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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」
第四十一話
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宇宙暦四五二三年六月三十日 標準時間〇二五五。
ヤシマ星系の首都星タカマガハラの衛星軌道上では、アルビオン・自由星系国家連合の連合艦隊とゾンファ艦隊が死闘を繰り広げていた。
ゾンファの前衛艦隊はサンドラ・サウスゲート大将率いる第十一艦隊の奇襲を受け、大きな損害を受けた。特に最前線にいたレイ・リアン上将は奇襲によって戦死し、レイ艦隊の指揮命令系統は麻痺状態に陥っていた。
第十一艦隊の奇襲を機にそれまで耐えていたヤシマとロンバルディアの艦隊は一気に攻勢に転じた。
前衛艦隊と三光秒の位置にあるシオン・チョン上将率いるゾンファ艦隊本隊も、ステルス機雷による奇襲とによって一時的に混乱に陥った。
その混乱に乗じ、ジャスティーナ・ユーイング大将の第六艦隊とノーラ・レイヤード大将の第八艦隊はシオン艦隊に対し、激しい攻撃を開始した。
シオン艦隊は上下から襲い掛かるステルス機雷と前方からのアルビオン艦隊の砲撃によって、次々と艦が沈められていくが、その闘志は失っておらず、起死回生を期して中央突破を図る。
第九艦隊とゾンファのフェイ・ツーロン艦隊の激闘も続いている。
自慢の機動力を封じられた第九艦隊はほぼゼロ距離という状況で、フェイ艦隊の攻勢を凌ぎつつ時間稼ぎを行っていた。
旗艦インヴィンシブル89は三系統ある防御スクリーンと対消滅炉が一系列しか使えず、更に主砲も使用不能という満身創痍と言える状態だ。
それでも第一巡航戦艦戦隊を率い、フェイ艦隊の強力な戦艦群と戦い続けている。
「ジアン級重巡航艦にスペクターミサイル命中! 轟沈確認!」
戦術士のオスカー・ポートマン中佐の声が響く。
多くの者が喜びの声を上げようとした時、戦闘指揮所の照明が一瞬揺らめいた。
「バード級軽巡航艦の主砲直撃! A系統防御スクリーン負荷、八十パーセント! 七十五、七十……」
機関士が防御スクリーンの状況を報告する中、強い衝撃がCICを襲った。
「ラーシャン級戦艦副砲、直撃! 防御スクリーン、緊急停止!」
CICでは人工知能の警告メッセージが流れ、多くの警報が点滅している。
「艦の損傷状況を確認せよ!」
クリフォードの命令に次々と報告が上がってくるが、まだギリギリで戦える状況であった。
「防御スクリーンの再展開急げ!……」
次の言葉を発しようとした時、情報士のジャネット・コーンウェル少佐が珍しく焦りを含んだ声で警告する。
「ラーシャン級戦艦、急速接近中!」
クリフォードがメインスクリーンに視線を送ると、強引に突破しようとしてくる複数の大型戦艦の姿が映し出されていた。
「第一巡航戦艦戦隊散開! 正面から撃ち合うな!」
その命令を受け、十二隻の巡航戦艦が左右に開いていく。
十数隻の戦艦をやり過ごすが、すぐに重巡航艦群が迫ってくる。
「防御スクリーン、まだか!」
「あと五秒です! 二、一、展開完了しました!」
クリフォードはそれに応えず、次の命令を発する。
「目標設定次第、スペクターミサイル発射せよ! カロネードの準備はいいな!」
「了解しました、艦長! カロネード、発射準備完了しています!」
ポートマンのきびきびとした声が響く。
その間にも敵重巡航艦が迫ってくる。
「新型の野獣級です!」
「前方の敵は無視していい! すれ違いざまに艦尾迎撃砲で砲撃せよ!」
「了解しました、艦長!」
「幽霊ミサイル接近! 数は二十!」と矢継ぎ早に報告が上がってくる。
クリフォードは焦る心を抑えつつ、冷静に対処を命じた。
