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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」
第三話
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宇宙暦四五二一年十一月。
ヤシマ侵攻作戦失敗から三年が過ぎ、政権を掌握したファ・シュンファ政治局長は、二人の腹心と今後の国家運営について話し合っていた。
ファが硬い表情で話し始める。
「国内の混乱は完全に収まった。だが、国に対する民衆の不満はまだ燻ったままだ。軍部にもクーデターを画策している者がいるという情報もある。我らが完全に国を掌握するには、軍と民衆が納得する成果、それも分かりやすい成果が必要だ。それも速やかにだ」
その言葉にこの中で最も若い三十五歳のバイ・リージィ軍事委員が発言する。
「確かに軍の上層部には不満を抱えている者が多いように見受けられます。ですが、党が主導したヤシマ侵攻に対しては批判的な者が多く、戦争という分かりやすい手段で解決するのはいささか早計ではないかと」
その言葉にヤン・チャオジュン外交部長も大きく頷き、同意する。
「あれは計画が杜撰すぎました。外交部では慎重な意見が多かったのですが、党の上層部が暴走してしまいました。これが敗北の原因だと外交部では考えています」
ヤンは現在三十九歳、ヤシマ侵攻作戦当時は外交部の情報分析官として、他国の情報の分析を行っていた。
自由星系国家連合の実力を正しく評価し、当時の首脳陣にヤシマへの侵攻を決断させる原因を作ったのだが、アルビオン王国の動向が不明であり、その分析後に作戦を開始すべきと上申していた。
その上申は握りつぶされ、作戦が強行されたが、自分の意見を無視して行われた作戦に対し、彼も批判的な立場を取っている。
更にヤンは現状についても意見を述べた。
「現状ではヤシマを含め、他国の情報がなさすぎます。捕虜返還を口実にヤシマに外交団を派遣し、情報収集に当たるべきです」
それに対し、バイが反対する。
「それは敵も同じでは? 向こうもこちらの状況が分からないのです。今のうちに我が国の戦力を増強させ、実行可能になった段階で情報収集に当たってもよいのではありませんか?」
その言葉にファは少し考えた後、バイに向かって頷いた。
「確かにそうだな。ヤシマに侵攻するにしてもアルビオンが邪魔だ。だが、アルビオンが現状の戦力を増強するとは思えない。我が国と違って兵士にコストが掛かり過ぎるからな」
ゾンファ共和国では戦死者や戦傷者に対する手当が少ないが、アルビオン王国では戦死傷者に対する年金制度が充実しており、それが国家予算を圧迫する要因となっていた。
特に四五〇〇年代に入ってから、ゾンファとの戦争が続いており、アルビオンの財務省はもちろん、軍務省や統合作戦本部でも艦隊の増強に消極的な意見が多く出されている。
「それに我が国の方が兵の補充は容易ですから」とバイが付け加える。
ゾンファ共和国は居住可能惑星が一つしかなく、総人口八十億人の七十五パーセント、約六十億人がスペースコロニーに住んでいる。
そのため、宇宙空間で必要な技術者が多く、そのほとんどが艦隊勤務に適していた。
その技術者を徴用すれば、戦闘で失った技術兵の補充は容易であった。
また、士官についても元々過剰気味であったため、多少の欠員がある程度で不足という状況には陥っていない。
これらのことより、ヤシマ侵攻作戦とジュンツェン星系防衛戦で、三百万人近い未帰還者を出したものの、人的資源の補充は滞りなく、艦船の建造の方が追い付かないほどだ。
一方のアルビオン王国では二つの星系に計三つの居住惑星があり、七十五億人という人口の大半が惑星上に住んでいる。
もちろん、小惑星での採掘やガス惑星からのエネルギー採取、輸送業務など、多くの人々が宇宙空間で働いているが、人員に余裕はなく、技術兵を補充するためには一から教育を施す必要があった。
バイの言葉にファは再び頷く。
「幸い艦隊の再建は順調だ。ヤシマの造船技師が役に立っているからな」
ヤシマから拉致された研究者や技術者は一万人以上にも及び、人質として一緒に連れてこられた家族を含めると、約二万人が第五惑星ダリスの衛星軌道上にあるコロニーに押し込められている。
そこでゾンファの秘密警察に脅されながら研究や設計を強要されていた。
もっともヤシマの技術者たちのほとんどは、脅しに屈したように見せながらも巧妙にサボタージュを行い、敵国ゾンファに技術を奪われないようにしていた。
しかし、一人の造船技師だけは違った。
