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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
エピローグ
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スヴァローグ帝国のダジボーグ星系での戦いはアルビオン王国及び自由星系国家連合の勝利に終わった。
そして、キャメロット第九艦隊司令官アデル・ハース大将の策により、皇帝アレクサンドル二十二世とストリボーグ藩王ニコライ十五世の間に不和の種を蒔くことにも成功する。
しかしながら、今回の一連の戦いでアルビオンとFSUが得たものはほとんどなかった。
アルビオン王国軍は二十万人近い将兵と三千五百隻以上の艦船を喪失した。
帝国軍のFSU軍に比べれば軽微とは言え、帝国からの補償はほとんどなく、国家財政への影響は計り知れない。
FSUはダジボーグ星系の希少金属の採掘権を取得し、その利益からアルビオン王国に対して補償を行うことになるが、利益が生まれるのは数年先であり、その間に帝国が行動を起こさないとも限らない。
そう考えると、戦死者の遺族や戦傷者に対する補償は王国が持ち出すことになり、艦隊の再建と合わせて、膨大な額の予算が必要になる。
それだけなら時間を掛ければ解決できないことはなかった。しかし、帝国の野心家がそのまま大人しくしている保証は全くない。
多くの者が数年先に再び帝国が牙を剥くのではないかと考えていた。
■■■
クリフォードは旗艦インヴィンシブル89が超空間に入った後、指揮官シートに座ったまま、今回の一連の戦いについて考えていた。
(帝国に火種は残った。しかし、それだけで平和になるとは限らない。恐らく、今回のことを察知したゾンファが何か手を打ってくるはずだ。帝国の侵攻は動乱の時代の序章に過ぎないのではないのだろうか……)
彼の様子を見ていたハースが声を掛ける。
「何を考えているのかしら?」
「特に何も考えておりません、提督」と答えるものの、ハースと視線を合わせなかった。
「これから厳しい戦いが起きるわ。恐らくペルセウス腕全体を巻き込むような……」
二人の間に沈黙が生まれる。
その沈黙に耐えられなくなったクリフォードが、「それは賢者の予言でしょうか?」と冗談めかして聞いた。
「あら、真面目なあなたでもそんなことを言うのね。フフフ」
そう言って笑うが、すぐに表情を真面目なものに変える。
「帝国は恐らく、五年は動けないわ。次はあなたが言った通りゾンファね。あの国も四年前の痛手から回復しているはず。でも、今は外交チャンネルがないから、あの国の状況はほとんど分からない。それが不安なのよ……」
ゾンファ共和国はSE四五一八年にヤシマを奇襲した後、ジュンツェン星系でアルビオンに敗北した。
また、ヤシマに残された侵攻軍もスヴァローグ帝国に“移民”という名の“奴隷”として送り込まれ、全軍の三割に達するほどの戦力を喪失している。
その後、アルビオンだけでなくヤシマとも停戦協定を結ぶことなく、一方的に守りを固め、鎖国と言っていい状況になっている。
アルビオン政府やヤシマ政府も何度か停戦協定の協議を名目に外交使節を送り込もうとしたが、それすら拒否されており打つ手がなかった。
そのため、ヤシマを通じて入っていた情報すらほとんどなくなり、彼の国がどのようになっているのか、現状では全く不明だった。
ごく初期にヤシマの外交官が入手した情報では、ゾンファ星系で大きな政変が起きたというものがあったが、その後どうなったかは全く不明だった。
「艦隊の再建にはある程度時間が掛かると思いますが、あの国なら五年もあれば再建してしまうでしょう」
元々、ゾンファ共和国はアルビオンやスヴァローグ帝国に比べ人口が多く、宇宙空間にある人工居住地に住む者が多い。そのため、宇宙空間で必要とされる技能保持者が多く、艦隊の再建は他国より早いと言われていた。
