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第八部:「聖王旗に忠誠を」
第二十八話
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宇宙暦四五二五年五月三十日、標準時間一四〇〇。
通商破壊艦の調査を命じられたクリフォードは戦隊の減速が終わったところで、旗艦フロビッシャー772からスループ艦オークリーフ221に移ろうと考えていた。
それに対し、司令代行に指名されたサミュエル・ラングフォード中佐から意見が出される。
『敵に別動隊がいないとも限りません。スループ艦二隻では危険です。せめて駆逐艦を同行させるべきと考えます』
「別動隊がいるなら攻撃に加わっているはずだ。ここで戦力を分散させるのは悪手だからな」
『その点は准将のお考えに賛成ですが、航路情報を手に入れるほど周到な相手です。どのような手で来るのか分かりません。幸い、護衛戦隊はキャメロット星系に戻るだけです。第二特務戦隊の駆逐艦には閣僚のスタッフは乗っていませんし、駆逐艦を二隻程度抽出しても問題ないと考えます』
第二特務戦隊は首相ら閣僚のスタッフを乗せている。しかし、元々政府専用の小型高速船に乗れる程度の人数しかいないため、軽巡航艦二隻に分乗していた。
「戦闘になる可能性は低いが……」
『万が一星系内の商船に乗り込む必要がある場合、スループ艦では十分な戦力を抽出できません。その点、駆逐艦に旗艦と本艦の宙兵隊を移動させておけば、二十名ほどになりますから十分な戦力となります』
宙兵隊は無重力下や艦船内での戦闘に特化した戦闘部隊だ。その能力は陸上部隊の精鋭部隊に匹敵する。五等級艦、すなわち軽巡航艦以上の艦には配備されているが、六等級艦である駆逐艦や等級外のスループ艦は艦内のスペースの関係で配備されていない。
「商船の臨検か……確かにその可能性は考えていなかったな」
『ブルーベルの時のような潜入作戦はないでしょうが、商船の中に入る可能性があるなら本職を連れていくべきでしょう。まあ、准将なら本職と言えなくもないですが』
スループ艦ブルーベル34号はクリフォードとサミュエルが出会った艦だ。トリビューン星系でゾンファ共和国の通商破壊艦拠点を発見し、無力化するために潜入作戦を行っている。(第一部参照)
その際、クリフォードは類稀なる射撃の腕を見せ、任務の成功に貢献した。また、自由星系国家連合のシャーリア星系では王太子護衛戦隊の宙兵隊を率いて、スヴァローグ帝国の軽巡航艦に強襲を仕掛けている。(第四部参照)
「宙兵隊を連れていくことにしよう。その前にマイヤーズ少将の許可を得る」
それだけ言うと、国王護衛戦隊の司令官エルマー・マイヤーズ少将に連絡を入れる。そして、簡単にサミュエルとの話し合いの結果を説明した。
「……この状況で護衛戦隊に宙兵隊が必要になる可能性は低いですし、駆逐艦二隻を抽出しても戦力的には問題ありません。ラングフォード中佐の提案通り、駆逐艦ゼファー328とゼブラ626も調査に加えたいと思います」
マイヤーズは即座に了承した。
『コリングウッド准将の別動隊にZ級駆逐艦二隻を加えること、宙兵隊を乗り込ませることを了承する』
「ありがとうございます」
『君が自ら望んで無茶をするとは思わないが、今回は分からないことが多すぎる。私がキャメロット星系に向けて超光速航行に入れば、この星系での最高位の士官は君になる。君が最善と考える方法を採ってくれ』
「了解しました、少将。さすがに候補生時代のような無茶はしません」
クリフォードは軽口で返すが、マイヤーズは真面目な表情を崩さない。
『現在確認できるだけで十二隻の商船が本星系にいるが、更に多くの商船がジャンプアウトしてくるだろう。すべてを調べるには手が足りないだろうから、キャメロットに戻ったら、すぐに新たな戦隊を派遣してもらうよう上申する』
「ありがとうございます。では、準備を始めます」
クリフォードは直ちに準備に掛かるが、マイヤーズがサミュエル同様にまだ何かあると考えていることが気になっていた。
(確かにこれだけ用意周到な敵であれば何かありそうだが……)
