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第七部:「謀略と怨讐の宇宙(そら)」
第一話
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宇宙暦四五二三年七月十七日。
キャメロット防衛第七艦隊司令官、オズワルド・フレッチャー大将はヤシマ星系で損傷した艦を指揮し、キャメロット星系の隣、スパルタン星系にあった。
彼はヤシマ星系での二度目の会戦でアルビオン王国軍と自由星系国家連合(FSU)軍が勝利するとは考えていなかった。
(あのような無謀な策に飛びつくとは……賢者などと持ち上げられていたが、知恵の源泉は枯れてしまったようだな……しかし、ヤシマからどれだけの艦が脱出できるのだろうか。早々に撤退を選んでくれればよいが……)
第九艦隊のアデル・ハース大将や第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将らに指揮権を剥奪されたフレッチャーだが、彼女らに対しては強い怒りを覚えたものの、友軍が全滅するようなことは望んでいなかった。
そこに第二次タカマガハラ会戦の情報を持った情報通報艦がジャンプアウトする。そして、星系内に向けて通信を行った。
『タカマガハラでの戦いで我が軍は大勝利を収めました! ゾンファ艦隊は戦闘艦の七十パーセント以上を失い、脱出できたものは一万隻足らず! 一方、王国及びFSU艦隊の損害は軽微! 我が国の危機は去りました!……』
情報通報艦の艦長は興奮気味に語った。
その情報を受け、スパルタン星系内にいる将兵たちは歓喜に沸くが、ただ一人、フレッチャーだけはその歓喜の輪に加わっていなかった。
(あの策が成功しただと……これでは私の指揮権を剥奪したという恥ずべき行為が正しかったようにしか見えん……しかし、損害は軽微というが信じられんな。あの戦力差なら半数近くが沈められてもおかしくはない……)
フレッチャーは勝利自体を疑うことはなかったが、詳細なデータが届いておらず、アルビオン艦隊に大きな損失が出たと考えていた。
それでも不機嫌さは隠しきれず、臨時の旗艦であるドレッドノート級デヴァステーション107号の戦闘指揮所の司令官シートで腕組みをし、むっつりと黙っている。
艦長を始め、CICにいる者たちはフレッチャーがいるため、他の艦のように歓喜の声を上げることができず、チラチラと司令官席を窺っていた。
更に二日後の七月十九日に第二報が届く。
第二報には詳細なデータが添付されており、フレッチャーはそれを見て目を見開く。
(喪失した艦が僅か千八百隻だと……いや、半数以上が傷ついている。激戦であったことは間違いないか……しかしこれでは、ますます私の判断に誤りがあったとされてしまうではないか! 何か手を考えねば……)
フレッチャーはその後、司令官室に籠るようになった。
司令官が姿を見せないが、安全な超空間を航行するだけであるため問題は起きようもなく、七月二十六日に無事キャメロット星系に帰還した。
ジャンプポイントから二日間かけて第三惑星ランスロットに到着すると、フレッチャーは直ちに要塞衛星アロンダイトにある防衛艦隊総司令部に向かった。
その頃、前日に届いた第二報を受け、ジュンツェン星系に向けて艦隊を派遣することが決定しており、総司令部は蜂の巣をつついたような状態だった。
それでも艦隊司令官を無下に扱うわけにもいかず、総参謀長のウォーレン・キャニング中将が対応する。
キャニングは総参謀本部や戦略・戦術研究部でハースの下にいたことが多く、フレッチャーにとって気に入らない存在であったが、自らのキャリアのため、その感情を押し殺す。
「忙しいところ済まないのだが……」
フレッチャーが愛想笑いを浮かべて話し掛けるが、キャニングは迷惑そうな表情を隠そうともしなかった。
「どのようなご用件ですか?」
「ヤシマでのことを報告に来たのだが……」
キャニングはフレッチャーの言葉を遮る。
「報告書はジャンプアウトの時にいただいております」
キャニングはハースと気が合うだけあって個性的な性格で、上官であろうと気に入らない相手に気を遣うことはなかった。
「いや、更に詳細に伝えねばならんと……」
フレッチャーが言い募ろうとしたが、その言葉もキャニングは遮った。
「キャメロットの状況はお判りでしょう。我々はジュンツェン星系に向かわねばならんのです。それとも今後の対ゾンファ戦略に関わるような重要なことなのですか?」
「そうではないが……四人の提督の暴挙を許すわけにはいかんのだ!」
「ユーイング提督たちが閣下の指揮権を奪ったことをおっしゃっているのですか?」
キャニングはそう言いながら面倒くさそうな表情を浮かべる。
「その通りだ!」
「その件でしたら、既に艦隊総司令部だけでなく、統合作戦本部でも正しい判断であったとされていますよ。コパーウィート軍務卿もお認めになりましたし、ノースブルック首相も問題なかったと公式に発言しておられます。宙軍委員会に訴えても無駄ですよ」
