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第八部:「聖王旗に忠誠を」
第八話
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宇宙暦四五二五年一月十日。
ゾンファ共和国の国民議会では怒号に包まれていた。
そんな中、首相であるチェン・ユンフェイは議会の解散を宣言する。
「我が内閣に対する不信任決議案提出に対し、国民に信を問うべく、議会を解散する!」
議員たちの怒号は更に大きくなった。
「内閣総辞職が先だ! 何を考えている!」
「首相は退陣せよ!」
首相を支持しない議員たちが圧倒的に多いが、首相を擁護する声も上がっている。
「我々が選んだ首相だぞ! 裏切る気か!」
「ここで内輪もめしては国家統一党を復活させることになるのだ! そんなことも分らんのか!」
叫んでいるのはいずれも与党であるゾンファ民主党の議員たちだ。
一年前の総選挙では圧倒的な支持を得た民主党だったが、チェンの政策はことごとく失敗し、内閣は国民の支持を失っている。
議員たちは国民の不満を反らすために内閣不信任案を提出したが、民主党内も割れており採決に至らなかった。
そこでチェンは内閣総辞職ではなく、議会の解散を選択した。
この状況で選挙を行えば、敗北することは必至であり、多くの議員が反対したが、チェンは過半数割れになるとは考えていなかった。
(あの窮屈な全体主義の世の中に戻したいと考える奴は少ないはずだ。ならば、ここで選挙をやって民衆のガス抜きをする。議席は減るが、民衆が落ち着けばその間にこれまでの政策の成果が出る。それで解決するはずだ……)
彼の政策は独創的でも急進的でもなかったが、全体主義に染まったゾンファでは上意下達でしか動かず、彼の政策はまともに行われていなかった。現状ではその組織から変えるしかないと考え、その時間を稼ぐために選挙に打って出たのだ。
ここまで追い詰められているのは十月頃からデモが頻発し、更に年末には首都ゾンファ市で大規模なデモが暴動に発展したためだ。その暴動では多くの死傷者が出ており、大きな問題となっており、謝罪会見程度は国民が納得しなかったのだ。
民衆の不満の大きな要因は、敗戦によって発生した賠償金の支払いなどによる急激な物価高騰と、急激な環境変化についていけなかった企業が倒産し、街に失業者が大量に溢れたためだ。
物価高騰だけならまだ対応しようがあった。実際、チェンは政府の補助金による物価安定化策を打ち出し、効果が出始めていたのだ。
しかし、それを台無しにしたのが、ヤシマ政府と企業による徹底的な富の収奪だった。
ヤシマは二度の侵略によって多くの将兵が戦死し、更に市民にも多くの犠牲者が出ている。また、誘拐された研究者や技術者は未だに行方が分からない者も少なくなく、ヤシマは非協力的なゾンファという国家に対し、この機を使って徹底的に報復するつもりだった。
この方針にアルビオン王国の外交官は危惧を抱き、反動で国家統一党が復活する可能性があるから注意すべきと伝えていたが、本来冷静であるべき政府高官を含め、ヤシマ国民は聞く耳を持たず、物価高騰で弱り切ったゾンファ企業から原価に近い価格で買い叩き、ヤシマに運んだ。
その結果、適正な賃金すら確保できないほど企業の収支は悪化し、ヤシマ企業に次々と買収されていく。
本来であれば、法律で最低賃金は確保されるはずだが、もともとゾンファ共和国では労働基準法のような労働者を守る法律は完全に形骸化しており、指導すべき所管官庁も機能していなかった。
そのため、労働者は最低賃金以下で酷使され、不満を持てば即座に解雇されるなど、労働者の権利は一切守られなかった。
酷い状況ではあるが、ヤシマにも言い分はあった。
賠償金は超長期の分割払いであり、工業国ヤシマへ輸出可能な物は希少金属等の価値のある物資しかなかった。
また、第一次ヤシマ侵攻作戦で奪ったヤシマの資産は国家統一党の解党時に巧妙に隠され、回収できていない。更にアルビオン王国軍の駐留費用の負担分を回収する必要もあった。
そのため、チェン政権との間でヤシマ企業への税の優遇と関税撤廃を行っている。それにより、ヤシマ自らがゾンファから資金を回収することが可能となったのだ。
効率的に回収するためには、安い賃金で大量に輸出する物資を生み出すしかなく、憎い敵国民ということもあって非人道的と言える収奪が行われた。
そして、その陰には旧国家統一党の政治局長ファ・シュンファがいた。
(言うことを聞いていればよかったのだ。私から離れて自分だけで何とかできると考えたチェンが悪い……)
当初、ファはチェン政権を裏から操ることで影響力を維持しようとした。しかし、チェンはそれを嫌い、前年の六月頃にファと袂を分かった。