そんなことを考えながら、Z級駆逐艦ゼブラ626に移動するため、Jデッキにある格納庫に向かった。ゼブラに移動するのは艦長であるケビン・ラシュトン少佐の方がゼファーのファビアンより先任であるためだ。
格納庫では旗艦艦長であるバートラム・オーウェル中佐が真面目な表情で待っていた。
「無茶はしないでください」
「君だけじゃなく、マイヤーズ少将もサムも心配しているのだが、今回は大破した通商破壊艦と星系内の商船を調べるだけだ。戦闘になる可能性は低いと思うのだが」
「俺もそうですが、准将が通商破壊艦に乗り込んで大暴れするんじゃないかって心配しているんですよ。特にサムは准将が陸戦で活躍しているのを二回も見ていますから」
その言葉にクリフォードは苦笑する。
「私はそこまで好戦的じゃないぞ。今回は私自身が商船に乗り込む気もないからな」
クリフォードはマイヤーズが去った後、本星系の最高位士官となることの意味を理解していた。
支配星系の最高位士官は政府そのものと言っていい。そのため、超法規的措置を含め、大きな権限を有している。今回は国王が襲撃を受けるという王国の歴史の中でも特筆すべき事件であり、徹底的に調べるつもりでいる。
「ホーナー中尉、准将のことを頼んだぞ」
バートラムはクリフォードの後ろで整列する宙兵隊の隊長に声を掛けた。
「了解です。准将のことはお任せください」
マイルズ・ホーナー中尉は宙兵隊員としては小柄で、ニキビが目立つ童顔だ。普段は笑顔を浮かべている好青年だが、今は真面目な表情で敬礼している。
ホーナーは見た目に反し、格闘術の達人で、彼より頭一つ以上大きな宙兵隊下士官ですら素手で倒せる猛者だ。第二特務戦隊の宙兵隊として抜擢されたことに誇りを持っている。
そのやり取りにクリフォードは再び苦笑しそうになるが、真面目な表情でバートラムに指示を出す。
「閣僚のスタッフたちのことを頼む」
「了解しました、准将! 准将に敬礼!」
その言葉で居並ぶ将兵が一斉に敬礼する。クリフォードは答礼すると、大型艇であるアウルに乗り込んだ。
ゼブラ626に乗り込むと、ケビン・ラシュトン少佐が格納庫で待っていた。
「准将をお迎えでき、光栄です!」
「私も同じ思いだ。これからよろしく頼む」
そう言った後、ホーナーたちに命令を出す。
「宙兵隊は艦長の指示に従ってくれ。もしかしたら大破した通商破壊艦に乗り込むかもしれない。念のため、その準備をしておいてくれ」
「了解しました、准将!」
ホーナーは宙兵たちと共に格納庫から出ていった。
ラシュトンと共に戦闘指揮所に向かう。
「状況を確認してからになるが、ホーナー中尉に言った通り、大破した敵艦に乗り込む可能性がある。士官一名と掌帆手と技術兵を数名選抜しておいてほしい」
「了解しました、准将」
「敵艦から脱出ポッドが射出されていない。状況から考えれば、生存者がいる可能性が高い。その生存者が証拠隠滅のために自爆することも充分に考えられる。危険な任務だから志願者を募ってほしい」
クリフォードたちアルビオン王国軍の者は知りえない事実だが、タランタル隊六隻のうち、大破し漂流している改造商船はヴェロニカと呼ばれていた。ヴェロニカの船体は大きく変形し、対消滅炉がある機関室付近が抉れているため自爆できなかった。
CICに入ると、すぐにマイヤーズに連絡を取る。
「乗り込み完了しました。これより調査を開始します」
『よろしく頼む。我々も最大戦速でキャメロット星系に向かう。では、幸運を祈る』
マイヤーズがきれいな敬礼でそういうと、クリフォードも同じように敬礼した。
通信を切ると、クリフォードは別動隊に向けて放送を行った。
「これより大破した敵改造商船の調査を行う。また、今後本星系を航行する商船の臨検を行う可能性もある。今回の件では不明な点が多い。油断することなく、各自の職務を果たしてほしい。以上だ」
放送を終えると、ラシュトンに命令を出した。
「大破した改造商船に向かう。〇・一光秒(約三万キロメートル)の距離で停止し、調査隊を派遣する」
「了解しました、准将。改造商船に向けて針路を取ります」
最大戦速であったため、既に百光秒近く離れている。そのため、最大加速度で七百秒加速した後に、再び最大加速度で七百秒減速する必要があった。
