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第八部:「聖王旗に忠誠を」
第十九話
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宇宙暦四五二五年五月二十一日。
クリフォードは第九十一哨戒艦隊の旗艦重巡航艦エクセター225を訪問していた。
哨戒艦隊司令官レイモンド・フレーザー少将を表敬訪問するためだが、出迎えた将兵の中に士官候補生時代に一緒に戦ったガイ・フォックス上級兵曹長を見つけ、旧交を温めるべく士官次室に向かう。
士官次室の前で声を掛ける。
「コリングウッドだが、掌帆長に会いに来た。入室を許可してもらえないか」
士官次室や兵員区画に入る場合、艦長であっても許可を求めることがマナーとされている。しかし、将官が訪れることはなく、扉を開けた士官候補生が驚きのあまり目を丸くしていた。
「ど、どうぞ、お入りください、准将」
“崖っぷち”と呼ばれ、マスコミを賑わす有名人を前に固まりながらも招き入れた。
「ありがとう、候補生。掌帆長のガイ・フォックス上級兵曹長に会いに来たのだが?」
その声でフォックスが現れた。
「本当の来られたのですね。驚きましたよ、准将」
他の准士官や士官候補生も自室の扉から覗き見ている。
「そこのラウンジを使わせてもらってもいいかな。君の席はどこなんだい?」
士官次室には小さなラウンジがあるが、准士官が座る席は決まっている。
「俺の場所は一番端です。こちらにどうぞ」
そう言ってソファの一画を指差した。
「ガンルームのしきたりをまだおぼえていらっしゃるんですね」
「おいおい、私がガンルームにいたのはまだ十三年ほど前のことだぞ。忘れるほど昔の話じゃない」
そう言ってクリフォードは笑った。
フォックスは大きめのマグカップをローテーブルに置いた。
「俺たちは非番ですが、准将に配給酒はまずいと思って、コーヒーにしました」
「そうだな。君たちの飲み方をしてフラフラになって艦を降りたら笑いものになる。配慮してくれてありがとう」
そう言ってクリフォードはマグカップを手に取って笑う。
それからフォックスと旧交を温めていく。
「君と“ローストピーナッツ”に潜入した時は右も左も分からない候補生だった。デンゼル大尉が負傷された時はここで死ぬのだと思っていたよ」
トリビューン星系の歪な形の小惑星AZ-258877にゾンファ共和国の通商破壊艦支援拠点はあった。その小惑星は形と暗褐色の恒星に照らされた色から、下士官兵たちから“ローストピーナッツ”と呼ばれていた。(第一部参照)
「あの時は准将のお陰で生き残れました。今でも思い出しますよ。ドックの中で爆薬を投げて准将が見事に狙撃で爆発させたことを」
「あの時は必死だったから、あまり覚えていないな……」
十分ほど話をしたところで、クリフォードは立ち上がろうとした。
「そろそろ戻る時間だな。サムも一緒だったらよかったのだが、またいつか話をしよう」
そこでフォックスは小声で止める。
「准将に相談があるんです。少しだけいいでしょうか」
クリフォードはフォックスの表情がそれまでと違い、悩んでいるように見えたため、上げかけた腰を下ろす。
「下士官たちが不満を持っていることは准将もご存知だと思います。うちの艦で何か起きそうで、それでどうしたらよいものかと……」
そう言った後、手短にゴードン・モービーが何か企んでいるのではないかと説明する。その際、固有名詞は言わず、懸念だけを伝えた。
「不満を持った者が何か起こすかもしれないということか……私はこの艦や戦隊に対して何ら権限を持っていない。だから私にできることはないかもしれない。だが、何か分かったらフロビッシャーの准士官か下士官を通じて連絡してくれ。偶然知ったことにして、できる限りのことはする」
フォックスはその言葉に安堵の息を吐きだした。
「准将に相談してよかったです。国王陛下に何かあったらと気が気じゃなかったんですが、仲間を売ることもできませんし」
彼が安堵したのはクリフォードが非公式のルートで連絡を入れてくれと言ったためだ。
もし、正規のルートで報告すべきと言われたら、この艦の士官を通じ、艦長や司令官に話がいく。その場合、解決の見込みがなく、後手に回ると思っていた。
しかし、クリフォードが対応してくれるなら、早期に適切な手を打ってくれると安堵した。
「本来、このようなことを私が口を出すことは、指揮命令系を無視した行いだ。だから、この艦で対処してくれることがベストだ。だが、今回は不可解なことが多すぎる。少しでも疑問を持ったら、ためらわずに教えてくれ」
