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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」

第二十四話

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 ゾンファ共和国の通商破壊艦スウイジンの艦長、ディン・クー大佐はクリフォード率いる第二特務戦隊を取り逃がした直後、強い後悔の念を抱く。

(コリングウッドにしてやられた……あれほどの練度を誇る戦隊だったとは……それに部下を犠牲にして旗艦を守るとは思わなかった。コリングウッドの冷徹さを見誤っていたようだ……)

 ファビアンたちが文字通り身を挺して旗艦キャヴァンディッシュ132を守ったが、ディンはクリフォードが命じたことだと思っていた。

(我々の方が圧倒的に火力はあった。綿密な連携は無理でも、もう少しやりようがあったはずだ……)

 ゾンファ側の攻撃が思ったより功を奏さなかったのには理由がある。
 一つにはディンが考えている通り、第二特務戦隊の練度が高く、位置を絶妙に変えながら連続して命中しないようにしていたことだ。

 これにより、脆弱な軽巡航艦や駆逐艦であってもギリギリのところで防御でき、致命的な損傷を受けなかった。

 他の理由としては待ち伏せていたリー・バオベイ中佐の本隊が速度を保ったままジャンプアウトしてくることを想定していなかったため、対応が後手に回ってしまったことだ。

 ジャンプポイントJPでの不測の事態に備え、空間との相対速度をほぼゼロにしてジャンプアウトすることが常識である。ごく稀にではあるが、JPに待機している情報通報艦やジャンプインする前の船に衝突することがあるためだ。

 また、本来であれば速度を持ち防御スクリーンに負荷が掛かっている第二特務戦隊より、待ち伏せ側の方が有利なのだが、ジャンプアウト後に加速することに比べ、攻撃時間が圧倒的に短く、混乱が収まった時には射程外に逃れられていた。

 ベテランであるほど常識に囚われるため、クリフォードはそれを逆手に取り、敵の機先を制することに成功した。

 また、通商破壊艦部隊は基本的には待ち伏せを行い、奇襲を掛ける。今回のような高速機動による戦闘は彼らの戦い方ではなく、本来の力を発揮する前に終わってしまった。

 ディンは悔しさを見せることなく、剛毅さを見せるかのように部下たちを激励していく。

「このまま奴らのケツに食らいついていけば、必ずチャンスが来る! これだけの速度で後ろを取っているのだ。我々が圧倒的に有利なことに変わりはない!」

 このまま推移すれば彼の言う通り、有利な条件で攻撃できる可能性が高い。

 スウイジンとリユソンスの二隻は第二特務戦隊を追いかけているが、最終的には星系内最大巡航速度〇・二光速に達し、その際主砲の射程外の二十光秒後方を追いかけることになる。

 最大巡航速度で航行する場合、星間物質から艦を守るため、前方に防御スクリーンを展開する必要がある。特にこの先には小惑星帯が存在するため、星間物質の濃度が高くなり、場合によっては針路を変える必要があった。

 その場合、ベクトルを変えることで彼我の距離を縮められる可能性があり、上手くいけば防御スクリーンがほとんど展開できない後方から一方的に攻撃が可能となる。

 慣性航行中であるため、第二特務戦隊側も艦首を反転させて反撃することができるが、防御スクリーンを追撃側とは反対側にも展開する必要があり、防御力は著しく低下した状態となる。

 また、ジャンプポイントJP付近での戦闘と異なり、ベクトルにずれがないため、一旦射程内に捕らえられれば、長時間一方的に攻撃することができる。

 唯一の不安材料は先ほどの攻撃で主砲の加速空洞キャビティや加速コイルに負荷を掛け過ぎていることだが、最悪の状態とはなっておらず、追撃中に調整が可能であり、即座に戦闘に入るような場合以外は大きな問題とはならない。

「じっくり追い詰めるぞ! 敵の動きに注意を払え! 副長と甲板長は主砲の調整を直ちに行ってくれ!」

 その命令を受け、部下たちが動き始めた時、索敵担当の下士官が大声で報告する。

「ソーンJPに超光速航行離脱ジャンプアウト確認! 重巡航艦一、軽巡航艦一、駆逐艦六。重巡航艦メルクーリヤ確認! リヴォフ少将の戦隊です! 〇・〇七五Cにてこちらに向かってきます!」

