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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」

第五十三話

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 十一月十二日。

 アルビオン王国の駐ヤシマ大使館からクリフォード死亡が発表された直後、ヤシマ政府が動きを見せる。

 テオドール・パレンバーグ伯爵よりスヴァローグ帝国とゾンファ共和国が手を結んだ可能性が高いと聞き、危機感を持ったヤシマ防衛軍の情報部と公安警察は大規模な捜査を行った。

 今回の捜査は六年前、ゾンファに占領され、アルビオンによって解放された際の報復より大規模かつ厳格で、多くの諜報員や工作員がスパイ防止法や破壊活動防止法違反だけでなく、別件でも検挙・逮捕される。

 暗殺の実行犯を送り込んだ際に使われた商社にも捜査員が押し寄せた。そして、多くの従業員が厳しい取り調べを受ける。そのほとんどが無関係のヤシマ人であったが、ゾンファ共和国の情報部との繋がりが発見された。

 しかし、スヴァローグ帝国との関係は見つからず、捜査員をダジボーグに派遣することだけが決まった。


 暗殺事件に関しては、進展は少なかったが、検挙された者の中にオサム・ホンダを名乗るジャーナリストの姿があった。
 彼が目を付けられたのは、その行動が外交使節団に先行する形で移動していたことによる。

 彼は右派のジャーナリストとしてある程度の知名度はあったが、メディアからの依頼ではなく、個人的な取材でキャメロット星系からダジボーグ星系まで移動しており、その資金の流れから足が付いたのだ。

 ホンダは本名をリン・デといい、ゾンファ共和国の旧国民解放軍の情報部ではなく、国家統一党の軍事委員会直属の工作員だった。

 当初、ヤシマの情報部と公安警察の捜査では、リンがゾンファの工作員である可能性が高く、外交使節団襲撃に関わっていたらしいというところまでしか分からなかった。

 解放やむなしという声が上がり始めたが、それでもヤシマの公安警察は諦めなかった。本来禁じられている自白剤の使用に踏み切ったのだ。

 スヴァローグ帝国とゾンファ共和国の共謀という国家の安全に関わる事態を前に、政府の上層部も目を瞑るしかなかった。
 その結果、重大な事実が白日の下に曝け出されることになった。

 リンは自白剤により、キャメロットでオズワルド・フレッチャー大将から外交使節団の情報を得た後、通商破壊艦部隊に襲撃を命じたと証言する。また、ダジボーグ星系ではゲオルギー・リヴォフ少将にクリフォード暗殺を依頼したことも判明した。

 これまでアルビオン王国の防諜体制は強固だと思われていたが、ゾンファの工作員がアルビオン軍の実質的な最高位である大将に接触しただけでなく、機密情報まで入手していたという事実は、アルビオン王国関係者だけでなく、ヤシマ政府にも強い衝撃を与えた。

 但し、自白剤を使っても背後関係や指揮命令系統までは判明しなかった。
 これはリンが連絡員からの命令を受けて動いただけで、具体的に誰の指示であったかや帝国との協力体制まで知らされておらず、自白剤を使っても明らかにできなかった。

 しかし、彼の証言からヤシマにおけるゾンファ情報部の拠点が数箇所発見され、その結果、芋づる式に他の諜報員の逮捕に繋がった。

 ゾンファ共和国は数十年掛けて作り上げた諜報組織を失ったかに見えたが、ゾンファの複雑な組織形態により横の連絡がほとんどなく、ヤシマに把握されていない諜報員や工作員が多く残っていた。


 この他にも全くの偶然ではあるが、パレンバーグ伯爵暗殺の実行犯も逮捕された。
 捜査員たちは帝国かゾンファの手先であるという先入観から、リンと同じように自白剤を使用した。

 実行犯の証言からヤシマの裏社会の組織が浮かび上がり、更に大規模な捜査が行われた。
 その結果、帝国やゾンファとは関係なく、先代のグリースバック伯爵であるダドリー・グリースバックの名が浮上する。

 逮捕された者たちにも厳しい取り調べが行われたが、帝国やゾンファの関与はやはり認められず、アルビオン王国の大物政治家が依頼者であるという事実だけが浮かび上がり、ヤシマ政府は扱いに苦慮する。

 ヤシマ政府はそれまでの捜査情報をアルビオン王国の大使に渡すが、大物政治家が絡むと知り、大使も扱いに困った。結局、元上司だが、直接的な被害者でもあるパレンバーグに相談するしかなかった。

 パレンバーグは自身の暗殺未遂事件の真相を聞いたが、それよりもフレッチャーの情報漏洩を危惧した。

「ダドリー・グリースバックのことも重要だが、フレッチャー大将の情報の方がまずい。獅子身中の虫が統合作戦本部にいるという事態は王国の安全に直結する。すぐにこの情報をキャメロットに送れ。但し、これらの情報は外務卿にのみ知らせろ。間違っても軍務卿に気づかれないように」

 パレンバーグはエマニュエル・コパーウィート軍務卿がこの情報を知れば、自身のスキャンダルの揉み消しに使う可能性が高いと考えた。その場合、統合作戦本部内の膿を出し切ることなく、個人のスキャンダルとして扱われることを危惧した。

 コパーウィートは首相であるノースブルックからも自ら辞任するように諭されており、その情報はパレンバーグの耳にも入っていた。しかし、コパーウィートはノースブルックの指示に従わず、軍務卿の地位にしがみつき、辞任には至っていない。

