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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」
第三十五話
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第二特務戦隊の旗艦キャヴァンディッシュ132を二度目の強い衝撃が襲った。
軽巡航艦ホルニッツァの六テラワット荷電粒子砲の直撃を受けたためだ。
既にキャヴァンディッシュはすれ違いざまに重巡航艦メルクーリヤの主砲、十八テラワット陽電子加速砲による砲撃を艦尾に受けていた。その結果、通常空間航行用機関と対消滅炉が緊急停止し、機動力と攻撃力を失っている。
また、防御スクリーンも一系列が完全に使用不能で、残った系列だけで防御を行っており、万全なら充分に防ぎ得た軽巡航艦の主砲でも大きな損傷を受けてしまった。
「D甲板前部減圧中! 隔離不能!」
「機関制御室との連絡途絶! 機関長の応答がありません!」
「質量-熱量変換装置異常! このままではエネルギー供給に支障が出ます!」
戦闘指揮所要員たちの悲鳴に似た声が響いている。
「操舵長! まだやれるか!」
バートラムが部下たちの声に負けないように大声で怒鳴る。その声には明るさがあり、悲観的になっていた部下たちも落ち着きを取り戻した。
「はい、艦長! 半分以上スラスターがやられてますが、やるしかないないでしょ」
操舵長であるレイ・トリンブル兵曹長がおどけたような声で答える。
その声にバートラムは「頼んだぞ!」とだけ言うと、CIC要員たちに向かって更に陽気な声で叫ぶ。
「あと一分ちょっとで射程から脱出できる! それまで何とか耐えてくれよ!」
「「了解しました、艦長!」」
CIC要員たちもバートラムに明るく答える。大破し、いつ次の直撃を受けるか分からない艦とは思えないほど、士気が上がっていた。
(バートは完全に部下たちを掌握しているな。将官に昇進した私には望みようがないが、こういった関係を築けるのは羨ましい限りだ……)
クリフォードは羨望の眼差しをバートラムに一瞬だけ向けたが、すぐに司令用コンソールに視線を戻す。
通信関係の設備が損傷したことから、戦隊各艦の状況は更新されておらず、僅かに生き残っているセンサー類からの情報だけが映し出されていた。
(あと一分もないから、戦隊はサムに任せておけばいい。問題は射程から抜けた後だ。キャヴァンディッシュとジニスは放棄するしかない。いずれも通常空間航行用機関を大きく損傷しているからな。問題は生存者をどうするかだ。メルクーリヤのNSDが損傷しているようだが、それでも全員を他の艦に移すには時間がなさすぎる……)
現状では第二特務戦隊とリヴォフ戦隊は離れるベクトルとなっており、第二特務戦隊は慣性航行を、リヴォフ戦隊がNSDを損傷したメルクーリヤの最大加速度三kGに合わせて減速している。
メルクーリヤのNSDが回復せず、三kGで加速を続けた場合、慣性航行を続ける第二特務戦隊は四十分以内に射程内に捉えられてしまう。また、追いつかれないために再加速する場合、六kGで加速したとしても遅くとも三十五分後には再加速が必要だった。
つまり、脱出に使える時間は実質三十分しかない。
艦を接舷して移動する方法もあるが、高速で移動しているため、防御スクリーンを展開する必要があり現実的ではない。そのため、選択肢としては搭載艇を使う方法しかなかった。
キャヴァンディッシュには搭載艇として大型艇と雑用艇が一隻ずつあるが、大型艇は定員五十名、雑用艇は定員三十名と、軽巡航艦の定員百三十名のすべてを乗せることはできない。
(サムに戦隊と外交使節団を任せ、私は生き残りとともに帝国軍に降伏した方がいいだろう。サムたちが無事ならダジボーグも問答無用で処刑することはできないはずだ……もっともこれは希望的観測に過ぎないが……)
クリフォードはリヴォフの行動に合理的な理由を見いだせず、降伏したとしても捕虜として扱われるか自信がなかった。