宙軍委員会は軍務卿を筆頭に、統合作戦本部長、連合艦隊司令長官、宙兵隊司令長官、地上軍司令長官の五名からなるアルビオン王国軍の最高意思決定機関である。
戦略だけでなく、人事や賞罰なども議論される場ではあるが、そのトップである軍務卿が認めている。また、文民統制であるアルビオン王国では首相を長とする“国防会議”が最終的な決定権を有するため、ノースブルックが是としたことを覆すことは不可能だった。
それでもフレッチャーは「しかし……」と言って話を続けようとするが、それをキャニングは強引に断ち切る。
「こう言っては失礼だが、閣下のことにかまけている時間などないのですよ。ジュンツェンへの艦隊の移動は我が国の今後の安全保障に大きく関わってくる重要事項です。それ以前に、総司令部にユーイング提督らの決定に疑問を持つ者はおりません。というより、閣下の判断に誤りがあったと考える者の方が圧倒的に多いのです。では失礼します」
そう言ってキャニングはフレッチャーを残して足早に去っていく。
「……」
フレッチャーは無言でその場に立ち尽くすしかなかった。
その後、フレッチャーはさまざまな伝手を使って自らの正当性を訴えていくが、歴史的な大勝利と宿敵ゾンファ共和国の支配体制崩壊という事実の前に、誰一人彼の話を聞く者はいなかった。
逆に勝利の立役者であるユーイングやハース、更にはクリフォードのことを悪しざまに言う彼は人々から疎まれるようになる。
更に悪いことに、フレッチャーが決戦を回避しようとしたため指揮権を剥奪されたという話がメディアにリークした。
これは彼と共に帰還した負傷兵たちが流したもので、フレッチャーはメディアを避けるため、屋敷に閉じこもるしかなかった。
軍の中にはフレッチャーの責任を問うべきという声もあったが、消極的ではあるものの敵前逃亡のような不名誉なことでもなく、開戦前の判断としては一定の合理性があったため不問に付されている。
しかし、第十一艦隊に一時的に吸収され、実質的に存在しない第七艦隊は一度解体されることが決まる。フレッチャーはそのまま司令官の任を解かれ、統合作戦本部付という無役に近い閑職に追いやられることになった。
鬱々とした日々を過ごすうちに、彼はクリフォードが元凶であると思い込むようになる。
(奴がいなければこのようなことにはならなかった……イライザのことで私に復讐しようとしているのだ……)
イライザ・ラブレースは王太子護衛戦隊の駆逐艦艦長であったが功を焦り、クリフォードの命令を無視して味方に大きな損害を与えた。そのため、軍法会議に掛けられている。
フレッチャーは彼女の父親と親友であることから、何とか穏便に済ませようとクリフォードに告発を取り下げるよう依頼したが、彼は一切妥協しなかった。
軍務省の国防司法局や国防人事局などに手を回し、不名誉除隊だけは回避できたが、降格と予備役編入という厳しい処分を受けている。
そのことがフレッチャーの頭にあり、被害妄想的にクリフォードに対する憎しみが生まれていった。
(奴さえいなければ……必ず報いを受けさせてやる……)
フレッチャーは心の中で昏い炎を燃やし始めていた。
キャメロット防衛第七艦隊司令官、オズワルド・フレッチャー大将はヤシマ星系で損傷した艦を指揮し、キャメロット星系の隣、スパルタン星系にあった。
彼はヤシマ星系での二度目の会戦でアルビオン王国軍と自由星系国家連合(FSU)軍が勝利するとは考えていなかった。
(あのような無謀な策に飛びつくとは……賢者などと持ち上げられていたが、知恵の源泉は枯れてしまったようだな……しかし、ヤシマからどれだけの艦が脱出できるのだろうか。早々に撤退を選んでくれればよいが……)
第九艦隊のアデル・ハース大将や第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将らに指揮権を剥奪されたフレッチャーだが、彼女らに対しては強い怒りを覚えたものの、友軍が全滅するようなことは望んでいなかった。
そこに第二次タカマガハラ会戦の情報を持った情報通報艦がジャンプアウトする。そして、星系内に向けて通信を行った。
『タカマガハラでの戦いで我が軍は大勝利を収めました! ゾンファ艦隊は戦闘艦の七十パーセント以上を失い、脱出できたものは一万隻足らず! 一方、王国及びFSU艦隊の損害は軽微! 我が国の危機は去りました!……』
情報通報艦の艦長は興奮気味に語った。
その情報を受け、スパルタン星系内にいる将兵たちは歓喜に沸くが、ただ一人、フレッチャーだけはその歓喜の輪に加わっていなかった。
(あの策が成功しただと……これでは私の指揮権を剥奪したという恥ずべき行為が正しかったようにしか見えん……しかし、損害は軽微というが信じられんな。あの戦力差なら半数近くが沈められてもおかしくはない……)
フレッチャーは勝利自体を疑うことはなかったが、詳細なデータが届いておらず、アルビオン艦隊に大きな損失が出たと考えていた。
それでも不機嫌さは隠しきれず、臨時の旗艦であるドレッドノート級デヴァステーション107号の戦闘指揮所の司令官シートで腕組みをし、むっつりと黙っている。
艦長を始め、CICにいる者たちはフレッチャーがいるため、他の艦のように歓喜の声を上げることができず、チラチラと司令官席を窺っていた。
