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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第十四話

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 宇宙暦SE四五二三年五月十一日、標準時間〇〇〇〇。

 アルビオン王国軍と自由星系国家連合FSU軍の連合艦隊、五万五千隻はゾンファ共和国に接続するイーグン星系に向かうジャンプポイントJP付近に到着した。



「何とか間に合いましたね」と艦長席に座るクリフォードが振り返りながら、司令官シートに座るハースに話しかける。

「ええ、何とかね」と言いながら、ハースは苦笑している。

 イーグン星系に現れたゾンファ艦隊が最速で移動した場合、五月十一日の標準時間〇三〇〇にジャンプアウトするという推測されていた。

 その僅か三時間前に何とか射程内に到着したものの、まだ艦隊の展開が終わっていない状況に苦笑が漏れたのだ。

「それにしても酷いものです。この調子ではあと二時間は掛かりますね」と首席参謀のヒラリー・カートライト大佐が正面のメインスクリーンを見ながら、冷ややかな声で指摘する。

 そこにはヒンド共和国とラメリク・ラティーヌ共和国の艦隊がノロノロと移動するアイコンが映し出されていた。

「全くだ。作戦案通りに配置するだけで、これだけ混乱するとは。フレッチャー提督がおっしゃる通り、ヒンド、ラメリクの両艦隊は戦力として見ない方が安全ですな」

 副参謀長のオーソン・スプリングス少将が分厚い胸板の前で腕を組みながら呆れている。

 二人の辛辣な言葉に参謀長のセオドア・ロックウェル中将は応じず、「やはり我が艦隊の配置が微妙な気がしますな」と重々しく言った。

 連合艦隊はイーグンJPから三十光秒の位置で、天頂方向から見て、アルビオン艦隊を中央に置き、左翼側にヤシマ艦隊、右翼側にラメリク・ラティーヌ艦隊、更にその右側にヒンド艦隊が配置されることになっている。

 第九艦隊はアルビオン艦隊本隊の後方に五光秒の位置にあり、必要に応じて右翼もしくは左翼の支援を行うことになっていた。

 JPから三十五光秒と主砲の射程外にあるため、敵艦隊がジャンプアウトした直後に攻撃に加わることができず、最大戦闘速度〇・〇一光速で移動する場合、射程内に入るためには九分ほど掛かる。

 開戦後十分程度でヒンド・ラメリクの両艦隊が壊滅的なダメージを受けるとは考え難いが、混乱した艦隊を救うにも距離が離れすぎていた。

「オオサワ提督はヒンド・ラメリク艦隊の救出より、敵側面からの攻撃を期待しているようです。我が艦隊なら二十分もあれば、敵側面への攻撃が可能になりますから」

 今回の連合艦隊の総司令官はヤシマ防衛艦隊の司令長官、サブロウ・オオサワ大将だ。
 オオサワはヤシマ防衛艦隊にあって指揮能力、知略に優れた将であり、アルビオン側もフレッチャーではなく、オオサワが指揮を執ることを認めていた。

 敵側面への攻撃だが、第九艦隊は高機動艦で構成されているため、最大戦速を超える〇・〇五Cで移動する場合、減速時間を考慮しても二十分あれば六十光秒程度は移動できる。
 そのため、敵の射程外を迂回しながら敵の側方に出ることは充分に可能であった。

「その場合、ダジボーグ会戦と同じく、我が艦隊は孤立しますな」

 ロックウェルの言葉にハースは「そうですね」と答えるものの、この話題には触れず、クリフォードに話しかけた。

「旗艦はもちろん、第一巡航戦艦戦隊の準備は万全のようね」

はい、提督イエスマム。以前と同じく、提督にご満足いただける働きをしてみせます」

 クリフォードは力強く答えた。

 第一巡航戦艦戦隊は艦隊旗艦であるインヴィンシブル89を含む戦隊であるため、戦隊の指揮は艦隊司令官自らが執ることになっている。しかし、艦隊司令官は艦隊全体の指揮に集中するため、旗艦艦長が戦隊司令代行として指揮を執ることが慣例となっていた。

 昨年のスヴァローグ帝国との戦いで第一巡航戦艦戦隊の多くの艦が撃沈されており、二月からの再編で加わった艦が多い。そのため、クリフォードは多くの時間を割いて、戦隊としての能力を向上させるよう努めていた。

