと思います」
「五千ですか……」とレイボールドは絶句するが、すぐに立ち直り、
「弁当を取りに来られたのですか」と聞いてきた。
「まだ二百五十から三百五十階の魔物ばかりなので今のうちに休憩しておこうと思いまして。この後、ミノタウロスが上がってくると肉を拾う作業が増えますから」
「肉を拾う作業……」と再び絶句される。
絶句されたがそれを無視して話していく。
「それから肉を保管するためのマジックバッグが必要なんですが、三十個ほど借りていけますか」
「も、問題ありませんが……ドロップ品を拾う余裕がおありなのですか」
「いえいえ、拾うのは肉だけですよ。大きなドロップ品は邪魔なので拾うか、端の方に寄せていますが」
ドロップ品は一定時間経過すると、自動的に迷宮に吸収されるため、溜まり続けることはないが、俺たちの殲滅速度が速すぎて足場が確保できなくなる。肉を拾いにいかなければ問題ないのだが、ウィズが取りづらいというので片づけている。但し、この作業は手伝ってくれない。
守備隊の兵士、エディ・グリーンが「弁当の入ったマジックバッグです」と言って渡してくれる。
受け取りながら、「どこで作ってもらった弁当ですか?」と聞くと、
「カールさんの“探索者たちの台所”で作ってもらったそうです。時間がなかったのでミノタウロスの上位種のステーキとビーフシチューにパンだけになったと聞いています。もちろん、ワインは付いていますよ」
「それはよかった」
「カールさんから伝言がありました。夜食は変わったものを用意している。楽しみにしておけとのことです」
「夜食も作ってもらえるんですか! それは楽しみだな」
「夜食は二十二時くらいに届くそうです」
そんな話をしていると、「マジックバッグをどうぞ」と言って兵士の一人が渡してくれた。
マジックバッグは一つだが、中に三十ほど入っているらしい。ちなみに中身が入っているマジックバッグを入れると、その中の容量分が一番外のバッグにカウントされるため、持ち出す時はまとめることができない仕様になっている。
「肉が大量に手に入りますから、終わった後に盛大に食べましょう。恐らくトン単位で集まるはずですから、全員の分があるはずです」
疲れが出て始めている兵士やシーカーたちがその言葉に「オオ!」と声を上げる。
少しは士気が上がればと思ったが、思った以上に効果があったようだ。
それを確認した後、「では、行ってきます」と言って転送魔法陣に向かった。
二百階に戻ると、ウィズが退屈そうにゴーレムを風魔術で切り刻んでいた。
「ゴーレムばかりになった」
「ちょうどよかった。肉を拾う手間がないなら、弁当を食える」
「そうじゃな」といいながらドシンドシンという重い足音を立てて上がってくるアイアンゴーレムに魔術を放つ。
「ゴーレムだけなら階段の出口で足止めできるな」
「足止めなどしてどうするのじゃ?」
「ゴーレムの幅は階段の半分ほどある。横を抜けようとしても前の奴が邪魔になって立ち止まらざるを得ない。後の奴が階段に溜まり続けるから、そこで先頭のゴーレムを下に蹴落とせば、雪崩を起こして落ちていくはずだ。そうすれば立ち上がるまでに時間がかかるから、ある程度ゆっくり弁当が食える」
「なるほど。それはよい考えじゃ。では、我が足止めしておくゆえ、そなたは弁当の準備を頼むぞ」
そう言うと階段の一番上で立つ。
先頭はストーンゴーレムだった。立ちはだかるウィズに対し、腕を振り下ろすように叩きつける。
ウィズは細腕で自分の胴体より太いゴーレムの拳を受け止めた。
「その程度の力では我を潰すことなどできぬぞ」と笑う。
ゴーレムは腕を引き戻そうとするが、ウィズの魔術によって腕を抑えられ、もがくことしかできない。反対側の腕を振り下ろそうとしたが、それはウィズの魔術によって吹き飛ばされ、ゴーレムはその場で立ち往生した。
後ろから上がってくるゴーレムが強引に前のゴーレムを押すが、始祖竜のウィズの筋力に敵うはずもなく、階段室にゴーレムが溜まっていった。
その間に俺の方の準備が終わった。
「そろそろいいんじゃないか。先頭の奴の足を叩き折っておくと時間が稼げるかもしれないな」
