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第八部:「聖王旗に忠誠を」
第十四話
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宇宙暦四五二五年四月二十四日。
ストリボーグ艦隊のニカ・ドゥルノヴォ中将は帝都スヴァローグに降り立った。
その表情は彼の性格通り生真面目そうなものだが、内心では困惑していた。
(この国では何が起きているのだろうか……私にどうにかできるものなのだろうか……)
彼は年明けの皇帝暗殺未遂事件の真相を探り、更にスヴァローグ艦隊を味方につけるようストリボーグ藩王ニコライ十五世の命令を受けていたのだ。
一月五日に皇帝アレクサンドル二十二世暗殺未遂事件が発生し、皇帝が重傷を負ったという情報が帝国内を駆け巡る。
ドゥルノヴォは藩王ニコライと共に帝都からストリボーグ星系に移動中であったため、一月二十五日にラードスチ星系でその情報を知った。
『皇帝が襲撃を受けただと。それは真か!』
ニコライが疑問を口にするが、それに答えられる者は当然いなかった。
『これは好機ではありませんかな。重傷を負ったこと自体は事実のようですから、皇帝の身を守るためと称し、ストリボーグから艦隊を派遣してはいかがでしょうか』
ストリボーグ艦隊司令官であり側近であるティホン・レプス上級大将が提案する。
『艦隊を派遣するだと……』
『皇帝がスヴァローグで襲撃されたのです。スヴァローグ艦隊も敵の可能性があります。ダジボーグ艦隊は燃料の関係で動けませんから、我らストリボーグ艦隊が皇帝を守りに行ってもおかしなことではありません。その上で皇帝の容態が思わしくないと発表し、陛下が次期皇帝となられてはいかがかと』
本来、藩王の敬称は“閣下”だが、レプスはあえて“陛下”と呼び、決起を促した。
ニコライはその提案にしばらく沈黙して考え込む。
『罠の可能性があるな……』
『罠でございますか?』
『そうだ。あのアレクサンドルが帝都で襲撃を許すはずがない。つまり、狂言の可能性は充分にあるということだ。ここで艦隊を派遣すれば、叛意ありとして処断するつもりかもしれん。とりあえず、状況を見守るしかなかろう。もし、本当に襲撃を受けているなら死ぬ可能性もあるし、狂言ならそのことをもって糾弾すればよい』
『なるほど。さすがは陛下。深い読みでございますな』
レプスは即座に頷き、追従の言葉を口にした。
ニコライは二月一日にストリボーグに到着すると、全宇宙に向けて談話を発表した。
『……皇帝陛下がご無事であったことは僥倖であった。私は陛下の速やかなる回復を願っている。陛下がご無事であったが、スヴァローグ星系の治安に大きな不安を感じている。今後、スヴァローグ星系から要請があれば、我が星系から治安維持の専門家を派遣することもやぶさかではない……』
治安維持と称して艦隊を派遣することに含みを残しつつ、様子を見ることになった。
艦隊の派遣はなくなったが、その後皇帝の容態に関する情報はなかなか入らなかった。
代わりに皇太子であるピョートルの露出が増える。
ピョートルは二十四歳で黄金の髪と白皙の肌、切れ長の瞳、スラリとした長身が特徴的な貴公子だ。
『父であるアレクサンドル陛下に代わり、政務の一部を執り行う。無論、重大な案件については皇帝陛下が回復されてからとなるが、軽微な案件に関しては私が決裁する。このことについては既に皇帝陛下よりご裁可をいただいている……』
ピョートルは宣言通り、政務を代行するが、重大な案件には手を付けず、大きな問題は起きていない。
三月三十日になって、五十日ぶりに皇帝が公の場に姿を見せたという情報が入ってきた。
『余は卑劣な暗殺者の襲撃を受けたが、この通り健在である。臣下及び臣民諸君には心配を掛けたが、これまで通りに帝国の繁栄に努めてもらいたい……』
アレクサンドルは以前より痩せており、足運びも不安定に見えた。
それに対し、ニコライは行動を起こした。
『あれが擬態である可能性もある。スヴァローグでどのような状況になっているのか確認せねばならん。特に艦隊がどのように考えているのか、それによっては今後の方針に大きく影響する。ドゥルノヴォよ。艦隊の状況を探り、可能であれば味方につけよ』
