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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」
第二十九話
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九月十四日、標準時間一五四〇。
クリフォード率いる第二特務戦隊六隻とゲオルギー・リヴォフ少将率いる帝国戦隊八隻は急速に距離を縮め、およそ五十光秒の距離にまで近づいていた。
第二特務戦隊はリヴォフ戦隊に向けて加速を開始した後、約〇・〇五光速ほどの速度で航行している。但し、ステルスミサイルを警戒し、連続的な加速ではなく、間欠的に速度を変えていた。
一方のリヴォフ戦隊は星系内最大巡航速度〇・二Cから艦尾を第二特務戦隊側に向け、最大加速度四・五kGで減速しているが、未だに〇・一一Cを超える速度を有している。
クリフォードは旗艦キャヴァンディッシュ132の戦闘指揮所で敵の攻撃に備え、指揮官用コンソールを真剣な表情で見つめながら、今後の作戦を考えていた。
(帝国軍の最大の武器は大型ステルスミサイルだ。最大搭載数であるならば、重巡航艦を含め一連射分、四十二基ものミサイルを残している。このミサイルにどう対応するかが、生存の鍵となる……)
帝国軍の戦術の特徴は遠距離からのステルスミサイル攻撃を重視している点だ。
アルビオン王国軍では戦艦にミサイル発射管は装備されていないが、帝国軍では大型戦艦ですらミサイル発射管を持つ。
また、ミサイルもアルビオン王国軍のスペクターミサイルに匹敵する大型ミサイル、“影ミサイル”で統一され、その攻撃力は一基で巡航戦艦を撃沈できるほど強力だ。
一方、チェーニミサイルは全長四十メートルという大型艇に匹敵する大きさがあるため、搭載数が極端に少ない。
ミサイルが主力の軽巡航艦や駆逐艦では二連射分を確保しているものの、重巡航艦以上では主砲や防御スクリーン設備が大きいため、保管スペースが確保できず、一連射分しかない。
リヴォフ戦隊は重巡航艦メルクーリヤ、軽巡航艦ホルニッツァ、そして、アルビオン王国軍からバード級と呼ばれる駆逐艦、ジャーチェル、アリュール、サーコル、サヴァー、アイースト、ジュラーヴリの計八隻からなるが、メルクーリヤ以外はゾンファの通商破壊艦部隊との戦闘で一連射分使用していた。
(……ミサイルを使い切らせれば、駆逐艦は戦力外だ。重巡航艦と軽巡航艦の主砲のみに警戒すればいい。第一、この速度差であれば、すれ違った後に加速が可能なら追いつかれることはない……)
バード級駆逐艦の主砲は一テラワット荷電粒子砲と、アルビオン王国軍のZ級駆逐艦の防御スクリーンでもほとんど脅威にならない。
また、現在の第二特務戦隊のベクトルがミーロスチ星系ジャンプポイントに向かっているため、すれ違ってしまえば、星系内最大巡航速度が同じである以上、追いつかれる心配はない。
(当然、そのことは敵も分かっている。だとすれば、一度のチャンスに全数をぶつけてくるはずだ。それに耐えられるかという問題はあるが、それよりも我々はどう攻撃すべきかが問題だ……)
この時、クリフォードには迷いがあった。
(反撃するとしても帝国との戦争の発端になることは避けなければならない。私は現在帝国領内にいる唯一の王国軍将官だ。望む望まないに関わらず、私が政府や軍を代表することになる……)
クリフォードはスヴァローグ帝国の皇帝、アレクサンドル二十二世がアルビオン王国の外交使節を攻撃するメリットがなく、ダジボーグ艦隊の一部が暴走しているのではないかと考えており、過剰に反応して問題を大きくしない方がいいのではないかとも思っていた。
(最初の攻撃さえ切り抜けられれば、無理に排除しなくともストリボーグ星系に向けて脱出は可能だ。ストリボーグ藩王の勢力範囲に入ってしまえば、ダジボーグ艦隊が追いかけてくることはない……)
