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本編第四章:魔物暴走編
第六十三話「スタンピード」
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俺たちはグリーフ迷宮管理局の管理官、エリック・マーローと共に王都ブルートンの王宮にある転送魔法陣のある部屋に向かっている。
グリーフ迷宮で魔物暴走が発生したという情報が入り、国王から直々に対処してほしいと依頼されたためだ。
「どのくらい時間的な余裕があると思いますか」とマーローに聞くと、
「あと一時間もすれば、出口から魔物が溢れてくると思われますが、最初は上層の大ネズミや大爪鳥が主ですし、オークの上位種が出てくるまでの半日程度なら問題なく抑え込めると思います」
「そうですか。どの魔物から問題になりますか?」
「やはり魔術や特殊な武器しか効かないアンデッド系でしょうか。金級以下のシーカーはアンデッドに対抗できる手段をほとんど持っていませんから。それとその後に続くゴーレム系も厄介です。耐久力がある分、倒すのに時間が掛かると、敷地の中が魔物で溢れることになりかねません」
ゴールドランクはレベル二百以下で、オーククラスの魔物と一対一で戦える能力を持つが、アンデッドがいる階層に辿り着いていない。そのため、アンデッドに有効なミスリル製の武器や強力な魔術が使えず、アンデッドに対してはほぼ無力となる。
ゴーレム系は動きこそ鈍いものの、耐久力と防御力に優れている。通常は打撃系の武器で時間を掛けて倒すのだが、剣や槍などを使うシーカーにとっては武器の破損のリスクがある。また、武器を打撃系に切り替えたとしても、慣れない武器を使うことになるため、倒すまでの時間が更に長くなり、押し切られる可能性が高い。
「そう言えば、最上級のフレイザーさんたちはどうなっているんですか?」
フレイザーは竜人族の魔導剣士で、六人パーティのリーダーだ。俺たちを除けば、彼のパーティが唯一のブラックランクであり、戦力としては貴重だ。
「彼らは今日迷宮から出る予定なのですが、私が出発するまでには戻っていませんでした。運が良ければ脱出していると思うのですが、微妙なところです」
他にも魔銀級のパーティが何組か迷宮に入ったままだが、運よく入っていなかったパーティは既に招集済みとのことだった。
転送室に到着すると、すぐにグリーフに転移する。
王宮では行われた暗黒魔術の影響の検査は行われず、装備を整えると、迷宮の出入管理所に向かった。
出入管理所には青ざめた顔のエディ・グリーンがいた。
「ゴウさん、ウィズさん……」
「何をしけた顔をしておるのじゃ。我らが来たのじゃ。何も心配することはない」
「はい……」というものの、表情は暗いままだ。
「我らは二百階で魔物を倒してくるが、恐らく大量に肉を手に入れるはずじゃ。いつもより大仕事になるから覚悟しておくのじゃ」
「ウィズの言う通りですよ。それにサンダーバードもミノタウロスチャンピオンも一緒に食べに行っていないですから、仕事が終わったら行きましょう。ミノタウロスチャンピオンですが、ハイランドで食べましたけど、物凄く美味い肉でしたよ」
俺の言葉に弱々しいが笑みが漏れる。
「お二人がそうおっしゃるなら大丈夫な気がしてきました。では、お気をつけて」
「うむ。我らよりそなたの方が心配じゃがな」と言ってウィズは笑った。
俺たちが転送魔法陣に入ろうとした時、管理局長のレイフ・ダルントンと白騎士団の団長グラディス・レイボールド子爵がやってきた。
ダルントンが「よろしくお願いします」と言って大きく頭を下げ、
「ですが、無理はなさらないでください。危険を感じたらすぐに撤退してくださっても構いませんので」と付け加える。
「我ら騎士団もおります。局長の言う通り、無理だけはなさらぬように」と騎士団長も言ってきた。