その造船技師、ユズル・ヒラタは積極的にゾンファ軍の艦船の性能向上に協力した。
その姿勢に一緒に拉致されてきた技術者が問い詰めるが、彼は平然と言い放った。
『私の設計を受け入れてくれるなら、どの国だろうと関係ない。いや、私の設計を否定したヤシマより全面的に受け入れてくれるゾンファ共和国の方に積極的に協力したいと思っている』
ヒラタはヤシマ防衛軍の工廠で設計主任であったが、彼の奇抜で独善的な設計は運用側にことごとく否定され、当たり障りのない設計しかできなかった。そのため、運用側に見る目がないと、ヤシマにいる頃から公言していたほどだ。
その言葉でゾンファ側も彼への警戒を弱めた。そして、試しに設計を任せることにした。
ヒラタの出してきた設計案は予想を遥かに超えるものだった。
ゾンファの艦船の弱点のほとんどを克服し、総合的な戦闘力が二十パーセント以上向上するという結果が得られたのだ。
更に検証するが、その設計案に不備はなく、採用された。
ファは艦隊全体の問題にも言及する。
「以前はゾンファ星系に一定以上の艦隊を置いておかねばならなかった。それも愚かしい理由のためにな。だが、今ではその制約もなくなっている。つまり全艦隊を出撃させることが可能になったのだ」
軍事委員会派は公安委員会派が秘密警察を使ってクーデターを起こすことを恐れていた。そのためクーデターが発生してもすぐに対応できるよう、ゾンファ星系に艦隊を常駐させていた。
また、軍事委員会の中でも強硬派と穏健派に分かれていたため、それぞれが自らの派閥の艦隊が相手の方と同数になるように常駐させていた。その結果、ゾンファ星系には常時六個艦隊が配置される事態となっていたのだ。
今回の政争によってファたちが権力を完全に掌握したことで、その制約がなくなった。
もちろん、全艦隊を動かすことは兵站の負担が大きく、整備や休養などの面でも現実的ではない。しかし、ヒラタの設計によって補給面も改善され、以前の倍、十五個艦隊程度を運用することが可能となった。
「では、艦隊増強を進めてくれ」とファはバイに言い、ヤンに向かって、
「情報収集は一年後からだ。その間、敵にこちらの状況は見せない」
バイとヤンはそれぞれ大きく頷いた。
こうして、ゾンファ軍において艦隊増強計画が発動し、ヒラタの設計した戦艦、巡航艦などが大量に建造されていく。
新造艦だけではなく、既存の艦についてもヒラタの設計に従い、大規模な改修が行われた。
これにより、ゾンファ艦隊の戦闘力は大きく向上していくことになる。
ヤシマ侵攻作戦失敗から三年が過ぎ、政権を掌握したファ・シュンファ政治局長は、二人の腹心と今後の国家運営について話し合っていた。
ファが硬い表情で話し始める。
「国内の混乱は完全に収まった。だが、国に対する民衆の不満はまだ燻ったままだ。軍部にもクーデターを画策している者がいるという情報もある。我らが完全に国を掌握するには、軍と民衆が納得する成果、それも分かりやすい成果が必要だ。それも速やかにだ」
その言葉にこの中で最も若い三十五歳のバイ・リージィ軍事委員が発言する。
「確かに軍の上層部には不満を抱えている者が多いように見受けられます。ですが、党が主導したヤシマ侵攻に対しては批判的な者が多く、戦争という分かりやすい手段で解決するのはいささか早計ではないかと」
その言葉にヤン・チャオジュン外交部長も大きく頷き、同意する。
「あれは計画が杜撰すぎました。外交部では慎重な意見が多かったのですが、党の上層部が暴走してしまいました。これが敗北の原因だと外交部では考えています」
ヤンは現在三十九歳、ヤシマ侵攻作戦当時は外交部の情報分析官として、他国の情報の分析を行っていた。
自由星系国家連合の実力を正しく評価し、当時の首脳陣にヤシマへの侵攻を決断させる原因を作ったのだが、アルビオン王国の動向が不明であり、その分析後に作戦を開始すべきと上申していた。
その上申は握りつぶされ、作戦が強行されたが、自分の意見を無視して行われた作戦に対し、彼も批判的な立場を取っている。
更にヤンは現状についても意見を述べた。
「現状ではヤシマを含め、他国の情報がなさすぎます。捕虜返還を口実にヤシマに外交団を派遣し、情報収集に当たるべきです」
それに対し、バイが反対する。
「それは敵も同じでは? 向こうもこちらの状況が分からないのです。今のうちに我が国の戦力を増強させ、実行可能になった段階で情報収集に当たってもよいのではありませんか?」
その言葉にファは少し考えた後、バイに向かって頷いた。
「確かにそうだな。ヤシマに侵攻するにしてもアルビオンが邪魔だ。だが、アルビオンが現状の戦力を増強するとは思えない。我が国と違って兵士にコストが掛かり過ぎるからな」
