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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」
第三十六話
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九月十四日、標準時間一五五〇。
ゲオルギー・リヴォフ少将は旗艦メルクーリヤの戦闘指揮所の司令シートから、メインスクリーンに映し出される第二特務戦隊のアイコンを見つめていた。
そのアイコンの横には距離や速度などのパラメータが表示されており、既に射程内から出ていることが示されている。
(何ということだ。これだけ有利な状況で戦い、私は二隻の駆逐艦を失っただけだ。コリングウッドを殺すどころか、一隻も沈めることができなかった。これが私の実力ということなのだろう……)
自嘲しながらメインスクリーンを見つめる彼に、旗艦艦長であるイリヤ・クリモワ大佐が指示を求める。
「このまま加速を続け、追撃いたしますか? 小官としては撃沈されたサーコルとアリュールの生存者の救助を行いたいのですが」
ファビアンのゼファー328とダリル・マーレイ少佐のゼラス552の攻撃によって撃沈された駆逐艦サーコルとアリュールはいずれも爆発しているが、少ないながらも脱出ポッドの射出が確認されており、その救助について確認したのだ。
「ジャーチェルとサヴァーに救助させる。他は敵を追撃する」
リヴォフは二隻の駆逐艦に救助をさせることにし、メルクーリヤと軽巡航艦ホルニッツァ、残り二隻の駆逐艦アイーストとジュラーヴリの計四隻で追撃することにした。
「了解しました」
クリモワは静かに答えるが、更に囁くように確認の言葉を口にした。
「既にアラロフ補佐官閣下の極秘命令は実行不可能です。作戦は失敗したのですから、これ以上の追撃は不要ではありませんか?」
リヴォフはダジボーグ星系にいる皇帝補佐官ディミトリー・アラロフの極秘命令を受け、第二特務戦隊を攻撃するとクリモワに伝えていた。
その命令はストリボーグ星系に一隻も向かわせないことであり、軽巡航艦グラスゴー451と二隻のZ級駆逐艦が生き残り、ストリボーグ星系に向かうミーロスチ星系ジャンプポイントに向かっていることから、実行は不可能と判断している。
なお、この時、密かに戦隊を離脱したリーフ級スループ艦、オークリーフ221とプラムリーフ67がミーロスチJPに向かっているが、リヴォフもクリモワもソーン星系にジャンプしたと思い込んでおり、その事実に気づいていない。
「状況が変わる可能性がある。コリングウッドは部下を見殺しにするような男ではない。救助のために時間を費やせば、もう一度チャンスは巡ってくる」
「確かにその可能性はありますな」
それだけ言うと、クリモワは艦長席に戻っていく。その素っ気ない態度を見て、リヴォフは内心で自嘲する。
(私に対する忠誠心は失われたようだな。まあ仕方あるまい。今回のことはあまりに異常だ。私が彼の立場であっても同じように感じただろう……)
リヴォフはダジボーグの首都ナグラーダでのことを思い出す。
(あの男も驚いていたな。提案した本人のくせに、私がこのような無謀なことに乗ってくるとは思わなかっただろう。まあ、私自身、謀略とは無縁であったからな……)
そこで僅かに笑みが漏れた。
しかし、すぐに表情を引き締め、命令を発する。
「ジャーチェルとサヴァーは生存者の救助を行え! その他の各艦はアリュールとサーコルの敵を討つ! 旗艦に続け!」
部下たちは了解と答えるものの、これまでの強引ともいえるリヴォフのやり方疑問を感じていた。
リヴォフは疑義が生じたとだけ説明し、第二特務戦隊を攻撃するだけの正当な根拠を示していない。
戦友を失ったことに対する怒りはあるものの、先に手を出したのは自分たちであり、第二特務戦隊は正当防衛を行っただけと認識している者も多い。
特に下士官兵たちにはクリフォードがギリギリまで攻撃せず、激しい攻撃を受けて初めて反撃したように見えており、敵の方が正しい行いをしているように感じていた。
それでも上官の命令は絶対であり、命令に従った次の戦闘準備に入っていく。
疑問を最も感じていたクリモワはこの状況を憂慮していた。
(アラロフ補佐官の極秘命令が本当にあったとしても、この状況は非常にまずい。恐らく負傷者とともに外交使節団もあの二隻のスループ艦でソーン星系に戻ったはずだ。そうであるなら、ガウク中将閣下が保護するだろう。閣下なら外交官を暗殺するような無茶はされまい。恐らくダジボーグに戻り、皇帝陛下に直訴する。アラロフ補佐官と我々が陛下の逆鱗に触れて処刑されるのは目に見えている……)
更に別の危惧も抱いていた。
(問題なのは脱出している軽巡航艦と駆逐艦だ。見た感じでは大きな損傷はない。このままストリボーグ星系に向かい、今回の件を伝えれば、あの野心家、藩王ニコライが利用しないはずがない。あの切れ者のコリングウッド准将が無策で藩王と交渉するとは思えん。もし彼がアルビオンと自由星系国家連合の支援を仄めかしたら、再び泥沼の内戦に陥ってしまうだろう……)
