上 下
287 / 386
第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」

第五話

しおりを挟む
 准将に昇進したクリフォードだったが、指揮すべき戦隊の編成はなかなか進まなかった。
 理由の一つは内定しているサミュエル・ラングフォード中佐が未だにキャメロット星系に帰還していないことだが、それ以上に多くの将官からの推薦があり、軍務省の国防人事局がその対応に追われたことが大きい。

 これほど多くの推薦があったのは、クリフォードという注目される人物の戦隊であるということもあるが、他にも原因があった。

 それはどの艦隊でも激しい人員削減が行われており、殊勲十字勲章DSCを受勲するような優秀な人材ですら予備役に回されるような状況で、縁のある士官を新たに作られる戦隊に売り込みたいと画策する者が多かったのだ。

 クリフォードもその人選に携わる必要があり、送り込まれてくる情報の多さに目が回るほどの忙しさを感じていた。

(まずは優秀な参謀と副官が必要だな……)

 そう感じたクリフォードは人事局に情報処理能力の高い参謀と優秀な若手士官を推薦してほしいと依頼する。

 参謀については佐官クラスの膨大な資料が送られてきた。

(候補者だけでも五百人……この中から選ぶのか……)

 その資料に添付されている勤務評定を丁寧に確認しながら選んでいくが、そこで見知った名を見つけた。

(オハラ中佐か……彼女の冷静さと情報分析能力なら打ってつけだな……)

 クリスティーナ・オハラ中佐はかつて王太子護衛戦隊を率いていた際に、デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)の情報士として彼の指揮下にあった人物だ。
 シャーリア星系での戦いでは的確な情報分析で彼の作戦の成功を支えている。

 クリフォードは要塞衛星アロンダイト内に用意された臨時の戦隊司令部にオハラを呼び出した。
 オハラは要塞内にいたため、すぐに彼の下にやってきた。

「ご無沙汰しております。今回の昇進と受勲、おめでとうございます。閣下サー

 オハラは以前と同じように親しみやすい笑顔を見せる。
 DOE5では“花屋の売り子”と下士官たちから陰で呼ばれていたほどで、冷徹さを感じさせる報告書とのギャップにクリフォードが驚いたことがあった。

「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」

 そう言って右手を差し出して握手をすると、すぐに本題に入る。

「私の参謀になってほしいのだが、どうだろうか?」

 オハラは呼び出された理由が参謀就任への要請であると期待していたが、それでも驚きは隠せなかった。

「光栄なことであり、私に異存はありませんが、本当に私でよろしいのでしょうか?」

「もちろんだよ。君の能力は充分に理解しているし、私と違う視点で見ることができる人材がほしいんだ。よろしく頼むよ」

「ありがとうございます。微力ではありますが、全力で務めさせていただきます」

 こうしてオハラが加わり、二人で戦隊に必要な人材を探していく。
 戦隊は軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻、スループ艦二隻という哨戒艦隊並みの小規模な編成であるため、司令部の定員は参謀一人に副官一人とされ、雑務は旗艦の士官が補佐する。

「副官ですが、この人物はどうでしょうか?」

 副官候補の中から若い少佐をピックアップする。

「ヴァレンタイン・ホルボーン少佐。四五一六年卒業ということはファビアンの同期か。タイミングが悪かったようだな……」

 ホルボーンはファビアンと同じ二十七歳で、前年の年末に上級士官養成コース、通称“艦長コース”を優秀な成績で修了している。しかし、ゾンファ共和国との戦いが終わったこともあり、指揮艦を与えられることなく、艦隊司令部付きの士官として無為に時を過ごしていた。

「よろしい。ホルボーン少佐に声を掛けてみよう」

 ホルボーンはすぐに出頭してきた。
 やや背は低いものの、黒髪に少し挑発的に見える鳶色の瞳が特徴的で、クリフォードを前にしても臆することなく堂々とした態度を見せている。

 挨拶を交わすと、クリフォードはすぐに本題を切り出した。

「私の副官になってもらいたいのだが、どうだろうか?」

 その言葉が意外だったのか、ホルボーンは目を大きく見開いた。

「指揮艦が与えられるのではなく、副官ですか……」

 ホルボーンとしては新たに編成される戦隊で駆逐艦が与えられると期待してきたのだ。

「そうだ。艦隊の現状では新たな艦長の就任は難しいようだ」

「私に声を掛けた理由をお聞かせくださいませんか? 私の経歴はご存じだと思いますが、士官学校卒業以来、スループ艦、駆逐艦、軽巡航艦の戦術部門しか経験はありません」

 ホルボーンは士官学校を優秀な成績で卒業し、士官候補生としてスループ艦に乗り組んだ後、少尉任官と共に駆逐艦の副戦術士となり、宇宙暦SE四五一八年の二度のジュンツェン星系会戦で活躍した。

 その後、軽巡航艦の戦術士となり、昨年五月のイーグンJP会戦で活躍し銀星勲章SSを受勲している。

「私としては優秀な若手に経験を積んでもらいたいと思っている。君の勤務評定を見たが、上官への積極的な進言に注目した。それに准士官や下士官たちの関係もいい。第一、私と違って主計関係を苦手としていない」

 最後の軽口に対してもホルボーンは表情を崩さない。

「小官程度の能力であれば他にも候補はいたはずです。ファビアン・コリングウッド少佐と同期である小官への同情でしょうか」

 そのストレートな言い方にクリフォードとオハラは驚く。
 ホルボーンの経歴はファビアンに似ており、同期の出世頭であるファビアンに対し、一方的にライバル心を持っていたのだ。

「確かに同情したことは否定しないが、今のように物怖じすることなく、上官に意見を言える点を私は高く買っている。分かっていると思うが、私の戦隊はかなり特殊だ。いろいろと面倒なことも多い。その時にはっきりとものを言えない者は困るんだ。これで理由となっているかな」

 クリフォードの言葉にホルボーンはようやく笑みを見せた。

「率直に言っていただき、ありがとうございます、閣下サー。謹んでお受けいたします」

「数日以内に辞令が届くはずだ。届き次第、すぐにでも私を助けてくれるとありがたい」

了解しました、閣下アイアイサー!」

 ピシッとした敬礼でそう答えるが、すぐに笑みを浮かべる。

「司令部付きの佐官には大してやることがありません。今からでも閣下のお傍で仕事を覚えていきたいと思いますが、いかがでしょうか」

「そうしてくれると助かるよ」

 こうしてクリフォードの小さな司令部は立ち上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

現実的理想彼女

kuro-yo
SF
恋人が欲しい男の話。 ※オチはありません。

関白の息子!

アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。 それが俺だ。 産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった! 関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。 絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り! でも、忘れてはいけない。 その日は確実に近づいているのだから。 ※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。  大分歴史改変が進んでおります。  苦手な方は読まれないことをお勧めします。  特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性転換ウイルス

廣瀬純一
SF
感染すると性転換するウイルスの話

処理中です...