「分かりました。私たちもこんなところで死ぬ気はありません。ハイランドでもらったウイスキーにも手を付けていませんし、サンダーバードも食べていないんですから」
それだけ言うと、片手を上げて転送魔法陣に入った。
「じゃあ行こうか」
「うむ」と気負いもなく答える。
転送魔法陣を操作し、二百階に飛んだ。
転送魔法陣のある部屋は十階ごとの門番の部屋か、百階ごとの守護者の部屋を出たところにある。
部屋の大きさは十メートル四方ほどとそれほど大きくなく、転送魔法陣は部屋の中央にあり、下に下りる階段とその反対側にゲートキーパーかガーディアンの部屋の扉がある。
階段は幅五メートル、高さ十メートルほどとかなり広い。
俺たちが到着した時、魔法陣の横を真っ黒な毛皮を持つ大型の豹、黒豹がガーディアンの部屋に向かって走り抜けようとしていた。その先の扉は本来閉じているはずだが、今は全開になっている。
ブラックパンサーは俺たちに気づき、身体をひねって急ブレーキを掛けた。しかし、次の瞬間、ウィズの魔術で灰に変えられる。
「ブラックパンサーが出たってことは百階層くらい下の魔物がここまで来ているということか。ゴーレムの足止めにはちょっと遅かったかもしれないが、ミノタウロスたちには間に合ったみたいだな」
ブラックパンサーは三百一階から三百五十階で現れる魔物だ。ゴーレムはその上の二百五十一から三百階の魔物だ。
そんなことを話している間にも次々と魔物は現れる。
「そうとも限らぬ。こ奴らは足が速いからの」と言いながら、体高五メートルほどの巨大な象、突進象に炎の玉を放つ。
ラッシングエレファントは“パオーン”という鳴き声を上げ、ドスンという音を立てて倒れた。そして、魔力結晶と象牙を残して光の塵となって消えていった。
「ゴーレムの足が遅いからってことか」と言って、俺も風狼王に剣を振るう。
ほとんど抵抗なく、ウインドウルフキングの身体は真っ二つになった。
剣はいつも腰に差している安物ではなく、収納魔術から出した聖剣、“アスカロン”だ。ちなみに防具は面倒なのと、無効系のスキルを持つ俺にダメージを与えられる魔物はほとんどいないため換えていない。
その後も続々と獣系の魔物が部屋に入ってくる。
「面倒じゃ」と煩わしげに手を振り、階段の奥まで一気に焼き払った。
「この方法がいいな。部屋まで上がってきたところで一気にまとめて焼き払えば楽だ」
「次はそなたがやれ。我は大事なことを思い出した」
「大事なこと?」
「弁当を頼むのを忘れたのじゃ。今から上に戻って頼んでくる」
「おい!」と止めようとしたが、勝手に転送魔法陣を操作して消えてしまった。
「まあいいか」と独り言を呟き、階段を覗き込む。既に次の集団が現れており、一気に上ってきた。
ウィズと同じように火魔術を使って一気に焼き払う。
こうなると単純作業だ。ウィズが弁当を頼みにいった気持ちが分かる。
■■■
グリーフ迷宮の出入管理所では百人以上の探索者とほぼ同数の兵士が待機していた。更に城壁の上には弓兵と魔術師が待機している。
ともに緊張した面持ちで、中には恐怖のあまり震えている者もいた。
「偵察隊の報告では既に二十階でも魔物が溢れている。今の進軍速度であれば、すぐにでも十階層までの魔物が現れてもおかしくはない……」
レイフ・ダルントン局長が状況を説明していく。
「……当面は出てきた直後に押し包んで倒すが、数で押され始めたら、徐々に戦線を広げ、複数で攻撃を加える。更に厳しくなったら城門まで下がり、城壁内に魔物を誘い込み、上から飛び道具で攻撃する……」
ダルントンの説明が終わると、白騎士団のグラディス・レイボールド団長が一歩前に出る。
「これは祖国を守る戦いである! シーカー、兵士の区別なく、戦友として共に戦ってほしい! 厳しい戦いになることが予想されるが、我々がここを守らねば、多くの民が命を落とすことになる。諸君らの健闘に期待する!」