「そうね」とハースが答える。
「それよりもヤシマの技術者を拉致したことが気になります。航宙艦の技術者の多くが行方不明になっているそうですから」
クリフォードが気にしているヤシマのエンジニアだが、四年前に五千人以上が拉致され、未だに戻っていない。
「ゾンファなら無理やりでも技術を吐き出させるでしょうから」
ハースは愁いの含んだ声で答えた後、クリフォードを見つめる。
「私たちも大変よ。キャメロットに帰ったら艦隊の再建が待っているのだから」
そこでハースは僅かに顔を伏せる。
「はい、提督」とだけクリフォードは答えた。彼にも困難さが理解できているためだ。
ハースはゆっくりと顔を上げた。その顔から悲壮感は消えている。
「今は暗いことを考えても仕方がないわね。今だけは生還できたことを素直に喜びましょう」
「そうですね」とクリフォードも明るく答えた。
「そう言えば、あなたのご馳走は無事だったのよね」
突然話題が変わり、クリフォードは戸惑う。
「ええ、幸いなことに食料保管庫に被害は出ませんでした。それが何か?」
「超空間に入ったことだし、豪華な夕食で乾杯しましょう。料理は前にもお願いした鶏料理で。料理はそちらに出してもらうから、私がワインをごちそうしようかしら」
超空間ではシフトも緩められ、飲酒も許可されている。
「了解しました、提督」と笑いながら答えるが、すぐに次の言葉を付け加えた。
「それは乗組員全員に対してと考えていいのですね」
ハースが答える前にクリフォードは艦内放送用のマイクを手に取っていた。
「総員に告ぐ! 本日の夕食では提督より秘蔵のワインをいただけることになった! 総員起立! その場でハース大将閣下に敬礼せよ。敬礼!」
そう言って自らも立ち上がり、ハースに向かってきれいな敬礼を行った。
彼に続いて戦闘指揮所要員たちも立ち上がり、
「ありがとうございます、提督!」と笑いながら敬礼をする。
その光景は艦内すべての部署で行われていた。
「お礼まで言われてしまったら駄目とはいえないじゃない。まあいいわ。戦闘で失ったと思えばいいだけだから。フフフ」
その日の食堂デッキでは、下士官兵たちの乾杯の声がいつまでも響いていた。
第五部完
そして、キャメロット第九艦隊司令官アデル・ハース大将の策により、皇帝アレクサンドル二十二世とストリボーグ藩王ニコライ十五世の間に不和の種を蒔くことにも成功する。
しかしながら、今回の一連の戦いでアルビオンとFSUが得たものはほとんどなかった。
アルビオン王国軍は二十万人近い将兵と三千五百隻以上の艦船を喪失した。
帝国軍のFSU軍に比べれば軽微とは言え、帝国からの補償はほとんどなく、国家財政への影響は計り知れない。
FSUはダジボーグ星系の希少金属の採掘権を取得し、その利益からアルビオン王国に対して補償を行うことになるが、利益が生まれるのは数年先であり、その間に帝国が行動を起こさないとも限らない。
そう考えると、戦死者の遺族や戦傷者に対する補償は王国が持ち出すことになり、艦隊の再建と合わせて、膨大な額の予算が必要になる。
それだけなら時間を掛ければ解決できないことはなかった。しかし、帝国の野心家がそのまま大人しくしている保証は全くない。
多くの者が数年先に再び帝国が牙を剥くのではないかと考えていた。
■■■
クリフォードは旗艦インヴィンシブル89が超空間に入った後、指揮官シートに座ったまま、今回の一連の戦いについて考えていた。
(帝国に火種は残った。しかし、それだけで平和になるとは限らない。恐らく、今回のことを察知したゾンファが何か手を打ってくるはずだ。帝国の侵攻は動乱の時代の序章に過ぎないのではないのだろうか……)
彼の様子を見ていたハースが声を掛ける。
「何を考えているのかしら?」
「特に何も考えておりません、提督」と答えるものの、ハースと視線を合わせなかった。
「これから厳しい戦いが起きるわ。恐らくペルセウス腕全体を巻き込むような……」
二人の間に沈黙が生まれる。