その頃、チェンは絶頂期だった。
議会選挙での圧勝し、憲法を制定した。憲法には三権分立や国民主権が明記され、国家統一党時代に戻ることはないと考えたのだ。
しかし、ファはチェンが裏切ることを想定していた。否、失敗することを前提に操っていた。
ファは長きにわたって染みついた全体主義が簡単に消え去ることはないと考え、どこかで必ず歪ができ、チェンでは収拾がつかなくなると考えていたのだ。
そうなってから自分の息がかかった者に政権を取らせ、自身の公民権停止期間を乗り切る。そして、ルールに則り、堂々と国家元首になろうとしている。
(少し早くなったが、支障はなかろう。強いて言うなら、アルビオン王国が混乱する前にこちらが混乱したことくらいか。我々を警戒すれば、アルビオン内部が一致団結してしまう。それだけは防がねばならん……)
ファはそのために工作員であるジャーナリストのホンダ、本名リン・デを使い、アルビオンの目をスヴァローグ帝国に向けようと画策した。その策は思惑通りとは言い難かったが、結果として王国の目を帝国に向けることに成功する。
また、王国に混乱を与えるべく、新たな策を考え、準備を行っていた。
(軍事委員会と公安委員会の双方の工作員が残っていたことが幸いしたな。公安委員会系はヤシマで壊滅的な打撃を受けたが、軍事委員会系はまだ組織を維持できている……)
国家統一党は軍事委員会と公安委員会という二つの委員会が党を牛耳っていた。この二つは常に争っており、内乱手前のクーデター紛いのことまで起きているが、その結果、横の繋がりは全くなかった。
ヤシマではクリフォード暗殺未遂事件を発端に大規模かつ緻密な摘発が行われ、多くの工作員が捕らえられている。しかし、横の繋がりがなかったため、軍事委員会系の工作員は摘発を免れていた。
ファはジュンツェン星系での敗北後、その二つの委員会の有力者を排除して党を牛耳り、その後下野したものの影響力は保っており、両方の工作員を使える立場にあった。
(今は自由星系国家連合ではなく、王国を混乱させることが重要だ。幸い、国王が死にかけている。このまま死んでくれれば、大きな隙ができるだろう。そこに付け込むしかあるまい。問題は我が国ではなく、帝国がやったと見せかけなければならないことだ……)
ファはアルビオン王国を混乱させたとしてもゾンファ共和国が行ったと判明すれば、必ず報復してくると考えていた。その場合、民主党から政権を奪ったとしても、王国と同盟国に対する敵対行為と言うことで内政に大きく干渉してくる可能性が高いと考えている。
そのため、ゾンファではなくスヴァローグ帝国が謀略を行ったように見せる必要があった。
(確か手駒があったはずだな……それにしても皇帝も帝国保安局も意外に抜けているな。まあ内戦ばかりしていた国だ。どうしても外に対して目は向けにくいのだろう……あとは王国軍に痛撃を与える手だな……)
ファは次の一手を考えると、元側近たちと連絡を取り、王国への謀略を開始させた。
ゾンファ共和国の国民議会では怒号に包まれていた。
そんな中、首相であるチェン・ユンフェイは議会の解散を宣言する。
「我が内閣に対する不信任決議案提出に対し、国民に信を問うべく、議会を解散する!」
議員たちの怒号は更に大きくなった。
「内閣総辞職が先だ! 何を考えている!」
「首相は退陣せよ!」
首相を支持しない議員たちが圧倒的に多いが、首相を擁護する声も上がっている。
「我々が選んだ首相だぞ! 裏切る気か!」
「ここで内輪もめしては国家統一党を復活させることになるのだ! そんなことも分らんのか!」
叫んでいるのはいずれも与党であるゾンファ民主党の議員たちだ。
一年前の総選挙では圧倒的な支持を得た民主党だったが、チェンの政策はことごとく失敗し、内閣は国民の支持を失っている。
議員たちは国民の不満を反らすために内閣不信任案を提出したが、民主党内も割れており採決に至らなかった。
そこでチェンは内閣総辞職ではなく、議会の解散を選択した。
この状況で選挙を行えば、敗北することは必至であり、多くの議員が反対したが、チェンは過半数割れになるとは考えていなかった。
(あの窮屈な全体主義の世の中に戻したいと考える奴は少ないはずだ。ならば、ここで選挙をやって民衆のガス抜きをする。議席は減るが、民衆が落ち着けばその間にこれまでの政策の成果が出る。それで解決するはずだ……)
彼の政策は独創的でも急進的でもなかったが、全体主義に染まったゾンファでは上意下達でしか動かず、彼の政策はまともに行われていなかった。現状ではその組織から変えるしかないと考え、その時間を稼ぐために選挙に打って出たのだ。