(それにサムには苦労を掛けることになる。グリースバック伯爵がこれ以上問題を起こすことはないだろうが、外交使節団を守るためとはいえ、生き残りを見捨てて逃げたことになる。国に帰ったら激しい非難を受けるだろうな……)
そんなことを考えているが、CICでは緊迫した状況が続いていた。
「至近弾あり! 防御スクリーン、もちません!」
機関士の悲鳴をバートラムが一喝する。
「落ち着け! 敵の砲撃の間隔が延びている。敵も何らかの損傷を受けている可能性が高い! あと一回だけ回避すれば逃げ延びられる!」
バートラムの指摘の通り、メルクーリヤはグラスゴーの攻撃を受け、損傷していた。損傷自体は軽微であったが、完全に復活するには時間がなく、万全の状況ではなかった。
それが第二特務戦隊に幸いする。
「敵主砲の射程から脱出しました! 助かった!」
情報士の叫びがCICに響き、それにバートラムを含め、全員が歓声を上げていた。
クリフォードは歓声が収まった頃を見図って、バートラムに声を掛けた。
「オーウェル艦長、本艦を放棄する。急ぎ脱出の指揮を執ってくれ」
バートラムは自分の艦の状態を把握しており、クリフォードの命令が合理的だと分かっていたが、即座に了承の言葉が出なかった。
「分かっていると思うが、乗組員全員が他の艦に移る時間はない。直ちに行動を開始してくれ」
そこでバートラムも頷いた。
「了解しました、准将。直ちに総員退艦させます」
それだけ言うと、艦内放送用のマイクを手に取る。
「総員退艦せよ! 緊急時対策所及び機関制御室要員は直ちにJ甲板に向かえ! 大型艇及び雑用艇が定員になり次第、即時発艦! グラスゴーに向かえ!……」
クリフォードは後ろに座る戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐と副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に顔を向ける。
「二人は搭載艇で脱出し、ラングフォード中佐の指揮下に入ってほしい」
その言葉にオハラが疑問を持つが、すぐにクリフォードの考えに気づいた。
「ラングフォード中佐の指揮下……准将は脱出されないおつもりですか?」
「脱出ポッドで脱出するよ」
ホルボーンはクリフォードの意図にようやく気づき、大声を上げる。
「准将には戦隊全体への責任があります! 我々より優先して脱出されるべきです!」
強い口調で言ったのはクリフォードに翻意を促すためだ。クリフォードもそのことが分かっており、僅かに苦笑する。
「勘違いしているようだが、戦隊への責任を放棄するつもりはない。私が捕虜になり、ラングフォード中佐が戦隊の指揮を執ってストリボーグに行くことが最善の手なんだ」
オハラが疑問を口にする。
「どういうことでしょうか?」
「旗艦とジニスは放棄せざるを得ない。搭載艇で他の艦に移れるのは半数程度。ジニスの状況は分からないが、本艦だけでも五十名近い人数が帝国軍の捕虜となる。現状では帝国軍が捕虜を正当な扱いをするかは分からない。だが、私がいれば捕虜を早期に帰国させることができる。いや、必ず成し遂げる」
「ですが、准将が捕虜になれば、暗殺の危険があります。交渉なら私が行うこともできます」
オハラが珍しく強い口調で主張する。それに対し、クリフォードは笑みを浮かべながら反論した。
「それは駄目だな。私は“崖っぷち”という名で帝国にも知られているが、中佐はそのうち有名になるかもしれないが、まだ無名だ。交渉に大物を引きずり出せない」
オハラもクリフォードが言わんとすることが分かり、それ以上言葉が出てこない。
「今は議論している時間はない。すぐにJデッキに向かってくれ。脱出までにやってほしいことを文書にして送るから」
オハラは泣きそうな顔になるが、すぐに表情を引き締める。
「了解しました、准将! 命令をお待ちしております!」
きれいな敬礼をした後、CICを去っていく。
「私は残ってもよさそうですね」
ホルボーンが暢気な表情を浮かべている。その表情にクリフォードが困惑する。
「君にもサムの手伝いをしてもらいたいんだが」
「私は准将の副官ですから、傍を離れることはできません。第一、これから准将がどのような交渉をするのか間近で見られるのに、その機会を逃すなんてもったいないことはできませんよ」
