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第六部:「ヤシマ星系を死守せよ」
第二話
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宇宙暦四五二三年一月二十日。
クリフォードが家族と共に過ごしている頃、キャメロット星系にある情報がもたらされた。
それはゾンファ共和国の外交使節団がヤシマに入ったというものだった。
その後、断続的に入る情報では、ゾンファ共和国が捕虜の返還を求めており、ヤシマから亡命してきた技術者たちを帰国させるというものだった。亡命というのはゾンファ側の一方的な言い方で、実態は拉致してきた者を帰国させるということだ。
アルビオン王国の外交関係者たちは、このタイミングでゾンファが動いたことに驚きを隠せなかった。
これまで停戦交渉を含め、様々な理由でゾンファに対し外交チャンネルを開こうとしていたが、その努力が報われることはなかったためだ。
これは、アルビオン王国だけでなく、交易相手であったヤシマも同様で、四年ほど前からゾンファは事実上鎖国状態だったのだ。
それでもタイミングとしてはよかったと安堵している者が多かった。
もし、スヴァローグ帝国が侵攻してきたタイミングでゾンファの外交団が現れていたら、漁夫の利を狙って艦隊を進めてきたであろうことは間違いない。
更に情報が入ってくると、ゾンファ共和国の現状も少しずつだが分かり始める。
五年前のSE四五一八年二月に始まったゾンファのヤシマ侵攻作戦は、その約五ヶ月後の七月に行われた第二次ジュンツェン星系会戦の敗北をもって失敗と終わった。
その結果、ゾンファでは大規模な政変が発生した。
政変の発生自体はアルビオン王国も掴んでいたが、その後の情報はほとんど得られていなかった。
新たに得られた情報では、ゾンファの政変は三年間にわたる長期のもので、当時の有力な政治家はほとんど粛清されたほど凄惨なものだった。
ゾンファ共和国は国家統一党による一党独裁であるが、党内に多くの派閥が存在する。
その中でも力を持っているのが、軍を掌握する軍事委員会と公安警察を掌握する公安委員会だ。
軍事委員会の中にも二つの派閥があり、積極的な対外進出を是とする強硬派と、内政を充実させ、戦力を蓄えるべしという穏健派がある。
ヤシマ侵攻は強硬派のティエン・シャオクン書記長が強引に進めたため、その失敗と共にティエンは失脚した。その際に強硬派を排除したのが、穏健派である前ジュンツェン星系防衛艦隊司令長官のフー・シャオガン上将だった。
フーは盟友であったチェン・トンシュン軍事委員長が強硬派に暗殺され、政権を奪われたことに対し、報復の機会を窺っていた。
そして、それはヤシマ侵攻作戦失敗と共に訪れた。
フーはSE四五一九年四月に軍事委員長に就任すると、苛烈なまでの弾圧と粛正を実行する。
しかし、この報復によって強硬派が力を落とすと、有力な政治家がことごとく消え、その結果、軍事委員会派自体の力が落ちてしまった。
その隙を突いたのが公安委員会派だった。
ゾンファ共和国は一党独裁政治だが、それに反対する民主派が存在する。しかし、民主派は市民の“ガス抜き”用に公安委員会が作った組織で、真に民主化を望む者はいなかった。
公安委員会派はその民主派を利用し、首都星ゾンファで大規模なデモを起こさせた。本来なら公安警察が直ちにデモを解散させるのだが、公安委員会が黙認したため、大規模なものに発展する。
公安委員会派は市民が党に対する不信感を強めていることを口実に政権を奪取しようとした。傍から見ればマッチポンプそのものだが、ここで公安委員会派は匙加減を誤った。
民主派のデモは公安委員会の思惑を超え、警察の力では抑えきれないほど拡大してしまったのだ。
これは民主派のリーダー、チュン・ユンフェイの謀略だった。