ここまで追い詰められているのは十月頃からデモが頻発し、更に年末には首都ゾンファ市で大規模なデモが暴動に発展したためだ。その暴動では多くの死傷者が出ており、大きな問題となっており、謝罪会見程度は国民が納得しなかったのだ。
民衆の不満の大きな要因は、敗戦によって発生した賠償金の支払いなどによる急激な物価高騰と、急激な環境変化についていけなかった企業が倒産し、街に失業者が大量に溢れたためだ。
物価高騰だけならまだ対応しようがあった。実際、チェンは政府の補助金による物価安定化策を打ち出し、効果が出始めていたのだ。
しかし、それを台無しにしたのが、ヤシマ政府と企業による徹底的な富の収奪だった。
ヤシマは二度の侵略によって多くの将兵が戦死し、更に市民にも多くの犠牲者が出ている。また、誘拐された研究者や技術者は未だに行方が分からない者も少なくなく、ヤシマは非協力的なゾンファという国家に対し、この機を使って徹底的に報復するつもりだった。
この方針にアルビオン王国の外交官は危惧を抱き、反動で国家統一党が復活する可能性があるから注意すべきと伝えていたが、本来冷静であるべき政府高官を含め、ヤシマ国民は聞く耳を持たず、物価高騰で弱り切ったゾンファ企業から原価に近い価格で買い叩き、ヤシマに運んだ。
その結果、適正な賃金すら確保できないほど企業の収支は悪化し、ヤシマ企業に次々と買収されていく。
本来であれば、法律で最低賃金は確保されるはずだが、もともとゾンファ共和国では労働基準法のような労働者を守る法律は完全に形骸化しており、指導すべき所管官庁も機能していなかった。
そのため、労働者は最低賃金以下で酷使され、不満を持てば即座に解雇されるなど、労働者の権利は一切守られなかった。
酷い状況ではあるが、ヤシマにも言い分はあった。
賠償金は超長期の分割払いであり、工業国ヤシマへ輸出可能な物は希少金属等の価値のある物資しかなかった。
また、第一次ヤシマ侵攻作戦で奪ったヤシマの資産は国家統一党の解党時に巧妙に隠され、回収できていない。更にアルビオン王国軍の駐留費用の負担分を回収する必要もあった。
そのため、チェン政権との間でヤシマ企業への税の優遇と関税撤廃を行っている。それにより、ヤシマ自らがゾンファから資金を回収することが可能となったのだ。
効率的に回収するためには、安い賃金で大量に輸出する物資を生み出すしかなく、憎い敵国民ということもあって非人道的と言える収奪が行われた。
そして、その陰には旧国家統一党の政治局長ファ・シュンファがいた。
(言うことを聞いていればよかったのだ。私から離れて自分だけで何とかできると考えたチェンが悪い……)
当初、ファはチェン政権を裏から操ることで影響力を維持しようとした。しかし、チェンはそれを嫌い、前年の六月頃にファと袂を分かった。
その頃、チェンは絶頂期だった。
議会選挙での圧勝し、憲法を制定した。憲法には三権分立や国民主権が明記され、国家統一党時代に戻ることはないと考えたのだ。
しかし、ファはチェンが裏切ることを想定していた。否、失敗することを前提に操っていた。
ファは長きにわたって染みついた全体主義が簡単に消え去ることはないと考え、どこかで必ず歪ができ、チェンでは収拾がつかなくなると考えていたのだ。
そうなってから自分の息がかかった者に政権を取らせ、自身の公民権停止期間を乗り切る。そして、ルールに則り、堂々と国家元首になろうとしている。
(少し早くなったが、支障はなかろう。強いて言うなら、アルビオン王国が混乱する前にこちらが混乱したことくらいか。我々を警戒すれば、アルビオン内部が一致団結してしまう。それだけは防がねばならん……)
ファはそのために工作員であるジャーナリストのホンダ、本名リン・デを使い、アルビオンの目をスヴァローグ帝国に向けようと画策した。その策は思惑通りとは言い難かったが、結果として王国の目を帝国に向けることに成功する。
また、王国に混乱を与えるべく、新たな策を考え、準備を行っていた。
(軍事委員会と公安委員会の双方の工作員が残っていたことが幸いしたな。公安委員会系はヤシマで壊滅的な打撃を受けたが、軍事委員会系はまだ組織を維持できている……)
国家統一党は軍事委員会と公安委員会という二つの委員会が党を牛耳っていた。この二つは常に争っており、内乱手前のクーデター紛いのことまで起きているが、その結果、横の繋がりは全くなかった。
ヤシマではクリフォード暗殺未遂事件を発端に大規模かつ緻密な摘発が行われ、多くの工作員が捕らえられている。しかし、横の繋がりがなかったため、軍事委員会系の工作員は摘発を免れていた。
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