レイボールドの訓示が終わったところで、ウィスティアが現れた。
「どうなされたのですか!」とダルントンが慌てた様子で聞いた。二百階でトラブルがあったのかと心配したためだ。
「大したことではない。夕食用の弁当を頼むのを忘れたのでな。それを頼みに来たのじゃ」
「べ、弁当ですか……」とダルントンは聞き返した後、
「エドガー殿一人で大丈夫なのですか」と聞く。
「無論じゃ。ブラックパンサーやサーベルタイガーなどの雑魚しか来ぬから、ゴウ一人でも暇を持て余すほどじゃ」
「ブラックパンサーが二百階に……」というものの、すぐに気を取り直し、
「分かりました。ご要望の品はありますか?」
「我にはよく分からぬので、バーナードか、カールに任せる。ただ、酒は必ず合うものを頼むぞ」
「一人目は“憩いの宿”の支配人、バーナード・ダンブレック殿ですかな?」
「その通りじゃ。カールは料理人じゃ」
「ならば、“探索者の食卓”の料理人、カール・ダウナー殿ですな」
「うむ。だが、既に脱出しておるなら他の者でも構わぬ。できるだけ美味いものがよいが、仕方なかろう。だが酒だけは必ずよいものを頼むぞ」
「分かりました。そちらに届けたらよいのでしょうか」
最前線での戦いの最中に抜けられると困るが、かといってそこに送り込む人員もミスリルランクが行かなければ激戦で命を散らすと考えたのだ。
「そこまでせずともよい。我かゴウが適当に取りに来るゆえ、収納袋に入れておいてくれぬか」
ダルントンはその軽い答えに唖然としながらも「承りました」といって、大きく頷いた。
ウィスティアは「では頼んだぞ」と言って転送魔法陣から消えた。
その様子を見ていたシーカーと兵士から、それまでの悲壮感が消えていた。
「肉収集狂にあれほど余裕があるなら大丈夫だな」と一人が言うと、
「そうだな。何といってもミノタウロスの上位種を一日で百五十以上も狩ったそうだから、楽勝だろうよ」
そう言って笑う。
しかし、一人のシーカーがボソリと呟いた。
「肉以外はスルーとかしないよな。そうなったらオーガとかが上がってくることになるんだが……」
「その点は大丈夫だ」と管理官のエリック・マーローが断言する。
「何といってもこの町にはあの人たちの行きつけの店がある。それを守るためにすべて倒してくださるそうだ」
その言葉で安堵の声が上がる。
迷宮出口である洞窟を監視していた兵士が大声を上げた。
「魔物が現れました! 大ネズミが多数上がってきます!」
「では手筈通りに!」とダルントンはいい、その場を離れ、城壁に向かった。彼が弓兵たちを指揮し、レイボールドが前線の指揮を執ることになっているためだ。
その命令でシーカーの一団が前に出る。
彼らはすべて銀級で、レベルは百に満たない。しかし、十階層までの魔物であれば充分に対処できるため、第一陣に据えられた。
戦闘が始まったが、最初は地味だった。
出口から飛び出してくる大ネズミや大爪鳥、角ウサギなどを盾で止め、槍で突き刺し、剣で斬り裂いていく。
最初の三十分は怪我をする者もなく、戦いは順調だった。小型の獣系の魔物からコボルトやゴブリンなどの小型の人型に変わった。その中にはメイジやアーチャーなどの上位種が混じっている。
「弓兵と魔術師はメイジとプリースト、アーチャーを集中的に狙え! 事前の打合せ通り、自分たちの担当の場所を狙え!」
複数の班が同じ目標に集中しないよう、事前に担当区域が決められていた。
城壁の上から十数個の炎の玉が尾を引いて迷宮の出口付近に殺到していく。魔物側もそれが分かっていたかのようにメイジたちが反撃し、魔術が交錯する。
しかし、撃ち下ろしという有利な条件と数の多さから、コボルトとゴブリンのメイジたちはあっという間に駆逐された。
アーチャーやメイジの攻撃により怪我人が出たが、まだシルバーランクの若手だけで戦線を維持できている。