ダジボーグ艦隊のどの程度が暴走しているか不明なため、戦闘に勝ったとしてもダジボーグ星系に戻ることは危険であり、ダジボーグ艦隊が手を出せないストリボーグ藩王ニコライ十五世の支配する星系に逃げ込むことを考えていた。その場合、無理に攻撃する必要はなく、脱出に専念するという選択肢もあった。
(しかし、我々が無傷ということはあり得ない。そうなった場合、計算通りに加速できるとは限らないし、超光速航行用機関が損傷してジャンプできない可能性もある。逃げを打つだけでは弱い。しかし、攻撃を仕掛けるにはステルスミサイルが必要だが、決め手に欠く……)
第二特務戦隊は現在、軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻の六隻構成となっている。
軽巡航艦の主砲は五テラワット中性子砲で、駆逐艦の主砲は二・五テラワット荷電粒子砲だ。
帝国の重巡航艦メルクーリヤに対しては、軽巡航艦の主砲でも出力不足であり、仮に二隻の軽巡航艦の主砲が同時に命中したとしても防御スクリーンを突破することは難しく、撃沈するためには破壊力が大きなステルスミサイルが必要となる。
第二特務戦隊はゾンファの通商破壊艦部隊との戦闘でステルスミサイルを一連射分使用しているが、軽巡航艦には二連射分、Z級駆逐艦には三連射分のミサイルが残っていることから、スペクターミサイル八基、ファントムミサイル二十四基の計三十二基を有していた。
但し、Z級駆逐艦は二門の発射管しか持たないため、一度に発射できるのは各艦二基ずつの計十二基しかない。最も危険な敵の重巡航艦を仕留めるためには一連射分では心もとないとクリフォードは考えている。
(我々が有利な点は、こちらは敵のミサイルの残数を知っているが、敵は我々のミサイルがどれだけ残っているか分からない点だ……賭けになるが、あの手を使ってみるか。実戦で使えるかは未知数だが……)
クリフォードは腹を括ると、副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐に指示を出した。
「プランCでいく。帝国の攻撃を受けて混乱する前に、各艦にその旨を通達しておいてくれ」
ホルボーンは即座に「了解しました、准将」と答えるが、すぐに疑問を口にする。
「上手くいくのでしょうか? プランCでは反撃の手段を自ら手放すことになりますが」
その疑問にクリフォードは肩を竦めるような仕草で答える。
「保険のようなものだよ。プランCが失敗しても何もしないよりマシだからな」
「確かにそうですね」
ホルボーンはそう言って頷くと、駆逐艦に対し、命令を伝達していった。
メインスクリーンには両者を示すアイコンが刻一刻と近づいていく。
「あと一分でメルクーリヤの射程に入ります」
戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐が感情を排した声で報告する。
「了解。全艦手動回避開始! フォーメーションE!」
クリフォードの命令により、第二特務戦隊は単縦陣から軽巡航艦二隻を先頭にする二列縦隊に隊形を変えていく。
旗艦キャヴァンディッシュ132を先頭にゼファー328とゾディアック43が続き、もう一つの列にはサミュエルの指揮するグラスゴー451を先頭にゼラス552とジニス745が続く形になる。
通常空間航行用機関が損傷し、加速力が落ちていたグラスゴーだが、応急処置が終わり、最大加速度での航行が可能となっている。
もう一隻大きな損傷を受けたゾディアックだが、掌砲手たちの懸命の作業でも主砲の修理は完了せず、ステルスミサイルしか有効な攻撃手段を持っていない。
隊形が切り替わった直後、オハラがやや焦りを含んだ声で報告を上げる。
「帝国軍、ステルスミサイルを発射しました! その数、推定四十二基! こちらに向かってきます!」
ミサイルを示すアイコンが映し出されると、戦闘指揮所に緊張が走る。
そのアイコンは第二特務戦隊に真っ直ぐに向かわず、上下左右に大きく開いていった。
クリフォードは緊張の色を見せることなく、「了解」と短く答えると、マイクを取った。
「帝国軍リヴォフ戦隊による我が戦隊への攻撃を確認。標準時間一五四三よりリヴォフ戦隊は敵性勢力と認定する。各艦、航宙日誌にその旨を記載せよ。これより我が戦隊の安全を確保するため、敵性勢力の排除を行う」