『ご命令とあらば。しかしながら、小官は一指揮官に過ぎず、レプス閣下のような政治的な識見を有しているわけではございません。別の者にお命じいただいた方が成功するのではないかと愚考いたします』
その言葉に同席していたレプスも満足そうに頷いている。
『中将の言うことはもっともなことですな。彼は優秀な指揮官だが、こういった駆け引きの経験は少ないでしょう』
それに対し、ニコライは頭を振った。
『ドゥルノヴォが適任だろう。何といっても皇帝に見捨てられたのだ。スヴァローグ艦隊の将官たちも同情的だと聞く。ならば、胸襟を開いて話をする可能性が高い』
『なるほど。さすがは陛下ですな。そこまでお考えとは』
レプスは即座に方針を転換し、ニコライを褒め称える。
これにより、ドゥルノヴォのスヴァローグ派遣が決定したのだ。
更にニコライは帝国内に向けて皇帝の行動に疑問を投げかけることで、スヴァローグ星系に動揺を与えようとした。
『皇帝陛下が回復されたことは喜ばしいことである。しかしながら、藩王たる私にも一切の情報が入ってきていない。これは内戦を誘発するための策略とみられても仕方がない行いだと考えている。陛下が積極的に行われたとは考え難いが、陛下の周りには先のアルビオン王国外交使節団への襲撃を黙認した愚か者の同類が未だにいるのではないか。私はそのような者の策謀に乗ることはないが、帝国内の融和を脅かす非常に危険な状況だと憂慮している……』
この発表がスヴァローグ星系に届くと、多くの者が心の中で賛同していた。しかし、帝国保安局の目が厳しく、大きな動きにはなっていなかった。
そんな中、ドゥルノヴォが帝都に到着した。
(まずは艦隊に当たってみるか。昔の同僚なら機密情報以外は教えてくれるだろう……)
ドゥルノヴォは昔の伝手を使い、情報収集を始めた。しかし、潜在的な敵国であるストリボーグの将官である彼に会ってくれる者はほとんどいなかった。
いたとしても、密談と取られないように保安局の職員らしき者が同行し、逆にニコライの意図を探り出そうとされる始末だった。
(やはり無理か……まあ、諜報員が情報収集をしてくれているから、そちらに期待するしかないな……)
同行していた諜報員が集めてきた情報を報告する。
「皇帝陛下の受傷は事実のようです。式典に参加していた者の多くが目撃しており、腹部への銃撃により来ていた服が血に染まったという証言を得ています。姿を見せられてから二ヶ月経った現在でも体調は思わしくないようで、皇太子殿下が常に付き添っておられるとのことでした」
「なるほど。さすがに狂言ではなかったか」
ドゥルノヴォが納得すると諜報員は小声で話し始めた。
「気になる噂を聞きました」
「それは?」
「今回の首謀者に関し、当初は藩王閣下ではないかという噂が流れたそうですが、すぐに立ち消えております。そして、皇太子殿下が命じたのではないかという噂が密かに流れていたそうです」
「皇太子殿下が? 何のためだ?」
「皇帝陛下と皇太子殿下の関係があまりよくないという話はご存じでしょうか?」
「ああ、聞いたことがある。皇帝陛下のやり方が迂遠すぎると皇太子殿下が批判されたそうだな」
二十年もの内戦を勝ち抜き、苦労の末に皇帝の座に就いたアレクサンドルと異なり、若いピョートルは内戦の苦労をほとんど知らずに育っている。
そのため、スヴァローグ星系に配慮しすぎるとアレクサンドルを批判していた。
「はい。それだけではなく、ストリボーグに対する対応も甘いと皇太子殿下はお考えのようです。そのため、皇帝陛下のお命を奪い、藩王閣下が命じたことにして、ストリボーグを攻めるという策に出たのではないかという噂があったそうです」
「まさか……」
「噂はすぐに立ち消えになったそうなので、保安局が動いた可能性があります。それもあって艦隊の士官も警戒しているのではないかと」
ドゥルノヴォは軽く頭を振ってから考えをまとめる。
(今の情報が正しいなら、私がここで動いても役には立たんだろう。藩王閣下の判断を仰いだ方がよさそうだな)
すぐにこの情報をストリボーグの藩王閣下に送付した。しかし、彼自身は帝都に残り、活動を継続している。
その理由だが、ドゥルノヴォがここにいて艦隊の士官に接触することで、何らかのリアクションがあるのではないかと考えたためだ。