彼は共和国の権力を握るため、秘かに公安委員会を裏切り、ジュンツェン星系で軍が大敗したことを市民にリークした。その結果、市民の間に国家統一党の力が弱まったという噂が広がった。
更に戦場で苦汁をなめた帰還兵たちがデモに加わり、公安委員会派は軍に鎮圧を依頼するしかなかった。
フー・シャオガンは下級兵士や民衆に親しまれる将であったが、無軌道な破壊行為を繰り返すデモ隊に対し、強い姿勢で対応するしかなかった。
SE四五一九年九月、民主派によるデモは終息したものの、高齢であったフーは心労が重なり病に倒れた。
余命が少ないと悟った彼は後継者として、ジュンツェン星系防衛艦隊司令長官マオ・チーガイ上将を指名する。
マオはフーと同様に高慢なところがなく、兵士たちにも人気が高かった。そのこともあり、兵士たちが不満を抱えている現状では軍事委員長として最適であるとフーは考えたのだ。
「君ならこの混乱した我が国を安定させることができる……」
フーはマオに後を託すと、静かに息を引き取った。
しかし、フーの願いは叶わなかった。
マオが軍事委員長に正式に就任した翌十月、この人事に不満を持つ一人の人物が凶行に走ったのだ。
その人物はフー・シャオガンの側近であったディ・パウンチー上将だった。
ゾンファ星系の防衛司令官であったディは、地上軍の指揮権を持っていたことから、フーと共に暴走する民衆を弾圧した。しかし、それは望んで行ったことではなく、フーと同様に国を守るために仕方なく行ったことだった。
ディはそのことをフーも理解してくれていると思っていた。そして、自分が後継に指名されると信じていた。
しかし、手を汚さなかったマオが後継に指名されたことに、ディは怒り狂った。
「フー委員長は何も分かってくれなかった! 共に涙を呑んで市民に銃を向けたというのに……」
そして、その怒りに任せてマオを暗殺してしまう。
このことこそがフーが後継に指名しなかった最大の要因だった。
ディは気が短く、短絡的に行動する性格であった。そのため、不安定なこの時期に国の舵取りを任せられないとフーは考えた。
但し、ディを評価していなかったわけではなかった。ディには決断力と実行力があるため、マオが国を安定させた後に登場すべきと、フーは考えていたのだ。
しかし、死期が迫っていた彼にそのことを伝える時間がなかった。
ディは軍事委員長暗殺の罪で銃殺刑にされたが、この暴挙により、落ち着いていた政局が再び混乱する。
リーダーを失った国家統一党の上層部は疑心暗鬼に陥り、以前にも増して凄惨な粛清合戦が繰り広げられた。
その混乱は定期党大会を開催できないほどだった。
完全に沈静化したのはSE四五二一年十一月で、ヤシマ侵攻作戦失敗に始まった混乱は、三年という年月を経てようやく落ち着いた。
この未曽有の混乱を収拾させたのは、ファ・シュンファという四十二歳の若手の政治家だった。
彼はSE四五一八年当時、首都ゾンファ市の党書記長に過ぎなかった。しかし、彼は若さを武器に党本部の権力争いに対して正論をぶつけ、一時投獄されたものの、市民たちの圧倒的な支持を得ることに成功する。
その後、潰し合いによって重鎮と呼ばれる党役員たちが次々と退場していく中、民主派と手を組み、市民たちの支持を背景にして、徐々に党内での地位を上げていった。そして、SE四五二一年に党本部の中央委員会政治局長にまで上り詰めた。
政治局長は党の最高指導者である書記長のブレーンであり、政策立案に携わる実務者のトップだ。ファの上司に当たる書記長には七十三歳のタン・カイが就任した。
書記長に就任する前のタン・カイは、党の幹部を養成する高等学院の院長であった。この院長職は名誉職とされ、権力抗争とは距離を置いていた。また彼自身、人当たりがよく、どの派閥からも人畜無害と認識されていたこともあり、四五一〇年代の党幹部の中で唯一生き残った。
ファはタンを傀儡としてゾンファ共和国の権力を握った。
ファの腹心、バイ・リージィや出身地の後輩である外交官のヤン・チャオジュンら三十代の若い世代と共に台頭していった。