アルビオン王国軍と帝国軍が約二年振りに戦端を開いた。
クリフォード率いる第二特務戦隊六隻とゲオルギー・リヴォフ少将率いる帝国戦隊八隻は急速に距離を縮め、およそ五十光秒の距離にまで近づいていた。
第二特務戦隊はリヴォフ戦隊に向けて加速を開始した後、約〇・〇五光速ほどの速度で航行している。但し、ステルスミサイルを警戒し、連続的な加速ではなく、間欠的に速度を変えていた。
一方のリヴォフ戦隊は星系内最大巡航速度〇・二Cから艦尾を第二特務戦隊側に向け、最大加速度四・五kGで減速しているが、未だに〇・一一Cを超える速度を有している。
クリフォードは旗艦キャヴァンディッシュ132の戦闘指揮所で敵の攻撃に備え、指揮官用コンソールを真剣な表情で見つめながら、今後の作戦を考えていた。
(帝国軍の最大の武器は大型ステルスミサイルだ。最大搭載数であるならば、重巡航艦を含め一連射分、四十二基ものミサイルを残している。このミサイルにどう対応するかが、生存の鍵となる……)
帝国軍の戦術の特徴は遠距離からのステルスミサイル攻撃を重視している点だ。
アルビオン王国軍では戦艦にミサイル発射管は装備されていないが、帝国軍では大型戦艦ですらミサイル発射管を持つ。
また、ミサイルもアルビオン王国軍のスペクターミサイルに匹敵する大型ミサイル、“影ミサイル”で統一され、その攻撃力は一基で巡航戦艦を撃沈できるほど強力だ。
一方、チェーニミサイルは全長四十メートルという大型艇に匹敵する大きさがあるため、搭載数が極端に少ない。
ミサイルが主力の軽巡航艦や駆逐艦では二連射分を確保しているものの、重巡航艦以上では主砲や防御スクリーン設備が大きいため、保管スペースが確保できず、一連射分しかない。
リヴォフ戦隊は重巡航艦メルクーリヤ、軽巡航艦ホルニッツァ、そして、アルビオン王国軍からバード級と呼ばれる駆逐艦、ジャーチェル、アリュール、サーコル、サヴァー、アイースト、ジュラーヴリの計八隻からなるが、メルクーリヤ以外はゾンファの通商破壊艦部隊との戦闘で一連射分使用していた。
(……ミサイルを使い切らせれば、駆逐艦は戦力外だ。重巡航艦と軽巡航艦の主砲のみに警戒すればいい。第一、この速度差であれば、すれ違った後に加速が可能なら追いつかれることはない……)
バード級駆逐艦の主砲は一テラワット荷電粒子砲と、アルビオン王国軍のZ級駆逐艦の防御スクリーンでもほとんど脅威にならない。
また、現在の第二特務戦隊のベクトルがミーロスチ星系ジャンプポイントに向かっているため、すれ違ってしまえば、星系内最大巡航速度が同じである以上、追いつかれる心配はない。
(当然、そのことは敵も分かっている。だとすれば、一度のチャンスに全数をぶつけてくるはずだ。それに耐えられるかという問題はあるが、それよりも我々はどう攻撃すべきかが問題だ……)
この時、クリフォードには迷いがあった。
(反撃するとしても帝国との戦争の発端になることは避けなければならない。私は現在帝国領内にいる唯一の王国軍将官だ。望む望まないに関わらず、私が政府や軍を代表することになる……)
クリフォードはスヴァローグ帝国の皇帝、アレクサンドル二十二世がアルビオン王国の外交使節を攻撃するメリットがなく、ダジボーグ艦隊の一部が暴走しているのではないかと考えており、過剰に反応して問題を大きくしない方がいいのではないかとも思っていた。
(最初の攻撃さえ切り抜けられれば、無理に排除しなくともストリボーグ星系に向けて脱出は可能だ。ストリボーグ藩王の勢力範囲に入ってしまえば、ダジボーグ艦隊が追いかけてくることはない……)
ダジボーグ艦隊のどの程度が暴走しているか不明なため、戦闘に勝ったとしてもダジボーグ星系に戻ることは危険であり、ダジボーグ艦隊が手を出せないストリボーグ藩王ニコライ十五世の支配する星系に逃げ込むことを考えていた。その場合、無理に攻撃する必要はなく、脱出に専念するという選択肢もあった。
