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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」

第二十六話

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 宇宙暦SE四五二四年九月十四日標準時間一二二五。

 ゾンファ共和国軍S方面特殊遊撃戦隊の指揮官、ディン・クー大佐は神経をすり減らしながら、自らが指揮するツアバイオ級通商破壊艦スウイジンと、チェン・リオフェイ中佐のリユソンスの指揮を執っていた。

「回避機動は敵に読まれないようランダムパターンを頻繁に変えるんだ! なに、敵の人工知能AIの能力は低い。この距離ならまぐれ当たりすら起きんはずだ……」

 スヴァローグ帝国ダジボーグ艦隊所属のゲオルギー・リヴォフ少将の麾下の重巡航艦メルクーリヤが二十六光秒後方から砲撃を続けているが、ディンは笑みを作りながら部下を鼓舞している。
 しかし、その内心ではリヴォフの考えが分からず、困惑していた。

(何を考えているんだ? 帝国軍の主力兵器はステルスミサイルだ。この速度でこの距離でも、二十基程度のミサイルを撃ち込まれたら、スウイジンかリユソンスのいずれかが沈む可能性は高い。こちらは反撃のしようがないから、ミサイル攻撃がないのは都合がいいが、リヴォフの考えが分からん……)

 ツアバイオ級通商破壊艦の主兵装は七・五テラワット級荷電粒子加速砲であり、その射程は僅か十光秒しかない。

 この距離では反転して最大加速で減速しても敵を射程内に捉えるには十分弱は掛かる。
 その時間を耐えたとしても、射程内に入れば、帝国の他の艦も攻撃に加わることができる。そのため、反転して反撃することは自殺行為であった。

(だが、この状況でも敵を引き離すことは不可能だ。逆に回避機動を行わなければならない我々は僅かずつだが追い詰められていく。打開策があればいいのだが、全く思いつかん……我慢するしかないが、部下たちの心が折れそうだな……)

 帝国軍から何度か降伏勧告が出されていたが、ディンを含め、S方面特殊遊撃戦隊の将兵は誰一人降伏するつもりはなかった。

 彼らはここで降伏しても海賊として処刑されるだけで、死を免れるにはこの追撃戦を逃げ切るしかないと分かっているためだ。

「そろそろ敵も痺れを切らすはずだ。ミサイルの発射には充分に注意しておけ。敵がミサイルを撃ったら反転して迎撃を行う」

 そこでニヤリと笑みを浮かべる。

「この速度だ。ミサイルのステルス能力はほとんど機能しない。リユソンスと共同で当たれば、迎撃は十分に可能だろう」

 現在、星系内限界速度〇・三光速であり、ステルスミサイルは更に速度を上げないと追いつけない。

 その場合、星間物質との相対速度が大きくなり、ミサイル前面に展開している防御スクリーンが激しく反応することからステルス性は著しく落ちる。

 ステルス性を失ったミサイルはAIによる予測射撃によって容易に迎撃ができるため、主砲と副砲を使った迎撃を加えれば、二十基程度なら何とか対応は可能であった。

(重巡航艦と軽巡航艦が一隻ずつ、駆逐艦が六隻ということは一度に四十二基のミサイルを撃ち込める。そうなったら手の打ちようがない……それにしても何をためらっているのだ?)

 リヴォフの旗艦メルクーリヤは重巡航艦であるにもかかわらず、ミサイル発射管を八門持つ。また、重ミサイル艦と呼ばれることもある、軽巡航艦ホルニッツァは発射管を十門、駆逐艦はそれぞれ四門ずつ有している。

 メルクーリヤは一連射分しかミサイルを保有していないが、軽巡航艦と駆逐艦は二連射分を持っており、計七十六基のステルスミサイルを保有していることになる。

 それだけのミサイルを持ちながら、手を出してこないことにベテランのディンですら、苛立ちを覚え始めていた。

 更に二十分間、そんな状況が続いた。

「敵がミサイルを発射しました! その数、推定三十四! 重巡以外のすべての艦がミサイルを発射した模様!」

 索敵担当の下士官が悲鳴に似た声を上げる。

「百八十度回頭! 迎撃準備! 主砲と副砲も使って迎撃せよ!」

 ディンの命令が戦闘指揮所CICに響く。

「ミサイル到達予定時刻は約三百秒後です!」

 情報担当士官は緊張した声音でそう報告すると、AIによる予測をメインスクリーンに表示する。

 メインスクリーンにはスウイジンとリユソンスを示すアイコンに、三十四基のミサイルを示すアイコンが二隻を包囲するかのようにジリジリと接近してくる様子が映し出されていた。

「主砲発射準備! 射程内に入ったら手動回避を停止し、AIによる自動照準で迎撃を行え!」

 クリフォードがよく使うAIによるミサイル迎撃は、敵国であるゾンファでも研究されている。
 未だに手動回避を停止することに忌避感を持つ指揮官も多いが、ディンはその有用性を評価し訓練も行っており、すぐにその迎撃法を命じたのだ。

