上 下
352 / 375
第八部:「聖王旗に忠誠を」

第十三話

しおりを挟む
 宇宙暦SE四五二五年四月二十四日。

 キャメロット星系は歓喜に沸いていた。
 新たに即位した国王エドワード八世が到着したからだ。

「国王陛下、万歳!」

「アルビオン王家、万歳!」

 星系首都チャリスでは、王家の紋章である一角獣ユニコーンと獅子が描かれた聖王旗がそこかしこに掲げられ、出迎えた民衆たちはその小旗を振っている。
 その出迎えにエドワードは笑みを浮かべて手を振っていた。

 アルビオン王国では国王がアルビオン星系、王太子がキャメロット星系に常駐する体制を取り、王太子はプリンスオブキャメロットの称号を持つ。

 そんな王太子の中でもエドワードは特別な存在だった。その気さくな性格と軍への理解により、キャメロット星系では絶大な人気を誇っていたのだ。
 そのエドワードが国王として行幸したことで、民衆は熱狂している。

 エドワードはチャリスにある離宮で会見を行った。

「私は父ジョージ十五世の跡を継ぎ、国王となった。そのため、アルビオン星系にいることが多くなるが、私の心は常にキャメロットと共にある。王国を守護する王国軍とそれを支える国民を私は誇りに思っているためだ……」

 その言葉に民衆は更に熱狂する。

「王国軍を始めとした皆の働きにより、我が国に平和が訪れた。このことはすべての国民が誇りに思うべきことである。今、艦隊を縮小し、そのことに不満を持つ者がいると聞く。不満を持つことは致し方ないことだと私も思う。自分たちが成し遂げたことを否定されたように感じることは自然だからだ……」

 アルビオン王国の国王が政治に関するコメントを行うことは稀であり、そのことにそれまで熱狂していた民衆も一瞬で静かになった。

「しかし、その不満を抑え、新たな一歩を踏み出してほしいと私は強く願う。彼らが成し遂げた平和と共に豊かな世を次の世代に受け渡すためには、国家の繁栄は必須だからだ。政府に意見を言う立場にないが、私は彼らに可能な限り支援をしてもらいたいと心から願っている……」

 エドワードの真摯な言葉に下士官兵たちは静かに耳を傾けていた。
 不満を持っていた者も国王が共感と同情を示したことで、自分たちが見捨てられた存在でないと感じていたのだ。

 更にそれまでヒステリックに政権を批判していたメディアも論調を変えた。民衆に人気があるエドワードの発言を否定することは視聴者の反感を招くためだ。

『国王陛下のおっしゃる通り、我々は平和をもたらしてくれた兵士たちに感謝し、彼らが苦境に陥っているのであれば、手を差し伸べるべきでしょう……このチャンネルでは予備役に編入された兵士たちを支援するキャンペーンを行い、寄付も募っております。寄付の送付先は……』

 民主党の政治家たちも同様だった。彼らは八月に行われる下院議員選挙に向け、民衆を敵に回すことはできないと判断した。

 そのため、帝国への再侵攻を強硬に主張していたシンクレア・マクファーソン議員ですら、主張のトーンを落としていた。

『……帝国に対する懲罰は必要ですが、その前に予備役に編入される方のケアに注力すべきでしょう。現在政府が行っている支援策に対し、我が党では独自に追加策を提案し……』

 メディアが落ち着くことで、下士官兵たちも落ち着きを取り戻していった。

 この状況に艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーン大将は安堵の息を吐き出していた。

「陛下のご発言に助けられたな。アデル、君が陛下にお願いしたのか?」

 盟友である第九艦隊司令官アデル・ハース大将に話し掛ける。

「さすがにそんなお願いはできませんわ。王室関係者に聞いた話では陛下が自ら決断されたそうです。即位後のご発言としては踏み込みすぎていると反対が多かったそうですが、押し切られたと聞いています」

「そうか……ありがたいことだな。これで落ち着くだろう」

「まだ分かりません。帝国では何が起きているか分からない状況ですし、ゾンファは旧体制派が力を取り戻しています。この機に我が国に謀略を仕掛けてくることは充分に考えられますから」