「うむ」と答えると、ゴーレムを抑えたまま両膝を魔術で切断する。ゴーレムがバランスを崩したところで、「しばらくもがいておれ」といいながら、ゴーレムの身体を押した。
次の瞬間、ガラガラという積んだ石や金属が崩れ落ちるような大きな音が響く。
「上手くいったようじゃ」
その言葉を聞き、下を覗き込むと、三十体近いゴーレムが将棋倒しになって折り重なっていた。さすがに耐久力があるだけあり、この程度では完全に破壊できないが、その分、立ち上がるのに時間が掛かりそうで、弁当を食べる時間は確保できそうだ。
階段内が見える場所に陣取り、弁当を取り出す。
「何が入っておるのじゃ?」と緊張感の欠片もないウィズが取り出した籐の籠を覗き込む。
「ミノタウロスの上位種のステーキとビーフシチューだそうだ。それにパンとワインが付いているらしい」
説明しながらワインのボトルを取り出す。メモが入っており、そこにはトーレス王国の南西部にあるウィスタウィックという港町近くのワイナリーの五年物と書いてあった。
「初めてのワインだ……色は結構濃いな……」
グラスに注ぐと、濃いルビー色でスペインのテンプラニーリョを使った赤ワインに近い感じだ。
ウィズにグラスを渡しながら香りを嗅ぐ。
「香りもいいな。甘い果物のような爽やかな甘い香りだ」
「味もよいの。渋みが少ないし、舌触りが良い」
「確かにそうだな。それにしてもうるさいな」
階段の下でもがくゴーレムたちの出す音が工事現場のようで耳障りだ。しかし、ここで倒してしまうとせっかくの時間稼ぎが無駄になる。
「料理を早う出してくれぬか」とウィズがせっついてきた。
ワインとは別の籠からアツアツの蓋付の鍋と皿を取り出す。鍋は二つあり、ステーキとシチューが入っているようだ。
皿も温められており、冷めないように工夫してあった。
皿の上に一口サイズに切ったステーキを載せていく。
「よい香りじゃな。どれどれ」と言いながら、フォークに突き刺して口に運ぶ。
俺も同じように肉を頬張る。
ソースは赤ワインとビネガーを使った少し甘酸っぱい爽やか感じのものだ。
チャンピオンではないが、繊細な食感と脂のコク、肉の旨味が絶妙だ。
「本当に美味いな。バーベキューもよかったが、きちんと料理してくれた方が美味いな」
「うむ。我はあれも好きじゃがな」
そんなことを話しながらワインを口に含む。
果実感が肉の旨味と合わさり、ソースの香りを何倍にも引き上げてくれる。
「これはよいの。さすがはカールじゃ」
その後、ビーフシチューにも手を出すが、さすがにその頃になるとゴーレムたちが復活して上ってくる。
「無粋な奴らじゃ」と言ってビーフシチューに浸したパンを頬張りながら魔術を放つ。
「もう少しゆっくり味合わせてほしいものだ」と言いながら、俺もワインを口に含みながら魔術を放つ。
パンをもう一つ取り出そうと籠を覗き込むと、もう一枚メモがあった。
そこには“戦っているシーカーや兵士に美味い料理を食わせてやりたいから、預かっているミノタウロスなどの肉を使わせてもらった”とあり、更に一生かけて弁償するとも書かれていた。
「別に勝手に使ってくれてもいいんだがな」
「そうじゃな。皆も美味いものを食いたかろう」
「カールさんに伝言してもらうように行ってくる。肉は今から手に入るから気にせず使ってくれと」
「うむ。それがよい」
この場をウィズに任せ、再び出口に向かった。
■■■
ゴウが転送魔法陣から消えた直後、迷宮出口の前線で指揮を執る白騎士団団長、グラディス・レイボールドはゴウの異常な戦闘力に驚きを隠せなかった。
(確かにジャイアントスパイダーもポイズンアントもレベル百を超えた程度の弱い魔物に過ぎない。私でも一太刀で倒すことは可能だ。しかし一瞬で十体を葬り、更に一分と掛けずに五十体の魔物を倒している。私には絶対に不可能だ……)
レイボールドもレベル三百五十を超える剣士であり、二百以上のレベル差があるため、苦戦することはない。しかし、昆虫系の魔物は胴体が断ち切られても動き回れるほど生命力が強い。確実に急所を貫くか、文字通り真っ二つにしなければ即死させることは難しい。
(それ以上にあの動きは異常だ。私の目でも全く追えないほどの速度だった……達人が使う縮地だと思うのだが、私が見たことがあるスキルとは全く違った。別のスキルなのだろうか……)