「手動回避はそのまま。各艦は対宙レーザーで各個迎撃せよ!」
メインスクリーンに描かれる敵のステルスミサイルのアイコンが一つずつ消えていく。
「敵ミサイル八基、第二防衛ライン突破!」
「ミサイル迎撃を優先せよ! 手動回避二秒間停止!」
「ミサイル、全基破壊!」
慌ただしく言葉が交わされる中、クリフォードの後ろでは司令官のアデル・ハース大将が参謀長のセオドア・ロックウェル中将に意見を求めていた。
「そろそろ限界のようですね。参謀長のご意見は?」
ロックウェルはその言葉に頷く。
「おっしゃる通り、限界ですな。艦隊中央部を開けて、敵を通さねば艦隊の半数以上が沈められるでしょう」
「分かりました」とハースは頷き、マイクを取った。
「全艦、艦隊中央部を開けつつ、最大加速で離脱」
「了解しました、提督! 第一巡航戦艦戦隊、攻撃中止! 最大加速開始せよ!」
インヴィンシブルは敵艦隊の中をすり抜けるように加速していく。
ゾンファ艦からの攻撃もその急激な機動に追従できず、その間に防御スクリーンが回復した。
CICにいる全員が安堵する中、首席参謀のヒラリー・カートライト大佐の声が響く。
「敵前衛艦隊に動きあり! 対消滅炉を停止する艦が続出しています!」
「ようやく始まったようね」とハースが安堵の表情を浮かべて答える。
「フェイ艦隊の動きに注意しなさい。これ以上の戦闘は不要ですが、いつでも対処できるようにするのです」
そして、副参謀長のオーソン・スプリングス少将に話しかけた。
「あの策が成功したようね。我が艦隊をどこに向かわせればよいか、大至急検討して」
「了解しました、提督。敵を塞ぐのは愚策ですから、このまま天底方向に向かう方がよいでしょう」
「そうね。それでいいわ」
そう言いながらハースは艦の指揮を執るクリフォードを見ていた。
(本当に成功するとは思わなかったわ……今回も生き延びたことだし、将来が楽しみね……)
そんなことを考えたが、すぐに指揮に集中していった。
■■■
フェイ・ツーロン上将は第九艦隊を突破しつつあることに安堵していた。
当初、数と防御力で劣る第九艦隊が真正面から自らの艦隊に戦いを挑んだことに驚いたものの、新型艦の性能にものを言わせる強引な突破を命じ、成功しつつあった。
(これで味方の救援に向かえる。それにしてもハースは知将だと聞いていたが、思った以上に猛将だったのだな……)
予想以上に激しい攻防のことを思い出したが、すぐに頭を切り替え、全艦に向けて命令を発する。
「敵にこれ以上の罠はない! 今なら味方を救い出すことができる! まずは艦列を整えるのだ!」
そして、メインスクリーンに映る第九艦隊を一瞥した後、参謀の一人に命令する。
「第九艦隊から目を離すな。何をしてくるか分からんからな……」
更に言葉を続けようとしたところで、別の参謀が声を上げる。
「敵が降伏勧告を行いました! 前衛艦隊の味方艦が次々と降伏していきます!」
フェイは「何!」と言って司令官用コンソールに視線を落とす。
そこには降伏を示す表示に切り替わった味方艦のアイコンが次々と増えていく様子が映し出されていた。
「まだ戦えるはずだ! シー上将は何をしているんだ!」
そこで総司令官であるシオン・チョン上将に通信を繋いだ。
「何が起きているんだ! 我が艦隊が攻撃に加われば充分に逆転できる。あと数分耐えればいいだけだろう!」
シオン艦隊とは十五光秒ほど離れており、返信が届くには三十秒ほど掛かる。
その間にも次々と降伏する艦が増えていき、前衛艦隊だけでなく、本隊でも降伏する艦が出始めていた。
「どうやら兵士たちが反乱を起こしたようなのだが、状況が分からん。お前の艦隊も充分に注意してくれ」
その言葉にフェイは「反乱だと……」と呟き、愕然とする。
(このタイミングで反乱? 確かに兵たちの不満は溜まっていたが、敵と戦っている最中に反乱を起こすなどあり得ん……降伏勧告があったと言っていたが、敵の謀略なのか……)