(しかし、我々が無傷ということはあり得ない。そうなった場合、計算通りに加速できるとは限らないし、超光速航行用機関が損傷してジャンプできない可能性もある。逃げを打つだけでは弱い。しかし、攻撃を仕掛けるにはステルスミサイルが必要だが、決め手に欠く……)
第二特務戦隊は現在、軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻の六隻構成となっている。
軽巡航艦の主砲は五テラワット中性子砲で、駆逐艦の主砲は二・五テラワット荷電粒子砲だ。
帝国の重巡航艦メルクーリヤに対しては、軽巡航艦の主砲でも出力不足であり、仮に二隻の軽巡航艦の主砲が同時に命中したとしても防御スクリーンを突破することは難しく、撃沈するためには破壊力が大きなステルスミサイルが必要となる。
第二特務戦隊はゾンファの通商破壊艦部隊との戦闘でステルスミサイルを一連射分使用しているが、軽巡航艦には二連射分、Z級駆逐艦には三連射分のミサイルが残っていることから、スペクターミサイル八基、ファントムミサイル二十四基の計三十二基を有していた。
但し、Z級駆逐艦は二門の発射管しか持たないため、一度に発射できるのは各艦二基ずつの計十二基しかない。最も危険な敵の重巡航艦を仕留めるためには一連射分では心もとないとクリフォードは考えている。
(我々が有利な点は、こちらは敵のミサイルの残数を知っているが、敵は我々のミサイルがどれだけ残っているか分からない点だ……賭けになるが、あの手を使ってみるか。実戦で使えるかは未知数だが……)
クリフォードは腹を括ると、副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐に指示を出した。
「プランCでいく。帝国の攻撃を受けて混乱する前に、各艦にその旨を通達しておいてくれ」
ホルボーンは即座に「了解しました、准将」と答えるが、すぐに疑問を口にする。
「上手くいくのでしょうか? プランCでは反撃の手段を自ら手放すことになりますが」
その疑問にクリフォードは肩を竦めるような仕草で答える。
「保険のようなものだよ。プランCが失敗しても何もしないよりマシだからな」
「確かにそうですね」
ホルボーンはそう言って頷くと、駆逐艦に対し、命令を伝達していった。
メインスクリーンには両者を示すアイコンが刻一刻と近づいていく。
「あと一分でメルクーリヤの射程に入ります」
戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐が感情を排した声で報告する。
「了解。全艦手動回避開始! フォーメーションE!」
クリフォードの命令により、第二特務戦隊は単縦陣から軽巡航艦二隻を先頭にする二列縦隊に隊形を変えていく。
旗艦キャヴァンディッシュ132を先頭にゼファー328とゾディアック43が続き、もう一つの列にはサミュエルの指揮するグラスゴー451を先頭にゼラス552とジニス745が続く形になる。
通常空間航行用機関が損傷し、加速力が落ちていたグラスゴーだが、応急処置が終わり、最大加速度での航行が可能となっている。
もう一隻大きな損傷を受けたゾディアックだが、掌砲手たちの懸命の作業でも主砲の修理は完了せず、ステルスミサイルしか有効な攻撃手段を持っていない。
隊形が切り替わった直後、オハラがやや焦りを含んだ声で報告を上げる。
「帝国軍、ステルスミサイルを発射しました! その数、推定四十二基! こちらに向かってきます!」
ミサイルを示すアイコンが映し出されると、戦闘指揮所に緊張が走る。
そのアイコンは第二特務戦隊に真っ直ぐに向かわず、上下左右に大きく開いていった。
クリフォードは緊張の色を見せることなく、「了解」と短く答えると、マイクを取った。
「帝国軍リヴォフ戦隊による我が戦隊への攻撃を確認。標準時間一五四三よりリヴォフ戦隊は敵性勢力と認定する。各艦、航宙日誌にその旨を記載せよ。これより我が戦隊の安全を確保するため、敵性勢力の排除を行う」
アルビオン王国軍と帝国軍が約二年振りに戦端を開いた。
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