それだけ言うと、クリフォードは明るい表情に変える。
「ガイ、君と話ができてよかった! マイヤーズ少将やサムにも君が元気だったことを伝えておくよ。それではごちそうになった」
周囲に聞こえるよう、大きな声でそう言うと立ち上がり、ガンルームを出ていった。
残されたフォックスは他の准士官から声が掛かる。
「本当にあの“崖っぷち”の大将と知り合いだったんだな」
「俺はお前が吹いていると思っていたぜ。いや、マジで戦友だったんだな」
フォックスがブルーベル34の掌帆手であったことは経歴から分かるが、ゾンファの拠点に侵入した作戦の詳細な情報は開示されておらず、彼がクリフォードと共に戦ったという話は誇張もしくは法螺だと思われていた。
「これで信じただろ。まあ、俺もあの候補生の坊やがここまで出世するとは思っちゃいなかったがな」
フォックスはモービーのことを相談でき、肩の荷が下りたため、いつも通りの陽気な掌帆長に戻っていた。
一方のクリフォードだが、エクセター225の退艦時はにこやかな表情を浮かべていたが、旗艦フロビッシャー772に戻ると、難しい顔で考え込んでいた。
(フォックスは肝が据わった男だし、猜疑心が強いわけでもない。その彼があれほど悩んでいたということは、大きな事件が起きそうだということだ……フレーザー少将もレヴィ艦長も部下の掌握にあまり気を配るタイプじゃない……)
そこでクリフォードは盟友であるサミュエル・ラングフォード中佐と旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐を呼び出した。
そして手短にフォックスから聞いた話を伝える。
話を聞き終えたところでサミュエルが懸念を口にした。
「あのガイ・フォックスが不安を伝えてきたのか……だとすれば、何か起きる可能性が高いという君の考えは妥当だろうな。だが、フレーザー少将の独立護衛戦隊は臨時で抽出されたと聞く。ゾンファや帝国でも手の打ちようがないと思うのだが?」
「その点は私も同じ考えだが、フレーザー少将が指名されたことが気になっている。彼が祖国を裏切るとは思っていないが、何らかの仕込みがある可能性は否定できないからな」
そこでバートラムが自分の考えを話す。
「俺はその掌帆長のことは分からんが、エクセター225はあまりよい評判を聞かない。下士官たちが何かするとすれば、上官への反抗くらいじゃないのか? 艦長に要求を突きつけ、それを艦の外に向けて発信すれば、国王陛下が聞きつける。下士官たちなら通信システムを乗っ取るくらい、わけはないからな」
バートラムの意見にクリフォードは首を横に振る。
「その程度であれば、フォックスが私に相談することはないはずだ。最悪の場合、エクセターで反乱が起きるのではないかと思っている」
「反乱だと! 下士官たちが艦を乗っ取るというのか!」
バートラムが驚きの声を上げ、サミュエルも同じように驚き、目を見開いている。
これまで王国軍で反乱によって艦が乗っ取られたことはないためだ。
「そのくらいインパクトがあることが起きるのではないかと思っている。ただ、分からないのは何のために反乱を起こさせるかだ。艦を乗っ取れたとしてもそれで何かができるわけじゃないからな」
戦闘指揮所を制圧したとしても、艦長もしくはCICにいる最高位の士官の命令がなければ、兵器が使用できない措置が施されている。それを解除することはシステムのエキスパートである下士官であっても不可能だ。
また、そもそも王国軍の識別信号が発信されている艦を攻撃するには司令官の許可が必要であり、下士官がCICを乗っ取ってもできることはほとんどない。
「反乱が起きたという事実が必要ということは考えられないか? 長いアルビオン王国軍の歴史の中で反乱によって艦を奪われたことはない。その汚点を政治的に利用しようと考えているのではないか?」
サミュエルの指摘にクリフォードは頷くが、納得した様子はない。
「それは私も考えたが、わざわざ国王陛下の護衛戦隊でそれを起こす意味が分からない。反乱が起きたという事実だけなら、他で起こした方が容易だからな」
サミュエルとバートラムもその説明に頷く。
「国王陛下に直訴するってのは考えられないか? 反乱を起こすほど切羽詰まっているのだと訴えれば、軍に理解のある陛下なら聞いてくださるかもしれないと考える奴がいてもおかしくはない」
バートラムの言葉にサミュエルが同意する。
「確かにそれはありそうだ。特にエクセターは艦長も副長も当てにならないし、司令官はもっと酷い。自分たちの主張を陛下に聞いてもらうだけだと言えば、下士官たちも協力する者が出てくる可能性はある」
