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第八部:「聖王旗に忠誠を」
第四話
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宇宙暦四五二五年一月十七日。
クリフォードは艦隊総司令官ジークフリード・エルフィンストーン大将や第九艦隊司令官アデル・ハースらとスヴァローグ帝国への対応方針を協議していた。
その際、下院議員選挙が近いことと国王ジョージ十五世が重体でいつ崩御するか分からない状況であり、アルビオン王国の現政権に対し、謀略を仕掛けてくる可能性が高いとクリフォードが指摘した。
「クリフたちも多少は聞いているだろうが、ゾンファでは政治的に大きな混乱が起きている。今回のこともそれが影響しているのではないかと外務省や諜報部は考えているようだ」
エルフィンストーンは重々しくそういうと、ハースに視線を向けた。
「皆さんも知っての通り、ゾンファ共和国では国家統一党が解党され、議員内閣制に移行しました……」
ゾンファ共和国ではヤシマ侵攻作戦のおり、下士官兵の反乱が相次ぎ、全艦隊の半数近い戦力を失った。当時の政治局長ファ・シュンファは一党独裁による政権維持は困難と考え、民衆の不満を解消するために作られた民主派に政権を譲り、それを操ることで支配をつづけようと考えた。
民主派のチェン・ユンフェイは総選挙で議員となり、首相に就任した。首相となったチェンは圧倒的な国民の支持を背景に民主的な憲法の制定を行い、民主化を推し進めた。
しかし、急激な変化は多くの軋轢を生みだし、政治的な混乱が生じる。
更にヤシマを含む自由星系国家連合に対する補償は、国家財政に大きな負担を生じさせた。また、二度の侵攻を受けたヤシマはその恨みを晴らすべく、ヤシマ企業に対する優遇措置を利用し、ゾンファの富を収奪していった。その結果、ゾンファでは急激なインフレが起こり、それによって大量の失業者を生み出している。
民主派を歓迎した国民も自身の生活が脅かされる状況に不満を持ち、昨年の十月頃から現政権に対するデモや小規模な暴動が起きていた。
「……まだはっきりとしたことは分かっていませんが、チェン首相は議会を解散し、信を問うという情報があります。既に旧国家統一党の流れを汲むゾンファ国民党や労働党、ゾンファ正義党といった政党が乱立し、選挙で勝利し合法的に政権を取り戻そうとしているようです……」
旧国家統一党はプロパガンダを得意としており、今回も国民の怒りの矛先を民主党に向けさせている。
「……ヤシマ情報部の分析では今年の前半に選挙が行われれば、旧国家統一党系の政党が議席の過半数を獲得し、政権を奪取する可能性が高いとのことです。旧国家統一党が復権すれば、国民の不満を和らげつつ、時間を稼ぐ戦略に出るでしょう。その戦略の一番のターゲットは我が国とヤシマです。特に我が国に対しては、政権交代と帝国への無謀な侵攻で十年程度の時間を稼ごうと考えています。その間に戦力を回復させ、外征を厭うようになった我が国が手を出せない間にヤシマとFSUを手に入れようと考えていると思います」
ハースの説明に出席者から溜息が漏れる。
「先ほどのクリフの話ではないが、万が一国王陛下が崩御されれば、多くの国から使節が送り込まれるだろう。それだけではなく、新たな国王陛下の即位という商機にヤシマを始めとしたFSUの商人たちが多数アルビオン星系に向かう可能性は十分に考えられる。だが、同盟国の商船を制限することは難しいし、帝国やゾンファの工作員が入り込むことを完全に防ぐことも不可能だろう。既に多くの工作員が入り込んでいるという情報もあるしな。その上でどのようなことが可能か、意見が欲しい」
エルフィンストーンが渋面で意見を求めた。
それに対し、総参謀長のウォーレン・キャニング中将が発言を求めた。エルフィンストーンは頷くことで許可する。
