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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」

第九話

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 艦隊司令長官であるシオン・チョン上将がヤシマに派遣する艦隊司令官を集め、作戦の骨子を説明していた。

 そんな中、司令官の一人、フェイ・ツーロン上将はシオンが示した作戦案に対し、敵の増援について懸念を示した。

 その懸念に対し、シオンの歓心を買いたい女性将官、シー・シャオロン上将がと反論する。

 フェイはそれに粛々と答えていく。

「今までの話は敵がイーグンジャンプポイントJPで待ち構えているという前提に立っている。しかし、敵が有利なタカマガハラ周辺で待ち受けるという選択肢を捨てるとは思えん……」



 ヤシマの首都星タカマガハラの衛星軌道には十基の五キロメートル級軍事衛星と一千基の五百メートル級小型砲台衛星が配置されている。この軍事衛星群の能力は三十キロメートル級大型軍事要塞に匹敵し、五個艦隊程度の実力があった。

「……その場合、軍事衛星群と自由星系国家連合FSU・アルビオンの連合艦隊の双方を相手にしなければならん。衛星群の実力は分からんが、FSU艦隊を含めれば、我が軍が十個艦隊なら戦力的には同等か、我々の方がやや劣る。その状況なら、敵は増援を待った方が得策だと考えるだろう」

 それにシーが反応しようとしたが、シオンがそれを押し止めて発言する。

「では、どうせよというのだ? 君の意見を聞かせてくれないか」

 シオンが歩み寄ったことにシーが不快そうに眉をひそめる。

「イーグンJPに引きずり出した上で、アルビオン艦隊を叩く」とフェイは端的に答えた。

「疑問は二つあるが、まずイーグンJPにどうやって引きずり出すつもりなのだ?」

「敵がJPの機雷原を使った方が有利になると思わせる。そのためにイーグン星系には七個艦隊を先行させ、残りの一個艦隊は時間差を付けて送り出す」

「七個艦隊ならFSUやアルビオンも、ステルス機雷と艦隊で勝てると思うからか……」

「そうだ。ヤシマは五年前、イーグンJPではなく、タカマガハラでの決戦を選んだ。その際、ヤシマ解放艦隊のホアン・ゴングゥル司令官の脅しに屈している。できれば、首都星に被害が出る恐れのあるところではなく、JPでの決戦を望むはずだ」

 五年前、ホアン・ゴングゥル上将率いるヤシマ解放・・艦隊はタカマガハラ近くで、ヤシマ防衛艦隊を撃破した。その際、民間施設を攻撃することや地上への無差別攻撃を示唆し、それによりヤシマ防衛軍艦隊は早期に降伏している。

「なるほどな。確かにヤシマ政府はそう考えるだろう。だから、その背中を押してやり、我々に有利なJPでの決戦を強要するというのだな」

 そう言ってシオンは納得したが、別の疑問を口にする。

「では、アルビオン艦隊を叩くというのはどういう意味だ? 敵の撃滅ではなく、アルビオンだけに限定する理由がいまいち理解できん」

 シオンの問いにフェイはゆっくりとした口調で答えていく。

「我々の障害になるのはアルビオンだけだ。そして重要なことは、アルビオンは勝っても何も得るものがないという点だ」

「得るものがない……分からんでもないが、もう少し具体的に言ってくれ」

 フェイはその言葉に小さく頷き、説明を続ける。

「得るものがないのに多くの戦死者を出せば、アルビオンの国民はヤシマ及びFSUへの支援をやめるように言い出すはずだ。完全に撤退するかは分からんが、少なくとも大規模な増援を出すことは難しくなる」

「なるほど。それを加速させるためにアルビオン艦隊を積極的に狙うということか。だが、アルビオンを狙えば、我が軍の損害は馬鹿にならんぞ」

 シオンの問いを想定していたのか、フェイはよどみなく答えていく。

「確かにそのリスクはある。だが、中途半端にアルビオンの戦力を残すより、徹底的に痛めつけ、こちらの損害が大きい場合は一度ジュンツェンに戻って仕切り直せばいい。何と言ってもこちらの戦力は充分にあるのだからな」