更に二日後の七月十九日に第二報が届く。
第二報には詳細なデータが添付されており、フレッチャーはそれを見て目を見開く。
(喪失した艦が僅か千八百隻だと……いや、半数以上が傷ついている。激戦であったことは間違いないか……しかしこれでは、ますます私の判断に誤りがあったとされてしまうではないか! 何か手を考えねば……)
フレッチャーはその後、司令官室に籠るようになった。
司令官が姿を見せないが、安全な超空間を航行するだけであるため問題は起きようもなく、七月二十六日に無事キャメロット星系に帰還した。
ジャンプポイントから二日間かけて第三惑星ランスロットに到着すると、フレッチャーは直ちに要塞衛星アロンダイトにある防衛艦隊総司令部に向かった。
その頃、前日に届いた第二報を受け、ジュンツェン星系に向けて艦隊を派遣することが決定しており、総司令部は蜂の巣をつついたような状態だった。
それでも艦隊司令官を無下に扱うわけにもいかず、総参謀長のウォーレン・キャニング中将が対応する。
キャニングは総参謀本部や戦略・戦術研究部でハースの下にいたことが多く、フレッチャーにとって気に入らない存在であったが、自らのキャリアのため、その感情を押し殺す。
「忙しいところ済まないのだが……」
フレッチャーが愛想笑いを浮かべて話し掛けるが、キャニングは迷惑そうな表情を隠そうともしなかった。
「どのようなご用件ですか?」
「ヤシマでのことを報告に来たのだが……」
キャニングはフレッチャーの言葉を遮る。
「報告書はジャンプアウトの時にいただいております」
キャニングはハースと気が合うだけあって個性的な性格で、上官であろうと気に入らない相手に気を遣うことはなかった。
「いや、更に詳細に伝えねばならんと……」
フレッチャーが言い募ろうとしたが、その言葉もキャニングは遮った。
「キャメロットの状況はお判りでしょう。我々はジュンツェン星系に向かわねばならんのです。それとも今後の対ゾンファ戦略に関わるような重要なことなのですか?」
「そうではないが……四人の提督の暴挙を許すわけにはいかんのだ!」
「ユーイング提督たちが閣下の指揮権を奪ったことをおっしゃっているのですか?」
キャニングはそう言いながら面倒くさそうな表情を浮かべる。
「その通りだ!」
「その件でしたら、既に艦隊総司令部だけでなく、統合作戦本部でも正しい判断であったとされていますよ。コパーウィート軍務卿もお認めになりましたし、ノースブルック首相も問題なかったと公式に発言しておられます。宙軍委員会に訴えても無駄ですよ」
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戦略だけでなく、人事や賞罰なども議論される場ではあるが、そのトップである軍務卿が認めている。また、文民統制であるアルビオン王国では首相を長とする“国防会議”が最終的な決定権を有するため、ノースブルックが是としたことを覆すことは不可能だった。
それでもフレッチャーは「しかし……」と言って話を続けようとするが、それをキャニングは強引に断ち切る。
「こう言っては失礼だが、閣下のことにかまけている時間などないのですよ。ジュンツェンへの艦隊の移動は我が国の今後の安全保障に大きく関わってくる重要事項です。それ以前に、総司令部にユーイング提督らの決定に疑問を持つ者はおりません。というより、閣下の判断に誤りがあったと考える者の方が圧倒的に多いのです。では失礼します」
そう言ってキャニングはフレッチャーを残して足早に去っていく。
「……」
フレッチャーは無言でその場に立ち尽くすしかなかった。
その後、フレッチャーはさまざまな伝手を使って自らの正当性を訴えていくが、歴史的な大勝利と宿敵ゾンファ共和国の支配体制崩壊という事実の前に、誰一人彼の話を聞く者はいなかった。
逆に勝利の立役者であるユーイングやハース、更にはクリフォードのことを悪しざまに言う彼は人々から疎まれるようになる。
更に悪いことに、フレッチャーが決戦を回避しようとしたため指揮権を剥奪されたという話がメディアにリークした。
これは彼と共に帰還した負傷兵たちが流したもので、フレッチャーはメディアを避けるため、屋敷に閉じこもるしかなかった。
軍の中にはフレッチャーの責任を問うべきという声もあったが、消極的ではあるものの敵前逃亡のような不名誉なことでもなく、開戦前の判断としては一定の合理性があったため不問に付されている。
しかし、第十一艦隊に一時的に吸収され、実質的に存在しない第七艦隊は一度解体されることが決まる。フレッチャーはそのまま司令官の任を解かれ、統合作戦本部付という無役に近い閑職に追いやられることになった。
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(奴がいなければこのようなことにはならなかった……イライザのことで私に復讐しようとしているのだ……)
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