ゾンファ共和国では戦死者や戦傷者に対する手当が少ないが、アルビオン王国では戦死傷者に対する年金制度が充実しており、それが国家予算を圧迫する要因となっていた。
特に四五〇〇年代に入ってから、ゾンファとの戦争が続いており、アルビオンの財務省はもちろん、軍務省や統合作戦本部でも艦隊の増強に消極的な意見が多く出されている。
「それに我が国の方が兵の補充は容易ですから」とバイが付け加える。
ゾンファ共和国は居住可能惑星が一つしかなく、総人口八十億人の七十五パーセント、約六十億人がスペースコロニーに住んでいる。
そのため、宇宙空間で必要な技術者が多く、そのほとんどが艦隊勤務に適していた。
その技術者を徴用すれば、戦闘で失った技術兵の補充は容易であった。
また、士官についても元々過剰気味であったため、多少の欠員がある程度で不足という状況には陥っていない。
これらのことより、ヤシマ侵攻作戦とジュンツェン星系防衛戦で、三百万人近い未帰還者を出したものの、人的資源の補充は滞りなく、艦船の建造の方が追い付かないほどだ。
一方のアルビオン王国では二つの星系に計三つの居住惑星があり、七十五億人という人口の大半が惑星上に住んでいる。
もちろん、小惑星での採掘やガス惑星からのエネルギー採取、輸送業務など、多くの人々が宇宙空間で働いているが、人員に余裕はなく、技術兵を補充するためには一から教育を施す必要があった。
バイの言葉にファは再び頷く。
「幸い艦隊の再建は順調だ。ヤシマの造船技師が役に立っているからな」
ヤシマから拉致された研究者や技術者は一万人以上にも及び、人質として一緒に連れてこられた家族を含めると、約二万人が第五惑星ダリスの衛星軌道上にあるコロニーに押し込められている。
そこでゾンファの秘密警察に脅されながら研究や設計を強要されていた。
もっともヤシマの技術者たちのほとんどは、脅しに屈したように見せながらも巧妙にサボタージュを行い、敵国ゾンファに技術を奪われないようにしていた。
しかし、一人の造船技師だけは違った。
その造船技師、ユズル・ヒラタは積極的にゾンファ軍の艦船の性能向上に協力した。
その姿勢に一緒に拉致されてきた技術者が問い詰めるが、彼は平然と言い放った。
『私の設計を受け入れてくれるなら、どの国だろうと関係ない。いや、私の設計を否定したヤシマより全面的に受け入れてくれるゾンファ共和国の方に積極的に協力したいと思っている』
ヒラタはヤシマ防衛軍の工廠で設計主任であったが、彼の奇抜で独善的な設計は運用側にことごとく否定され、当たり障りのない設計しかできなかった。そのため、運用側に見る目がないと、ヤシマにいる頃から公言していたほどだ。
その言葉でゾンファ側も彼への警戒を弱めた。そして、試しに設計を任せることにした。
ヒラタの出してきた設計案は予想を遥かに超えるものだった。
ゾンファの艦船の弱点のほとんどを克服し、総合的な戦闘力が二十パーセント以上向上するという結果が得られたのだ。
更に検証するが、その設計案に不備はなく、採用された。
ファは艦隊全体の問題にも言及する。
「以前はゾンファ星系に一定以上の艦隊を置いておかねばならなかった。それも愚かしい理由のためにな。だが、今ではその制約もなくなっている。つまり全艦隊を出撃させることが可能になったのだ」
軍事委員会派は公安委員会派が秘密警察を使ってクーデターを起こすことを恐れていた。そのためクーデターが発生してもすぐに対応できるよう、ゾンファ星系に艦隊を常駐させていた。
また、軍事委員会の中でも強硬派と穏健派に分かれていたため、それぞれが自らの派閥の艦隊が相手の方と同数になるように常駐させていた。その結果、ゾンファ星系には常時六個艦隊が配置される事態となっていたのだ。
今回の政争によってファたちが権力を完全に掌握したことで、その制約がなくなった。
もちろん、全艦隊を動かすことは兵站の負担が大きく、整備や休養などの面でも現実的ではない。しかし、ヒラタの設計によって補給面も改善され、以前の倍、十五個艦隊程度を運用することが可能となった。
「では、艦隊増強を進めてくれ」とファはバイに言い、ヤンに向かって、
「情報収集は一年後からだ。その間、敵にこちらの状況は見せない」
バイとヤンはそれぞれ大きく頷いた。
こうして、ゾンファ軍において艦隊増強計画が発動し、ヒラタの設計した戦艦、巡航艦などが大量に建造されていく。
新造艦だけではなく、既存の艦についてもヒラタの設計に従い、大規模な改修が行われた。
これにより、ゾンファ艦隊の戦闘力は大きく向上していくことになる。
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