上 下
58 / 92

第五十七話「戦略の見直し」

しおりを挟む
 グレーターデーモンを何とか倒し、モーゼスさんの工房に戻ってきた。しかし、その勝利はあくまで幸運によるものだ。M29リボルバーを壁越しに撃てるようにしていたため、頑丈な障壁を飛び越えることができたに過ぎない。

 更に運がよかったのは僕もローザも命を失わなかっただけでなく、大きな怪我を負わなかったことだ。

 グレーターデーモンの魔術によって僕とローザは吹き飛ばされた際、二人とも気絶し、僕はグレーターデーモンによって喉を掴まれ、絞め殺されそうになった。相手にいたぶるつもりがなく、剣で斬られていたら、僕もローザも命を落としていただろう。

 工房に戻ると、アメリアさんが不安そうに見ていた。
 出ていって10分も経たずに戻ってきたためだ。

「何があったのでしょうか?」

 僕が掻い摘んで状況を説明した。

「それほど強いのですか……」

「うむ。あの障壁はそれがしでは突破できん」

「そう言えば、ラングレーさんたちはどうやって倒したんだろう。前に聞いた時にはひたすら攻撃するしかないと言っていたけど。それだったら10発以上当たっていたはずなんだけど」

 デーモンの障壁は2発で消える。その上位種であるグレーターデーモンでも5発くらい当てれば何とかなると思い、今まで通りの戦略、つまり銃撃による奇襲で何とかなると思っていた。
 しかし、現実は僕の銃撃は10発以上当たったが無力だったし、ローザの連続攻撃も有効とはいえなかった。

「奥様の聖魔術で障壁を弱めておられるのではありませんか?」

 聖属性には暗黒系の魔物を弱体化させる魔術がある。聖属性の高位の使い手であるディアナさんなら確かにグレーターデーモンでも弱体化できそうだ。

「なら、僕たちには難しいね。君もアメリアさんも聖属性は使えないし、僕は使えるけど威力が話にならないくらい低いから」

「うむ。そうなると、ここで奴らが消えるのを待つしかないということか」

 ローザは残念そうに呟く。

「お嬢様は剣に魔力を纏わせることはできたのではありませんか? それならば障壁ごと斬り裂くことも可能かと思いますが?」

「確かに黒紅は炎を纏わせることができるな」

 ローザの愛刀、黒紅は希少な金属であるアダマンタイトを使っているだけでなく、アーヴィングさんによって火属性の魔法陣が組み込まれている。
 今までは炎を纏わせる必要がなかったことと、彼女のレベルが低く、魔力MP総量が少なかったため、ほとんど使ったことはなかった。

「今ならMPに余裕があるんじゃないか?」

 その言葉でローザはパーソナルカードを取り出し、MPを確認する。
 ローザは魔術も使えるが、主力は刀であるため、ほとんど魔術による攻撃は行わない。今回のスタンピードでも一度も使っていないはずだ。
 その理由は僕のように無詠唱のスキルがなく、詠唱が必要なためで、前線では使えなかったのだ。

「確かに十分な魔力があるな。11万を超えている」

「11万もあるのですか!」とアメリアさんが驚く。

「驚くほどのことか? ライル殿は50万を超えていると聞いたが」

 アメリアさんに代わって僕が答える。

「普通の普人族ヒュームの魔術師ならその半分くらいしかないはずだよ。さすがは竜人族ドラゴニュートだ」

 レベル400程度の一般的なヒュームの魔術師のMPは4万程度と言われている。彼女のレベルは422だから、同レベルのヒュームなら5万を超えたくらいだろう。そう考えると、前衛であるローザが専門職の倍もMPを持っていることは驚きだ。

「いずれにせよ。一度使ってみてもよいな。ただ、この場で魔力を放出すると敵をおびき寄せることになる。外で戦ってもよいのだが、もし通用しなかったら……」

 外にはサキュバスなどのデーモンの上位種もいるが、グレーターデーモンに見つかった場合、ローザの攻撃が通用しないと大変なことになる。

「僕に考えがある。さっきグレーターデーモンを倒した方法を安定的に使う方法なんだ……」

 そう言って二人に説明していく。
 方法はいたって簡単で、M29と同じように別の銃にも転移魔術が使えるように改造するのだ。

 候補はM590ショットガンだ。
 M4カービンは銃身が短く、既にギリギリまで魔法陣が描かれているため、追加できないし、M82アンチマテリアルライフルは接近戦に向かないためだ。

「なるほど。それならば戦えるかもしれん。しかし、モーゼス殿もアーヴィング殿もおらぬが、大丈夫なのか?」

「30分もあればできるよ。アーヴィングさんにしっかり教えてもらっているから」

 しかし懸念があった。そのことをアメリアさんが聞いてきた。

「銃口から離れた場所に転移させるのはよいのですが、その距離は調整できるものなのでしょうか? 転移魔術は転移先に物体があると発動しないと聞いたことがあります。障壁と敵の身体の狭い隙間に転移させることができなければあまり意味がないと思うのですが」