そう考えるものの、打開策が思いつかない。
彼は優秀な艦長であるが、一介の大佐に過ぎず、政治に関わることはほとんどなかった。
また、スヴァローグ帝国軍の特徴として、皇帝もしくは藩王のごく一部の側近が政治を動かしており、中将以下の叩き上げの軍人が政治に関与することはなかった。
これは絶えず内戦が起きる帝国において、足元で発生するクーデターが最も危険であり、軍人が政治家に接触することを禁じているためだ。
ダジボーグの民から絶大な支持を受けている現皇帝、アレクサンドル二十二世であっても、その呪縛から逃れることができなかった。その結果、ダジボーグ軍人を含め、帝国軍人は政略的な思考を苦手とし、更に政治家に対して偏見にも似た感情を常に抱いたままだ。
クリモワも策士として名高いアラロフを猜疑の目で見ており、その不信感からリヴォフの個人的な暴走ではないかと疑いつつも、アラロフの複雑な謀略の一環ではないかという疑念も拭い去れていない。
(いずれにしても私にできることは命令に従って艦を動かすことだけだ。できれば、降伏してきた者を攻撃するようなことはしたくないが……)
彼は大破しているキャヴァンディッシュ132とジニス745は情報の保全のため、放棄されると考えていた。また、搭載艇に乗れなかった乗組員は脱出ポッドを使わざるを得ず、早期に降伏してくるとも思っている。
(今頃、搭載艇での脱出準備を行っているのだろう。本国に連れて帰る者をできるだけ多くするために……)
既に戦闘終了から二分ほど経っているが、健在な艦が加速していない理由をそう考えていた。
(少将はコリングウッド准将が部下を見捨てないと思っているようだが、恐らくそうはなるまい。彼は目的を見失わない人物だ。戦隊の指揮官として将旗を移し、生き残った部下を国に連れて帰ることを第一とするだろう。その上で残らざるを得なかった者たちを全力で救おうとするはずだ。いずれにしても、一部の将兵が降伏してくる。その場合、少将はどう対応するつもりなのだろうか?)
クリモワは第二特務戦隊の生き残りと戦闘が起きる可能性は限りなく低く、逃げ切れない者は降伏すると考えている。そのため、リヴォフが言及しなかった降伏してきた捕虜にどう対応するのか気になっていた。
(まあいい。少将もこの状況で捕虜を殺せとは命じないだろう。命じるとすれば、補佐官の極秘命令のことを明かさなくてはならないからな。それならさっさと諦めてくれた方が楽なのだが……)
クリモワはそこで考えるのを止め、損傷した通常空間航行用機関の修理状況を確認し始めた。
ゲオルギー・リヴォフ少将は旗艦メルクーリヤの戦闘指揮所の司令シートから、メインスクリーンに映し出される第二特務戦隊のアイコンを見つめていた。
そのアイコンの横には距離や速度などのパラメータが表示されており、既に射程内から出ていることが示されている。
(何ということだ。これだけ有利な状況で戦い、私は二隻の駆逐艦を失っただけだ。コリングウッドを殺すどころか、一隻も沈めることができなかった。これが私の実力ということなのだろう……)
自嘲しながらメインスクリーンを見つめる彼に、旗艦艦長であるイリヤ・クリモワ大佐が指示を求める。
「このまま加速を続け、追撃いたしますか? 小官としては撃沈されたサーコルとアリュールの生存者の救助を行いたいのですが」
ファビアンのゼファー328とダリル・マーレイ少佐のゼラス552の攻撃によって撃沈された駆逐艦サーコルとアリュールはいずれも爆発しているが、少ないながらも脱出ポッドの射出が確認されており、その救助について確認したのだ。
「ジャーチェルとサヴァーに救助させる。他は敵を追撃する」
リヴォフは二隻の駆逐艦に救助をさせることにし、メルクーリヤと軽巡航艦ホルニッツァ、残り二隻の駆逐艦アイーストとジュラーヴリの計四隻で追撃することにした。
「了解しました」
クリモワは静かに答えるが、更に囁くように確認の言葉を口にした。
「既にアラロフ補佐官閣下の極秘命令は実行不可能です。作戦は失敗したのですから、これ以上の追撃は不要ではありませんか?」
リヴォフはダジボーグ星系にいる皇帝補佐官ディミトリー・アラロフの極秘命令を受け、第二特務戦隊を攻撃するとクリモワに伝えていた。
その命令はストリボーグ星系に一隻も向かわせないことであり、軽巡航艦グラスゴー451と二隻のZ級駆逐艦が生き残り、ストリボーグ星系に向かうミーロスチ星系ジャンプポイントに向かっていることから、実行は不可能と判断している。
なお、この時、密かに戦隊を離脱したリーフ級スループ艦、オークリーフ221とプラムリーフ67がミーロスチJPに向かっているが、リヴォフもクリモワもソーン星系にジャンプしたと思い込んでおり、その事実に気づいていない。