「士官室を借りるぞ。志願した士官とホーナー中尉を呼んでくれ。調査の手順を確認する」
クリフォードはそういうと、立ち上がった。
通商破壊艦の調査を命じられたクリフォードは戦隊の減速が終わったところで、旗艦フロビッシャー772からスループ艦オークリーフ221に移ろうと考えていた。
それに対し、司令代行に指名されたサミュエル・ラングフォード中佐から意見が出される。
『敵に別動隊がいないとも限りません。スループ艦二隻では危険です。せめて駆逐艦を同行させるべきと考えます』
「別動隊がいるなら攻撃に加わっているはずだ。ここで戦力を分散させるのは悪手だからな」
『その点は准将のお考えに賛成ですが、航路情報を手に入れるほど周到な相手です。どのような手で来るのか分かりません。幸い、護衛戦隊はキャメロット星系に戻るだけです。第二特務戦隊の駆逐艦には閣僚のスタッフは乗っていませんし、駆逐艦を二隻程度抽出しても問題ないと考えます』
第二特務戦隊は首相ら閣僚のスタッフを乗せている。しかし、元々政府専用の小型高速船に乗れる程度の人数しかいないため、軽巡航艦二隻に分乗していた。
「戦闘になる可能性は低いが……」
『万が一星系内の商船に乗り込む必要がある場合、スループ艦では十分な戦力を抽出できません。その点、駆逐艦に旗艦と本艦の宙兵隊を移動させておけば、二十名ほどになりますから十分な戦力となります』
宙兵隊は無重力下や艦船内での戦闘に特化した戦闘部隊だ。その能力は陸上部隊の精鋭部隊に匹敵する。五等級艦、すなわち軽巡航艦以上の艦には配備されているが、六等級艦である駆逐艦や等級外のスループ艦は艦内のスペースの関係で配備されていない。
「商船の臨検か……確かにその可能性は考えていなかったな」
『ブルーベルの時のような潜入作戦はないでしょうが、商船の中に入る可能性があるなら本職を連れていくべきでしょう。まあ、准将なら本職と言えなくもないですが』
スループ艦ブルーベル34号はクリフォードとサミュエルが出会った艦だ。トリビューン星系でゾンファ共和国の通商破壊艦拠点を発見し、無力化するために潜入作戦を行っている。(第一部参照)
その際、クリフォードは類稀なる射撃の腕を見せ、任務の成功に貢献した。また、自由星系国家連合のシャーリア星系では王太子護衛戦隊の宙兵隊を率いて、スヴァローグ帝国の軽巡航艦に強襲を仕掛けている。(第四部参照)
「宙兵隊を連れていくことにしよう。その前にマイヤーズ少将の許可を得る」
それだけ言うと、国王護衛戦隊の司令官エルマー・マイヤーズ少将に連絡を入れる。そして、簡単にサミュエルとの話し合いの結果を説明した。
「……この状況で護衛戦隊に宙兵隊が必要になる可能性は低いですし、駆逐艦二隻を抽出しても戦力的には問題ありません。ラングフォード中佐の提案通り、駆逐艦ゼファー328とゼブラ626も調査に加えたいと思います」
マイヤーズは即座に了承した。
『コリングウッド准将の別動隊にZ級駆逐艦二隻を加えること、宙兵隊を乗り込ませることを了承する』
「ありがとうございます」
『君が自ら望んで無茶をするとは思わないが、今回は分からないことが多すぎる。私がキャメロット星系に向けて超光速航行に入れば、この星系での最高位の士官は君になる。君が最善と考える方法を採ってくれ』
「了解しました、少将。さすがに候補生時代のような無茶はしません」
クリフォードは軽口で返すが、マイヤーズは真面目な表情を崩さない。
『現在確認できるだけで十二隻の商船が本星系にいるが、更に多くの商船がジャンプアウトしてくるだろう。すべてを調べるには手が足りないだろうから、キャメロットに戻ったら、すぐに新たな戦隊を派遣してもらうよう上申する』
「ありがとうございます。では、準備を始めます」
クリフォードは直ちに準備に掛かるが、マイヤーズがサミュエル同様にまだ何かあると考えていることが気になっていた。
(確かにこれだけ用意周到な敵であれば何かありそうだが……)
そんなことを考えながら、Z級駆逐艦ゼブラ626に移動するため、Jデッキにある格納庫に向かった。ゼブラに移動するのは艦長であるケビン・ラシュトン少佐の方がゼファーのファビアンより先任であるためだ。