「その点は僕も懸念材料だと思っています。ですが、さっきの戦いで気づいたことがあります」

「それはどのようなことなのだ?」とローザが聞いてきた。

「銃剣で攻撃したんだが、あの時、ある距離から壁に阻まれたみたいに動かなくなったんだ。その時の銃口から相手まで距離は大体20センチ。それを目安に調整しておけば、敵の身体に当たると思うんだ。まあ、個体によってその距離が違うかもしれないけどね。ただ、首を狙うならある程度幅はあると思うから」

 魔力による障壁は身体の形に合わせて展開されるわけではなく、全体を包み込むような湾曲した形で展開される。そのため、首の部分は比較的広い隙間があるはずだ。

「それではライル殿も前衛ということになるが」

「離れたとこから撃っても意味はないんだし、僕も前線に立たざるを得ないよ」

 この方針で戦うことが決まり、M590を改造する。
 改造と言っても大したことをやるわけじゃない。
 ミスリルの粉末を混ぜた特殊な塗料を使い、付与魔術で魔力を与えながらアーヴィングさんがM29に描いた魔法陣を真似て描いていくだけだ。

 本来なら銃身に魔法陣の形に溝を掘り、そこに塗料を流し込んでから表面を磨き上げるのだが、今回は長期間使うつもりがないので、簡易的な方法にしている。

 20分ほどで魔法陣を描き上げ、魔法陣が正しく作動するか確認する。そのチェックを終え、次に他の魔法陣と同時に魔力を供給する練習を行う。
 練習といっても数回空撃ちして魔力の流れを確認するだけだ。今まで何千発も銃を放っているので、すぐに慣れる。

 銃口の前に紙を置き、実弾を発射する。標的に弾は命中するが、紙に穴はなかった。
 正確な距離は測れないが、少なくとも転移魔法陣が作動していることは確認できた。

 戦い方についても打ち合わせる。

「転移魔術で意表をついて接近。君が黒紅に炎を纏わせて斬り掛かっている間に、僕が敵の横に転移して首を撃ち抜く。これでいいね」

「了解した。タイミングはライル殿に合わせる」

 そこでアメリアさんに「もう一度行ってきます」と言って地下室を出ていく。

 1階に上がると、外は既に暗くなり始めており、差し込む陽の光は茜色だ。
 探知魔術を使って敵を探す。すぐにグレーターデーモンが見つかった。

「100メートルくらい先にグレーターデーモンがいる。他にも上位種らしい反応もあるが、少し離れている感じだ」

「では、そいつを狙うのだな」

「他の敵に邪魔されたくないから少し離れた場所の家に誘い込む。転移で近くまで飛んで、敵にわざと見つけさせてからその家に飛び込むぞ」

「承知」と短く答え、手を出してきた。

 その手を握り、50メートルほど連続転移で飛ぶ。
 逃げるために道に出てきたという感じに見えるようにキョロキョロと周囲を見回す。
 グレーターデーモンと目を合わせ、驚きの表情を作り、そのまま近くの家に飛び込んだ。そこは定食屋で、慌てて逃げ出したためか、テーブルや椅子はそのままになっていた。

 逃げ込んだ直後、入口にグレーターデーモンが舞い降りてきた。
 入口から入ってきた時、獲物を見つけた喜びで歪んだような笑みを浮かべ、警戒している様子は見られない。

 距離は5メートルほど。

「行くぞ!」と言ってローザの手を握ったまま、敵の目の前に転移する。

 グレーターデーモンは驚きに目を見開くが、まだ余裕の笑みは消えていない。

 ローザは既に抜き放って黒紅に炎を纏わせる。
 それに合わせて、僕はもう一度短く転移した。
 飛んだ場所は敵の左側。そこで既に銃剣ベイオネットが取り付けてあるM590を敵の首元に突き出す。

 予想通り、銃剣は敵の首元で止まり、それ以上押し込むことはできなかった。
 グレーターデーモンは僕たちの奇襲に対し、ローザの方が危険だと思ったのか、右手に持つ漆黒の剣を向けようとした。

「今だ!」と叫び、引き金を引く。

「テェァァ!」というローザの気合と“ボシュ!”という発射音が重なった。

「グァ!」というグレーターデーモンの悲鳴が一瞬だけ響き、すぐに消える。

 ローザの斬撃はグレーターデーモンの反応より速く、左肩から胸にかけて大きく斬り裂いていた。
 僕の放ったスラグ弾も首の横から斜め上に撃ち込まれ、そのためグレーターデーモンの悲鳴が途切れたのだ。

 グレーターデーモンは光の粒子となって消えた。

「何とかなったようだね」というと、ローザは小さく頷く。

「某の斬撃がこれほどの大物に通用するとは思わなかった。すべてはライル殿のお陰だ」

 真正面からそう言われると気恥ずかしい。

「次の獲物を狩りにいこう。これだけの大物だと、逃げた人のところに向かったら大変なことになるから」

 僕たちは再び狩る側になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...