「所詮はゴブリンとコボルトだ、落ち着いて戦えば負けることはない!」
レイボールドは若いシーカーや兵士を鼓舞していく。
更に一時間ほど経つと、足の速い黒狼や縞熊などの大型の獣が混じるようになった。
その頃には一人前のシーカーとみなされる金級に代わっていた。兵士もベテランクラスを増やしていたが、生命力が強い大型の熊や狼に対して梃子摺り、徐々に押されていく。
「少しずつ下がれ! 空いた隙間は次の班が埋めろ! 抜けられても慌てるな! 後ろに逃した魔物は他の班が倒す!」
レイボールドの矢継ぎ早の指示で、出口を抑え込む形から風船が膨らむように円形に広がっていく。
それに従い、魔物たちも飛び出してくるが、弓や魔術の支援も加わったことから十分に制御できている。
「そろそろ空中にも注意しろ! 空間ができたら猛禽系の魔物が飛び出すはずだ! 間違っても町に向かわせるな!」
そう言った矢先、大型の赤いハゲワシ、レッドヴァルチャーが飛び出してきた。
城壁の上で指揮を執っているダルントンが魔術師たちに命令を発する。
「魔術師隊一班、レッドヴァルチャーを撃ち落とせ!」
五名の魔術師がそれぞれ得意な魔術を放った。
炎の玉と氷の矢、石礫などレッドヴァルチャーに命中していく。ハゲワシは充分な高度に上がることなく、地面に叩きつけられ絶命する。
「一匹ずつ確実に倒せ! 数を減らしたら元の隊列に戻るんだ!」
命令を出しながら、レイボールドはこの先のことを懸念していた。
(今はいい。だが、疲労が溜まりつつある。この後のオークの上位種は厳しいかもしれんな……)
既に一人当たり二十体以上の魔物を倒している。重傷者は少ないが、軽傷者は五十人を超えていた。聖職者たちの治癒魔術で回復しているものの、肉体的、精神的な疲れは取れていない。
(何時間続くのか分からないところが辛いな……)
グリーフ迷宮ほど大きな迷宮のスタンピードなど過去に例がない。中規模のものでも数日間続いた例があり、レイボールドの懸念は当然といえた。
しかし、その懸念を顔に出すことなく、兵士やシーカーたちを鼓舞していった。
グリーフ迷宮で魔物暴走が発生したという情報が入り、国王から直々に対処してほしいと依頼されたためだ。
「どのくらい時間的な余裕があると思いますか」とマーローに聞くと、
「あと一時間もすれば、出口から魔物が溢れてくると思われますが、最初は上層の大ネズミや大爪鳥が主ですし、オークの上位種が出てくるまでの半日程度なら問題なく抑え込めると思います」
「そうですか。どの魔物から問題になりますか?」
「やはり魔術や特殊な武器しか効かないアンデッド系でしょうか。金級以下のシーカーはアンデッドに対抗できる手段をほとんど持っていませんから。それとその後に続くゴーレム系も厄介です。耐久力がある分、倒すのに時間が掛かると、敷地の中が魔物で溢れることになりかねません」
ゴールドランクはレベル二百以下で、オーククラスの魔物と一対一で戦える能力を持つが、アンデッドがいる階層に辿り着いていない。そのため、アンデッドに有効なミスリル製の武器や強力な魔術が使えず、アンデッドに対してはほぼ無力となる。
ゴーレム系は動きこそ鈍いものの、耐久力と防御力に優れている。通常は打撃系の武器で時間を掛けて倒すのだが、剣や槍などを使うシーカーにとっては武器の破損のリスクがある。また、武器を打撃系に切り替えたとしても、慣れない武器を使うことになるため、倒すまでの時間が更に長くなり、押し切られる可能性が高い。
「そう言えば、最上級のフレイザーさんたちはどうなっているんですか?」
フレイザーは竜人族の魔導剣士で、六人パーティのリーダーだ。俺たちを除けば、彼のパーティが唯一のブラックランクであり、戦力としては貴重だ。
「彼らは今日迷宮から出る予定なのですが、私が出発するまでには戻っていませんでした。運が良ければ脱出していると思うのですが、微妙なところです」