その沈黙に耐えられなくなったクリフォードが、「それは賢者の予言でしょうか?」と冗談めかして聞いた。
「あら、真面目なあなたでもそんなことを言うのね。フフフ」
そう言って笑うが、すぐに表情を真面目なものに変える。
「帝国は恐らく、五年は動けないわ。次はあなたが言った通りゾンファね。あの国も四年前の痛手から回復しているはず。でも、今は外交チャンネルがないから、あの国の状況はほとんど分からない。それが不安なのよ……」
ゾンファ共和国はSE四五一八年にヤシマを奇襲した後、ジュンツェン星系でアルビオンに敗北した。
また、ヤシマに残された侵攻軍もスヴァローグ帝国に“移民”という名の“奴隷”として送り込まれ、全軍の三割に達するほどの戦力を喪失している。
その後、アルビオンだけでなくヤシマとも停戦協定を結ぶことなく、一方的に守りを固め、鎖国と言っていい状況になっている。
アルビオン政府やヤシマ政府も何度か停戦協定の協議を名目に外交使節を送り込もうとしたが、それすら拒否されており打つ手がなかった。
そのため、ヤシマを通じて入っていた情報すらほとんどなくなり、彼の国がどのようになっているのか、現状では全く不明だった。
ごく初期にヤシマの外交官が入手した情報では、ゾンファ星系で大きな政変が起きたというものがあったが、その後どうなったかは全く不明だった。
「艦隊の再建にはある程度時間が掛かると思いますが、あの国なら五年もあれば再建してしまうでしょう」
元々、ゾンファ共和国はアルビオンやスヴァローグ帝国に比べ人口が多く、宇宙空間にある人工居住地に住む者が多い。そのため、宇宙空間で必要とされる技能保持者が多く、艦隊の再建は他国より早いと言われていた。
「そうね」とハースが答える。
「それよりもヤシマの技術者を拉致したことが気になります。航宙艦の技術者の多くが行方不明になっているそうですから」
クリフォードが気にしているヤシマのエンジニアだが、四年前に五千人以上が拉致され、未だに戻っていない。
「ゾンファなら無理やりでも技術を吐き出させるでしょうから」
ハースは愁いの含んだ声で答えた後、クリフォードを見つめる。
「私たちも大変よ。キャメロットに帰ったら艦隊の再建が待っているのだから」
そこでハースは僅かに顔を伏せる。
「はい、提督」とだけクリフォードは答えた。彼にも困難さが理解できているためだ。
ハースはゆっくりと顔を上げた。その顔から悲壮感は消えている。
「今は暗いことを考えても仕方がないわね。今だけは生還できたことを素直に喜びましょう」
「そうですね」とクリフォードも明るく答えた。
「そう言えば、あなたのご馳走は無事だったのよね」
突然話題が変わり、クリフォードは戸惑う。
「ええ、幸いなことに食料保管庫に被害は出ませんでした。それが何か?」
「超空間に入ったことだし、豪華な夕食で乾杯しましょう。料理は前にもお願いした鶏料理で。料理はそちらに出してもらうから、私がワインをごちそうしようかしら」
超空間ではシフトも緩められ、飲酒も許可されている。
「了解しました、提督」と笑いながら答えるが、すぐに次の言葉を付け加えた。
「それは乗組員全員に対してと考えていいのですね」
ハースが答える前にクリフォードは艦内放送用のマイクを手に取っていた。
「総員に告ぐ! 本日の夕食では提督より秘蔵のワインをいただけることになった! 総員起立! その場でハース大将閣下に敬礼せよ。敬礼!」
そう言って自らも立ち上がり、ハースに向かってきれいな敬礼を行った。
彼に続いて戦闘指揮所要員たちも立ち上がり、
「ありがとうございます、提督!」と笑いながら敬礼をする。
その光景は艦内すべての部署で行われていた。
「お礼まで言われてしまったら駄目とはいえないじゃない。まあいいわ。戦闘で失ったと思えばいいだけだから。フフフ」
その日の食堂デッキでは、下士官兵たちの乾杯の声がいつまでも響いていた。
第五部完
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