「それはありそうだ。だとすると、防ぐ方法はある」
クリフォードはそういうと、二人に考えを説明した。
二人もその案に賛同し、クリフォードは独自に動き始めた。
クリフォードは第九十一哨戒艦隊の旗艦重巡航艦エクセター225を訪問していた。
哨戒艦隊司令官レイモンド・フレーザー少将を表敬訪問するためだが、出迎えた将兵の中に士官候補生時代に一緒に戦ったガイ・フォックス上級兵曹長を見つけ、旧交を温めるべく士官次室に向かう。
士官次室の前で声を掛ける。
「コリングウッドだが、掌帆長に会いに来た。入室を許可してもらえないか」
士官次室や兵員区画に入る場合、艦長であっても許可を求めることがマナーとされている。しかし、将官が訪れることはなく、扉を開けた士官候補生が驚きのあまり目を丸くしていた。
「ど、どうぞ、お入りください、准将」
“崖っぷち”と呼ばれ、マスコミを賑わす有名人を前に固まりながらも招き入れた。
「ありがとう、候補生。掌帆長のガイ・フォックス上級兵曹長に会いに来たのだが?」
その声でフォックスが現れた。
「本当の来られたのですね。驚きましたよ、准将」
他の准士官や士官候補生も自室の扉から覗き見ている。
「そこのラウンジを使わせてもらってもいいかな。君の席はどこなんだい?」
士官次室には小さなラウンジがあるが、准士官が座る席は決まっている。
「俺の場所は一番端です。こちらにどうぞ」
そう言ってソファの一画を指差した。
「ガンルームのしきたりをまだおぼえていらっしゃるんですね」
「おいおい、私がガンルームにいたのはまだ十三年ほど前のことだぞ。忘れるほど昔の話じゃない」
そう言ってクリフォードは笑った。
フォックスは大きめのマグカップをローテーブルに置いた。
「俺たちは非番ですが、准将に配給酒はまずいと思って、コーヒーにしました」
「そうだな。君たちの飲み方をしてフラフラになって艦を降りたら笑いものになる。配慮してくれてありがとう」
そう言ってクリフォードはマグカップを手に取って笑う。
それからフォックスと旧交を温めていく。
「君と“ローストピーナッツ”に潜入した時は右も左も分からない候補生だった。デンゼル大尉が負傷された時はここで死ぬのだと思っていたよ」
トリビューン星系の歪な形の小惑星AZ-258877にゾンファ共和国の通商破壊艦支援拠点はあった。その小惑星は形と暗褐色の恒星に照らされた色から、下士官兵たちから“ローストピーナッツ”と呼ばれていた。(第一部参照)
「あの時は准将のお陰で生き残れました。今でも思い出しますよ。ドックの中で爆薬を投げて准将が見事に狙撃で爆発させたことを」
「あの時は必死だったから、あまり覚えていないな……」
十分ほど話をしたところで、クリフォードは立ち上がろうとした。
「そろそろ戻る時間だな。サムも一緒だったらよかったのだが、またいつか話をしよう」
そこでフォックスは小声で止める。
「准将に相談があるんです。少しだけいいでしょうか」
クリフォードはフォックスの表情がそれまでと違い、悩んでいるように見えたため、上げかけた腰を下ろす。
「下士官たちが不満を持っていることは准将もご存知だと思います。うちの艦で何か起きそうで、それでどうしたらよいものかと……」
そう言った後、手短にゴードン・モービーが何か企んでいるのではないかと説明する。その際、固有名詞は言わず、懸念だけを伝えた。
「不満を持った者が何か起こすかもしれないということか……私はこの艦や戦隊に対して何ら権限を持っていない。だから私にできることはないかもしれない。だが、何か分かったらフロビッシャーの准士官か下士官を通じて連絡してくれ。偶然知ったことにして、できる限りのことはする」
フォックスはその言葉に安堵の息を吐きだした。
「准将に相談してよかったです。国王陛下に何かあったらと気が気じゃなかったんですが、仲間を売ることもできませんし」
彼が安堵したのはクリフォードが非公式のルートで連絡を入れてくれと言ったためだ。
もし、正規のルートで報告すべきと言われたら、この艦の士官を通じ、艦長や司令官に話がいく。その場合、解決の見込みがなく、後手に回ると思っていた。
しかし、クリフォードが対応してくれるなら、早期に適切な手を打ってくれると安堵した。
「本来、このようなことを私が口を出すことは、指揮命令系を無視した行いだ。だから、この艦で対処してくれることがベストだ。だが、今回は不可解なことが多すぎる。少しでも疑問を持ったら、ためらわずに教えてくれ」
それだけ言うと、クリフォードは明るい表情に変える。
「ガイ、君と話ができてよかった! マイヤーズ少将やサムにも君が元気だったことを伝えておくよ。それではごちそうになった」