また、民主派のチェン・ユンフェイを使い、民衆の支持を不動のものにした。
こうしてゾンファ共和国は若い野心家たちの手によって再び統一された。
クリフォードが家族と共に過ごしている頃、キャメロット星系にある情報がもたらされた。
それはゾンファ共和国の外交使節団がヤシマに入ったというものだった。
その後、断続的に入る情報では、ゾンファ共和国が捕虜の返還を求めており、ヤシマから亡命してきた技術者たちを帰国させるというものだった。亡命というのはゾンファ側の一方的な言い方で、実態は拉致してきた者を帰国させるということだ。
アルビオン王国の外交関係者たちは、このタイミングでゾンファが動いたことに驚きを隠せなかった。
これまで停戦交渉を含め、様々な理由でゾンファに対し外交チャンネルを開こうとしていたが、その努力が報われることはなかったためだ。
これは、アルビオン王国だけでなく、交易相手であったヤシマも同様で、四年ほど前からゾンファは事実上鎖国状態だったのだ。
それでもタイミングとしてはよかったと安堵している者が多かった。
もし、スヴァローグ帝国が侵攻してきたタイミングでゾンファの外交団が現れていたら、漁夫の利を狙って艦隊を進めてきたであろうことは間違いない。
更に情報が入ってくると、ゾンファ共和国の現状も少しずつだが分かり始める。
五年前のSE四五一八年二月に始まったゾンファのヤシマ侵攻作戦は、その約五ヶ月後の七月に行われた第二次ジュンツェン星系会戦の敗北をもって失敗と終わった。
その結果、ゾンファでは大規模な政変が発生した。
政変の発生自体はアルビオン王国も掴んでいたが、その後の情報はほとんど得られていなかった。
新たに得られた情報では、ゾンファの政変は三年間にわたる長期のもので、当時の有力な政治家はほとんど粛清されたほど凄惨なものだった。
ゾンファ共和国は国家統一党による一党独裁であるが、党内に多くの派閥が存在する。
その中でも力を持っているのが、軍を掌握する軍事委員会と公安警察を掌握する公安委員会だ。
軍事委員会の中にも二つの派閥があり、積極的な対外進出を是とする強硬派と、内政を充実させ、戦力を蓄えるべしという穏健派がある。
ヤシマ侵攻は強硬派のティエン・シャオクン書記長が強引に進めたため、その失敗と共にティエンは失脚した。その際に強硬派を排除したのが、穏健派である前ジュンツェン星系防衛艦隊司令長官のフー・シャオガン上将だった。
フーは盟友であったチェン・トンシュン軍事委員長が強硬派に暗殺され、政権を奪われたことに対し、報復の機会を窺っていた。
そして、それはヤシマ侵攻作戦失敗と共に訪れた。
フーはSE四五一九年四月に軍事委員長に就任すると、苛烈なまでの弾圧と粛正を実行する。
しかし、この報復によって強硬派が力を落とすと、有力な政治家がことごとく消え、その結果、軍事委員会派自体の力が落ちてしまった。
その隙を突いたのが公安委員会派だった。
ゾンファ共和国は一党独裁政治だが、それに反対する民主派が存在する。しかし、民主派は市民の“ガス抜き”用に公安委員会が作った組織で、真に民主化を望む者はいなかった。
公安委員会派はその民主派を利用し、首都星ゾンファで大規模なデモを起こさせた。本来なら公安警察が直ちにデモを解散させるのだが、公安委員会が黙認したため、大規模なものに発展する。
公安委員会派は市民が党に対する不信感を強めていることを口実に政権を奪取しようとした。傍から見ればマッチポンプそのものだが、ここで公安委員会派は匙加減を誤った。
民主派のデモは公安委員会の思惑を超え、警察の力では抑えきれないほど拡大してしまったのだ。
これは民主派のリーダー、チュン・ユンフェイの謀略だった。
彼は共和国の権力を握るため、秘かに公安委員会を裏切り、ジュンツェン星系で軍が大敗したことを市民にリークした。その結果、市民の間に国家統一党の力が弱まったという噂が広がった。
更に戦場で苦汁をなめた帰還兵たちがデモに加わり、公安委員会派は軍に鎮圧を依頼するしかなかった。