「そうだな。今は陛下がいらっしゃるのだ。この状況で何か仕掛けてくることは充分に考えられる」

 ハースもそれに頷いていた。

 その頃、クリフォードは旧知の人物と顔を合わせていた。

「少将が陛下の護衛戦隊の司令官になられたと聞き、驚きましたよ」

 クリフォードが満面の笑みで握手しながら話しかける。
 その先には生真面目な表情の壮年の男性が立っていた。
 クリフォードが初めて乗り組んだスループ艦ブルーベル34の元艦長、エルマー・マイヤーズ少将だ。

 マイヤーズは砲艦戦隊司令から戦艦である二等級艦の艦長になり、対帝国戦のチェルノボーグJP会戦、第一次ダジボーグ会戦で活躍し、准将に昇進した。その後、対ゾンファ戦であるイーグンJP会戦、第二次タカマガハラ会戦でも武勲を上げている。

 当時王太子だったエドワードがその活躍を知り、自身の軍事顧問として招聘した。その理由は父ジョージ十五世の体調が思わしくなく、近い将来国王になると考え、自身の護衛戦隊の司令官にするためだった。

 エドワードが即位すると、マイヤーズは少将に昇進し、国王護衛戦隊の司令官に就任した。

「私自身も驚いているよ。ゾンファも帝国も大敗北の後だから、予備役に編入された上で、王家の顧問になると思っていたからな」

 マイヤーズは統合作戦本部付きというあいまいな役職で王宮に出向していた。そのため、そのうち予備役になると考えていたのだ。

「少将が陛下の護衛戦隊を指揮されるなら安心できますね。陛下は活動的な方ですから、先王陛下より行幸も多くなるでしょうから」

「それが私の不安でもあるんだ。今のところ、自由星系国家連合FSUに向かわれることはないと思うが、同盟国の訪問はお考えのようなのだ。以前のシャーリアでのような突発的なことはそうそう起きないだろうが、今度は帝国とゾンファが積極的に狙ってくる可能性が高い。それが不安なんだ」

 王太子時代のエドワードはFSUのシャーリア法国を訪問した際、帝国の外交使節団と鉢合わせになった。その使節団の指揮官が謀臣であり、王太子を捕えようとしたことがあった。(第四部参照)

 その時は偶発的なものだったが、ゾンファ共和国もスヴァローグ帝国も謀略を仕掛けてきており、国王がFSUに向かえば、間違いなくターゲットになる。

「ご懸念は理解します。ゾンファも帝国も国内の混乱を抑えるための時間稼ぎをしてくるはずです。陛下には当面アルビオンにいていただくように進言すべきでしょう」

 クリフォードの言葉にマイヤーズが目を見開く。

「ということは、キャメロットも危険だと君は考えているのか? 艦隊を縮小しているとはいえ、国内の治安は充分に保たれていると考えていたのだが。その兆候があるということなのか?」

 その言葉にクリフォードは憂いを帯びた表情で答える

「今のところ兆候は見られませんが、両国が我が国の混乱を狙って仕掛けてくることは充分にあり得ます。そうなるとヤシマに近いキャメロットに工作員を送り込んでくるはずです。いえ、フレッチャー大将に接触した工作員がいましたから、既に多くの工作員が潜入していると考えた方がよいでしょう」

 元第七艦隊司令官オズワルド・フレッチャー大将はヤシマのジャーナリストに扮したゾンファの工作員に情報を提供し、それによりスパイ容疑で逮捕起訴されている。

 フレッチャー自身は既に首都星アルビオンに移送されているが、大将の地位にあった者にまで接触できたことに統合作戦本部の諜報部と軍務省の国家安全保障局は危機感を抱いていた。

「確かにその通りだな。私はこういったことに疎い。これからも君の助言を聞きたいと思っているよ」

 マイヤーズは艦長や戦隊司令といった指揮官の経験は豊富だが、諜報部や作戦部といった情報を扱う部署での経験はなかった。

「私でよければいつでも相談に乗りますよ。ただ、護衛戦隊の司令官は忙しいですから、大変だと思いますが」

「そうだな。この後も星系内での移動について政府との調整会議が待っている。秘書官が優秀だから何とかなっているが、訓練の時間すら満足に取れなかった。君が鍛えた王太子護衛戦隊ほどの練度になっていないことも不安の一つだよ」

 マイヤーズの表情に苦いものが浮かんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

調教専門学校の奴隷…

ノノ
恋愛
調教師を育てるこの学校で、教材の奴隷として売られ、調教師訓練生徒に調教されていくお話

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

処理中です...