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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第二十六話

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 宇宙暦SE四五二三年五月十五日。

 イーグンJP会戦で傷ついた艦の修理が始まったが、修理待ちや補給の済んだ艦の将兵には半舷上陸が許可されることになった。

 しかし、ゾンファの再侵攻の可能性が高いことが知れ渡っており、ヤシマ市民は大きな不安を抱えているため、首都タカチホの空気は暗く、兵士たちも休暇を楽しむ雰囲気にはならなかった。

 アデル・ハースら司令官たちが会議を行っている頃、第九艦隊旗艦インヴィンシブル89でも半舷上陸が許可されていたが、ほとんどの者は艦に残っている。

 クリフォードも艦に残り、自室で妻ヴィヴィアンと息子フランシスに送る手紙を書いていた。
 そこに副長であるアンソニー・ブルーイット中佐から連絡が入る。

「もしお時間があるなら、我々と酒でもどうですか? 非番の者が集まって、士官室ワードルームのラウンジで飲んでいるのですが」

「ありがたく招待に応じるよ」と言って、書きかけの文章を保存する。

 士官室には彼が想像していたより多くの士官がいた。
 その数は三十人ほどで、インヴィンシブルの士官に加え、司令部の士官も参加していた。

「こちらへどうぞ、艦長」とブルーイットが手招きする。

「ずいぶん賑わっているようだな、副長ナンバーワン」と言いながら、士官室付の従卒からブランデーグラスを受け取った。

「みんな暇を持て余しているんですよ。タカチホに降りても陰気な感じで楽しめませんし。それなら自分たちの根城で飲んだ方がいいってことになったんです」

 そう言いながらブルーイットも新しいグラスを受け取る。
 彼が手に取ったのは、細長いタンブラーに薄い琥珀色の液体ととぐろを巻くようなレモンの皮が入ったホーセズ・ネックだ。

「艦長が参加してくれたぞ! では、もう一度乾杯だ! 艦長、お願いします!」

 突然の指名にクリフォードは驚くが、すぐに笑顔でグラスを掲げる。

「我らが無敵の旗艦、インヴィンシブルに乾杯!」

「「乾杯!!」」と全員がグラスを掲げて唱和する。

 士官たちの表情には明るさがあり、クリフォードは自分の艦の士気が下がっていないことに安堵する。

「ところで艦長、この先の戦いですが、どうなるとお考えですか?」とブルーイットが軽い口調で話しかける。

 クリフォードは彼が少し酔っていると思ったが、その目は真剣で何か思惑があると気づいた。

「正直言って厳しいと思う。恐らく敵は九から十個艦隊で侵攻してくるからな」

 その言葉に士官たちの話し声が消える。

「ジュンツェン星系に十五個艦隊があっても、イーグンJP会戦で一個艦隊分減っていますから、十個艦隊もこっちに送り込んだらジュンツェンが空になるんじゃないですか?」

「ジュンツェンにはJ5要塞がある。三個艦隊もあれば守りに徹すれば八個艦隊でも占領は不可能だよ。私なら動員可能な最大数で侵攻するね。無駄に艦隊を消耗したくないから」

「確かにそうですね……」

「だが、勝てないわけじゃない。まあ、ロンバルディアから三個艦隊以上来てくれればだが」

 その言葉にブルーイットが反論する。

「ロンバルディア艦隊に期待できるんですかね? キャメロットからは第六艦隊が来てくれますが、それでもアルビオン艦隊は一万五千隻、三個艦隊くらいにしかなりません。ヤシマも二個艦隊にできれば上出来でしょう。FSUを含めた八個艦隊でゾンファの十個艦隊に当たるのは無理じゃないですか」

 怯えたような表情を見せながらクリフォードに問い掛ける。

「アンソニー、君はタカマガハラの軍事衛星群のことを忘れたのかい。ムツキ型軍事衛星十基と一九式無人砲台衛星一千基がある。それを上手く使えば戦力的には互角以上になる」

 ムツキ型軍事衛星は直径五キロメートルの軍事衛星で、総質量約千五百億トン、五ペタワット級対消滅炉を四基持ち、百テラワット級陽電子加速砲十門有している。この火力だけ大型戦艦である一等級艦四十隻に匹敵すると言われている。