 その報告にディンは驚き、すぐに自らのコンソールに視線を向けた。

(この速度ということは、我々が超光速航行に入ったジャンプインした直後にJPに向けて加速を開始したのか……最初から狙っていたのか? いや、今はそのことを考えるべきじゃない。任務を放棄して離脱すべきか……)

 そんなことを考えていると、ゲオルギー・リヴォフ少将が星系全体に向けて通信を行った。

『ヤシマ商船を騙る正体不明艦に告ぐ! 直ちに対消滅炉リアクターを停止し、降伏せよ! アルビオン王国外交使節団に告ぐ! 銀河帝国領内での戦闘行為について事情を確認したい。可能な限り速やかに停船することを要請する』

 その言葉を聞き、ディンは直ちに命令を発した。

「現在のベクトルを維持したまま、最大加速で離脱! リー・バオベイ中佐の隊は独自の判断で対処せよ!」



 ディンはそう命令を発したものの、リー中佐の部隊が逃げ切れるとは思っていなかった。

(リーの部隊は生き残れんな。降伏しても海賊として処刑されるしかない。あのベクトルで重巡航艦が相手では、逃げることも反撃することもまず不可能だ……すまん……)

 そして、その予想はすぐに現実のものとなる。

「帝国戦隊、リー中佐の隊に攻撃を開始しました! ホンバオスに敵重巡の主砲直撃! スリュスにも……」

 僅か一分ほどで二隻の通商破壊艦が沈められる。

「艦長! このままでは敵重巡の射程ギリギリの位置にしか離れることができません」

 航法長の指摘にディンは苦渋に満ちた表情を浮かべる。

 重巡航艦メルクーリヤの主砲は十八テラワット級陽電子加速砲で、射程は二十八光秒。現状では約六十光秒の距離があるが、最大加速度の差により、約五十分後には射程内に入られてしまう。

(さっきまでと立場が全く逆になってしまったな……それに最大巡航速度を無視して加速してもギリギリで射程内に入れられてしまう。反転して逃げるにしても敵にはステルスミサイルがある。速度が落ちたところでミサイルを撃ち込まれたら……)

 ディンは逃げることを選択した。

「最後まで諦めるな! 生きていれば挽回の機会はある!」

 絶望が戦闘指揮所CICを支配する中、ディンは部下を鼓舞していった。

■■■

 ゲオルギー・リヴォフ少将からの停船要請を受け、クリフォードは即座に了解の連絡を入れた。

「敵性勢力である武装商船より攻撃を受けている。よって、敵性勢力から距離を取りつつ、貴官の要請に従うものとする」

 そしてすぐに戦隊全体に向けて命令を発した。

「右舷六十度回頭! 上下角そのまま! 敵性勢力から離れつつ、二kGで減速開始。直ちに補修作業に入れ!」

 戦隊はその命令に従い、減速を始める。
 旗艦キャヴァンディッシュ132のCICでもバートラムが早口で命令を発していく。

「ダメージコントロール班は損傷個所の応急補修を開始! 機関長チーフ! 対消滅炉リアクターの調整を頼む! 少し無理をさせ過ぎたからな。航法長マスター通常空間航行機関NSD超光速航行機関FTLDの状況を確認……」

 その命令にそれぞれが了解と答え、更にさまざまな情報を報告していく。
 クリフォードはそんな喧騒の中、破壊された通商破壊艦本隊と、最大加速で離脱する別動隊の様子を見ながら、疑問を感じていた。

(リヴォフ少将の戦隊の同行はソーン星系までだと聞いていた。しかし、僅か十分で超空間に突入ジャンプインしている。こちらとしては助かったが、あの短時間で新たな情報が入ったのか? 偶然にしては出来過ぎだが……予めこちらに来ることを考えていたとしか思えない……)

 第二特務戦隊がジャンプインした直後に情報通報艦が現れて情報を送ったという可能性はあるが、ジャンプアウトした時の速度から第二特務戦隊がジャンプインした二分後に加速を開始していることになる。

(帝国が我々を害するつもりなら、ソーン星系で行えばいい。同行していた武装商船以外の民間船もなく、帝国の哨戒艦隊しかいないのだから証拠隠滅は難しくない……我々が攻撃されることを知っていて、ギリギリのタイミングで助けに入ったということは?……いや、それもあり得ないな。助けるつもりなら同行すべきだ。実際、先ほどの戦闘はギリギリだったのだから……)

 クリフォードは帝国の思惑が分からず、困惑の表情を浮かべていた。
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