「今回は第二分艦隊に前衛を譲るけど、激戦になったら前衛、後衛などとは言っていらない。あなたには負担がかかることになるけど、よろしくお願いするわ」

了解しました、提督アイアイマム

 クリフォードはそう言って笑顔を見せた。


 標準時間〇三〇〇。

 ゾンファ艦隊到着予定時刻になった。
 もたついていたヒンド艦隊とラメリク・ラティーヌ艦隊も所定の位置につき、回避機動を繰り返しながら敵が現れるのを待っている。

 しかし、予定時間になってもゾンファ艦隊は現れない。

 その後、インヴィンシブルの戦闘指揮所CICでも緊張しながら敵が出てくるのを待っていたが、三時間経っても敵は姿を見せなかった。

「敵さんはどうしたんですかね」と戦術士のオスカー・ポートマン中佐がクリフォードに話しかけた。

「こちらに向かっていることは間違いない。焦らそうとしているのかもしれないな」

 そう言うものの、クリフォードは違和感を覚えていた。

(ゾンファからすれば、こちらの準備状況は分からないはずだ。だとすれば、体制が整わないように最速で移動してくるはず。何かトラブルがあったのか……)

 更に三時間が経ち、艦内の空気も弛緩し始める。

「参謀長はどうお考えになりますか?」とハースがロックウェルに尋ねた。

「常識的に考えれば、何かトラブルがあったのでしょうな。ただ、相手はゾンファです。何か別の思惑があるのかもしれませんが、小官には思いつきません」

 更に副参謀長のスプリングス、首席参謀のカートライトにも意見を聞いていくが、二人からも分からないという答えしか返ってこない。

「艦長、あなたの意見は?」と艦長席に座るクリフォードに意見を求める。

「増援と合流しようとしているのではないでしょうか?」

「増援……確かにその可能性はあるわね……」とハースはいつもの笑みを消して厳しい表情で呟く。

「ゾンファにしてやられたかもしれません」とハースが言うと、ロックウェルらも彼女が言いたいことを即座に理解する。

「我々を引きずり出すために、あえて艦隊の数を少なく見せたということでしょうか」

 ロックウェルがハースに確認する。

「ええ。常識的に考えれば、最大戦力かつ最短時間で敵の星系に突入するはずですが、今回に限ってはその常識はあてはまりません」

「確かにそうですね」とカートライトが頷き、ハースの言葉を引き継ぐ形で説明していく。

「こちらの戦力はほぼ確定していますし、準備状況も把握しているでしょう。第一報からの時間を考えれば、戦術的には完全な奇襲が不可能なことは充分に分かっているはずですから」

 通常、防衛側はその外側に緩衝星系を作り、そこに哨戒部隊を配置して奇襲を防ぐ。ジャンプアウトした敵を発見すると直ちに情報通報艦がジャンプするため、敵が星系を横断する時間が防衛側に与えられる時間余裕となる。

 JP間の距離でも変わるが、その時間は四十時間から五十時間程度で、その間に防衛体制を構築しなければならない。

 防衛側の艦隊も即応体制は取っているが、それでも予期しない攻撃では混乱が生じ、防衛体制が整わない可能性が高い。

 実際、五年前のゾンファ軍の第一次ヤシマ侵攻作戦では、ヤシマ側は有利なJPでの迎撃体制を構築できず、首都星タカマガハラ周辺で迎え撃っている。

 また、進攻側が得ている情報は通常一ヶ月以上前の情報であることが多く、防衛側の戦力が変化している可能性がある。例えば、一ヶ月前には他の星系で演習のため存在しなかった艦隊が戻ってくるような場合、予想外に大きな戦力と戦う可能性があった。

 そのため、そのような不測の事態にも対応できるよう最大戦力で星系に突入することが常識となっている。

 しかし、現在のヤシマ星系では状況が異なる。
 カートライトが指摘したように、ヤシマ星系ではゾンファの奇襲を警戒しているため、艦隊の準備は整っており、完全な奇襲は不可能だ。

 また、戦略的には完全な奇襲であるため、偶発的なもの以外、アルビオンの増援が現れる可能性は低い。

「我々を引きずり出すために七個艦隊という数に調整したということですか……」

 スプリングスが唸るように呟くと、ハースが更に悲観的な意見を加える。

「我々はここに引きずり出されましたが、今更戻ることもできません。敵がいつ現れるのか分からないのですから。敵からの追撃を恐れてこの場に留まっても、優勢な敵と戦うことになります」

 その言葉を受け、クリフォードが発言する。

「それにこちらは待ち続けることで疲弊しますが、敵は超空間でリフレッシュしているので、その点も不利です。シフトを組むことになりますが、初動体制も万全とはなり得ません。一旦、距離を取る必要がありますが、そうなると、敵にステルス機雷を処理する時間を与えることになります」

 いつ現れるか分からないため、シフトを組んで対応することになるが、敵が現れた時の体制は通常の三分の一もしくは二分の一の人員となり、充分とは言えない。

 急いで体制を整えるにしても最低でも十分は掛かるため、ジャンプアウトした敵からの攻撃を受けない場所に下がる必要がある。

「そうね……それにしても今回のゾンファの司令官は今までと違うようね。これほど嫌らしいことをやってくる者は今までいなかったわ」

 ハースの言葉に全員が頷いた。
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