アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」

第五十一話

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 皇帝アレクサンドル二十二世が約束した通り、クリフォードら第二特務戦隊の将兵は軟禁状態から解放され、ダジボーグ星系の首都星ナグラーダのホテルに移された。

 アレクサンドルは今回の事件について公表し、アルビオン王国に対し謝罪を行うと共に、ダジボーグ星系の市民に向けて演説を行った。

「我が同胞たちよ! 余は間違っていた! 余が最も頼りにしているのはダジボーグの同胞である! 余は同胞ということで甘えていた! 本来、最も気を掛けるべき存在であるにもかかわらず、星系の復興を遅らせてしまったことは、余の誤りであった!……」

 真摯な態度で謝罪する姿をダジボーグの民は驚きをもって見ている。

「……ゲオルギー・リヴォフ少将はそのことを自らの命をもって余に訴えた! 余はそれにより目を覚ました! 遅きに失したかもしれない。だが、これより余はダジボーグに対し、誠意を尽くすことを約束する! 我が臣民たちよ! 再び余に力を貸してほしい!」

 その言葉にダジボーグの民たちはそれまでの不満を忘れ、熱狂する。
 彼らは二十年以上にわたる内戦を共に戦い、勝利を得たことを思い出し、すぐにわだかまりを解いたのだ。

 その様子をクリフォードは報道で見ていた。

(上手いものだ。さすがは内戦を勝ち抜いた古強者だけのことはある。このまま国民の不満が溜まれば、自らの地位が危ぶまれることに気づくと躊躇なく、方針を変える柔軟さがある。やはり手強い相手だな……)

 その後、クリフォードはナグラーダに滞在する外交責任者と協議し、部下たちの帰国の手配を始めた。
 しかし、帰国の手配はすんなりとはいかなかった。

 ヤシマの商船を使ってヤシマ星系まで戻る計画だが、ダジボーグにやってくる商船のほとんどが鉱山用の機材と希少金属を運ぶ貨物船であり、百三名もの人員を運べる船はなかなか見つからない。

 そのため、ヤシマの政府の出先機関と連携して探したものの、全員が乗れる大型船は見つからず、十名程度しか乗れない貨客船がほとんどだった。

 ヤシマに情報を送り、チャーター船を送ってもらうことも考えたが、ヤシマ-ダジボーグ間の移動には片道で二十日ほど掛かるため、チャーター船が到着するのは一ヶ月半ほど先になる。

 さすがにそこまで待つと、ストリボーグ藩王ニコライが行動を起こし、帝国内が混乱する可能性がある。また、皇帝がクリフォードらの利用を思いつく可能性があり、分割してでも早期に移動することが決まった。

 それでも条件に合う商船がなかなか見つからず、全員がダジボーグを離れることができたのは、解放から二十日近く経った十月二十二日だった。

 クリフォードは最後まで残ったバートラムと副官のホルボーン、五名の下士官兵と共に、ヤシマ船籍の貨客船、スターブロッサム号に乗り込む。

「ようやく全員が帰国できますね」

 ホルボーンが笑顔でそういうと、クリフォードも笑みを浮かべて頷く。

「予定より遅くなったが、サムたちより早くヤシマに着ける。航宙の間はやることもほとんどないし、のんびり過ごせそうだな」

 二人の会話にバートラムが加わる。

「まだ帝国の支配宙域にいるんだ。ヤシマに戻るまでは気を抜かない方がいい。まあ、皇帝もこれ以上手を出してくることはないんだろうが」

 ダジボーグ星系を出発したスターブロッサム号の航宙は順調そのものだった。

 航宙の間はクリフォードが関わるようなトラブルは一切なかった。仕事は報告書の作成以外することがなく、空いた時間は読書したり、スターブロッサム号の船員たちと交流したりして過ごし、激しい戦闘が嘘のようなゆったりと時間が流れていく。