 また、ステルスミサイル発射管二百基を持ち、これは駆逐艦百隻に相当する。この他にも多数の対宙レーザー砲を持ち、防御力も高い。

 一九式無人砲台衛星はSE四五一九年に正式採用された最新式の小型軍事衛星だ。
 全長五百メートル、直径百メートルの円筒型で、総質量八百万トン、大型戦艦と同じ三十テラワット級陽電子加速砲一門と百基の対宙レーザーを持つ。

 ステルスミサイル発射管八基を持ち、戦闘力は一等級艦二隻と同等と評価されている。
 但し、防御スクリーンは重巡航艦並みの三十テラジュール級でしかなく、回避能力がないため、接近されると簡単に破壊されるという弱点を持つ。

 この一九式衛星は五年前のゾンファ侵略の反省を踏まえ、早期に防衛能力を高めるために設計されており、コスト自体は駆逐艦以下で、ヤシマ防衛軍では艦隊再建までの繋ぎとして、使い捨て兵器と考えられていた。

 それでもムツキ級軍事衛星十基と一九式一千基を一体運用する場合、大型要塞並みの攻撃力になり、五個艦隊に匹敵すると評価されていた。

「ですが……」とブルーイットが言いかけるが、それに構わずクリフォードは話を続けた。

「ここから先は私の想像に過ぎないが、提督には秘策がある。この先、その作戦を生かすための演習が行われるはずだ」

「どんな秘策なんですか?」とブルーイットが窺うように聞いた。

「それは提督に聞いてみないと分からないな」とクリフォードは笑うが、更に話を続けていく。

「イーグンJP会戦の敵指揮官は冷静で統率力のある人物だ。艦隊司令官も皆優秀だったが、分かったことがある」

「それは何でしょうか?」

「優秀ゆえにすべて自分でできると思っているということだ。私ならその傲慢さに付け込む」

「傲慢さに……」とブルーイットは呟いた後、その場にいる全員に向かって声を上げる。

「今はまさに崖っぷちクリフエッジだ! こうなったら艦長の独壇場だろう! なら俺たちの勝利は間違いない! もう一度乾杯だ! 我らが艦長に乾杯!」

「「乾杯!!」」と明るい声が響いた。

 落ち着いたところでクリフォードはブルーイットに小声で話しかけた。

「ワードルームの雰囲気もよくなかったのか?」

「ええ、一度でも修羅場をくぐったことがある連中はまだマシでしたが、帝国との戦いに参加していない若い連中がブルってましたね。そいつらをどうにかしてくれと掌帆長ボースン掌砲長ガナーが泣きついてきたんですよ。下士官や技術兵の士気が下がるからと」

「だから私を出汁に士気を上げたわけか。それにしても見事な演技だったな。私もアンソニーが怯えていると勘違いしたよ」

「私も不安だったんですよ。それを正直に見せただけです。まあ、今では不安は無くなっていますけどね」

「それにしても“今はまさに崖っぷちクリフエッジ”は言い得て妙だな。私も思わず納得したよ。ハハハ」

 クリフォードの笑い声にブルーイットも釣られて笑いだす。それが周りにも聞こえ、艦長と副長が酒を飲んで笑っていたという噂が艦内に広がった。

 その結果、若い士官だけでなく、技術兵たちの顔にも余裕が見られるようになる。
 その話を聞いたハースがクリフォードを呼び出した。

「見事に部下たちのやる気を維持したようね」

「あれは副長の手柄ですよ。彼はよくやってくれます」とクリフォードはそう言って笑う。

 ハースもそれに笑い返し、「そのようね」と言った後、クリフォードにいたずらっぽい視線を向ける。

「ところで、私の秘策というのを教えてくれないかしら?」

 でまかせで言ったことまで知られており、クリフォードは焦る。

「あ、あれは咄嗟に出た言葉で……」

「なら、あなたも一緒に考えてくれるかしら。フレッチャー提督から宿題を出されているのよ」

 クリフォードは「了解しました、提督アイアイマム」と答えるしかなかった。
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