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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第十一話

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 宇宙暦SE四五二三年四月十八日。

 ゾンファ星系を進発したシオン・チョン上将率いる五個艦隊約二万五千隻と地上軍輸送隊約八千隻は、最前線であるジュンツェン星系に到着した。

 当初の予定通りに到着したが、艦隊司令官の一人、フェイ・ツーロン上将は強い疲労を感じていた。

(この新造艦は想像以上に厄介だ。司令官室に逃げ込める私ですら、これほどストレスを感じているのだから……)

 彼の旗艦は全長約千メートル、総質量八百四十万トンを誇る大型戦艦、ラーシャン級タイバイシャン型二番艦。ヤシマの造船技師、ユズル・ヒラタによって設計された新鋭戦艦だ。

 アルビオン軍の一等級艦大型戦艦キング・ジョージ級とほぼ同等の容積・質量でありながら、主砲出力、防御スクリーン強度のいずれもがキング・ジョージ級より二十パーセント程度上回っている。

 この高性能化により犠牲となったのは居住性だ。
 准士官以下の居住区画が廃止され、脱出ポッドの仮設寝台を使っている。但し、士官以上の船室キャビン等は以前のルーシャン級と同じであり、司令官室も艦長室と同じ充分な面積があった。

 しかし、フェイは准士官以下の労苦を分かち合うため、同じように脱出ポッドで過ごすようにしていた。

 それだけでも充分に疲労の原因となるが、更にヒラタの設計では准士官以下の食事は、戦闘用糧食レーションをベースにした保存食であり、フェイは食事も准士官以下に合わせ、この一ヶ月半、その保存食のみで過ごしている。
 これが五十歳の彼には堪えた。

(栄養面ではともかく、味が単調すぎる。食事でこれほど気が滅入るとは思わなかった。我々は家畜ではないのだ!)

 もちろん、レーションをベースにしているため、栄養面においては全く問題がない。しかし、味のバリエーションが十種類程度しかなく、数日で同じメニューになってしまう。また、食感も単調で、兵士たちはすぐに飽きてしまった。

(このままジュンツェンで補給のみ行い、ヤシマに向かうなら、兵たちの不満は必ず爆発する。J5要塞で休養を取らせなければ……)

 彼の艦隊では司令官が自分たちと同じ境遇で過ごしているという情報が流れ、不満を持つものの、不服従などの問題はほとんど起きていない。
 しかし、他の四艦隊では不服従や反抗といった行為が日常的に発生していた。

 フェイはジュンツェン星系到着後に司令長官であるシオン・チョン上将に強い口調で進言した。

「この状況はまずいぞ。少なくとも要塞でリフレッシュさせなければ、兵たちが反乱を起こさないとも限らん。そのことをよく考えてくれ」

 その鬼気迫る口調にシオンも「分かった」と反射的に答えるものの、フェイほど悲観的ではなかった。

「政治将校たちがいるんだ。反乱までは起きんだろうが、お前の意見は考慮する。ジュンツェンに駐留している艦隊を主に編成を考えよう」

 政治将校とはゾンファ共和国軍独特の制度で、艦内の不満分子を矯正するために配置されている士官のことである。

 階級は大尉もしくは中尉に過ぎないが、彼らは国家統一党の直轄ということで、艦長ですら処分が可能なほどの権限を有している。そのため、その強権を発動し、艦内の綱紀粛正が可能だとシオンは軽く考えていた。

 フェイはシオンの危機感のなさに不安を感じるが、自分の提案を採用してくれたことでとりあえず満足することにした。


 五個艦隊と兵員輸送部隊はジュンツェン星系第五惑星J5の衛星軌道に到達した。
 J5の衛星軌道上には大型要塞、J5要塞があり、その付近には先行して送り込まれた十個艦隊が遊弋している。大型要塞とはいえ、すべての艦船が入港できるスペースがないためだ。

 到着した艦隊が順次入港し、補給と整備を始めた。
 シオンはその時間を利用し、作戦会議を行うため、司令官を招集した。

「現状ではヤシマ星系にアルビオンの増援があったという情報はない。ヤシマとアルビオンの外交団は首都星に向かっているが、我々には気づいていない……」

 二月下旬にヤシマを発した外交団はゾンファ共和国の支配宙域に入っているが、ジュンツェン星系では事前の連絡を受けて艦隊の半数を隠している。

 そのため、ジュンツェンからヤシマに戻った航宙船があったものの、ジュンツェン星系には防衛艦隊の定数である五個艦隊しかないという情報しか持ち帰れていない。

 また、シオン率いる増派艦隊も超空間に入るタイミングを合わせて、外交団に気づかれないようにしており、今回の作戦は秘匿されたままだった。

「……現状では戦略的には完全な奇襲が可能だ。自由星系国家連合FSUの艦隊はヤシマ艦隊が三個、ヒンド艦隊が二個、ラメリク・ラティーヌ艦隊が二個の七個艦隊、それにアルビオン艦隊三個を加えた十個艦隊が敵の総数となる。外交部の最新情報ではアルビオンが大規模な増派を行う可能性は低いとのことだ。よって本作戦は計画通り決行する」

 そこで司令官たちは満足げに大きく頷く。

「敵の戦力が計画時と大きく変わらん。計画通り、第一次攻略部隊として八個艦隊で強襲を掛け、アルビオン艦隊を引きずり出した上で叩きのめす……」

 計画では防衛設備が整った第三惑星タカマガハラ周辺での戦闘を避けるため、連合艦隊をジャンプポイントJPまで引きずり出し、主力であるアルビオン艦隊に集中的に攻撃する。