他にも魔銀級のパーティが何組か迷宮に入ったままだが、運よく入っていなかったパーティは既に招集済みとのことだった。
転送室に到着すると、すぐにグリーフに転移する。
王宮では行われた暗黒魔術の影響の検査は行われず、装備を整えると、迷宮の出入管理所に向かった。
出入管理所には青ざめた顔のエディ・グリーンがいた。
「ゴウさん、ウィズさん……」
「何をしけた顔をしておるのじゃ。我らが来たのじゃ。何も心配することはない」
「はい……」というものの、表情は暗いままだ。
「我らは二百階で魔物を倒してくるが、恐らく大量に肉を手に入れるはずじゃ。いつもより大仕事になるから覚悟しておくのじゃ」
「ウィズの言う通りですよ。それにサンダーバードもミノタウロスチャンピオンも一緒に食べに行っていないですから、仕事が終わったら行きましょう。ミノタウロスチャンピオンですが、ハイランドで食べましたけど、物凄く美味い肉でしたよ」
俺の言葉に弱々しいが笑みが漏れる。
「お二人がそうおっしゃるなら大丈夫な気がしてきました。では、お気をつけて」
「うむ。我らよりそなたの方が心配じゃがな」と言ってウィズは笑った。
俺たちが転送魔法陣に入ろうとした時、管理局長のレイフ・ダルントンと白騎士団の団長グラディス・レイボールド子爵がやってきた。
ダルントンが「よろしくお願いします」と言って大きく頭を下げ、
「ですが、無理はなさらないでください。危険を感じたらすぐに撤退してくださっても構いませんので」と付け加える。
「我ら騎士団もおります。局長の言う通り、無理だけはなさらぬように」と騎士団長も言ってきた。
「分かりました。私たちもこんなところで死ぬ気はありません。ハイランドでもらったウイスキーにも手を付けていませんし、サンダーバードも食べていないんですから」
それだけ言うと、片手を上げて転送魔法陣に入った。
「じゃあ行こうか」
「うむ」と気負いもなく答える。
転送魔法陣を操作し、二百階に飛んだ。
転送魔法陣のある部屋は十階ごとの門番の部屋か、百階ごとの守護者の部屋を出たところにある。
部屋の大きさは十メートル四方ほどとそれほど大きくなく、転送魔法陣は部屋の中央にあり、下に下りる階段とその反対側にゲートキーパーかガーディアンの部屋の扉がある。
階段は幅五メートル、高さ十メートルほどとかなり広い。
俺たちが到着した時、魔法陣の横を真っ黒な毛皮を持つ大型の豹、黒豹がガーディアンの部屋に向かって走り抜けようとしていた。その先の扉は本来閉じているはずだが、今は全開になっている。
ブラックパンサーは俺たちに気づき、身体をひねって急ブレーキを掛けた。しかし、次の瞬間、ウィズの魔術で灰に変えられる。
「ブラックパンサーが出たってことは百階層くらい下の魔物がここまで来ているということか。ゴーレムの足止めにはちょっと遅かったかもしれないが、ミノタウロスたちには間に合ったみたいだな」
ブラックパンサーは三百一階から三百五十階で現れる魔物だ。ゴーレムはその上の二百五十一から三百階の魔物だ。
そんなことを話している間にも次々と魔物は現れる。
「そうとも限らぬ。こ奴らは足が速いからの」と言いながら、体高五メートルほどの巨大な象、突進象に炎の玉を放つ。
ラッシングエレファントは“パオーン”という鳴き声を上げ、ドスンという音を立てて倒れた。そして、魔力結晶と象牙を残して光の塵となって消えていった。
「ゴーレムの足が遅いからってことか」と言って、俺も風狼王に剣を振るう。
ほとんど抵抗なく、ウインドウルフキングの身体は真っ二つになった。
剣はいつも腰に差している安物ではなく、収納魔術から出した聖剣、“アスカロン”だ。ちなみに防具は面倒なのと、無効系のスキルを持つ俺にダメージを与えられる魔物はほとんどいないため換えていない。
その後も続々と獣系の魔物が部屋に入ってくる。