「キャメロットとアルビオンの両星系では要人の暗殺や破壊行為などのテロが想定されます。こちらは内務省の公安警察が主体となると考えます。我々艦隊が考えるべきは、航路の安全の確保でしょう。通商破壊艦が忍び込んだとしても、哨戒艦隊を多数派遣し、精神的に圧力を掛ければ、通商破壊艦の指揮官は慎重な者が多いですから未然に防ぐことができると思います」
それに対し、作戦部長のライアン・レドナップ少将が疑問を口にする。
「艦隊に余裕があるとはいえ、すべての星系で通商破壊活動を思い留まらせるほどの艦を派遣することは現実的でしょうか?」
標準的な星系において、航路となるジャンプポイント間の距離は五光時、一万八千光秒程度である。
仮に百光秒ごとに六隻程度の哨戒艦隊を配置したとすると、一星系に千隻程度の艦が必要となる。ヤシマ星系からアルビオン星系まで九の星系があるため、一万隻近い哨戒艦が必要だ。軽巡航艦と駆逐艦は一個艦隊に三千隻程度であるため、三個艦隊分必要になるということだ。
また、哨戒艦隊を半数にするため、二百光秒ごとに哨戒艦隊を置いた場合、軽巡航艦や駆逐艦のような高機動艦であっても低速の状態からその半分の距離である百光秒を移動するのに千秒程度必要となる。
これに情報が届くまでの百秒を足せば、即座に急行することを判断したとしても、現地に到着するまで、二十分近く掛かることになるのだ。
二十分という時間を商船が耐えられるとは考え難い。また、小惑星帯のような探査が難しい場所であれば、通商破壊艦がステルス性を生かして隠れるのに充分な距離と言える。
また、通商破壊艦がステルス状態で潜んでいる場合、星間物質の濃度が低いジャンプポイント付近においては、能動系系センサーを駆使したとしても、百二十光秒以遠では発見は困難で、小惑星帯などであれば、十光秒以内に近づかなければ発見は難しい。
更に定期的に交代させるとなると、三倍は必要になる。仮に一万隻だとすると、九個艦隊分の哨戒艦が必要になるということだ。レドナップはそのことを指摘した。
「それならば、商船に船団を組ませ、護衛戦隊を同行させる方が現実的でしょう。まあ、経済的な航宙を考える商船側が認めるのかという問題はあるでしょうが」
商船は戦闘艦に比べ、加速性能に大きな幅がある。
高速商船は戦闘艦並みの三kG程度あるが、大型商船は一kG以下の低機動の船も少なくない。また、星系内の巡航速度も高速商船であれば、〇・二光速と戦闘艦並みだが、防御スクリーンの性能が低い低速商船の巡航速度は〇・〇五C以下である。
低速で航行すれば、当たり前のことだが、移動に時間が掛かる。その分コストアップとなるため、高速商船が認めない可能性が高い。
「すべての商船に護衛を付けることも現実的ではないわ。商船に合わせるなら、中間星系での補給は必須になるのだし、今から補給計画を変えることは難しいのだから」
商船の場合、主機である対消滅炉を小型化し、航続距離を伸ばしている。しかし、軍艦の対消滅炉は大きく、デッドスペースでありデッドウエイトでもある燃料タンクを減らしているため、航続距離は商船より短い。
通常は四回の超空間航行分の燃料しかなく、キャメロット-ヤシマ間ならギリギリ無補給の距離だが、六つの星系が間にあるアルビオン-キャメロット間では中間地点で補給が必要となる。
「航路の安全については、作戦部に考えてもらいましょう。ライアン、お願いできるかしら」
レドナップはそれに頷く。
「参謀本部の運用班と一緒に考えてみます。完璧な方法は見つからないと思いますが、可能な限り混乱を防ぐ方法を提案します」
その言葉にエルフィンストーンが頷く。
「よろしく頼む。他に懸案はないか? クリフたちも意見を言ってもいいのだぞ」
その言葉に最も若いホルボーンが発言を求めた。
「よろしいでしょうか?」
「うむ。クリフの下で学んでいる君の意見は聞きたい」