それでも気を取り直し、命令を発する。
「味方を救い出すことに変わりはない! このまま進め!」
艦隊の各艦は命令通りに前進を開始した。
ヤシマ星系の首都星タカマガハラの衛星軌道上では、アルビオン・自由星系国家連合の連合艦隊とゾンファ艦隊が死闘を繰り広げていた。
ゾンファの前衛艦隊はサンドラ・サウスゲート大将率いる第十一艦隊の奇襲を受け、大きな損害を受けた。特に最前線にいたレイ・リアン上将は奇襲によって戦死し、レイ艦隊の指揮命令系統は麻痺状態に陥っていた。
第十一艦隊の奇襲を機にそれまで耐えていたヤシマとロンバルディアの艦隊は一気に攻勢に転じた。
前衛艦隊と三光秒の位置にあるシオン・チョン上将率いるゾンファ艦隊本隊も、ステルス機雷による奇襲とによって一時的に混乱に陥った。
その混乱に乗じ、ジャスティーナ・ユーイング大将の第六艦隊とノーラ・レイヤード大将の第八艦隊はシオン艦隊に対し、激しい攻撃を開始した。
シオン艦隊は上下から襲い掛かるステルス機雷と前方からのアルビオン艦隊の砲撃によって、次々と艦が沈められていくが、その闘志は失っておらず、起死回生を期して中央突破を図る。
第九艦隊とゾンファのフェイ・ツーロン艦隊の激闘も続いている。
自慢の機動力を封じられた第九艦隊はほぼゼロ距離という状況で、フェイ艦隊の攻勢を凌ぎつつ時間稼ぎを行っていた。
旗艦インヴィンシブル89は三系統ある防御スクリーンと対消滅炉が一系列しか使えず、更に主砲も使用不能という満身創痍と言える状態だ。
それでも第一巡航戦艦戦隊を率い、フェイ艦隊の強力な戦艦群と戦い続けている。
「ジアン級重巡航艦にスペクターミサイル命中! 轟沈確認!」
戦術士のオスカー・ポートマン中佐の声が響く。
多くの者が喜びの声を上げようとした時、戦闘指揮所の照明が一瞬揺らめいた。
「バード級軽巡航艦の主砲直撃! A系統防御スクリーン負荷、八十パーセント! 七十五、七十……」
機関士が防御スクリーンの状況を報告する中、強い衝撃がCICを襲った。
「ラーシャン級戦艦副砲、直撃! 防御スクリーン、緊急停止!」
CICでは人工知能の警告メッセージが流れ、多くの警報が点滅している。
「艦の損傷状況を確認せよ!」
クリフォードの命令に次々と報告が上がってくるが、まだギリギリで戦える状況であった。
「防御スクリーンの再展開急げ!……」
次の言葉を発しようとした時、情報士のジャネット・コーンウェル少佐が珍しく焦りを含んだ声で警告する。
「ラーシャン級戦艦、急速接近中!」
クリフォードがメインスクリーンに視線を送ると、強引に突破しようとしてくる複数の大型戦艦の姿が映し出されていた。
「第一巡航戦艦戦隊散開! 正面から撃ち合うな!」
その命令を受け、十二隻の巡航戦艦が左右に開いていく。
十数隻の戦艦をやり過ごすが、すぐに重巡航艦群が迫ってくる。
「防御スクリーン、まだか!」
「あと五秒です! 二、一、展開完了しました!」
クリフォードはそれに応えず、次の命令を発する。
「目標設定次第、スペクターミサイル発射せよ! カロネードの準備はいいな!」
「了解しました、艦長! カロネード、発射準備完了しています!」
ポートマンのきびきびとした声が響く。
その間にも敵重巡航艦が迫ってくる。
「新型の野獣級です!」
「前方の敵は無視していい! すれ違いざまに艦尾迎撃砲で砲撃せよ!」
「了解しました、艦長!」
「幽霊ミサイル接近! 数は二十!」と矢継ぎ早に報告が上がってくる。
クリフォードは焦る心を抑えつつ、冷静に対処を命じた。
「手動回避はそのまま。各艦は対宙レーザーで各個迎撃せよ!」
メインスクリーンに描かれる敵のステルスミサイルのアイコンが一つずつ消えていく。
「敵ミサイル八基、第二防衛ライン突破!」
「ミサイル迎撃を優先せよ! 手動回避二秒間停止!」