格納庫では旗艦艦長であるバートラム・オーウェル中佐が真面目な表情で待っていた。
「無茶はしないでください」
「君だけじゃなく、マイヤーズ少将もサムも心配しているのだが、今回は大破した通商破壊艦と星系内の商船を調べるだけだ。戦闘になる可能性は低いと思うのだが」
「俺もそうですが、准将が通商破壊艦に乗り込んで大暴れするんじゃないかって心配しているんですよ。特にサムは准将が陸戦で活躍しているのを二回も見ていますから」
その言葉にクリフォードは苦笑する。
「私はそこまで好戦的じゃないぞ。今回は私自身が商船に乗り込む気もないからな」
クリフォードはマイヤーズが去った後、本星系の最高位士官となることの意味を理解していた。
支配星系の最高位士官は政府そのものと言っていい。そのため、超法規的措置を含め、大きな権限を有している。今回は国王が襲撃を受けるという王国の歴史の中でも特筆すべき事件であり、徹底的に調べるつもりでいる。
「ホーナー中尉、准将のことを頼んだぞ」
バートラムはクリフォードの後ろで整列する宙兵隊の隊長に声を掛けた。
「了解です。准将のことはお任せください」
マイルズ・ホーナー中尉は宙兵隊員としては小柄で、ニキビが目立つ童顔だ。普段は笑顔を浮かべている好青年だが、今は真面目な表情で敬礼している。
ホーナーは見た目に反し、格闘術の達人で、彼より頭一つ以上大きな宙兵隊下士官ですら素手で倒せる猛者だ。第二特務戦隊の宙兵隊として抜擢されたことに誇りを持っている。
そのやり取りにクリフォードは再び苦笑しそうになるが、真面目な表情でバートラムに指示を出す。
「閣僚のスタッフたちのことを頼む」
「了解しました、准将! 准将に敬礼!」
その言葉で居並ぶ将兵が一斉に敬礼する。クリフォードは答礼すると、大型艇であるアウルに乗り込んだ。
ゼブラ626に乗り込むと、ケビン・ラシュトン少佐が格納庫で待っていた。
「准将をお迎えでき、光栄です!」
「私も同じ思いだ。これからよろしく頼む」
そう言った後、ホーナーたちに命令を出す。
「宙兵隊は艦長の指示に従ってくれ。もしかしたら大破した通商破壊艦に乗り込むかもしれない。念のため、その準備をしておいてくれ」
「了解しました、准将!」
ホーナーは宙兵たちと共に格納庫から出ていった。
ラシュトンと共に戦闘指揮所に向かう。
「状況を確認してからになるが、ホーナー中尉に言った通り、大破した敵艦に乗り込む可能性がある。士官一名と掌帆手と技術兵を数名選抜しておいてほしい」
「了解しました、准将」
「敵艦から脱出ポッドが射出されていない。状況から考えれば、生存者がいる可能性が高い。その生存者が証拠隠滅のために自爆することも充分に考えられる。危険な任務だから志願者を募ってほしい」
クリフォードたちアルビオン王国軍の者は知りえない事実だが、タランタル隊六隻のうち、大破し漂流している改造商船はヴェロニカと呼ばれていた。ヴェロニカの船体は大きく変形し、対消滅炉がある機関室付近が抉れているため自爆できなかった。
CICに入ると、すぐにマイヤーズに連絡を取る。
「乗り込み完了しました。これより調査を開始します」
『よろしく頼む。我々も最大戦速でキャメロット星系に向かう。では、幸運を祈る』
マイヤーズがきれいな敬礼でそういうと、クリフォードも同じように敬礼した。
通信を切ると、クリフォードは別動隊に向けて放送を行った。
「これより大破した敵改造商船の調査を行う。また、今後本星系を航行する商船の臨検を行う可能性もある。今回の件では不明な点が多い。油断することなく、各自の職務を果たしてほしい。以上だ」
放送を終えると、ラシュトンに命令を出した。
「大破した改造商船に向かう。〇・一光秒(約三万キロメートル)の距離で停止し、調査隊を派遣する」
「了解しました、准将。改造商船に向けて針路を取ります」
最大戦速であったため、既に百光秒近く離れている。そのため、最大加速度で七百秒加速した後に、再び最大加速度で七百秒減速する必要があった。
「士官室を借りるぞ。志願した士官とホーナー中尉を呼んでくれ。調査の手順を確認する」
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