「ありがとうございます、閣下」
そう礼を言った後、ホルボーンは話し始めた。
クリフォードは艦隊総司令官ジークフリード・エルフィンストーン大将や第九艦隊司令官アデル・ハースらとスヴァローグ帝国への対応方針を協議していた。
その際、下院議員選挙が近いことと国王ジョージ十五世が重体でいつ崩御するか分からない状況であり、アルビオン王国の現政権に対し、謀略を仕掛けてくる可能性が高いとクリフォードが指摘した。
「クリフたちも多少は聞いているだろうが、ゾンファでは政治的に大きな混乱が起きている。今回のこともそれが影響しているのではないかと外務省や諜報部は考えているようだ」
エルフィンストーンは重々しくそういうと、ハースに視線を向けた。
「皆さんも知っての通り、ゾンファ共和国では国家統一党が解党され、議員内閣制に移行しました……」
ゾンファ共和国ではヤシマ侵攻作戦のおり、下士官兵の反乱が相次ぎ、全艦隊の半数近い戦力を失った。当時の政治局長ファ・シュンファは一党独裁による政権維持は困難と考え、民衆の不満を解消するために作られた民主派に政権を譲り、それを操ることで支配をつづけようと考えた。
民主派のチェン・ユンフェイは総選挙で議員となり、首相に就任した。首相となったチェンは圧倒的な国民の支持を背景に民主的な憲法の制定を行い、民主化を推し進めた。
しかし、急激な変化は多くの軋轢を生みだし、政治的な混乱が生じる。
更にヤシマを含む自由星系国家連合に対する補償は、国家財政に大きな負担を生じさせた。また、二度の侵攻を受けたヤシマはその恨みを晴らすべく、ヤシマ企業に対する優遇措置を利用し、ゾンファの富を収奪していった。その結果、ゾンファでは急激なインフレが起こり、それによって大量の失業者を生み出している。
民主派を歓迎した国民も自身の生活が脅かされる状況に不満を持ち、昨年の十月頃から現政権に対するデモや小規模な暴動が起きていた。
「……まだはっきりとしたことは分かっていませんが、チェン首相は議会を解散し、信を問うという情報があります。既に旧国家統一党の流れを汲むゾンファ国民党や労働党、ゾンファ正義党といった政党が乱立し、選挙で勝利し合法的に政権を取り戻そうとしているようです……」
旧国家統一党はプロパガンダを得意としており、今回も国民の怒りの矛先を民主党に向けさせている。
「……ヤシマ情報部の分析では今年の前半に選挙が行われれば、旧国家統一党系の政党が議席の過半数を獲得し、政権を奪取する可能性が高いとのことです。旧国家統一党が復権すれば、国民の不満を和らげつつ、時間を稼ぐ戦略に出るでしょう。その戦略の一番のターゲットは我が国とヤシマです。特に我が国に対しては、政権交代と帝国への無謀な侵攻で十年程度の時間を稼ごうと考えています。その間に戦力を回復させ、外征を厭うようになった我が国が手を出せない間にヤシマとFSUを手に入れようと考えていると思います」
ハースの説明に出席者から溜息が漏れる。
「先ほどのクリフの話ではないが、万が一国王陛下が崩御されれば、多くの国から使節が送り込まれるだろう。それだけではなく、新たな国王陛下の即位という商機にヤシマを始めとしたFSUの商人たちが多数アルビオン星系に向かう可能性は十分に考えられる。だが、同盟国の商船を制限することは難しいし、帝国やゾンファの工作員が入り込むことを完全に防ぐことも不可能だろう。既に多くの工作員が入り込んでいるという情報もあるしな。その上でどのようなことが可能か、意見が欲しい」
エルフィンストーンが渋面で意見を求めた。
それに対し、総参謀長のウォーレン・キャニング中将が発言を求めた。エルフィンストーンは頷くことで許可する。
