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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第三十四話

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 宇宙暦SE四五二三年六月二十九日標準時間一三〇〇。



 イーグンジャンプポイントJPに出現したゾンファ共和国の大艦隊は総司令官、シオン・チョン上将が降伏勧告を行うと同時に、ヤシマの首都星タカマガハラに向かって整然と進軍を開始した。

 その数は五万八千隻。内訳は十個艦隊五万隻、兵員輸送艦六千隻とその支援艦二千隻だ。
 アルビオン・自由星系国家連合FSUの連合艦隊が予想した中で最大戦力であった。

 ゆっくりと近づいてくる敵の大艦隊に多くの将兵の顔が青ざめていた。
 連合艦隊の総司令官、ジャスティーナ・ユーイング大将が全将兵に向けて放送を行った。

「皆さん、敵艦隊がここに到着するにはまだ十二時間くらいあります。英気を養い、来るべき決戦に備えてください」

 イーグンJPとタカマガハラとの距離は約百二十光分。最大巡航速度〇・二光速で十時間の距離だが、機動力の低い兵員輸送艦に合わせると加減速にそれぞれ二時間以上かかる。

 第九艦隊旗艦インヴィンシブル89でも艦長であるクリフォードが部下たちに命令を発していた。

「二二〇〇まで三時間ずつの交替制シフトに移行する。また、本日の夕食ディナーは特別料理だ。もちろん、酒はなしだが」

 その瞬間、戦闘指揮所CICを始め、艦内で歓声が上がる。

「私もご相伴させていただいてもいいかしら」とハースが聞く。

「もちろんです、提督。酒についてはお任せしますよ」

 クリフォードはそう言ってニコリと笑った。

「あら、私もこんな時に飲まないわよ。ヤシマから帰る超空間の中では楽しませていただくけど」

「では、その時は私が料理を、提督がワインを出していただくということでよろしいですね」

「ええ、結構よ」

 その会話は艦内だけではなく、艦隊内にも広がった。
 クリフォードとハースに余裕があることから、兵士たちの間に楽観的な空気が生まれる。

賢者ドルイダス崖っぷちクリフエッジの大将に余裕があるんだ。この戦いは俺たちの勝ちで決まりだな」

「俺は最初から疑っていないぜ。何と言っても二人とも、ゾンファにとっちゃ天敵みたいなもんだからな」

 クリフォードとハースは示し合わせたわけではないが、この効果を狙っていた。


 標準時間二二〇〇になり、戦闘準備が行われた。
 インヴィンシブル89の乗組員たちは英気を養い、やる気に満ちた顔で部署につく。

 その頃、ゾンファ艦隊は二十光分の位置にあり、最大巡航速度で接近している。但し、兵員輸送艦と支援艦は速度を落とし、戦闘艦との距離が開いていた。

「じっくり戦うつもりのようですね」とクリフォードが後ろの司令官席に座るハースに話しかける。

「そのようね。それにしても軍事衛星群に対してどう攻撃するつもりなのかしら? ツクヨミのトロヤ群で手頃な小惑星を拾ってくると思ったのだけど」

 第五惑星ツクヨミは木星型の巨大ガス惑星ガスジャイアントで、公転軌道の前方と後方に小惑星帯であるトロヤ群を有している。ゾンファ艦隊の航路近くに前方トロヤ群があったが、針路を変更することなく、通過していた。

 ハースはゾンファがタカマガハラの軍事衛星群に対し、小惑星を加速させた質量兵器を用いると考えていた。

 軍事衛星にも軌道修正用の移動装置は付いており、そのままぶつけるわけではないが、直前で爆発させるなどして混乱させ、その隙を突いて艦隊を突入させるという常識的な策を採ってくると考えていたのだ。

「無策ということはないのでしょうが、どのような手を隠しているのか、想像もできませんな」

 ハースの横に座る参謀長のセオドア・ロックウェル中将が腕を組んでメインスクリーンを見つめている。

「ゾンファのミサイルでは鉄壁のミサイル防衛網は突破できないでしょうし、小官にも全く分かりませんね」

 副参謀長のオーソン・スプリングス少将が唸るように呟いている。
 軍事衛星群には多数の対宙レーザーがあり、十万基程度のミサイルであれば苦も無く排除できる。

「艦長にも分かりませんか? 奇策であるなら艦長の得意とするところですし」と、首席参謀のヒラリー・カートライト大佐が話を振る。

 クリフォードはその無茶振りに苦笑しながら答えた。

「私にも分かりませんよ。ただシオン上将が無策で突撃してくることはないということは間違いないです。事前に何らかのアクションを起こすでしょうから、それを見て対応するしかないでしょう」

 三時間後の六月三十日、標準時間〇一〇〇。
 ゾンファ艦隊は連合艦隊から三光分の位置にあった。まだ、最大巡航速度の〇・二Cで進んでいる。その後方、十光分の位置に地上軍輸送部隊と補助艦艇群が待機していた。



 十個の艦隊は一個艦隊を中心に、その外側に三個艦隊が三角形を、更に外側に六個艦隊で六角形を作っていた。二重の円を描くようにも見え、平面部分を連合艦隊側に向ける変わった陣形だ。