彼自身に危険が及ぶ可能性はあるが、ここで殺されるようなら、この国はまた内乱に向かうだけで未来はないと割り切っていた。
ストリボーグ艦隊のニカ・ドゥルノヴォ中将は帝都スヴァローグに降り立った。
その表情は彼の性格通り生真面目そうなものだが、内心では困惑していた。
(この国では何が起きているのだろうか……私にどうにかできるものなのだろうか……)
彼は年明けの皇帝暗殺未遂事件の真相を探り、更にスヴァローグ艦隊を味方につけるようストリボーグ藩王ニコライ十五世の命令を受けていたのだ。
一月五日に皇帝アレクサンドル二十二世暗殺未遂事件が発生し、皇帝が重傷を負ったという情報が帝国内を駆け巡る。
ドゥルノヴォは藩王ニコライと共に帝都からストリボーグ星系に移動中であったため、一月二十五日にラードスチ星系でその情報を知った。
『皇帝が襲撃を受けただと。それは真か!』
ニコライが疑問を口にするが、それに答えられる者は当然いなかった。
『これは好機ではありませんかな。重傷を負ったこと自体は事実のようですから、皇帝の身を守るためと称し、ストリボーグから艦隊を派遣してはいかがでしょうか』
ストリボーグ艦隊司令官であり側近であるティホン・レプス上級大将が提案する。
『艦隊を派遣するだと……』
『皇帝がスヴァローグで襲撃されたのです。スヴァローグ艦隊も敵の可能性があります。ダジボーグ艦隊は燃料の関係で動けませんから、我らストリボーグ艦隊が皇帝を守りに行ってもおかしなことではありません。その上で皇帝の容態が思わしくないと発表し、陛下が次期皇帝となられてはいかがかと』
本来、藩王の敬称は“閣下”だが、レプスはあえて“陛下”と呼び、決起を促した。
ニコライはその提案にしばらく沈黙して考え込む。
『罠の可能性があるな……』
『罠でございますか?』
『そうだ。あのアレクサンドルが帝都で襲撃を許すはずがない。つまり、狂言の可能性は充分にあるということだ。ここで艦隊を派遣すれば、叛意ありとして処断するつもりかもしれん。とりあえず、状況を見守るしかなかろう。もし、本当に襲撃を受けているなら死ぬ可能性もあるし、狂言ならそのことをもって糾弾すればよい』
『なるほど。さすがは陛下。深い読みでございますな』
レプスは即座に頷き、追従の言葉を口にした。
ニコライは二月一日にストリボーグに到着すると、全宇宙に向けて談話を発表した。
『……皇帝陛下がご無事であったことは僥倖であった。私は陛下の速やかなる回復を願っている。陛下がご無事であったが、スヴァローグ星系の治安に大きな不安を感じている。今後、スヴァローグ星系から要請があれば、我が星系から治安維持の専門家を派遣することもやぶさかではない……』
治安維持と称して艦隊を派遣することに含みを残しつつ、様子を見ることになった。
艦隊の派遣はなくなったが、その後皇帝の容態に関する情報はなかなか入らなかった。
代わりに皇太子であるピョートルの露出が増える。
ピョートルは二十四歳で黄金の髪と白皙の肌、切れ長の瞳、スラリとした長身が特徴的な貴公子だ。
『父であるアレクサンドル陛下に代わり、政務の一部を執り行う。無論、重大な案件については皇帝陛下が回復されてからとなるが、軽微な案件に関しては私が決裁する。このことについては既に皇帝陛下よりご裁可をいただいている……』
ピョートルは宣言通り、政務を代行するが、重大な案件には手を付けず、大きな問題は起きていない。
三月三十日になって、五十日ぶりに皇帝が公の場に姿を見せたという情報が入ってきた。
『余は卑劣な暗殺者の襲撃を受けたが、この通り健在である。臣下及び臣民諸君には心配を掛けたが、これまで通りに帝国の繁栄に努めてもらいたい……』
アレクサンドルは以前より痩せており、足運びも不安定に見えた。
それに対し、ニコライは行動を起こした。
『あれが擬態である可能性もある。スヴァローグでどのような状況になっているのか確認せねばならん。特に艦隊がどのように考えているのか、それによっては今後の方針に大きく影響する。ドゥルノヴォよ。艦隊の状況を探り、可能であれば味方につけよ』
『ご命令とあらば。しかしながら、小官は一指揮官に過ぎず、レプス閣下のような政治的な識見を有しているわけではございません。別の者にお命じいただいた方が成功するのではないかと愚考いたします』