「キャメロットとアルビオンの両星系では要人の暗殺や破壊行為などのテロが想定されます。こちらは内務省の公安警察が主体となると考えます。我々艦隊が考えるべきは、航路の安全の確保でしょう。通商破壊艦が忍び込んだとしても、哨戒艦隊を多数派遣し、精神的に圧力を掛ければ、通商破壊艦の指揮官は慎重な者が多いですから未然に防ぐことができると思います」
それに対し、作戦部長のライアン・レドナップ少将が疑問を口にする。
「艦隊に余裕があるとはいえ、すべての星系で通商破壊活動を思い留まらせるほどの艦を派遣することは現実的でしょうか?」
標準的な星系において、航路となるジャンプポイント間の距離は五光時、一万八千光秒程度である。
仮に百光秒ごとに六隻程度の哨戒艦隊を配置したとすると、一星系に千隻程度の艦が必要となる。ヤシマ星系からアルビオン星系まで九の星系があるため、一万隻近い哨戒艦が必要だ。軽巡航艦と駆逐艦は一個艦隊に三千隻程度であるため、三個艦隊分必要になるということだ。
また、哨戒艦隊を半数にするため、二百光秒ごとに哨戒艦隊を置いた場合、軽巡航艦や駆逐艦のような高機動艦であっても低速の状態からその半分の距離である百光秒を移動するのに千秒程度必要となる。
これに情報が届くまでの百秒を足せば、即座に急行することを判断したとしても、現地に到着するまで、二十分近く掛かることになるのだ。
二十分という時間を商船が耐えられるとは考え難い。また、小惑星帯のような探査が難しい場所であれば、通商破壊艦がステルス性を生かして隠れるのに充分な距離と言える。
また、通商破壊艦がステルス状態で潜んでいる場合、星間物質の濃度が低いジャンプポイント付近においては、能動系系センサーを駆使したとしても、百二十光秒以遠では発見は困難で、小惑星帯などであれば、十光秒以内に近づかなければ発見は難しい。
更に定期的に交代させるとなると、三倍は必要になる。仮に一万隻だとすると、九個艦隊分の哨戒艦が必要になるということだ。レドナップはそのことを指摘した。
「それならば、商船に船団を組ませ、護衛戦隊を同行させる方が現実的でしょう。まあ、経済的な航宙を考える商船側が認めるのかという問題はあるでしょうが」
商船は戦闘艦に比べ、加速性能に大きな幅がある。
高速商船は戦闘艦並みの三kG程度あるが、大型商船は一kG以下の低機動の船も少なくない。また、星系内の巡航速度も高速商船であれば、〇・二光速と戦闘艦並みだが、防御スクリーンの性能が低い低速商船の巡航速度は〇・〇五C以下である。
低速で航行すれば、当たり前のことだが、移動に時間が掛かる。その分コストアップとなるため、高速商船が認めない可能性が高い。
「すべての商船に護衛を付けることも現実的ではないわ。商船に合わせるなら、中間星系での補給は必須になるのだし、今から補給計画を変えることは難しいのだから」
商船の場合、主機である対消滅炉を小型化し、航続距離を伸ばしている。しかし、軍艦の対消滅炉は大きく、デッドスペースでありデッドウエイトでもある燃料タンクを減らしているため、航続距離は商船より短い。
通常は四回の超空間航行分の燃料しかなく、キャメロット-ヤシマ間ならギリギリ無補給の距離だが、六つの星系が間にあるアルビオン-キャメロット間では中間地点で補給が必要となる。
「航路の安全については、作戦部に考えてもらいましょう。ライアン、お願いできるかしら」
レドナップはそれに頷く。
「参謀本部の運用班と一緒に考えてみます。完璧な方法は見つからないと思いますが、可能な限り混乱を防ぐ方法を提案します」
その言葉にエルフィンストーンが頷く。
「よろしく頼む。他に懸案はないか? クリフたちも意見を言ってもいいのだぞ」
その言葉に最も若いホルボーンが発言を求めた。
「よろしいでしょうか?」
「うむ。クリフの下で学んでいる君の意見は聞きたい」
「ありがとうございます、閣下」
そう礼を言った後、ホルボーンは話し始めた。
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