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第八部:「聖王旗に忠誠を」

第二十五話

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 宇宙暦SE四五二五年五月三十日、標準時間一三〇〇。

 国王護衛戦隊はシビル星系内を順調に航行していた。
 商船が使う通常航路から三十光分ほど離れた航路を単独で進み、小惑星帯に差し掛かろうとしている。

 全体の指揮官であるエルマー・マイヤーズ少将は全艦に戦闘準備を命じた。また、レイモンド・フレーザー少将率いる第十一艦隊独立戦隊は国王を守る第一特務戦隊の前方十光秒の位置に展開し、索敵能力が高いS級駆逐艦五隻を本体から更に先行させて索敵に当たらせている。

 クリフォードの第二特務戦隊も戦闘準備を終え、いつも通りに船外活動用防護服ハードシェルを装備している。クリフォードもハードシェルに身を固め、戦闘指揮所CICの司令席に座り、索敵部隊からの情報を見つめていた。

(詳細な航路は出港直前に戦隊司令部にのみ通達されているから事前に知ることはできなかったはずだ。こちらの航跡から想定したとしても誤差は大きい。完全な奇襲は難しいはずだが……)

 そんなことを考えていたが、部下たちに注意を促す。

「そろそろ小惑星帯だ。まだ岩塊の密度は低いが、充分に隠れる場所はある。監視を怠るな」

「「了解しました、准将アイアイサー!」」

 CICに了解の声が木霊する。
 クリフォードはそれに頷くと、通信機のマイクを取る。

「オークリーフ221とプラムリーフ67に命令。戦隊の前方にて能動アクティブ系センサーによる探査を開始せよ」

『オークリーフ221、了解。アクティブ系センサーによる探査を開始します』

『プラムリーフ67、了解。アクティブ系センサーによる探査を開始します』

 二人の艦長から了解の通信が入る。
 命令を出しながらもフレーザー戦隊の動きが気になっていた。

(フレーザー戦隊のS級駆逐艦が独立戦隊本隊に近すぎる。せめて十光秒は先行すべきだが、今の位置では三光秒も離れていない。星間物質の濃度が高くなれば、五光秒以内に入らなければ発見できない可能性が高い。このままでは発見直後に奇襲を受ける可能性がある……)

 彼の懸念はマイヤーズも感じていたため、フレーザーに命令を出した。

『フレーザー少将、S級駆逐艦を貴戦隊本隊から十光秒前方に配置せよ。また、索敵範囲を広げるため、S級駆逐艦を散開させてほしい』

 フレーザー戦隊と十光秒離れているため、二十秒後に返信が来る。

『この位置でも問題ないはずだ。万が一、敵がステルスミサイルを発射した場合、対応しやすい。再考願う』

 S級駆逐艦は十基の対宙レーザーを持つ。対宙レーザーの射程は一光秒程度であり、距離が離れれば、効果的な迎撃ができない。フレーザーはそのことを念頭に主張した。

『索敵を優先する。こちらの指示通りに配置せよ』

『了解した。S級駆逐艦を前方に展開する』

 フレーザーは不機嫌そうな声で了承し、S級駆逐艦を前に出した。
 マイヤーズは珍しく苛立ちを見せていた。このやり取りだけで一分近い時間を費やしているためだ。

(マイヤーズ少将の言っていることの方が正しい。大規模な艦隊戦ならともかく、敵の数は多くても十隻程度。ステルスミサイルは多くても五十基程度だろう。第一特務戦隊と第二特務戦隊を合わせれば、二百基以上のレーザーを持つ。完全な待ち伏せが可能なら別だが、針路から十光秒も離れていたら比較的長い加速が必要だ。それなら事前に探知できる方が安全だろう)

 戦隊は光速の二十パーセント、〇・二光速Cで航行している。そのため、正面から接近する場合を除き、側方から攻撃する場合はベクトルを合わせる必要がある。

 フレーザー戦隊が動き始めた直後、情報士が警告を発した。

「哨戒線前方十五光秒に艦船の反応あり! 敵味方識別装置IFF反応なし! 質量二百万トン! 三kGにて加速中! ヤシマ商船の改造型の模様! 七十秒後に最接近します!」

 その言葉にクリフォードが冷静に命令を出す。

「敵性勢力と認める。全艦砲撃戦用意。マイヤーズ少将の命令があり次第、砲撃を開始せよ」

 命令を出しながらも、一隻だけが突撃してくることに違和感を覚えていた。

(どうせ見つかるならと自暴自棄になったのか? それにしてもどうやってこの航路上に潜んでいられたのだろうか? 複数の艦が散開して待ち伏せていたのか?)