 ヤシマの支配星系チェルノボーグ星系に入ると、ヤシマ艦隊が護衛につき、更に安全は増した。

 十一月十日、計画通りにヤシマの首都星タカマガハラに到着した。
 アルビオン王国政府や軍の関係箇所に連絡を入れ、衛星軌道上にある民間用の宇宙港に入港する。

 下船の際、船長以下の乗組員たちがクリフォードを見送るため、舷門に集まった。

「順調な航宙に感謝します」

 クリフォードは船長に礼を言うと、列を作って並ぶ船員たちの前を、声を掛けながら歩いていく。

 そんな時、一人の甲板員がクリフォードに声を掛けた。

故郷くにの奴らに自慢してやりますよ。英雄と一緒だったってね」

 クリフォードがそれに応えようと立ち止まった瞬間、その甲板員の横にいた船員が隠し持っていた熱線銃ブラスターを引き抜き、クリフォードに向ける。

「准将! 避けてください!」

 後ろを歩くホルボーンが叫びながら間に入ろうと飛び込む。

 しかし、僅かに遅く、ブラスターから放たれたビームはクリフォードの腹部に吸い込まれていった。
 そしてクリフォードはそのまま崩れ落ちるように倒れていく。

 周囲にいる船員たちはクリフォードが倒れたことは分かったものの、何が起きているのか分からず右往左往する。

 その間に暗殺者は更にもう一度引き金を引こうとしたが、ホルボーンの体当たりを受け、ブラスターのビームはクリフォードの左太ももを掠めるだけで終わった。

「貴様!」

 ホルボーンは力任せに殴り付けると、後ろにいるバートラムとキャヴァンディッシュの下士官兵に指示を出す。

「周囲を警戒しろ! こいつの他にもいるかもしれない! 艦長は大至急、救急隊の手配を!」

 バートラムは最後尾にいたため、何が起きたのか分からなかったが、すぐに状況を把握すると、顔面を蒼白にしながら指示を出した。

「船医と救急隊を大至急呼んでくれ! 応急処置のキットも頼む!」

 ホルボーンは取り押さえた暗殺者からブラスターを取り上げると、怒りに任せて殴る。

「誰の命令だ!」

 その言葉に暗殺者は答えることなく、ホルボーンを見つめると、ニヤリと笑った。
 そして、すぐにその目から光が消えていく。

「毒を仕込んでいたのか!」

 ホルボーンは自害を止められず悔しがるが、すぐにクリフォードの方に視線を向ける。
 既にバートラムが応急処置のキットを使い、治療を始めていたが、クリフォードに意識はなかった。

 周囲はにわかに騒然となるが、ホルボーンはその場に立ち尽くすことしかできなかった。

■■■

 時は十月三日、クリフォードと皇帝アレクサンドル二十二世との会談の後に遡る。

 アレクサンドルは要塞の一室に入ると、そこに待ち受けていたディミトリー・アラロフ補佐官に声を掛けた。

「手配はできそうか?」

「ゾンファの工作員たちとの取引は成功しておりますので、近日中に完了いたします」

 アレクサンドルは満足げに頷くが、すぐに鋭い視線をアラロフに向ける。

「失敗は許さんぞ。余をコケにしてくれた罰を与えねばならんのでな」

「お任せください。コリングウッド准将は帝国にとって危険な人物ですので、確実に仕留めてみせます」

 アレクサンドルはアラロフにクリフォードの暗殺を命じていた。
 それも帝国領内ではなく、ヤシマ星系に入った後に実行し、更にゾンファの情報部が関与しているように見せかけるという指示も出している。

 これはアレクサンドルの意趣返しというより、外交的な効果を狙ったものだ。
 アレクサンドルは今回のアルビオン王国外交使節団への襲撃は、通商破壊艦を用意したゾンファ共和国が主導したことであり、帝国が行った攻撃はリヴォフの私怨に過ぎないという印象を与えることを考えたのだ。

 アラロフは第一報を受けた後に捕らえたゾンファ共和国の工作員のうち、国家統一党に属していた旧体制派と手を結んだ。そして、ゾンファの現政権派に属する軍の情報部の工作員が実行したように細工をする。

 ゾンファ共和国は国家統一党が独裁的に支配していたが、その内実は軍事委員会派と公安委員会派、更には強硬派と穏健派など様々な派閥に分かれ、敵対していた。そして派閥ごとに工作員や諜報員がおり、時には暗殺なども行われている。

 民主化後、現政権は党を解体し、派閥は消滅したかに見えるが、工作員や諜報員はそのまま現地に残されていた。工作員たちは現政権に引き継がれることになったが、必ずしも現政権に忠実な者ばかりではなく、旧体制派に忠誠を誓っている者も多かった。

 その旧体制派だが、復権を目指すため、民主派である現政権を転覆させようと考えており、その影響は工作員たちにも及んでいる。

 アルビオン王国の一人勝ちを懸念するアレクサンドルは、同じ懸念を持つゾンファの旧体制派であるファ・シュンファ元政治局長に接触し、連携を模索していた。

 ファが軟禁状態にあるため、完全に手を結ぶところまでには至っていないが、両者の利害が一致しており、クリフォード暗殺は短期間で準備が整った。

 帝国の依頼を受けたゾンファの旧体制派の工作員は、スターブロッサム号に暗殺者を送り込んだ。

 通常なら外地であるダジボーグから新規に船員が乗り組むことはほとんどないが、急病で乗っていた船に置いていかれたという設定で入り込むことに成功する。

 これはヤシマが復興特需で船員不足であることに加え、ゾンファのダミー会社だが一応名の通った商社が船員の身元を保証したことから、スターブロッサム号の船長も受け入れることにしたのだ。

 ちなみにこのダミー会社は現政権派に属しており、旧体制派の工作員は情報収集のために送り込みたいといって協力を要請している。

「間違っても我が国の関与を悟られてはならんぞ。これ以上、ニコライに付け込む隙を与えるわけにはいかぬからな」

「ご懸念には及びません。ここダジボーグから乗り組むため、我が国の関与は疑われますが、アルビオンとヤシマの情報部ではゾンファの関与まではたどり着けたとしても、我々が関与している証拠を見つけることは不可能です。それに暗殺者は強力な暗示を受けているそうですので、実行後に確実に自ら命を絶ち、証拠が残らないように配慮しております」

「うむ。いずれにせよ、これはそなたに対する試練だ。心して当たれ」

「肝に銘じております」

 アレクサンドルはその言葉に満足げに頷いた。
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