「状況が変わる可能性がある。コリングウッドは部下を見殺しにするような男ではない。救助のために時間を費やせば、もう一度チャンスは巡ってくる」
「確かにその可能性はありますな」
それだけ言うと、クリモワは艦長席に戻っていく。その素っ気ない態度を見て、リヴォフは内心で自嘲する。
(私に対する忠誠心は失われたようだな。まあ仕方あるまい。今回のことはあまりに異常だ。私が彼の立場であっても同じように感じただろう……)
リヴォフはダジボーグの首都ナグラーダでのことを思い出す。
(あの男も驚いていたな。提案した本人のくせに、私がこのような無謀なことに乗ってくるとは思わなかっただろう。まあ、私自身、謀略とは無縁であったからな……)
そこで僅かに笑みが漏れた。
しかし、すぐに表情を引き締め、命令を発する。
「ジャーチェルとサヴァーは生存者の救助を行え! その他の各艦はアリュールとサーコルの敵を討つ! 旗艦に続け!」
部下たちは了解と答えるものの、これまでの強引ともいえるリヴォフのやり方疑問を感じていた。
リヴォフは疑義が生じたとだけ説明し、第二特務戦隊を攻撃するだけの正当な根拠を示していない。
戦友を失ったことに対する怒りはあるものの、先に手を出したのは自分たちであり、第二特務戦隊は正当防衛を行っただけと認識している者も多い。
特に下士官兵たちにはクリフォードがギリギリまで攻撃せず、激しい攻撃を受けて初めて反撃したように見えており、敵の方が正しい行いをしているように感じていた。
それでも上官の命令は絶対であり、命令に従った次の戦闘準備に入っていく。
疑問を最も感じていたクリモワはこの状況を憂慮していた。
(アラロフ補佐官の極秘命令が本当にあったとしても、この状況は非常にまずい。恐らく負傷者とともに外交使節団もあの二隻のスループ艦でソーン星系に戻ったはずだ。そうであるなら、ガウク中将閣下が保護するだろう。閣下なら外交官を暗殺するような無茶はされまい。恐らくダジボーグに戻り、皇帝陛下に直訴する。アラロフ補佐官と我々が陛下の逆鱗に触れて処刑されるのは目に見えている……)
更に別の危惧も抱いていた。
(問題なのは脱出している軽巡航艦と駆逐艦だ。見た感じでは大きな損傷はない。このままストリボーグ星系に向かい、今回の件を伝えれば、あの野心家、藩王ニコライが利用しないはずがない。あの切れ者のコリングウッド准将が無策で藩王と交渉するとは思えん。もし彼がアルビオンと自由星系国家連合の支援を仄めかしたら、再び泥沼の内戦に陥ってしまうだろう……)
そう考えるものの、打開策が思いつかない。
彼は優秀な艦長であるが、一介の大佐に過ぎず、政治に関わることはほとんどなかった。
また、スヴァローグ帝国軍の特徴として、皇帝もしくは藩王のごく一部の側近が政治を動かしており、中将以下の叩き上げの軍人が政治に関与することはなかった。
これは絶えず内戦が起きる帝国において、足元で発生するクーデターが最も危険であり、軍人が政治家に接触することを禁じているためだ。
ダジボーグの民から絶大な支持を受けている現皇帝、アレクサンドル二十二世であっても、その呪縛から逃れることができなかった。その結果、ダジボーグ軍人を含め、帝国軍人は政略的な思考を苦手とし、更に政治家に対して偏見にも似た感情を常に抱いたままだ。
クリモワも策士として名高いアラロフを猜疑の目で見ており、その不信感からリヴォフの個人的な暴走ではないかと疑いつつも、アラロフの複雑な謀略の一環ではないかという疑念も拭い去れていない。
(いずれにしても私にできることは命令に従って艦を動かすことだけだ。できれば、降伏してきた者を攻撃するようなことはしたくないが……)
彼は大破しているキャヴァンディッシュ132とジニス745は情報の保全のため、放棄されると考えていた。また、搭載艇に乗れなかった乗組員は脱出ポッドを使わざるを得ず、早期に降伏してくるとも思っている。
(今頃、搭載艇での脱出準備を行っているのだろう。本国に連れて帰る者をできるだけ多くするために……)
既に戦闘終了から二分ほど経っているが、健在な艦が加速していない理由をそう考えていた。
(少将はコリングウッド准将が部下を見捨てないと思っているようだが、恐らくそうはなるまい。彼は目的を見失わない人物だ。戦隊の指揮官として将旗を移し、生き残った部下を国に連れて帰ることを第一とするだろう。その上で残らざるを得なかった者たちを全力で救おうとするはずだ。いずれにしても、一部の将兵が降伏してくる。その場合、少将はどう対応するつもりなのだろうか?)
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(まあいい。少将もこの状況で捕虜を殺せとは命じないだろう。命じるとすれば、補佐官の極秘命令のことを明かさなくてはならないからな。それならさっさと諦めてくれた方が楽なのだが……)
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