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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」
第十八話
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宇宙暦四五二四年九月七日。
クリフォード率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊はダジボーグ星系の隣、ソーン星系にジャンプアウトした。
ソーン星系にはダジボーグ艦隊の哨戒艦隊、十隻があった。以前であれば、ダジボーグ星系の最終防衛ラインであり、二個艦隊一万隻程度が常駐していたのだが、内戦が終結したことと、エネルギープラントが使えない状況から、ごく少数の哨戒艦隊のみが配備されている。
戦闘指揮所のメインスクリーンに映る帝国の護衛戦隊を見ながら、クリフォードは内心の緊張を隠しきれないでいた。
(護衛戦隊だけでも純粋な戦闘力は倍近い。ここで襲われたら三倍以上の戦力の敵と戦うことになる……合理的に考えれば襲われる心配はないのだが、どうしても不安が頭をもたげてくるな……)
彼の緊張感がCIC要員にも伝わったのか、旗艦艦長であるバートラムが話し掛ける。
「砲艦で駆逐艦と戦うよりはマシでしょうが、少し前まで敵だった奴らと一緒というのはいい気分ではないですな」
ジュンツェン星系会戦で味方に見捨てられ、足の遅い砲艦戦隊が戦場に取り残されたことを話題にしたが、言葉とは裏腹にその口調は明るいものだった。
クリフォードは自らが緊張していることを隠しきれていないと気づき、バートラムに笑みを浮かべて答えた。
「ジュンツェン星系会戦は酷かったからな。それに比べれば、足の速い軽巡航艦に乗っている分、気は楽だ」
操舵長のレイ・トリンブル兵曹長がいつも通りの軽い口調で会話に加わる。
「そうですよ、准将。あのビア樽みてぇな砲艦で、迅速に艦首を敵に向けろなんて無茶な命令よりかは、この艦で三倍の敵の砲撃を避けろと言われた方がよっぽど気楽ですぜ」
彼の言葉に笑いが起き、CICの緊張が僅かに緩んだ。
星系内を最大巡航速度である〇・二光速で進み、九月九日に日付が変わる頃にドゥシャー星系行きジャンプポイント付近に到着する。
クリフォードは帝国が何もしてこなかったことに安堵し、護衛を務めたゲオルギー・リヴォフ少将に通信を送る。
「ここまで護衛してくださったことに感謝いたします」
それに対し、リヴォフは表情を変えることなく、返事を送ってきた。
『我々は与えられた任務を遂行しただけだ』
それだけ言うと一方的に通信を切る。
クリフォードは映像が消えたメインスクリーンを見つめていたが、すぐに戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐に声を掛けた。
「第一布袋丸のイマミヤ船長に繋いでくれ」
オハラはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべて通信回線を開く。
すぐにヤシマ人らしいモンゴロイド系の中年男性の姿が映し出された。
『ジャンプ前の忙しい時に何なんですか?』
いつもは陽気な笑みを浮かべているイマミヤが渋い表情をしていた。
「超空間航行への移行のタイミングはこちらの指示通りで頼みたい。もし、タイミングを外すようなら敵対行為とみなし、攻撃を行う」
『この速度でジャンプインするのも異例なんだが、まだ注文が付くんですか?』
そう言った後、わざとらしい大きな溜息を吐き、肩を竦める。
『了解しましたよ、准将。こっちも後ろから攻撃なんてされたくないんで、大人しく従いますよ。全く護衛なんて頼むんじゃなかったよ……』
最後はぼやきのような言葉を呟く。
クリフォードは二隻の商船がジャンプアウト後に待ち伏せしている四隻の商船と共に襲ってくることを想定していた。
そのため、二隻の商船を戦隊の前方に配置し、〇・一光速というジャンプインする際には考えられないほど高速を維持していた。
本来であれば、ジャンプアウト後の星間物質や情報通報艦などとの衝突を考え、光速の〇・一パーセント以下、〇・〇〇一C程度で超空間に突入する。これは軍艦、商船を含め、航宙船にとっての常識であり、それに反した行動だった。
クリフォードはリスクを分かった上で命じていた。
彼はダジボーグ星系とストリボーグ星系間の船舶の移動が極端に少ないこと、ドゥシャー星系には常時二隻の情報通報艦しかおらず、過去に大規模な戦闘も行われていないという情報を得ており、船やデブリとの衝突の可能性は極めて低いと考えた。
