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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第四十八話

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 宇宙暦SE四五二三年七月十一日。

 アデル・ハースはヤシマの防衛省の官僚たちと共に、ゾンファ革命軍を組織するという仕事に着手した。
 しかし、最初に司令官を決めるというところから躓いていた。

 反乱は准士官以下の兵士たちが主体であり、指揮を執れない。捕虜の中には士官もいるが、止む無く降伏しただけで信用できなかった。

 そのため、艦隊の指揮自体はアルビオン艦隊から指揮官を派遣することで対応することにしたが、名目上でもゾンファ人から司令官を決めないと“ゾンファ革命軍”と言えない。

 苦労の末、最初に反乱を起こした戦艦ファンシャンの元軍曹、チェン・ツォを見つけ、彼を司令官とし、同僚のリャン・シャンを副司令官とした。

 チェンは自分が司令官と聞き、「俺が司令官? 柄じゃねぇよ」と断った。

「していただくことは、我々が用意した原稿を読んでいただくくらいです。それにジュンツェン星系に入れば、フェイ上将に司令官を要請しようと思っていますから、それまでの飾りみたいなものです」

「それでもな……」と渋ったが、盟友でもあるリャンが「やればいいじゃないか。お前ならみんなが納得する」と言われ、「なら、お前が副司令官だ」と言って受諾した。

 更にハースは革命政府を設立にも奔走した。
 革命政府と言っても革命軍司令官チェンが暫定首班を務めるというもので、実態は革命軍以上にない。

 一応、民主派の政治家の名を連ねた閣僚名簿を作成し、ヤシマの官僚たちが自国の法律などを参考に、民主国家となるべく、憲法や選挙制度などを整えさせた。

 これにより、革命政府はヤシマ政府によって正式に承認され、書類上は立派な民主国家ができ上がった。

「こんなものでも役に立つのかしら」とハースが零すと、クリフォードがそれに答えた。

「正当な政府を転覆させようとしているのです。形式上でも対抗できる政府がなければ、国民は納得しません」

「そうね。それにゾンファ国民には革命政府がどんなものか知りようがないんだから、信じたいものを信じるように仕向けることは有効な手と言えるわね」

 クリフォードはそれに静かに頷いた。


 七月二十日。

 アルビオン王国艦隊、自由星系国家連合FSU艦隊、ゾンファ革命軍艦隊、補給艦隊の計約四万隻はジュンツェン星系に向けて出発した。
 ゾンファ政府との交渉のため、FSUの代表として、サイトウ首相も同行している。

 ゾンファ革命軍艦隊は軽巡航艦や駆逐艦など小型艦で構成されている。これは大型艦より少ない士官で指揮できることと、ヤシマの造船技師、ユズル・ヒラタによる改造がなされていない従来の艦が多かったためだ。

 また、戦艦などの大型艦をゾンファ星系に帰還させることは敵の戦力回復に寄与することになり、それを防ぐ意味もある。

 大型艦に乗っていた乗組員の一部は、ヤシマの輸送艦やチャーターした民間船に乗せられている。彼らは反乱に加担したとして処罰される可能性があっても家族の下に帰りたいと強く希望した者たちだった。

 それらの船では大急ぎでカーゴスペースに人員輸送用のユニットを設置しただけのため、かなり窮屈だが、脱出ポッドで暮らしていたゾンファの兵士たちにとっては自分の寝台があり、レーション以外の食事が出るだけでも満足だった。

 また、補給艦隊には多くの食材を積み込んだ輸送艦が多数同行している。これはジュンツェン星系にいるゾンファ艦隊の兵士たちにまともな食事を提供することで懐柔しようという策だった。


 クリフォードはアデル・ハースらと共に第二艦隊旗艦、キング・エドワード級アイアン・デューク09に乗っている。

 指揮官としてではなく、肩書は第九艦隊司令官付佐官で、ただの乗客という立場だ。そのため、居心地の悪さを感じていた。

(指揮官でもないのに、つい口を出したくなる。そう言えば、六年前にレディバードの艦長になってから、自分の艦以外に乗るのはレディバード彼女を失った時以来だな……)

 何事もなく、隣のイーグン星系に入った。
 当初はステルス機雷を警戒したが、敗走するゾンファ艦隊が回収したのか、一つも残されていなかった。

 八月四日に次の星系、シアメン星系に入り、二日後にジュンツェン星系行きジャンプポイントJPに到着した。

 連合艦隊の総司令官である第二艦隊のナイジェル・ダウランド大将は、ジュンツェン星系のJPに濃密な機雷原と艦隊による待ち伏せを警戒し、円形陣で超光速航行FTLを行うことを命じた。
 ハースは待ち伏せがあるとは思っていなかったが、ダウランドは慎重を期した。