 クリフォードは疑問を持つが、すぐにマイヤーズの命令が届く。

『敵性勢力と認定する。全艦攻撃を開始せよ!』

「了解。攻撃を開始します」

 クリフォードはそう答えると、すぐに麾下の艦に命令を出す。

「フロビッシャー及びグラスゴーは砲撃を開始せよ。囮の可能性が高い。他の艦は周囲の警戒を継続せよ」

 マイヤーズの命令でフレーザー戦隊の各艦が攻撃を開始した。
 全艦による一斉砲撃だけでなく、駆逐艦からはステルスミサイルまで発射されており、完全に過剰な攻撃だった。

「フロビッシャー及びグラスゴーは砲撃中止。デブリと電磁波によるノイズに隠れて敵が接近してくる可能性がある。今まで以上に注意せよ!」

 命令を出しながら、フレーザーの指揮に困惑していた。

(二百万トン級の商船改造型なら重巡航艦二隻の砲撃で充分だ。ここでステルスミサイルが爆発すれば、デブリとノイズでセンサー類の性能が一時的に低下する。そのことを考慮しなかったのだろうか……)

 すぐにメインスクリーンから敵艦の表示が消えた。

「敵改造商船轟沈!」

 CIC要員はその言葉に興奮することなく、冷静に対応していた。

「今のは何だったのだと思いますか?」

 旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐が振り返り、クリフォードに質問する。

「自暴自棄になったように見えるが、何かがおかしい。警戒は緩めるな」

了解しました、准将アイアイサー

 フロビッシャーのCICは冷静さを保っていたが、フレーザーは興奮気味にマイヤーズに通信を入れていた。

『我が戦隊が敵を撃破したぞ!』

『こちらでも確認している。陽動の可能性がある。索敵を継続せよ』

 マイヤーズは冷静に命令を出す。

「オークリーフのドイル艦長から通信が入っています」

「繋いでくれ」

 すぐにマーカス・ドイル少佐の姿が映し出される。

『今の爆発は対消滅炉リアクターを暴走させたものです。敵はこちらの目を潰すつもりのようです。直ちに針路を変えるべきと考えます』

「了解した」

 クリフォードはすぐに彼の言葉の意味を理解した。

「マイヤーズ少将に繋いでくれ。大至急だ」

 副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が慌ててコンソールを操作する。

『マイヤーズだ』

「敵は伏兵を置いています。直ちに針路を変更すべきです」

『了解した』

 マイヤーズも彼の言葉の意味を理解し、すぐに命令を出す。

『全艦左舷九十度、六kGで変針! 回避機動再開! 敵艦の爆発地点付近に注意を払え!』

 その命令に第一特務戦隊と第二特務戦隊は即座に反応した。
 しかし、フレーザー戦隊は反応できない。

『どういうことだ? こんなところで変針する必要はないだろう』

 マイヤーズは距離による緩慢な通信にイライラしながらも冷静な口調で再度指示を出した。

『敵が一時的にセンサー類を潰しにきた可能性が高い。独立戦隊も命令に従い、直ちに変針せよ』

 マイヤーズの厳しい口調にもフレーザーの反応は鈍い。

『無駄な命令ではあるが、とりあえず了解した』

 フレーザー戦隊がバラバラと変針を始めた。
 距離の関係もあって、このやり取りに一分ほど掛かった。その間にフレーザー戦隊は直進し、敵艦の爆発地点に突入していく。

 第一特務戦隊と第二特務戦隊は無理やりベクトルを変えたものの、最大戦速での航行ということで針路を僅かに変えただけだ。

 クリフォードはマイヤーズに通信を入れた。

「このまま行けば爆発地点の二光秒左を通過します。艦首を前方に向けた方がよいのではありませんか」

『そうだな。全艦変針停止。艦首を元に戻し、敵からの攻撃に備えよ』

 マイヤーズはクリフォードの懸念を即座に理解し、命令を発した。
 その時、フロビッシャーの情報士が警告を発した。

「ステルスミサイル接近! 数は三十……いえ、四十八基です! 約三十秒後に到達します!」

 メインスクリーンに無数のステルスミサイルのアイコンが表示される。
 更に情報士は悲鳴に近い声で叫ぶ。

「通商破壊艦らしき改造商船接近! 数は五! 相対距離十五光秒! ほぼ真正面です!」

 その声にCICの中にざわめきが起きる。

「落ち着け! 改造商船はフレーザー戦隊が何とかしてくれる! 我々はミサイルに対応するんだ!」

 艦長のバートラムが一喝し、CIC要員を落ち着かせる。

「第二特務戦隊各艦はアルビオン7を守れ! 手動回避停止。ステルスミサイルの迎撃に専念せよ」

 クリフォードの冷静な声がCICに響いた。
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