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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第十七話

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 宇宙暦SE四五二三年五月八日、標準時間〇〇〇〇。

 シオン・チョン上将率いるゾンファ艦隊はイーグン星系で合流し、八個艦隊でヤシマ星系に向けて出発しようとしている。
 シオンは全艦に向けて、演説を行った。

『勇敢なる共和国戦士の諸君! 我々は今まさに、第二の故郷となる星系を手に入れようとしている! ヤシマ星系には自由星系国家連合フリースターズユニオンを自称する惰弱なる者どもがいるが、彼らは我々の敵ではない!……』

 士官たちはその言葉に大きく頷いているが、准士官や下士官兵たちは冷めた目でその映像を見つめている。

『……無論、我らの主敵アルビオン王国の艦隊がいることは分かっている。だが、その数は僅か三個艦隊に過ぎぬ。奴らを駆逐すれば、FSUの弱兵たちは算を乱して逃げ出し、ヤシマ政府は我らに膝を屈するしかない!』

 士官たちの多くが「そうだ!」と叫んでいるが、兵たちはその姿を見て、更に冷めていく。

『……既に通達している通り、今回の作戦はイーグン星系側ジャンプポイントJPの機雷処理とアルビオン艦隊の撃破である! 敵を徹底的に叩きのめし、第二次攻略部隊が迅速にヤシマを占領できるようにすることが我ら第一次攻略部隊の使命である! その目的を達した後、一度ジュンツェン星系に戻ることになるが、これは計画に沿ってのことである! そのため、補助艦艇はここイーグン星系に残しておく……』

 シオンはヤシマで勝利することを確信していたが、戦略目的も充分に理解していた。
 そのため、会戦に大勝利した場合、第一次攻略部隊の司令官が功を焦ってヤシマ星系を攻略すべしと主張することを懸念し、補助艦艇群をイーグン星系に残すことにした。

 仮に勝利に酔ったとしても、補助艦艇がない状態で首都星タカマガハラを占領は不可能であり、当初の計画から外れることがないようにしたのだ。

 演説を終えると一斉に超光速航行FTLに移行した。

 超空間では艦同士の連絡も不可能であり、通常はシフト体制が緩和され、ほとんど休暇のような状態になる。

 しかし、准士官以下の乗組員たちは仮設寝台しかなく、単調な食事が定期的に与えられるだけでアルコールの配給もなかった。

 また、個人用のスペースも極端に削られているため、私物の持ち込みが厳しく制限されており、暇を持て余す。

 その結果、ストレスを溜めた兵たちが些細なことで暴発し、毎日のように懲罰が行われていた。

■■■

 シー・シャオロン艦隊の戦艦ファンシャンの下士官、チェン・ツォ軍曹は同僚の喧嘩に巻き込まれ、政治将校ウー・カイジュン大尉の取り調べを受けていた。

「貴様が扇動したのではないのか!」とウーの部下の曹長が詰問する。

「そんなことはしていませんよ。俺はあいつらを止めようと……」とチェンが言ったところで、曹長はチェンを殴り、黙らせる。

「正直に言え! 貴様が軍に対して不満を持っていることは分かっているんだ!」

「提案はしていますけど、不満なんて言っていませんよ」

 痛む頬を気にしながらもできるだけ穏便に済むよう、無理やり笑みを作った。
 曹長が更に殴ろうとしたところで、ウーが「やめたまえ」と言って止める。
 ウーはガラスのような瞳でチェンを見ながら、感情が全く篭っていない声で話し始めた。

「チェン軍曹、君の勤務態度は確かに悪くない。だが、若い連中を煽っているという噂もある。そのことについて何か言うことはあるかね」

 チェンは反論しようとウーを見たが、その爬虫類のような目を見て、言葉を失う。自分が何を言おうと聞く気がないことが明らかだったからだ。

「抗弁しないということは認めるということでよいかね、軍曹」

「いや、俺は……若い奴が相談にきますが、馬鹿なことはするなといつも止めているんです。同じシフトの連中に聞いてください。お願いします」

 実際、三十八歳のベテランであるチェンは、二十代の技術兵たちの不満を聞きながらも、暴発しないように諭していた。

 しかし、ウーは椅子に座るチェンを見下ろしながらうっすらと笑い、その主張を否定する。

「その仲間がそう言っているのだよ。では、君に対する罰だが、超過勤務二十時間と鞭打ち二十回だ。また、このことは記録に残る。この作戦が終わったら君は伍長に降格だ」

 チェンはその理不尽な言葉に激昂する。

「俺は何もやっていない! どうして罰を受けなくちゃいけないんだ! 副長に聞いてくれ! 俺はきちんと任務を全うしていたと言ってくれるはずだ!……うっ!」

 しかし、その言葉は曹長の拳によって断ち切られた。チェンは椅子ごと吹き飛び、意識を失った。

「連れていけ。では次の容疑者をここへ」

 ウーは倒れているチェンを一瞥すると、その存在を意識から消し去った。

 二十人の下士官兵の処分を言い渡したウーだったが、その後艦長から呼び出しを受ける。

「やりすぎではないのか。単なる小競り合いだと聞いているが」

「あれは暴動の前兆でした。小官が介入しなければ大ごとになっていたでしょう。それとも小官が間違っていると言いたいのですか?」

 大佐である艦長に対し、ぞんざいな口調で言い返す。

 その態度に艦長は怒りを覚えるが、政治将校の権限は大きく、超空間内では艦長を罷免、処刑する権限すら持っていることを思い出し、無理やり笑みを作って諭す。

「そんなつもりはない。ただ、艦内カメラの映像を見たが、暴動の前兆とは思えん。それにこれから大きな戦いがあるのだ。その直前に事を荒立てる必要はないのではないか」

「戦いがあろうと、小官の任務に何ら関係はありません。共和国に仇なす者は即座に、そして適切に処置するのが、国家統一党から与えられた小官の任務なのですから」

 取り付く島がないと思った艦長は「下がってよろしい」と言うことしかできなかった。

 超過勤務と体罰を終えたチェンは脱出ポッドの寝台で痛みと屈辱に耐えていた。
 ゾンファ軍でも体罰は明文化されていないが、政治将校たちは自らの権限で残虐な罰を課すことが多かった。特にウーは加虐的な性格で、証拠もなく鞭打ちを頻繁に行っている。

 同僚である軍曹、リャン・シャンが彼を看病していた。

「間が悪かったな。あのタイミングで奴が現れるとは思っていなかったぜ」

「いつか、あのくそったれなウーの野郎を叩きのめしてやる。いや、士官全員だ。奴らは俺たちのことなんかまるで考えていねぇ。どうせ、このまま軍に残っていてもこんな生活を続ければどこかで身体を壊しちまう。なら、いっそのこと……」

「それ以上は言うな!」とリャンが小声で鋭く警告する。

「ああ。どこに耳があるか分からんからな。だが、必ず……」

 このような会話は他の艦でも行われていた。

 特にゾンファ星系から移動し、そのまま侵攻艦隊に組み込まれた三艦隊では多くの下士官や兵士が反抗的な態度を取り、懲罰は日常的に行われている。その結果、艦内はギスギスした空気に覆われていた。

 その雰囲気を感じ、政治将校たちが更に厳しく取り締まるため、反抗的な態度は減った。しかし、単に可視化しなくなっただけで、兵たちの不満は噴火前の火山のように圧力を上げている。

 こうしてヤシマの造船技師、ユズル・ヒラタの蒔いた種は実を結び始めていた。
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