フー・シャオガンは下級兵士や民衆に親しまれる将であったが、無軌道な破壊行為を繰り返すデモ隊に対し、強い姿勢で対応するしかなかった。
SE四五一九年九月、民主派によるデモは終息したものの、高齢であったフーは心労が重なり病に倒れた。
余命が少ないと悟った彼は後継者として、ジュンツェン星系防衛艦隊司令長官マオ・チーガイ上将を指名する。
マオはフーと同様に高慢なところがなく、兵士たちにも人気が高かった。そのこともあり、兵士たちが不満を抱えている現状では軍事委員長として最適であるとフーは考えたのだ。
「君ならこの混乱した我が国を安定させることができる……」
フーはマオに後を託すと、静かに息を引き取った。
しかし、フーの願いは叶わなかった。
マオが軍事委員長に正式に就任した翌十月、この人事に不満を持つ一人の人物が凶行に走ったのだ。
その人物はフー・シャオガンの側近であったディ・パウンチー上将だった。
ゾンファ星系の防衛司令官であったディは、地上軍の指揮権を持っていたことから、フーと共に暴走する民衆を弾圧した。しかし、それは望んで行ったことではなく、フーと同様に国を守るために仕方なく行ったことだった。
ディはそのことをフーも理解してくれていると思っていた。そして、自分が後継に指名されると信じていた。
しかし、手を汚さなかったマオが後継に指名されたことに、ディは怒り狂った。
「フー委員長は何も分かってくれなかった! 共に涙を呑んで市民に銃を向けたというのに……」
そして、その怒りに任せてマオを暗殺してしまう。
このことこそがフーが後継に指名しなかった最大の要因だった。
ディは気が短く、短絡的に行動する性格であった。そのため、不安定なこの時期に国の舵取りを任せられないとフーは考えた。
但し、ディを評価していなかったわけではなかった。ディには決断力と実行力があるため、マオが国を安定させた後に登場すべきと、フーは考えていたのだ。
しかし、死期が迫っていた彼にそのことを伝える時間がなかった。
ディは軍事委員長暗殺の罪で銃殺刑にされたが、この暴挙により、落ち着いていた政局が再び混乱する。
リーダーを失った国家統一党の上層部は疑心暗鬼に陥り、以前にも増して凄惨な粛清合戦が繰り広げられた。
その混乱は定期党大会を開催できないほどだった。
完全に沈静化したのはSE四五二一年十一月で、ヤシマ侵攻作戦失敗に始まった混乱は、三年という年月を経てようやく落ち着いた。
この未曽有の混乱を収拾させたのは、ファ・シュンファという四十二歳の若手の政治家だった。
彼はSE四五一八年当時、首都ゾンファ市の党書記長に過ぎなかった。しかし、彼は若さを武器に党本部の権力争いに対して正論をぶつけ、一時投獄されたものの、市民たちの圧倒的な支持を得ることに成功する。
その後、潰し合いによって重鎮と呼ばれる党役員たちが次々と退場していく中、民主派と手を組み、市民たちの支持を背景にして、徐々に党内での地位を上げていった。そして、SE四五二一年に党本部の中央委員会政治局長にまで上り詰めた。
政治局長は党の最高指導者である書記長のブレーンであり、政策立案に携わる実務者のトップだ。ファの上司に当たる書記長には七十三歳のタン・カイが就任した。
書記長に就任する前のタン・カイは、党の幹部を養成する高等学院の院長であった。この院長職は名誉職とされ、権力抗争とは距離を置いていた。また彼自身、人当たりがよく、どの派閥からも人畜無害と認識されていたこともあり、四五一〇年代の党幹部の中で唯一生き残った。
ファはタンを傀儡としてゾンファ共和国の権力を握った。
ファの腹心、バイ・リージィや出身地の後輩である外交官のヤン・チャオジュンら三十代の若い世代と共に台頭していった。
また、民主派のチェン・ユンフェイを使い、民衆の支持を不動のものにした。
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