周囲に聞こえるよう、大きな声でそう言うと立ち上がり、ガンルームを出ていった。
残されたフォックスは他の准士官から声が掛かる。
「本当にあの“崖っぷち”の大将と知り合いだったんだな」
「俺はお前が吹いていると思っていたぜ。いや、マジで戦友だったんだな」
フォックスがブルーベル34の掌帆手であったことは経歴から分かるが、ゾンファの拠点に侵入した作戦の詳細な情報は開示されておらず、彼がクリフォードと共に戦ったという話は誇張もしくは法螺だと思われていた。
「これで信じただろ。まあ、俺もあの候補生の坊やがここまで出世するとは思っちゃいなかったがな」
フォックスはモービーのことを相談でき、肩の荷が下りたため、いつも通りの陽気な掌帆長に戻っていた。
一方のクリフォードだが、エクセター225の退艦時はにこやかな表情を浮かべていたが、旗艦フロビッシャー772に戻ると、難しい顔で考え込んでいた。
(フォックスは肝が据わった男だし、猜疑心が強いわけでもない。その彼があれほど悩んでいたということは、大きな事件が起きそうだということだ……フレーザー少将もレヴィ艦長も部下の掌握にあまり気を配るタイプじゃない……)
そこでクリフォードは盟友であるサミュエル・ラングフォード中佐と旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐を呼び出した。
そして手短にフォックスから聞いた話を伝える。
話を聞き終えたところでサミュエルが懸念を口にした。
「あのガイ・フォックスが不安を伝えてきたのか……だとすれば、何か起きる可能性が高いという君の考えは妥当だろうな。だが、フレーザー少将の独立護衛戦隊は臨時で抽出されたと聞く。ゾンファや帝国でも手の打ちようがないと思うのだが?」
「その点は私も同じ考えだが、フレーザー少将が指名されたことが気になっている。彼が祖国を裏切るとは思っていないが、何らかの仕込みがある可能性は否定できないからな」
そこでバートラムが自分の考えを話す。
「俺はその掌帆長のことは分からんが、エクセター225はあまりよい評判を聞かない。下士官たちが何かするとすれば、上官への反抗くらいじゃないのか? 艦長に要求を突きつけ、それを艦の外に向けて発信すれば、国王陛下が聞きつける。下士官たちなら通信システムを乗っ取るくらい、わけはないからな」
バートラムの意見にクリフォードは首を横に振る。
「その程度であれば、フォックスが私に相談することはないはずだ。最悪の場合、エクセターで反乱が起きるのではないかと思っている」
「反乱だと! 下士官たちが艦を乗っ取るというのか!」
バートラムが驚きの声を上げ、サミュエルも同じように驚き、目を見開いている。
これまで王国軍で反乱によって艦が乗っ取られたことはないためだ。
「そのくらいインパクトがあることが起きるのではないかと思っている。ただ、分からないのは何のために反乱を起こさせるかだ。艦を乗っ取れたとしてもそれで何かができるわけじゃないからな」
戦闘指揮所を制圧したとしても、艦長もしくはCICにいる最高位の士官の命令がなければ、兵器が使用できない措置が施されている。それを解除することはシステムのエキスパートである下士官であっても不可能だ。
また、そもそも王国軍の識別信号が発信されている艦を攻撃するには司令官の許可が必要であり、下士官がCICを乗っ取ってもできることはほとんどない。
「反乱が起きたという事実が必要ということは考えられないか? 長いアルビオン王国軍の歴史の中で反乱によって艦を奪われたことはない。その汚点を政治的に利用しようと考えているのではないか?」
サミュエルの指摘にクリフォードは頷くが、納得した様子はない。
「それは私も考えたが、わざわざ国王陛下の護衛戦隊でそれを起こす意味が分からない。反乱が起きたという事実だけなら、他で起こした方が容易だからな」
サミュエルとバートラムもその説明に頷く。
「国王陛下に直訴するってのは考えられないか? 反乱を起こすほど切羽詰まっているのだと訴えれば、軍に理解のある陛下なら聞いてくださるかもしれないと考える奴がいてもおかしくはない」
バートラムの言葉にサミュエルが同意する。
「確かにそれはありそうだ。特にエクセターは艦長も副長も当てにならないし、司令官はもっと酷い。自分たちの主張を陛下に聞いてもらうだけだと言えば、下士官たちも協力する者が出てくる可能性はある」
「それはありそうだ。だとすると、防ぐ方法はある」
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