そのため、リスクよりも通常ならあり得ない速度でジャンプアウトすることで、敵に動揺を与え、待ち伏せられた際の戦闘を有利にすることを優先した。
また、第二特務戦隊と二隻の商船とはベクトル的に三十度ずらしており、ジャンプアウト直後に両者が離れるように針路を設定している。
これだけの高速でベクトルをずらせば、仮に第一布袋丸と第四弁天丸が敵対行動を取ろうとしても加速性能の差で逃げ切ることができる。
この計画をバートラムに説明した際、多くの者が疑問を持った。
第一布袋丸の船長イマミヤは見るからに商船乗りといった風情であり、海賊や私掠船の船長には到底見えなかったためだ。
ただ、偵察艦オークリーフ221の艦長マーカス・ドイル少佐とプラムリーフ67のライアン・エルウッド少佐はクリフォードの懸念に対し、賛同していた。
彼らは国内や自由星系国家連合内での海賊や私掠船の取り締まりに従事しており、見た目や言動で判断することは危険だと主張した。
そのこともあり、クリフォードの決定に反対はなく、更にジャンプアウト後の待ち伏せについても充分にあり得ると認識するようになる。
クリフォードがイマミヤに厳しい指示を出した後、CICの後方にあるオブザーバー席に座る特使代理のグラエム・グリースバック伯爵が顔を赤くして怒鳴った。
「今の指示は何かね! 君は同盟国の民間船を脅して何がしたいのだ!」
「戦隊の安全を考えての行動です。ヤシマ政府から抗議があった場合は小官が責任を持って対応いたしますのでご安心を」
クリフォードはそれだけ言うと、まだ叫んでいるグリースバックを無視して戦隊全艦の艦長に向けて命令を発した。
「ジャンプインは二隻の商船の三秒後だ。特に留意してほしいのはジャンプアウト後に待ち伏せ攻撃を受ける可能性がある点だ。戦闘準備を整えた上でジャンプアウトし、通常空間に戻った際には自動回避に加え、手動回避も行うように。以上だ」
その命令を発した後、二隻の商船に指示を出す。
「標準時間〇一二〇ちょうどにジャンプインせよ」
その指示にイマミヤが投げやりな感じの了解を伝えてきた。
『了解しましたよ、准将!』
クリフォードはそれに反応することなく、メインスクリーンに映る時間表示と二隻の商船の動きに注目していた。
航法員のカウントダウンの声が響く中、予定時刻になると、二隻の商船は時間通りに超空間に消えていった。
「ドゥシャー星系に向けて超空間に突入します!」
バートラムの声が響き、戦隊の各艦も同時に超空間に消えていった。
クリフォード率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊はダジボーグ星系の隣、ソーン星系にジャンプアウトした。
ソーン星系にはダジボーグ艦隊の哨戒艦隊、十隻があった。以前であれば、ダジボーグ星系の最終防衛ラインであり、二個艦隊一万隻程度が常駐していたのだが、内戦が終結したことと、エネルギープラントが使えない状況から、ごく少数の哨戒艦隊のみが配備されている。
戦闘指揮所のメインスクリーンに映る帝国の護衛戦隊を見ながら、クリフォードは内心の緊張を隠しきれないでいた。
(護衛戦隊だけでも純粋な戦闘力は倍近い。ここで襲われたら三倍以上の戦力の敵と戦うことになる……合理的に考えれば襲われる心配はないのだが、どうしても不安が頭をもたげてくるな……)
彼の緊張感がCIC要員にも伝わったのか、旗艦艦長であるバートラムが話し掛ける。
「砲艦で駆逐艦と戦うよりはマシでしょうが、少し前まで敵だった奴らと一緒というのはいい気分ではないですな」
ジュンツェン星系会戦で味方に見捨てられ、足の遅い砲艦戦隊が戦場に取り残されたことを話題にしたが、言葉とは裏腹にその口調は明るいものだった。
クリフォードは自らが緊張していることを隠しきれていないと気づき、バートラムに笑みを浮かべて答えた。
「ジュンツェン星系会戦は酷かったからな。それに比べれば、足の速い軽巡航艦に乗っている分、気は楽だ」
操舵長のレイ・トリンブル兵曹長がいつも通りの軽い口調で会話に加わる。
「そうですよ、准将。あのビア樽みてぇな砲艦で、迅速に艦首を敵に向けろなんて無茶な命令よりかは、この艦で三倍の敵の砲撃を避けろと言われた方がよっぽど気楽ですぜ」
彼の言葉に笑いが起き、CICの緊張が僅かに緩んだ。
星系内を最大巡航速度である〇・二光速で進み、九月九日に日付が変わる頃にドゥシャー星系行きジャンプポイント付近に到着する。
クリフォードは帝国が何もしてこなかったことに安堵し、護衛を務めたゲオルギー・リヴォフ少将に通信を送る。
「ここまで護衛してくださったことに感謝いたします」
それに対し、リヴォフは表情を変えることなく、返事を送ってきた。