クリフォードは呆れるが、オハラがいれば何とかなると思い、小さく頷いた。
「では、機密情報の処理を頼む。私はオハラ中佐とサムに対する命令書を作らないといけないから」
それだけ言うとクリフォードはコンソールを操作し始めた。
軽巡航艦ホルニッツァの六テラワット荷電粒子砲の直撃を受けたためだ。
既にキャヴァンディッシュはすれ違いざまに重巡航艦メルクーリヤの主砲、十八テラワット陽電子加速砲による砲撃を艦尾に受けていた。その結果、通常空間航行用機関と対消滅炉が緊急停止し、機動力と攻撃力を失っている。
また、防御スクリーンも一系列が完全に使用不能で、残った系列だけで防御を行っており、万全なら充分に防ぎ得た軽巡航艦の主砲でも大きな損傷を受けてしまった。
「D甲板前部減圧中! 隔離不能!」
「機関制御室との連絡途絶! 機関長の応答がありません!」
「質量-熱量変換装置異常! このままではエネルギー供給に支障が出ます!」
戦闘指揮所要員たちの悲鳴に似た声が響いている。
「操舵長! まだやれるか!」
バートラムが部下たちの声に負けないように大声で怒鳴る。その声には明るさがあり、悲観的になっていた部下たちも落ち着きを取り戻した。
「はい、艦長! 半分以上スラスターがやられてますが、やるしかないないでしょ」
操舵長であるレイ・トリンブル兵曹長がおどけたような声で答える。
その声にバートラムは「頼んだぞ!」とだけ言うと、CIC要員たちに向かって更に陽気な声で叫ぶ。
「あと一分ちょっとで射程から脱出できる! それまで何とか耐えてくれよ!」
「「了解しました、艦長!」」
CIC要員たちもバートラムに明るく答える。大破し、いつ次の直撃を受けるか分からない艦とは思えないほど、士気が上がっていた。
(バートは完全に部下たちを掌握しているな。将官に昇進した私には望みようがないが、こういった関係を築けるのは羨ましい限りだ……)
クリフォードは羨望の眼差しをバートラムに一瞬だけ向けたが、すぐに司令用コンソールに視線を戻す。
通信関係の設備が損傷したことから、戦隊各艦の状況は更新されておらず、僅かに生き残っているセンサー類からの情報だけが映し出されていた。
(あと一分もないから、戦隊はサムに任せておけばいい。問題は射程から抜けた後だ。キャヴァンディッシュとジニスは放棄するしかない。いずれも通常空間航行用機関を大きく損傷しているからな。問題は生存者をどうするかだ。メルクーリヤのNSDが損傷しているようだが、それでも全員を他の艦に移すには時間がなさすぎる……)
現状では第二特務戦隊とリヴォフ戦隊は離れるベクトルとなっており、第二特務戦隊は慣性航行を、リヴォフ戦隊がNSDを損傷したメルクーリヤの最大加速度三kGに合わせて減速している。
メルクーリヤのNSDが回復せず、三kGで加速を続けた場合、慣性航行を続ける第二特務戦隊は四十分以内に射程内に捉えられてしまう。また、追いつかれないために再加速する場合、六kGで加速したとしても遅くとも三十五分後には再加速が必要だった。
つまり、脱出に使える時間は実質三十分しかない。
艦を接舷して移動する方法もあるが、高速で移動しているため、防御スクリーンを展開する必要があり現実的ではない。そのため、選択肢としては搭載艇を使う方法しかなかった。
キャヴァンディッシュには搭載艇として大型艇と雑用艇が一隻ずつあるが、大型艇は定員五十名、雑用艇は定員三十名と、軽巡航艦の定員百三十名のすべてを乗せることはできない。
(サムに戦隊と外交使節団を任せ、私は生き残りとともに帝国軍に降伏した方がいいだろう。サムたちが無事ならダジボーグも問答無用で処刑することはできないはずだ……もっともこれは希望的観測に過ぎないが……)
クリフォードはリヴォフの行動に合理的な理由を見いだせず、降伏したとしても捕虜として扱われるか自信がなかった。
(それにサムには苦労を掛けることになる。グリースバック伯爵がこれ以上問題を起こすことはないだろうが、外交使節団を守るためとはいえ、生き残りを見捨てて逃げたことになる。国に帰ったら激しい非難を受けるだろうな……)
そんなことを考えているが、CICでは緊迫した状況が続いていた。