 ノースブルックは解任も視野に対応しようとしていたが、国王ジョージ十五世の不予の情報が届いたため、キャメロットを離れる必要があり、直接的な対応ができなくなった。

 そのため、コパーウィートがこの機を狙って、起死回生の手を打とうとしているとパレンバーグは考えた。

 外務卿であるエドウィン・マールバラ子爵はノースブルックの信頼が篤い有能な政治家であり、直属の上司である外務卿にのみ報告を入れることをパレンバーグは命じたのだ。

 フレッチャーの方を危惧したが、ダドリー・グリースバックに関しても注意が必要だと考えていた。

(面倒なことをやってくれたものだ……狙いは自分が生きている間に息子を何とかしようと思っただけなのだろうが、最悪のタイミングで事を起こしてくれた。この情報が公表されれば、首相の支持率が更に下がることは間違いない……)

 ダドリーはノースブルックが政権を担う際に支援した大物政治家であり、コパーウィートに続き、ダドリーのスキャンダルまで公表されるとノースブルック内閣の支持率は更に下がることは間違いない。

(首相が手を打てる状況であればよかったのだが、このままでは准将の懸念が当たってしまうぞ……だが、こうなると准将暗殺未遂がどう世論に影響するかだな。一応、本国には准将は生きているという情報を送っているが、軍務卿が暴走する可能性は否定できない……)

 パレンバーグは各国にはクリフォード死亡の情報を流したが、当然のことながら本国には事実を報告している。

 しかし、アルビオンやヤシマの商船がヤシマとキャメロットの間を行き来しており、偽情報がそのまま広まる可能性は否定できない。特にコパーウィートが短絡的に自身のスキャンダルから目を逸らせるためにあえて情報を伏せることを恐れていた。

 それらのことに対応するため、すぐにでも帰国したかったが、長旅に耐えられるところまで体調が回復しておらず、忸怩たる思いでベッドに横になっていた。

■■■

 襲撃から三日後、クリフォード死亡の情報が流された翌日の十一月十三日、クリフォードはヤシマ防衛軍の病院の特別病棟の一室で意識を取り戻した。

 最初は何が起きたのか理解できなかったが、医療関係者から自分が銃撃を受け、死の淵にあったことを知らされ、ようやく何があったのか理解する。

 熱線銃ブラスターの銃撃を腹部に受けたものの、運よく致命傷となる部分は外れていたと聞かされる。しかし、運がよかったといっても絶対安静の状態であることに変わりはなく、死亡情報も流されているため、医療関係者以外と言葉を交わすことはできなかった。

 クリフォードが外部と連絡を取れたのは一週間後だった。旗艦艦長であるバートラムにヤシマ情報部から防諜対策を施した個人用情報端末PDAを借り、会話することができたのだ。

 その頃、バートラムはクリフォードが死亡し、悲嘆に暮れているという設定を見抜かれないようにするため、大使館の一室に篭り、外部との接触を断っていた。

「心配を掛けたが、もう大丈夫だそうだ。もっともあと半月ほどはまともに動けないらしいが」

 クリフォードの声を聴いたバートラムは感極まって嗚咽を漏らす。

「よかった……命は取りとめたと聞いていたが、気が気ではなかった……本当によかった……」

 少し落ち着いた後、バートラムは状況を報告し、クリフォードは思った以上に危険な状況にあることを知る。

「……既に帝国もゾンファも動いていたのか。そうなると、次の動きがすぐにでもありそうだな……」

 気が滅入る情報が多かったが、クリフォードにとって良いニュースもあった。
 それは彼の妻ヴィヴィアンが無事に第二子を出産したというニュースだ。
 ヴィヴィアンはクリフォードらが激闘を繰り広げた前日の九月十三日に女の子を出産する。

 長期の任務であるため、予め名は決められており、彼の第二子にはエリザベスという名が付けられた。

(危うく我が子を抱くことなく死ぬところだった……)

 彼宛てに送られてきた妻と子供の映像を見ながら、クリフォードは生き残れたことを神に感謝する。


 クリフォードの懸念は翌日の十一月二十一日に現実のものとなった。
 ヤシマ星系に到着した情報通報艦から新たな情報が飛び込んできたのだ。

 一ヶ月前の十月二十日、キャメロット星系の第三惑星ランスロットにおいて、予備役に回された軍人たちによる大規模なデモが行われた。

 当初は失業手当や再就職先に対する不満を口にするだけであったが、何者かに扇動された若者たちがコパーウィート軍務卿を非難し始め、それがエスカレートし暴動に発展する。

 その暴動を鎮圧するために軍警察MPが派遣された。一般市民であれば通常の警察が対応するのだが、予備役とはいえ軍人であるため、MPが対応したのだ。しかし、MPが高圧的に対応したため、混乱は収まるどころか更に大きくなった。

 最終的に防衛艦隊司令長官であるジークフリート・エルフィンストーン大将が現場に赴き、説得に当たることで暴動は治まったが、収束までに多数の死傷者を出す惨事となった。

 この事件に対し、メディアは一斉に政府と軍を批判する。
 特に野党民主党に近いメディアはコパーウィートの辞任だけでなく、ノースブルック内閣の総辞職か、国民の審判である総選挙の実施を主張した。

 キャメロット星系政府は対応に当たるが、首相であるノースブルックがアルビオン星系に向かっているため、事態の収束には至らず、キャメロット星系は不穏な状態が続いていた。

 クリフォードはその情報を聞き、憂鬱になるが、自分にできることはなく、病床で悶々とする日を送ることになる。
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