 八月十日。
 ジュンツェン星系にジャンプアウトすると、敵艦隊の待ち伏せどころか、ステルス機雷による攻撃もなかった。

 ゾンファ艦隊は第五惑星の衛星軌道上にあり、秩序を保っているように見えた。
 肩透かしを合った形のダウランドはジュンツェン星系全域に向け、勧告を行った。

「ゾンファ共和国軍に告ぐ! アルビオン王国及び自由星系国家連合フリースターズユニオンはゾンファ革命政府の要請に従い、本星系に駐留するゾンファ共和国国民解放軍の武装解除を行う。直ちに武装解除に応じることを勧告するものである。なお、武装解除後は停戦協定の締結、侵略に対する補償、戦争犯罪人の引き渡しを行うために、革命軍艦隊と共にゾンファ星系に向かう予定である」

 距離の関係で返信が来るのは四時間以上後になる。時間差を無くすため、艦隊はゆっくりと前進し始めた。但し、艦隊機動に不安があるゾンファ革命軍は輸送艦と共にJP付近に留まっている。

 ゾンファ共和国軍からの回答は四時間後に届いた。

『ジュンツェン星系革命準備委員会の委員長、シュン・ジアンである。我々は革命軍に合流すべく、本星系を掌握した。武装解除については直ちに実行するが、具体的にどうしたらよいのか方法を教えてほしい』

 スクリーンには三十代前半の屈強な男性が緊張した面持ちで話していた。

「革命準備委員会? なんだ、それは……」という声が旗艦アイアン・デュークの戦闘指揮所CICに響く。士官の誰かが呟いたのだが、クリフォードも同じ思いだった。

「ハース提督、この状況をどう見るかね」とダウランドが困惑した表情でハースに問う。

「恐らく、反乱が拡大したのではないかと。フェイ上将が艦隊を掌握しきれなくなったのかもしれません」

「うむ」とダウランドは頷くが、すぐに今後の方針について質問する。

「反乱が拡大したのであれば、どうすべきだろうか。革命準備委員会なる組織が全軍を掌握していればよいが、不用意に近づくこともできん」

 その問いにハースが答える。

「革命軍の艦を要塞に派遣しましょう。さすがに味方を撃つことはないでしょうし、我が軍とヤシマの情報機関の者を同行させて調査させれば、連合艦隊の安全を確保した上で確認が取れます」

 その後、革命軍艦隊から軽巡航艦がJ5要塞に派遣された。
 丸一日かけて調査した結果、フェイの暗殺未遂をきっかけに反乱が拡大し、反乱勢力である革命準備委員会がジュンツェン星系を掌握していることが判明した。

「予定とは違ったが、ジュンツェン星系のゾンファ共和国軍は無力化できた。今後の方針としては、予定通り、FSU艦隊にゾンファ星系に向かってもらい、現政権の打倒と民主化を進めてもらう」

 ダウランドがそう言うと、参謀たちは頷くが、クリフォードは首肯しなかった。
 その様子を見たダウランドはクリフォードに意見を求めた。

「コリングウッド艦長、何か意見があるのかな?」

はい、提督イエッサー」と答え、説明を始める。

「フェイ上将を革命軍の指揮官にすることができませんでした。今の革命軍には不安があります。方針の転換が必要ではないかと考えます」

 フェイは未だに意識が戻っていない。当初の予定ではフェイに革命軍を率いさせ、ゾンファ共和国政府に民主化などの要求を呑ませる予定だったが、指揮官不在の革命軍をゾンファ星系に向かわせることは危険だとクリフォードは考えたのだ。

「確かに指揮官不在の艦隊が暴発する恐れがあるな。具体的にはどうすべきだろうか?」

「戦闘艦はここに留め、地上軍とヤシマで投降した兵士たちだけをゾンファ星系に向かわせてはどうでしょうか? 百万人を超える兵士を狭い輸送艦の中に閉じ込めておくのは人道的にも問題ですし、物資の消費も馬鹿になりません。また、交渉成立後に兵士たちを下ろし、空になった輸送艦をこちらに引き返させれば、捕虜の輸送に使えます」

 クリフォードの意見にダウランドは大きく頷く。

「確かに合理的かつ人道的だな。それに万が一ゾンファ共和国政府がFSU艦隊を攻撃しようとした時の盾にもなる」

 クリフォードはあえて言わなかったが、優秀な戦略家でもあるダウランドはクリフォードの考えを即座に見抜いた。

 その後、サイトウを含めたFSU艦隊の指揮官たちと協議し、この方針で進められることが決まった。
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