 そのためにヤシマ星系の入口に当たるイーグン星系にはまず七個艦隊で侵攻し、FSUとアルビオンに艦隊数を少なく見せておく。その後、敵の哨戒部隊を排除し、残りの一個艦隊と合流した後、ヤシマに侵攻する。

 アルビオン艦隊の他にFSU艦隊が七個あるが、実力的にはゾンファ艦隊の三割程度と見込んでおり、ステルス機雷の効果を含めても八個艦隊であれば確実に勝利できると考えていた。

「敵がタカマガハラに展開するなら、ステルス機雷を排除後、ジュンツェン星系に連絡を送り、二個艦隊を増援に加えた後に決戦に挑む。とは言っても、我が軍が七個艦隊以下であれば、ヤシマはJPでの決戦を回避できん。国民が許さんだろうからな」

 ヤシマの国民は五年前のゾンファの侵攻のことを覚えており、惑星に対し質量兵器を用いることに恐怖を感じている。そのため、政治家たちはやむを得ない場合を除いて、居住惑星であるタカマガハラ周辺まで引き込む作戦を選択できない。

「JPでの決戦後については我が方の損害次第だが、基本的には一度ジュンツェンに戻り、艦隊を再編した後、再び決戦挑む。但し、損害が無視し得るほど軽微であれば、そのままタカマガハラまで侵攻し、ヤシマを降伏させる。いずれにしても、地上軍は第一次攻略作戦後にジュンツェンを進発させることになる……」

 今回の第一次攻略作戦の戦略目的は自国の艦隊を温存しつつ、アルビオンの艦隊に損害を与えることであり、防御施設が整ったタカマガハラ周辺で戦う気はなかった。

 シオンはそこで言葉を切り、司令官たちを見回す。

「総指揮は小官が執る。残り七個艦隊はジュンツェンに駐留していた艦隊から選抜する」

 そこでクゥ・ダミン上将とシー・シャオロン上将が同時に手を上げた。
 シオンはクゥに発言を認めた。

「我が艦隊も第一次攻略部隊に加えていただきたい」

 シオンは小さく首を横に振る。

「長距離の移動によって兵たちが疲弊している。充分に休養し、第二次攻略部隊で実力を発揮してもらいたい」

 クゥが更に言い募ろうとしたが、シーが先に発言した。

「ジュンツェンに駐留していた艦隊から派遣するとなると、ジュンツェン防衛艦隊から二個艦隊を抽出することになります。前回のジュンツェン星系会戦の敗因に、防衛艦隊とヤシマへの増援艦隊の混成による指揮命令系の乱れが挙げられています。防衛艦隊は極力残した方がよいのではありませんか」

 その言葉にシオンは「うむ」と言って考え始める。シーは更に発言を続けた。

「兵の疲弊とおっしゃいますが、支配星系内を移動しただけです。演習より遥かに疲労度は小さいと考えます。どなたがそのようなことを言ったのでしょうか?」

 シオンはそれに答えず、その前の問いに答えた。

「確かにシー上将の言う通り、防衛艦隊を分割することは本星系の防衛能力を落とすことになる。クゥ上将とシー上将の艦隊を第一次攻略部隊に加えることとする」

「待ってくれ。我が艦隊も準備はできている」と、レイ・リアン上将が立ち上がって抗議する。

「レイ上将には残留部隊の指揮を頼みたい」と言うと、レイは仕方がないという感じで腰を下ろした。

 フェイはその様子を冷ややかな目で見ていた。

(シオンは最初から自分の言うことを聞く司令官で固めるつもりだったようだな。シーが功を焦ってしくじらねばよいが……)

 フェイは一度も発言しなかった。
 その代わり、会議が終わった後、シオンに面会を求めた。

「俺の意見を聞く気はなかったということか?」とフェイが前置きもなしに言うと、シオンは「そう言うな」と笑い、

「カギはお前が言ったようにアルビオン艦隊をどれだけ叩きのめせるかだ。俺の指示を確実に聞ける奴じゃないと、我が軍の損害が馬鹿にならん」

「つまり、第一次攻略部隊だけでは終わらんと思っているということか」

 フェイの言葉にシオンは大きく頷く。

「当然だ。第一次攻略部隊の戦略目的はアルビオン艦隊の撃滅とイーグンJPの機雷排除だ。それを忘れてはいない。アルビオンが撤退でもしていない限り、この目的を達したら一旦、ジュンツェンに戻ってくるつもりだ」

「兵たちの士気の問題は残ったままだ。それに最初から撤退すると分かっていても、艦隊を引かせることは、更に士気を下げることになる。最悪の場合、反乱を誘発することになるぞ」

「お前は悲観的過ぎる」と言ってシオンは笑うが、すぐに真剣な表情に戻し、

「俺の指揮官としての能力を信じてくれ。兵たちの士気を上げてみせる」

 その言葉にフェイは小さく首を横に振るが、それ以上何も言わなかった。

 四月二十日、シオン率いる八個艦隊はヤシマ星系に向けて進軍を開始した。
 但し、地上軍はジュンツェン星系に残しており、アルビオン艦隊への攻撃と機雷除去を目的とすると宣言していた。
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