「面倒じゃ」と煩わしげに手を振り、階段の奥まで一気に焼き払った。
「この方法がいいな。部屋まで上がってきたところで一気にまとめて焼き払えば楽だ」
「次はそなたがやれ。我は大事なことを思い出した」
「大事なこと?」
「弁当を頼むのを忘れたのじゃ。今から上に戻って頼んでくる」
「おい!」と止めようとしたが、勝手に転送魔法陣を操作して消えてしまった。
「まあいいか」と独り言を呟き、階段を覗き込む。既に次の集団が現れており、一気に上ってきた。
ウィズと同じように火魔術を使って一気に焼き払う。
こうなると単純作業だ。ウィズが弁当を頼みにいった気持ちが分かる。
■■■
グリーフ迷宮の出入管理所では百人以上の探索者とほぼ同数の兵士が待機していた。更に城壁の上には弓兵と魔術師が待機している。
ともに緊張した面持ちで、中には恐怖のあまり震えている者もいた。
「偵察隊の報告では既に二十階でも魔物が溢れている。今の進軍速度であれば、すぐにでも十階層までの魔物が現れてもおかしくはない……」
レイフ・ダルントン局長が状況を説明していく。
「……当面は出てきた直後に押し包んで倒すが、数で押され始めたら、徐々に戦線を広げ、複数で攻撃を加える。更に厳しくなったら城門まで下がり、城壁内に魔物を誘い込み、上から飛び道具で攻撃する……」
ダルントンの説明が終わると、白騎士団のグラディス・レイボールド団長が一歩前に出る。
「これは祖国を守る戦いである! シーカー、兵士の区別なく、戦友として共に戦ってほしい! 厳しい戦いになることが予想されるが、我々がここを守らねば、多くの民が命を落とすことになる。諸君らの健闘に期待する!」
レイボールドの訓示が終わったところで、ウィスティアが現れた。
「どうなされたのですか!」とダルントンが慌てた様子で聞いた。二百階でトラブルがあったのかと心配したためだ。
「大したことではない。夕食用の弁当を頼むのを忘れたのでな。それを頼みに来たのじゃ」
「べ、弁当ですか……」とダルントンは聞き返した後、
「エドガー殿一人で大丈夫なのですか」と聞く。
「無論じゃ。ブラックパンサーやサーベルタイガーなどの雑魚しか来ぬから、ゴウ一人でも暇を持て余すほどじゃ」
「ブラックパンサーが二百階に……」というものの、すぐに気を取り直し、
「分かりました。ご要望の品はありますか?」
「我にはよく分からぬので、バーナードか、カールに任せる。ただ、酒は必ず合うものを頼むぞ」
「一人目は“憩いの宿”の支配人、バーナード・ダンブレック殿ですかな?」
「その通りじゃ。カールは料理人じゃ」
「ならば、“探索者の食卓”の料理人、カール・ダウナー殿ですな」
「うむ。だが、既に脱出しておるなら他の者でも構わぬ。できるだけ美味いものがよいが、仕方なかろう。だが酒だけは必ずよいものを頼むぞ」
「分かりました。そちらに届けたらよいのでしょうか」
最前線での戦いの最中に抜けられると困るが、かといってそこに送り込む人員もミスリルランクが行かなければ激戦で命を散らすと考えたのだ。
「そこまでせずともよい。我かゴウが適当に取りに来るゆえ、収納袋に入れておいてくれぬか」
ダルントンはその軽い答えに唖然としながらも「承りました」といって、大きく頷いた。
ウィスティアは「では頼んだぞ」と言って転送魔法陣から消えた。
その様子を見ていたシーカーと兵士から、それまでの悲壮感が消えていた。
「肉収集狂にあれほど余裕があるなら大丈夫だな」と一人が言うと、
「そうだな。何といってもミノタウロスの上位種を一日で百五十以上も狩ったそうだから、楽勝だろうよ」
そう言って笑う。
しかし、一人のシーカーがボソリと呟いた。
「肉以外はスルーとかしないよな。そうなったらオーガとかが上がってくることになるんだが……」
「その点は大丈夫だ」と管理官のエリック・マーローが断言する。