「至近弾あり! 防御スクリーン、もちません!」
機関士の悲鳴をバートラムが一喝する。
「落ち着け! 敵の砲撃の間隔が延びている。敵も何らかの損傷を受けている可能性が高い! あと一回だけ回避すれば逃げ延びられる!」
バートラムの指摘の通り、メルクーリヤはグラスゴーの攻撃を受け、損傷していた。損傷自体は軽微であったが、完全に復活するには時間がなく、万全の状況ではなかった。
それが第二特務戦隊に幸いする。
「敵主砲の射程から脱出しました! 助かった!」
情報士の叫びがCICに響き、それにバートラムを含め、全員が歓声を上げていた。
クリフォードは歓声が収まった頃を見図って、バートラムに声を掛けた。
「オーウェル艦長、本艦を放棄する。急ぎ脱出の指揮を執ってくれ」
バートラムは自分の艦の状態を把握しており、クリフォードの命令が合理的だと分かっていたが、即座に了承の言葉が出なかった。
「分かっていると思うが、乗組員全員が他の艦に移る時間はない。直ちに行動を開始してくれ」
そこでバートラムも頷いた。
「了解しました、准将。直ちに総員退艦させます」
それだけ言うと、艦内放送用のマイクを手に取る。
「総員退艦せよ! 緊急時対策所及び機関制御室要員は直ちにJ甲板に向かえ! 大型艇及び雑用艇が定員になり次第、即時発艦! グラスゴーに向かえ!……」
クリフォードは後ろに座る戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐と副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に顔を向ける。
「二人は搭載艇で脱出し、ラングフォード中佐の指揮下に入ってほしい」
その言葉にオハラが疑問を持つが、すぐにクリフォードの考えに気づいた。
「ラングフォード中佐の指揮下……准将は脱出されないおつもりですか?」
「脱出ポッドで脱出するよ」
ホルボーンはクリフォードの意図にようやく気づき、大声を上げる。
「准将には戦隊全体への責任があります! 我々より優先して脱出されるべきです!」
強い口調で言ったのはクリフォードに翻意を促すためだ。クリフォードもそのことが分かっており、僅かに苦笑する。
「勘違いしているようだが、戦隊への責任を放棄するつもりはない。私が捕虜になり、ラングフォード中佐が戦隊の指揮を執ってストリボーグに行くことが最善の手なんだ」
オハラが疑問を口にする。
「どういうことでしょうか?」
「旗艦とジニスは放棄せざるを得ない。搭載艇で他の艦に移れるのは半数程度。ジニスの状況は分からないが、本艦だけでも五十名近い人数が帝国軍の捕虜となる。現状では帝国軍が捕虜を正当な扱いをするかは分からない。だが、私がいれば捕虜を早期に帰国させることができる。いや、必ず成し遂げる」
「ですが、准将が捕虜になれば、暗殺の危険があります。交渉なら私が行うこともできます」
オハラが珍しく強い口調で主張する。それに対し、クリフォードは笑みを浮かべながら反論した。
「それは駄目だな。私は“崖っぷち”という名で帝国にも知られているが、中佐はそのうち有名になるかもしれないが、まだ無名だ。交渉に大物を引きずり出せない」
オハラもクリフォードが言わんとすることが分かり、それ以上言葉が出てこない。
「今は議論している時間はない。すぐにJデッキに向かってくれ。脱出までにやってほしいことを文書にして送るから」
オハラは泣きそうな顔になるが、すぐに表情を引き締める。
「了解しました、准将! 命令をお待ちしております!」
きれいな敬礼をした後、CICを去っていく。
「私は残ってもよさそうですね」
ホルボーンが暢気な表情を浮かべている。その表情にクリフォードが困惑する。
「君にもサムの手伝いをしてもらいたいんだが」
「私は准将の副官ですから、傍を離れることはできません。第一、これから准将がどのような交渉をするのか間近で見られるのに、その機会を逃すなんてもったいないことはできませんよ」
クリフォードは呆れるが、オハラがいれば何とかなると思い、小さく頷いた。
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