 そこでシーが反論する。

「しかし、それは戦力の逐次投入であり愚策では? それなら進攻可能な最大戦力、十個艦隊で挑む方がよいのではありませんか」

 その問いもフェイは予想しており、すぐに答えていく。

「理由は二つある。一つ目はタカマガハラで勝利したとしても、我が軍は厳しい状態になる。エネルギーはヤシマで得られるにしても、ジュンツェンほど円滑に艦に補給はできんし、損傷した艦の補修もままならん。そんな状況でアルビオンが前回と同じようにジュンツェンに大艦隊を派遣すれば、こちらは手詰まりになってしまう」

 支配星系であれば効率よく補修を行えるが、他国の場合、規格が違うため資材を流用することが難しい。また、非協力的な現地の技術者を使うことはセキュリティの観点からも難しい。

「ジュンツェンには五個艦隊は残っているのだ。大艦隊を派遣したとしても無理に戦わねば問題なかろう」

 シオンはそう言って反論する。

「少なくともアルビオンは八個艦隊以上を送り込むはずだ。五個艦隊しかいない我が軍では要塞を離れて決戦は挑めん。ならば、そのままヤシマに向かって進軍するはずだ」

「キャメロットからジュンツェンを経てヤシマまで移動するには補給が必要だ。ヤシマに辿り着いたとしてもエネルギー切れになるのではないか」



「いや、アテナ星系にある要塞で補給を受けてから出発すれば、イーグン星系までは行ける。そこで輸送艦から補給を受ければ、ヤシマ星系で戦闘を行うことは充分に可能だ」

「確かにそうだが……」とシオンが呟くと、フェイは更に説明を加えていく。

「敵は移動できるが、我が方のジュンツェン残留艦隊は移動できん」

「確かに敵が優勢なら待ち伏せされて各個撃破されてしまうな」

「それもあるが、物理的に不可能だ。第一次攻略部隊として十個艦隊とすべての地上軍をヤシマに送り込めば、輸送艦を使い切ってしまう。つまり、ジュンツェンに残る艦隊を動かせなくなるということだ。この兵站の問題が二つ目の理由でもある」

 百二十万人にも及ぶ地上軍の輸送まで考えると、その分の補給物資も必要となり、ジュンツェン星系に残る艦隊の輸送艦も動員する必要がある。そのため、ジュンツェンに残る艦隊は星系内でしか運用できなくなってしまうのだ。

「うむ。フェイ上将の言いたいことは分かった」

 シオンはそう言った後、目でフェイに続きを話すように伝える。

「地上軍は別に送り込むとしても、十個艦隊で攻め込み、大きく傷つけば、艦隊の入れ替えに相当な期間が掛かる。その間にアルビオンが本腰を入れてきたら勝利は難しい。そう考えれば、我々に不利なタカマガハラで戦うのではなく、有利なイーグンJPに引きずり出すことこそが勝利のカギとなる」

 フェイの言葉にシー以外が頷く。彼女が反論しようとした時、シオンが先に発言を始めた。

「なるほど。ヤシマとジュンツェン、ヤシマとキャメロットの距離の差を上手く使えということか」

 フェイはその言葉に「その通りだ」と言って大きく頷く。

 ヤシマ-ジュンツェン星系間の距離は十五パーセク(約四十九光年)、一方のヤシマ-キャメロット星系間の距離は二十二パーセク(約七十二光年)。

 アルビオンがヤシマの情報をキャメロットで受けて、艦隊を送り込むと想定すると、往復四十四パーセクの距離を越えていかなければならず、艦隊の出動準備期間を含めれば二ヶ月半もの時間が必要となる。

 一方のゾンファ艦隊がヤシマからジュンツェン星系に戻るには十五パーセクでよく、輸送艦が満足に使える状況であれば、一ヶ月半で再侵攻できる。

 つまり、一度目の侵攻時にアルビオンに大きな損害を与えられれば、一度仕切りなおしたとしても、再侵攻時にはアルビオン艦隊は存在せず、有利に戦えるということだ。

「二段構えの作戦の方が敵に決戦を強要でき、アルビオン艦隊を確実に叩くことができる。更に兵站への負担も少なく、敵に時間を与えることもない。つまり、トータルで見れば我が軍の消耗も減らすことができるということか」

「そうだ」とフェイが答える。

「フェイ上将の案を基本に計画を立てることとする。しかし、ジュンツェン星系に着いた段階で、敵の情勢が変わっている可能性があるから、その段階で修正を行う。各艦隊は直ちに発進せよ」

 シオンの言葉を受け、翌日の三月五日に出発した。
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