“縮地”というスキルは修得することが難しいものの、軽戦士と呼ばれるスピードを重視するスタイルの者なら習得は可能だ。もちろん、初級スキルである“心得”を極め、中級スキルである“極意”に達する必要はある。
レイボールド自身は大型の剣を使う重戦士に近いため、習得していないが、それでも修行中に何度も縮地というスキルは見ていた。
しかし、彼が今まで見たものとは全く次元が違った。
彼の常識では、縮地とは数メートルの間合いを一瞬にして詰めるスキルであり、流れるように連続して使うものではない。しかし、ゴウは剣を振る時以外は目で追えないほどのスピードで動いていた。
レイボールドが“縮地”と思っていたのは、単なる移動だった。
但し、一般の戦士の一万倍という敏捷性に加え、“疾風迅雷”という特殊スキルと“上忍”の称号による効果から、“縮地”と見まがうばかりの移動に見えていたのだ。
(あれほどの達人が存在するとは思ってもみなかった……今になって陛下のお考えが分かった。恐らくドレイク殿も同じ程度の力を持っている。ならば、二人に下層の魔物を任せ、我らが上層の魔物を外に出さぬようにすれば、この危機を乗り越えられる……)
レイボールドと同じことを出口で戦っている者すべてが感じていた。
そのため、ゴウが立ち去った後はそれまでの悲壮な表情が消えていた。彼が魔物を一時的に減らしたことで余裕が出たこともあるが、いつも通りの“肉収集狂”の姿を見て安心したことも大きい。
「肉収集狂にあれほど余裕があるんだ。ゴーレムやオーガが来ないなら、俺たちにもやりようはある」
ゴウたちのことを知らない白騎士団の兵士は別の意味でも感心していた。
「ミノタウロスの上位種の肉なんて王族方しか食べられない高級食材なはずだ。それを全員に振舞うなんて、太っ腹な人だな」
士気が上がった兵士やシーカーはその後も順調に魔物を倒していった。
そこに再びゴウが現れた。先ほどと同じように出口にいる魔物をすべて倒した後、笑顔で近づいてきた。
レイボールドが不審に思って声を掛けようとすると、機先を制するかのように一枚の紙を渡しながら説明を始めた。
「夕食の弁当の籠の中にこんなメモが入っていたんです。シーカーズダイニングのカールさんが皆さんのためにミノタウロスの上位種の肉で料理を作りたいとおっしゃっているので、遠慮せずに使ってくださいと伝えてください」
「それを言いにわざわざ?」
「ええ、弁償すると書いてあるのですが、結構な値段ですからカールさんも気にされるんじゃないかと思いまして。料理人には料理に集中していただきたいので」
「そ、そうなのですか……」
「カールさんに先ほどのことをお伝えください。では」
そう言って再び消えていった。
レイボールドは茫然とそれを見送った。
(それにしても緊張感がない方だ。今がスタンピード中だと忘れてしまいそうだ……だが、これでまた兵たちの士気が上がった。それを狙ったわけではないことは分かっているが、ありがたいことだ……)
心の中でゴウに頭を下げると、戦っている兵士たちに声を掛ける。
「エドガー殿がおっしゃった通り、今日の夕食は豪華になりそうだ! 彼らのように酒を飲ませるわけにはいかないが、楽しみにしておけ!」
その言葉に兵士やシーカーたちから再び歓声が上がった。
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しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
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あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
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小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。
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