「ミサイル、全基破壊!」
慌ただしく言葉が交わされる中、クリフォードの後ろでは司令官のアデル・ハース大将が参謀長のセオドア・ロックウェル中将に意見を求めていた。
「そろそろ限界のようですね。参謀長のご意見は?」
ロックウェルはその言葉に頷く。
「おっしゃる通り、限界ですな。艦隊中央部を開けて、敵を通さねば艦隊の半数以上が沈められるでしょう」
「分かりました」とハースは頷き、マイクを取った。
「全艦、艦隊中央部を開けつつ、最大加速で離脱」
「了解しました、提督! 第一巡航戦艦戦隊、攻撃中止! 最大加速開始せよ!」
インヴィンシブルは敵艦隊の中をすり抜けるように加速していく。
ゾンファ艦からの攻撃もその急激な機動に追従できず、その間に防御スクリーンが回復した。
CICにいる全員が安堵する中、首席参謀のヒラリー・カートライト大佐の声が響く。
「敵前衛艦隊に動きあり! 対消滅炉を停止する艦が続出しています!」
「ようやく始まったようね」とハースが安堵の表情を浮かべて答える。
「フェイ艦隊の動きに注意しなさい。これ以上の戦闘は不要ですが、いつでも対処できるようにするのです」
そして、副参謀長のオーソン・スプリングス少将に話しかけた。
「あの策が成功したようね。我が艦隊をどこに向かわせればよいか、大至急検討して」
「了解しました、提督。敵を塞ぐのは愚策ですから、このまま天底方向に向かう方がよいでしょう」
「そうね。それでいいわ」
そう言いながらハースは艦の指揮を執るクリフォードを見ていた。
(本当に成功するとは思わなかったわ……今回も生き延びたことだし、将来が楽しみね……)
そんなことを考えたが、すぐに指揮に集中していった。
■■■
フェイ・ツーロン上将は第九艦隊を突破しつつあることに安堵していた。
当初、数と防御力で劣る第九艦隊が真正面から自らの艦隊に戦いを挑んだことに驚いたものの、新型艦の性能にものを言わせる強引な突破を命じ、成功しつつあった。
(これで味方の救援に向かえる。それにしてもハースは知将だと聞いていたが、思った以上に猛将だったのだな……)
予想以上に激しい攻防のことを思い出したが、すぐに頭を切り替え、全艦に向けて命令を発する。
「敵にこれ以上の罠はない! 今なら味方を救い出すことができる! まずは艦列を整えるのだ!」
そして、メインスクリーンに映る第九艦隊を一瞥した後、参謀の一人に命令する。
「第九艦隊から目を離すな。何をしてくるか分からんからな……」
更に言葉を続けようとしたところで、別の参謀が声を上げる。
「敵が降伏勧告を行いました! 前衛艦隊の味方艦が次々と降伏していきます!」
フェイは「何!」と言って司令官用コンソールに視線を落とす。
そこには降伏を示す表示に切り替わった味方艦のアイコンが次々と増えていく様子が映し出されていた。
「まだ戦えるはずだ! シー上将は何をしているんだ!」
そこで総司令官であるシオン・チョン上将に通信を繋いだ。
「何が起きているんだ! 我が艦隊が攻撃に加われば充分に逆転できる。あと数分耐えればいいだけだろう!」
シオン艦隊とは十五光秒ほど離れており、返信が届くには三十秒ほど掛かる。
その間にも次々と降伏する艦が増えていき、前衛艦隊だけでなく、本隊でも降伏する艦が出始めていた。
「どうやら兵士たちが反乱を起こしたようなのだが、状況が分からん。お前の艦隊も充分に注意してくれ」
その言葉にフェイは「反乱だと……」と呟き、愕然とする。
(このタイミングで反乱? 確かに兵たちの不満は溜まっていたが、敵と戦っている最中に反乱を起こすなどあり得ん……降伏勧告があったと言っていたが、敵の謀略なのか……)
それでも気を取り直し、命令を発する。
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