「何といってもこの町にはあの人たちの行きつけの店がある。それを守るためにすべて倒してくださるそうだ」
その言葉で安堵の声が上がる。
迷宮出口である洞窟を監視していた兵士が大声を上げた。
「魔物が現れました! 大ネズミが多数上がってきます!」
「では手筈通りに!」とダルントンはいい、その場を離れ、城壁に向かった。彼が弓兵たちを指揮し、レイボールドが前線の指揮を執ることになっているためだ。
その命令でシーカーの一団が前に出る。
彼らはすべて銀級で、レベルは百に満たない。しかし、十階層までの魔物であれば充分に対処できるため、第一陣に据えられた。
戦闘が始まったが、最初は地味だった。
出口から飛び出してくる大ネズミや大爪鳥、角ウサギなどを盾で止め、槍で突き刺し、剣で斬り裂いていく。
最初の三十分は怪我をする者もなく、戦いは順調だった。小型の獣系の魔物からコボルトやゴブリンなどの小型の人型に変わった。その中にはメイジやアーチャーなどの上位種が混じっている。
「弓兵と魔術師はメイジとプリースト、アーチャーを集中的に狙え! 事前の打合せ通り、自分たちの担当の場所を狙え!」
複数の班が同じ目標に集中しないよう、事前に担当区域が決められていた。
城壁の上から十数個の炎の玉が尾を引いて迷宮の出口付近に殺到していく。魔物側もそれが分かっていたかのようにメイジたちが反撃し、魔術が交錯する。
しかし、撃ち下ろしという有利な条件と数の多さから、コボルトとゴブリンのメイジたちはあっという間に駆逐された。
アーチャーやメイジの攻撃により怪我人が出たが、まだシルバーランクの若手だけで戦線を維持できている。
「所詮はゴブリンとコボルトだ、落ち着いて戦えば負けることはない!」
レイボールドは若いシーカーや兵士を鼓舞していく。
更に一時間ほど経つと、足の速い黒狼や縞熊などの大型の獣が混じるようになった。
その頃には一人前のシーカーとみなされる金級に代わっていた。兵士もベテランクラスを増やしていたが、生命力が強い大型の熊や狼に対して梃子摺り、徐々に押されていく。
「少しずつ下がれ! 空いた隙間は次の班が埋めろ! 抜けられても慌てるな! 後ろに逃した魔物は他の班が倒す!」
レイボールドの矢継ぎ早の指示で、出口を抑え込む形から風船が膨らむように円形に広がっていく。
それに従い、魔物たちも飛び出してくるが、弓や魔術の支援も加わったことから十分に制御できている。
「そろそろ空中にも注意しろ! 空間ができたら猛禽系の魔物が飛び出すはずだ! 間違っても町に向かわせるな!」
そう言った矢先、大型の赤いハゲワシ、レッドヴァルチャーが飛び出してきた。
城壁の上で指揮を執っているダルントンが魔術師たちに命令を発する。
「魔術師隊一班、レッドヴァルチャーを撃ち落とせ!」
五名の魔術師がそれぞれ得意な魔術を放った。
炎の玉と氷の矢、石礫などレッドヴァルチャーに命中していく。ハゲワシは充分な高度に上がることなく、地面に叩きつけられ絶命する。
「一匹ずつ確実に倒せ! 数を減らしたら元の隊列に戻るんだ!」
命令を出しながら、レイボールドはこの先のことを懸念していた。
(今はいい。だが、疲労が溜まりつつある。この後のオークの上位種は厳しいかもしれんな……)
既に一人当たり二十体以上の魔物を倒している。重傷者は少ないが、軽傷者は五十人を超えていた。聖職者たちの治癒魔術で回復しているものの、肉体的、精神的な疲れは取れていない。
(何時間続くのか分からないところが辛いな……)
グリーフ迷宮ほど大きな迷宮のスタンピードなど過去に例がない。中規模のものでも数日間続いた例があり、レイボールドの懸念は当然といえた。
しかし、その懸念を顔に出すことなく、兵士やシーカーたちを鼓舞していった。
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