『我々は与えられた任務を遂行しただけだ』
それだけ言うと一方的に通信を切る。
クリフォードは映像が消えたメインスクリーンを見つめていたが、すぐに戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐に声を掛けた。
「第一布袋丸のイマミヤ船長に繋いでくれ」
オハラはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべて通信回線を開く。
すぐにヤシマ人らしいモンゴロイド系の中年男性の姿が映し出された。
『ジャンプ前の忙しい時に何なんですか?』
いつもは陽気な笑みを浮かべているイマミヤが渋い表情をしていた。
「超空間航行への移行のタイミングはこちらの指示通りで頼みたい。もし、タイミングを外すようなら敵対行為とみなし、攻撃を行う」
『この速度でジャンプインするのも異例なんだが、まだ注文が付くんですか?』
そう言った後、わざとらしい大きな溜息を吐き、肩を竦める。
『了解しましたよ、准将。こっちも後ろから攻撃なんてされたくないんで、大人しく従いますよ。全く護衛なんて頼むんじゃなかったよ……』
最後はぼやきのような言葉を呟く。
クリフォードは二隻の商船がジャンプアウト後に待ち伏せしている四隻の商船と共に襲ってくることを想定していた。
そのため、二隻の商船を戦隊の前方に配置し、〇・一光速というジャンプインする際には考えられないほど高速を維持していた。
本来であれば、ジャンプアウト後の星間物質や情報通報艦などとの衝突を考え、光速の〇・一パーセント以下、〇・〇〇一C程度で超空間に突入する。これは軍艦、商船を含め、航宙船にとっての常識であり、それに反した行動だった。
クリフォードはリスクを分かった上で命じていた。
彼はダジボーグ星系とストリボーグ星系間の船舶の移動が極端に少ないこと、ドゥシャー星系には常時二隻の情報通報艦しかおらず、過去に大規模な戦闘も行われていないという情報を得ており、船やデブリとの衝突の可能性は極めて低いと考えた。
そのため、リスクよりも通常ならあり得ない速度でジャンプアウトすることで、敵に動揺を与え、待ち伏せられた際の戦闘を有利にすることを優先した。
また、第二特務戦隊と二隻の商船とはベクトル的に三十度ずらしており、ジャンプアウト直後に両者が離れるように針路を設定している。
これだけの高速でベクトルをずらせば、仮に第一布袋丸と第四弁天丸が敵対行動を取ろうとしても加速性能の差で逃げ切ることができる。
この計画をバートラムに説明した際、多くの者が疑問を持った。
第一布袋丸の船長イマミヤは見るからに商船乗りといった風情であり、海賊や私掠船の船長には到底見えなかったためだ。
ただ、偵察艦オークリーフ221の艦長マーカス・ドイル少佐とプラムリーフ67のライアン・エルウッド少佐はクリフォードの懸念に対し、賛同していた。
彼らは国内や自由星系国家連合内での海賊や私掠船の取り締まりに従事しており、見た目や言動で判断することは危険だと主張した。
そのこともあり、クリフォードの決定に反対はなく、更にジャンプアウト後の待ち伏せについても充分にあり得ると認識するようになる。
クリフォードがイマミヤに厳しい指示を出した後、CICの後方にあるオブザーバー席に座る特使代理のグラエム・グリースバック伯爵が顔を赤くして怒鳴った。
「今の指示は何かね! 君は同盟国の民間船を脅して何がしたいのだ!」
「戦隊の安全を考えての行動です。ヤシマ政府から抗議があった場合は小官が責任を持って対応いたしますのでご安心を」
クリフォードはそれだけ言うと、まだ叫んでいるグリースバックを無視して戦隊全艦の艦長に向けて命令を発した。
「ジャンプインは二隻の商船の三秒後だ。特に留意してほしいのはジャンプアウト後に待ち伏せ攻撃を受ける可能性がある点だ。戦闘準備を整えた上でジャンプアウトし、通常空間に戻った際には自動回避に加え、手動回避も行うように。以上だ」
その命令を発した後、二隻の商船に指示を出す。
「標準時間〇一二〇ちょうどにジャンプインせよ」
その指示にイマミヤが投げやりな感じの了解を伝えてきた。
『了解しましたよ、准将!』
クリフォードはそれに反応することなく、メインスクリーンに映る時間表示と二隻の商船の動きに注目していた。
航法員のカウントダウンの声が響く中、予定時刻になると、二隻の商船は時間通りに超空間に消えていった。
「ドゥシャー星系に向けて超空間に突入します!」
バートラムの声が響き、戦隊の各艦も同時に超空間に消えていった。
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