その言葉に同席していたレプスも満足そうに頷いている。
『中将の言うことはもっともなことですな。彼は優秀な指揮官だが、こういった駆け引きの経験は少ないでしょう』
それに対し、ニコライは頭を振った。
『ドゥルノヴォが適任だろう。何といっても皇帝に見捨てられたのだ。スヴァローグ艦隊の将官たちも同情的だと聞く。ならば、胸襟を開いて話をする可能性が高い』
『なるほど。さすがは陛下ですな。そこまでお考えとは』
レプスは即座に方針を転換し、ニコライを褒め称える。
これにより、ドゥルノヴォのスヴァローグ派遣が決定したのだ。
更にニコライは帝国内に向けて皇帝の行動に疑問を投げかけることで、スヴァローグ星系に動揺を与えようとした。
『皇帝陛下が回復されたことは喜ばしいことである。しかしながら、藩王たる私にも一切の情報が入ってきていない。これは内戦を誘発するための策略とみられても仕方がない行いだと考えている。陛下が積極的に行われたとは考え難いが、陛下の周りには先のアルビオン王国外交使節団への襲撃を黙認した愚か者の同類が未だにいるのではないか。私はそのような者の策謀に乗ることはないが、帝国内の融和を脅かす非常に危険な状況だと憂慮している……』
この発表がスヴァローグ星系に届くと、多くの者が心の中で賛同していた。しかし、帝国保安局の目が厳しく、大きな動きにはなっていなかった。
そんな中、ドゥルノヴォが帝都に到着した。
(まずは艦隊に当たってみるか。昔の同僚なら機密情報以外は教えてくれるだろう……)
ドゥルノヴォは昔の伝手を使い、情報収集を始めた。しかし、潜在的な敵国であるストリボーグの将官である彼に会ってくれる者はほとんどいなかった。
いたとしても、密談と取られないように保安局の職員らしき者が同行し、逆にニコライの意図を探り出そうとされる始末だった。
(やはり無理か……まあ、諜報員が情報収集をしてくれているから、そちらに期待するしかないな……)
同行していた諜報員が集めてきた情報を報告する。
「皇帝陛下の受傷は事実のようです。式典に参加していた者の多くが目撃しており、腹部への銃撃により来ていた服が血に染まったという証言を得ています。姿を見せられてから二ヶ月経った現在でも体調は思わしくないようで、皇太子殿下が常に付き添っておられるとのことでした」
「なるほど。さすがに狂言ではなかったか」
ドゥルノヴォが納得すると諜報員は小声で話し始めた。
「気になる噂を聞きました」
「それは?」
「今回の首謀者に関し、当初は藩王閣下ではないかという噂が流れたそうですが、すぐに立ち消えております。そして、皇太子殿下が命じたのではないかという噂が密かに流れていたそうです」
「皇太子殿下が? 何のためだ?」
「皇帝陛下と皇太子殿下の関係があまりよくないという話はご存じでしょうか?」
「ああ、聞いたことがある。皇帝陛下のやり方が迂遠すぎると皇太子殿下が批判されたそうだな」
二十年もの内戦を勝ち抜き、苦労の末に皇帝の座に就いたアレクサンドルと異なり、若いピョートルは内戦の苦労をほとんど知らずに育っている。
そのため、スヴァローグ星系に配慮しすぎるとアレクサンドルを批判していた。
「はい。それだけではなく、ストリボーグに対する対応も甘いと皇太子殿下はお考えのようです。そのため、皇帝陛下のお命を奪い、藩王閣下が命じたことにして、ストリボーグを攻めるという策に出たのではないかという噂があったそうです」
「まさか……」
「噂はすぐに立ち消えになったそうなので、保安局が動いた可能性があります。それもあって艦隊の士官も警戒しているのではないかと」
ドゥルノヴォは軽く頭を振ってから考えをまとめる。
(今の情報が正しいなら、私がここで動いても役には立たんだろう。藩王閣下の判断を仰いだ方がよさそうだな)
すぐにこの情報をストリボーグの藩王閣下に送付した。しかし、彼自身は帝都に残り、活動を継続している。
その理由だが、ドゥルノヴォがここにいて艦隊の士官に接触することで、何らかのリアクションがあるのではないかと考えたためだ。
彼自身に危険が及ぶ可能性はあるが、ここで殺されるようなら、この国はまた内乱に向かうだけで未来はないと割り切っていた。
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