「ミサイル到達まで百二十秒! あと二十秒で主砲の射程に入ります!」

「主砲の集束率は最低にしてあるな!」

 ディンが戦術担当士官に確認する。

「調整済みです! 但し、連射はできません!」

 クリフォード率いる第二特務戦隊との戦闘の際、冷却を無視して連射した影響が残っていたのだ。

「今回も主砲を壊すつもりで撃ち続けろ! ミサイルが一発でも当たれば、俺たちは終わりなんだからな」

 最後は不敵な笑みを見せた。
 その効果もあってか、悲壮感が漂っていた戦闘指揮所CICに余裕が戻る。

「ミサイル迎撃開始! 二基破壊確認……更に三基……」

 メインスクリーンに映し出されていたミサイルのアイコンが少しずつ消えていく。

「この調子ですべてのミサイルを撃ち落とすんだ!」

 未だに二十基以上のミサイルが残っているが、ディンは迎撃に成功するのではないかと期待を抱き始めていた。

(これならいける! この距離でこの速度なら敵のミサイルはそれほど脅威じゃない。あとはミスをしなければ……)

 しかし、次の瞬間、大きな衝撃が彼を襲う。
 一瞬照明が落ち、非常灯のオレンジ色の光に切り替わる。更に警報音がけたたましく鳴り、AIの警告メッセージがそれに被る。

「艦首エリア減圧中。自動隔離作動……生命維持システム停止。非常系に切り替え中……」

 その警告を無視し、情報担当士官が状況を報告する。

「敵重巡からの攻撃が命中! 艦首区画損傷した模様。センサー類が死んでいるため、状況は不明です!」

 帝国の重巡航艦メルクーリヤが放った十八テラワット陽電子加速砲がスウイジンの艦首に命中したのだ。

(手動回避を停止するのを狙っていたのか……いや、ミサイルの到達時刻にタイミングを合わせるのは常識だ。この距離で命中するとは運がない……)

 ディンは一瞬落胆した表情を浮かべたが、すぐに冷静な指揮官の顔に戻す。

「二度もまぐれ当たりは出ん! 敵の砲撃より残りのミサイルに注意せよ! 対宙レーザーはまだ使えるな!」

 未だに十五基のミサイルが残っており、一分ほどで到達する。

「リユソンス被弾! 連絡が途絶えました!」

 スウイジンと同じように手動回避を停止していたため、メルクーリヤの主砲が命中したのだ。

「ミサイル接近! 駄目だ! 数が多すぎる! 助けてくれ!」

 索敵担当下士官の悲鳴がCICに響く。
 本来のディンであれば叱責するのだが、彼も同じように感じており、叱責の言葉は出なかった。

■■■

 標準時間一三一〇。

 約千二百光秒、約二十光分離れた場所で、クリフォードはヤシマの高速商船に偽装した通商破壊艦の最期を見ていた。

 第一布袋丸と第四弁天丸の二隻がスヴァローグ帝国のステルスミサイル、チェーニミサイルの直撃を受け、爆散した。

 追撃戦開始から彼は帝国軍がミサイルを温存していることを疑問に思っていたが、その疑問の答えに辿り着いた。

(最終的にはステルスミサイルを使ったようだな。恐らく、武装商船の自動回避パターンを人工知能AIに学習させたのだろう。そして、ミサイルを発射し、手動回避が止まったところで主砲によってダメージを与え、ミサイルで仕留める。AIに学習させたにしても、あの距離で高速機動の艦に命中させたのだ。有能な指揮官のようだな、リヴォフ少将は……)

 リヴォフ戦隊は第二特務戦隊から約千二百光秒の位置を〇・三光速で航行していたが、戦闘を終えたことから最大加速度で減速を開始していた。

(しかし、帝国軍に対してどう対応すべきだろうか。現れたタイミングへの疑問は解決していない……彼らが戻ってくるのは約二時間半後。補修作業が終わるタイミングより早い……)

 減速と再加速に約五十分、そこから星系内最大巡航速度で戻り減速するには更に百分程度掛かるため、計百五十分、二時間半掛かることになる。

 一方、第二特務戦隊はディン・クー大佐率いる部隊との戦闘により、ほとんどの艦が傷ついており、旗艦キャヴァンディッシュ132も超光速航行機関FTLDが傷つき、応急修理完了は約三時間後であった。

(警戒をしつつ、ジャンプポイントJP周辺で待機するしかない。それにしても帝国の考えが全く読めない。何を狙っているのだろうか……)

 頭を悩ませながらも、クリフォードは各艦に補修を急ぐように命じるとともに、リヴォフ戦隊に向けて通信を行った。

「貴軍の救援に感謝する。当戦隊はリヴォフ少将の要請により、ここソーン星系JPにて待機するが、既に戦闘の詳細は送付している。叶うなら貴軍からもヤシマ商船に偽装した武装勢力について情報提供をお願いしたい」

 その通信に対し、一時間後に返信があった。

『当方にて現在武装勢力についての分析を行っている。詳細が判明次第、貴軍に連絡する。また、戦闘データは受領したが、直接指揮官より事情を聴取したい。現状ではタイムラグが大きいため、JP付近で合流後に聴取を行う予定である。それまでは現状の位置で待機するよう要請する』

 その返信にクリフォードは了解と返すが、疑問も感じていた。

(言っていることにおかしな点はない。しかし、破壊した武装商船を調査する様子がない。事情を聴きたいとしても、全艦で行動する必要はないはずだ。限界速度での調査になるから多少危険はあるが、私なら駆逐艦を派遣して残骸を回収させる。それともJP付近にある待ち伏せ隊の残骸を調査するつもりなのだろうか?)

 クリフォードはリヴォフの行動に疑問を感じていた。
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