 漫然ともいえる機動にクリフォードは不気味さを感じていた。

(確かにまだ軍事衛星群の射程距離には入っていない。しかし、そろそろ何らかのアクションを起こさないとこの速度のまま攻撃を受けることになる。シオン上将がそのことを理解していないはずはない……)

 軍事衛星群は五キロメートル級ムツキ型要塞衛星十基と一千基の五百メートル級一九式無人砲台衛星から構成されている。

 単体での射程距離は戦艦の主砲と同じ三十光秒だが、大型要塞と同じように集中運用した場合、射程距離は二光分、百二十光秒に伸びる。

 また、最大巡航速度から最大戦速である〇・〇一Cに減速するには三kGの加速度で三百秒ほど掛かる。そして、減速中に進む距離は約三十光秒。クリフォードが考えるように、そろそろ減速しないと、不利な高速状態で要塞砲の攻撃を受けることになるのだ。

(物量にものを言わせて可能な限り高速で突入する気か? しかし、この陣形は何を意図しているのだろうか? 確かに全艦が一斉に攻撃できる形ではあるが、戦力的には余裕があるのだから、通常なら戦術予備を二個艦隊ほどおいて、不測の事態に備えるはずなのだが……)

 ゾンファ艦隊が艦首を反転させ、減速を開始した。
 最大加速度での減速で、タイミングとしては早すぎる。

「このタイミングで最大加速度での減速……敵は何を考えているのかしら」

 ハースもクリフォードと同様に敵の思惑が分からず困惑している。
 しかし、まだ二・五光分以上離れており、ミサイルを発射するにしても遠すぎるため、見守るしかなかった。

 標準時間〇一〇五。



 ゾンファ艦隊の減速が完了し、艦首を連合艦隊に向ける。

「その手があったか!」とクリフォードが叫ぶ。

「クリフ、何か思いついたの?」とハースが聞くと、クリフォードは早口で簡単に説明していく。

「敵は超遠距離砲撃を行うつもりです! すぐに回避機動の開始とステルスミサイル発射をユーイング提督に進言してください!」

 その言葉でハースも敵の意図に気づいた。

「アビー、ユーイング提督に大至急繋いで!」

 副官であるアビゲイル・ジェファーソン中佐に命じると、すぐに麾下の艦隊にも命令を発していく。

「第九艦隊全艦は直ちに回避機動開始! 回避パターンはアルファ! ミサイル保有艦はすぐに発射準備を行うこと!」

 その間にクリフォードも命令を発し続けていた。

「第一巡航戦艦戦隊各艦は回避機動開始! 回避パターンはアルファ! 手動回避も実施せよ! スペクターミサイルはいつでも発射できるように……」

 インヴィンシブル89のCICが一気に慌ただしくなる。

「提督、ユーイング提督につながりました」とジェファーソンが告げると、了解を言う間も惜しんでハースが話し始めた。

「敵は超遠距離砲撃を狙っています! 直ちに全艦隊に回避とステルスミサイル発射を命じてください!」

 ハースの剣幕にユーイングは驚くが、彼女自身も敵の行動に疑問を持っており、即座に状況を理解した。

「分かりましたわ」とハースに答えると、全艦隊に向けて命令を発した。

「連合艦隊各艦は直ちに回避機動を開始。発射準備が整い次第、全ミサイル発射!」

 そして更に軍事衛星群を指揮するサブロウ・オオサワ大将にも攻撃を依頼する。

「敵は超遠距離砲撃を行うようです。大至急ステルスミサイルの発射を。射程外ですが、主砲も使っていただけると助かりますわ」

 オオサワは驚くものの、即座にその命令を実行した。

 その直後、ゾンファ艦隊の砲撃が軍事衛星群に降り注いだ。

 攻撃は二千隻にも及ぶ戦艦の主砲の集中運用で、その総出力は六十ペタワットに達する。これはアルビオン王国最大の要塞、アテナ星系のアテナの盾イージスⅡの三十ペタワットの二倍に達していた。

 この超遠距離砲撃は過去に対要塞攻撃法として検討され、五年前の第一次ジュンツェン星系会戦ではアルビオン艦隊も使っているものだ。

 その発案者であるクリフォード、当時の総参謀長であるハース、実際に作戦を考えたオーソン・スプリングス少将がいたにも関わらず、事前に見抜けなかった。
 これはこの戦術が要塞や艦隊に対しては無力であるという常識に囚われていたためだ。

 艦隊に対しては今回のように発射前に察知すれば回避機動を採ることで容易に対処できる。要塞砲並みの攻撃力と言っても集束率を上げることで射程を伸ばしているため、攻撃範囲はさほど大きくない。

 そのため、高機動の戦闘艦であれば、ジュンツェン星系会戦のように奇襲を受けた場合を除き、回避が容易だ。

 要塞に対しても距離が影響する。遠距離からの攻撃では陽電子ビームが拡散し、威力は著しく落ちる。艦の防御スクリーン程度であれば、貫通することは可能だが、大型要塞の強力な防御スクリーンを突破するほどの威力はない。

 そのため、現在では机上の戦術と考えられていた。

 メインスクリーンには次々と破壊されていく小型砲台衛星が映し出されていた。
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